軍神の御剣
第三七章「U.N. is gained control of」


 アメリカ合衆国ニューヨーク州国際連合本部ビル。
 一九八三年九月一六日現地時間午前一一時一九分。
「ではこれより国際連合の定例会議を始めます」
 国際連合の事務総長のニコラス・オーウェンは見事なあごひげを揺らしながら、厳粛に国連定例会議の開始を告げた。
 ユリウス・オーウェンは北欧のスウェーデン出身で、類まれな人望と有能な処理能力を買われて国連事務総長に満場一致で任命された男であった。サンタクロースの下敷きになったとされる聖ニコラスを髣髴とされる見事なあごひげと優しそうな目元が印象的な初老の男であった。



 ここでこの世界の国際連合について一講釈行うことを許していただきたい。
 国際連合が誕生したのは一九四五年六月二六日のことであった。あの日米戦争が終結して一年が経過し、太平洋に平穏が取り戻された頃であった。
 国際連合の設立を強く主張したのはアメリカ合衆国第三三代大統領となったサイモン・エドワーズ。彼は国際連合の前身である国際連盟が日米戦争に関して無力であったことを強く非難した。国際連盟には戦争を止める権限も、またその力も無かったのが最大の要因であった。
 そこでサイモンは世界最大の国力を誇るアメリカ合衆国を国際連盟に参加させ、さらに戦争を力ずくで止めることができるように権力を拡大することを提案。これは日米戦後に正式に大日本帝国首相となった和泉 信興の賛同もあって実現することとなった。
 これによって誕生したのが国際連合であった。



 閑話休題。
「では本日の議題ですが………先日の会議で提案されたリベルへの国連軍派遣の件です」
 オーウェンはそう言ってあごひげを撫でた。
「このままリベルの内戦が続くのは見てられん! 即刻、国連軍による調停部隊を派遣して内戦を終わらせるべきだ!!」
 そう力強く主張したのはベトナムのハイ・ズゥ国連大使であった。ベトナムはかつてベトナム戦争によって国が焼かれている。それ故にリベルの惨状は見てられないのであろう。
「ズゥ大使、少しは落ち着かれよ」
 そう言って興奮のあまり唾を撒き散らすズゥをたしなめたのはフランスのピエール・デショーム国連大使であった。
「リベルへの介入。それは東西の最終戦争を招くやもしれないのですぞ。何せリベルはソ連の部隊がいますからなぁ」
 デショームはそう言うとソ連大使のマーニャ・ペトリャコフに嫌味な視線を向ける。
 ソ連大使のマーニャ・ペトリャコフは御年四五歳の女性大使。しかし外見上ではまだ三〇代前半にしか見えない、ブロンドの髪が印象的な美人であった。
「デショーム大使、リベルにソ連の兵はいませんわ。あれは義勇兵ですから」
 ペトリャコフは自分の言葉が詭弁に過ぎないと自覚しながらも、立場上そう言わなければならなかった。
「おお、それは失礼」
 デショームはわざとらしく肩をすくめた。
「しかし実際問題として、リベル問題を放置するわけにもいくまい」
 オーウェンの言葉に一同は頷いた。
「私は国連を主催とした調停の話し合いの場を設けようと思っている」
「オーウェン事務総長、お言葉ですがそれは非現実的では無いでしょうか?」
 そう言ったのは大日本帝国の清水 啓太郎大使であった。
「非現実的?」
「リベル政府とリベル解放戦線の言い分はまったくの平行線。これでは話し合いが成り立つはずが無いです」
「ううむ………」
「国連の武力を背景とした調停では何にもなりますまい?」
「………確かに清水大使の言う通りかもしれん」
 リベル問題を話し合う会議はもつれにもつれそうであった。



 舞台は変わって………
 コロラド州の北米防空司令部(NORAD)。
「ん?」
 NORADに勤務するジェフリー中尉はNORADのレーダー網に一瞬であるがノイズが走ったのを見逃さなかった。
「司令、今レーダーが………」
 ジェフリーが上官に報告しようとした時、NORADの全システムが唐突にダウンした。システムのみならず照明すら消える。
「な、何なんだ、これは!?」
「おい、どうなってるんだ、一体!?」
「ダメです! 防空システムが完全にダウンしましたぁ!!」
「す、すぐさま大統領に報告しろ!!」
「ダメです! 通信網もすべて途絶されています!!」
「スペツナズか!? スペツナズの仕業なのか!? クソッ、奴らこの世界を滅ぼすつもりか!?」
 NORADの職員たちは世界最終戦争の恐怖に怯えながらシステムの回復に努めようとする。しかしNORADのシステムは以後二時間は回復しなかった。



「これで私たちの任務は終了ですね」
 NORADの混乱を作り上げた当の張本人のマカール・コタヴィッチは呑気にマクドナルドのハンバーガーを頬張っていた。
「NORADはこれで二時間は機能しない、か………協力者があって始めて成功する作戦だが………」
 瀬良 洋平はポテトをついばみながら呟いた。
 マカール・コタヴィッチと瀬良 洋平は所属する国籍こそ違えども職業はスパイである。マカールはソ連のスパイで瀬良は大日本帝国のスパイ。
 二人は共通の知り合い(瀬良にとっては上司)である服部 良史の指令でNORADのシステムをダウンさせたのであった。無論、これは彼らだけでできることではない。NORADはアメリカの防空の要である。そう簡単にダウンさせてくれるはずがない。彼らはある協力者より提供された情報を持っていたからこそNORADシステムをダウンさせることに成功したのであった。独力でできるわけがない。
「さて………後はシャチョさんのお仕事ですね。じゃあ僕らは怪しまれないうちに逃げましょうか」
 マカールはハンバーガーを一気に胃に押し込むとコカ・コーラを飲み干すことでハンバーガーの胃の奥底へと押し流した。
「………アメリカ人に太った人が多いのがわかる気がします。ハンバーガーはすごく不健康ですね、瀬良さん」
「かもしんねぇな」
 二人はさっさとNORADを後にした。



 舞台は再びニューヨークへ。
「お、おい、ありゃ何だ!?」
 ニューヨークの商社マンの一人が空を指差す。その表情は驚愕に引きつっていた。
 一人の指差す方へ周囲の全員が視線を向ける。そして全員が唖然とした表情を見せた。
 巨大な翼を持つ鋼鉄の怪鳥がニューヨークの空を飛翔していた。その高度は摩天楼に引っかかるのではないかと思われるほどに低い。
「あ、ありゃ………空挺だ! 空挺降下をやらかすつもりだぞ!!」
 ベトナム戦争に従軍したこともある中年の黒人商社マンが叫んだ。
「バカな!? ニューヨークが戦場になるってのか!?」



 超輸飛行艇 海煌。まだ試作段階にある大日本帝国の新世代機である。そのために正式番号は無く、海煌という愛称しか無い。
 飛行艇ではあるが、車輪も装備しており、陸上基地での運用も可能という機体であり、一機で戦車一個大隊を輸送できるほどの搭載容量も持つ。
 この超輸飛行艇の操縦桿はハンス・ヨアヒム・マルセイユ自らが握っていた。
「ははは。若い頃を思い出すねェ、この飛行!」
 マルセイユは余裕の笑みすら浮かべながら海煌を操る。ニューヨークの摩天楼に手を伸ばせば届く高度を飛ぶ海煌。ちなみにそれは誇張ではない。本当に手を伸ばせば届く高度である。マルセイユは笑っているが、海煌に同乗している『アフリカの星』の社員は背中が冷たい汗で濡れるのを止めることができなかった。
「さて………あれが国連の本部ビルだ。俺も少ししたら行くから、それまでに………頼むぞ」
 マルセイユは顔から笑みを消し、真面目な表情で言った。
「了解! 任せてください! ………では、総員………降下開始!!」
 海煌の開かれたハッチより次々と飛び降りていく『アフリカの星』空挺部隊。ニューヨークの摩天楼にパラシュートの白い花が次々と咲き乱れる。



「く、空挺降下だと!? どういうことだ!?」
 国連本部警備部隊よりの報告を受けたデショームは驚愕の声をあげた。
「あ、あれは………海煌」
 清水大使の顔が見る間に青くなっていく。バカな! 日本の輸送機から飛び降りた空挺部隊が………
「謎の空挺部隊は瞬く間に国連ビル一階を制圧しました! 今は二階に迫ってきて………いえ、二階も制圧されましたァ!!」
 国連ビルは騒然となった。



 ………わずか一五分後。
 わずか一五分で国連は完全に制圧された。
 死者は………正確にゼロ。『アフリカの星』空挺部隊の持っていた武器はM16A1であったが、その銃にこめられていた銃弾はすべてゴム製の模擬弾で、殺傷力は一切無かったからだ。
「君たちは………君たちは一体何を望んでいるのだ?」
 デショームの問いかけに『アフリカの星』空挺部隊は応えなかった。
 代わりに応えたのはこの男であった。
「突然の無礼、許していただきたい」
 そう言って現れたのはマルセイユであった。



「マ、マルセイユ!? あの男………我ら『アドミニスター』の会議に出てこないと思ったら………何故国連を制圧しているのだ!?」
 アムプル財閥本社ビルの地下。超国家組織『アドミニスター』の会議がこの日も行われていた。
『アドミニスター』の『一三階段』六段目のミスター・アムプルが、国連制圧の一部始終を写していた(本来は国連会議の様子を写すはずだった)テレビカメラの前に堂々と顔を現したマルセイユの顔を見てあらん限りの声で怒鳴った。
「奴め………国連を制圧して………一体何をたくらむか?」
『一三階段』三段目のフォン・ウォーリックは内心の嫌な予感を必死に押さえ込みながら呟いた。
 あくまで堂々と、普段と何ら変わらぬ歩調で議場に上がるマルセイユ。そしてふてぶてしくマイクが生きているかどうか集音部を叩いて確かめて後、マルセイユは演説を開始した。



「私は傭兵派遣会社『アフリカの星』の代表を務めているハンス・ヨアヒム・マルセイユです。今日は国連の………いえ、世界中の皆様に聞いていただきたいことがあってこのような暴挙を取らせていただいた」
 マルセイユはそう言って頭を下げた。そして頭を上げるとオーウェンに尋ねた。
「オーウェン事務総長、私に発言を許可していただけますか?」
「………私は、貴方の行動が許されていい行為ではないと思います。ですが、貴方は国連ビルを制圧する際に誰一人殺さなかった。よって………」
「……………」
「私は貴方が発言することを許可します」
 オーウェンの言葉に各国の大使は目を剥いた。
「事務総長! 何を考えているのですか!?」
「彼はテロリストですよ!? 確かに誰も殺していませんが………」
「事務総長、私は退席させて頂く!」
 しかしオーウェンは各国の大使に対し、さらりと現実を突きつけた。
「今、この場はマルセイユ社長たちによって制圧されているのだ。彼らはその気になればいつでも私たちを射殺し、自分の言い分を全世界に流せるさ。マルセイユ社長が何故そこまで形式にこだわるかを考えてみたらどうかね?」
「む………」
 オーウェンの言葉に静まり返る一同。
 ソ連大使のペトリャコフはその時確信していた。
 オーウェン事務総長はマルセイユ氏と示し合わせている。オーウェン事務総長もマルセイユ氏の計画のメンバーの一人なのだ、と。
 だとするとわからないのが………
 ペトリャコフは形のよく整った眉毛をひそめて考える表情。
 ここまでしなければならないことって、一体何があるのだろう?
「ではマルセイユ社長。貴方が何のために国連を制圧したか、話していただけますね?」
 ペトリャコフの思考を外に、オーウェンの司会の下で事態は進められていく。
 マルセイユは一度だけオーウェンに小さく頷いてみせて、マイクに向かって話し始めた。
「今、世界各地で紛争が起きている。東欧の小国、リベルなどは好例であろう」
「……………」
 各国の大使たちはマルセイユの次の言葉を固唾を飲んで待つ。
「人は、何故に銃を取り、戦おうとするのだろうか? たとえ凶暴極まりない野獣であっても同族に牙を向けたりはしない。万物の霊長とまで言われる人が、何故野獣にもできるようなことができないのであろうか?」
「……………」
「その答は長年わからなかった。しかし、考えてみればわかる。そしてその答は単純な理屈だったのだ」
「一体、その答は何なのだ?」
 ズゥがマルセイユの言葉を待ちきれずに尋ねた。
「ズゥベトナム大使、答は本当に簡単だったのです。つまり………戦争を望む者がいるということです」
「戦争を………」
「………望むだと?」
 各国の大使たちはマルセイユの言葉を反芻するかのように呟いた。
「そうです。それこそが戦争の構図なのです」
「戦争を望む………そうか、すべてはアメリカとソ連、いや、資本主義と共産主義のイデオロギーが悪いということだな!?」
 ズゥがペトリャコフとアメリカ大使のマンフレッド・ファンクを睨む。
「いいえ、ズゥベトナム大使。そうではないのです」
「え?」
「戦争を望むのは………戦争で利益を得ている者たちです。彼らにとってイデオロギーは何の価値もありません」
 マルセイユはそこで一旦言葉を途切って、ペットボトルに入った水を取り出し、一口だけ含む。さすがのマルセイユも今だけはすぐに喉が乾いてしまうのであった。
「そして………戦争で利益を得ている者たちが集まった組織がこの世には存在します。彼らが裏で糸を引き、すべての戦争を操っているのです」
「……………」
「その組織の名は………」



『その組織の名は『アドミニスター』。全世界の戦争商人たちが作り上げた、戦争を起こし、継続させるための組織です』
 テレビに映るマルセイユは静かに、だがハッキリとした言葉で『アドミニスター』を口にした。
 その言葉を聞いた瞬間の『一三階段』の面々は目ん玉が飛び出るのではないかと思えるほどに大きく目を開けた。
「マ、マルセイユ………あの男め! 我らを全世界に告発するつもりか!!」
『一三階段』の最上段、つまり『アドミニスター』の総帥である皇帝が声を荒げる。その額は汗で滲んでいた。
「ど、どうするのですか、皇帝!?」
 フォン・ウォーリックがすがるような目で皇帝を見る。いや、フォン・ウォーリックだけではない。『一三階段』の誰もが皇帝の判断を待っていた。
 皇帝ならば、この『アドミニスター』を統べる皇帝ならば自分たちがどうするべきなのかを教えてくれるはず。その思いが『一三階段』を支えていた。
「う、うむ………そ、そうだな………」
 皇帝は視線を泳がせながら何事かを言おうとしてすぐに止める。その姿に皇帝としての威厳など微塵も無かった。
 皇帝の視線は『一三階段』の一一段目のヘッツァーで止まった。皇帝はヘッツァーに助けを求めていた。『一三階段』の最上段にある男が、自分よりも格下の男に。
「………フ」
 ヘッツァーは冷たく笑い、皇帝を助けるつもりが無いことを示した。ヘッツァーの顔の右半分を隠す銀の仮面が冷たく光った。
「存外………情けないな。もう少し世界を裏で操っていた組織らしくあがいてくれると思っていたが………興ざめだ」
 ヘッツァーの言葉に一同は目を剥いた。
「ヘ、ヘッツァー様!?」
 ミスター・アムプルが震える声で言った。
「ま、まさか貴方が………」
「ミスター・アムプル。君が何を考えているのかは知らん。だが私はマルセイユの真意を知っていたのは事実だな」
「な、何ですって!? 何故、何故ですか!?」
「『アドミニスター』に反旗を翻す愚か者たちを見たかった………まぁ、そんな所かね?」
 ヘッツァーは視線を皇帝の方へ向ける。
「皇帝、この世に終わりのないモノなど無いのだよ………唯一を例外として、な」
「ヘ、ヘッツァー………ヘッツァー様、何とかしてください!!」
 皇帝がついに恥じも外聞も捨ててヘッツァーに泣きすがる。その無様な光景に他の『一三階段』は唖然とする。
「自分で考えるのだな、皇帝。私は『アドミニスター』から手を引かせてもらう」
「そ、そんな! 貴方様の協力が無ければ………『アドミニスター』は解体され、そして我々は………破滅する!!」
「フハハハハハハハ! 無様だな、皇帝。これは愉快だ! ハハハハハハハハ!!」
 ヘッツァーの高笑いが響く。
「………どうしても、どうしても『アドミニスター』を抜けるつもりか!?」
 ヘッツァーの高笑いに激昂した皇帝が、懐から拳銃を取り出してヘッツァーに銃口を向ける。
「ならば貴様も道連れだ!!」
 パンッ
 乾いた銃声が響く。
「ハ、ハハ………ハハハハ」
 皇帝の虚ろな笑い声だけが木霊する。
 皇帝の放った銃弾は、ヘッツァーのすぐ手前で止まっていた。何か見えない壁にでも守護されているかのようであった。
「バカな………何故、何故銃弾が当たらない!?」
 錯乱した皇帝は拳銃の残弾をすべてヘッツァーに向けて撃った。しかし結果は同じであった。すべてヘッツァーに当たることなく、床に零れ落ちるのみであった。
「バ、バケモノ………」
 皇帝のみならず『一三階段』の者たちは一様に腰を抜かして立てなくなった。
「バケモノ………フッ。失礼な奴らだな」
 ヘッツァーは薄く、そして残酷に微笑んだ。見ているだけで心臓が凍りつきそうな笑みであった。
「残念だが………私はお前たちのような無様な道化師にいつまでも舞台に立っていて欲しくはない。観客のリクエストに応えてることが俳優の絶対条件。大人しく退場したまえ」
「な、何を………」
「………退場するつもりは無いようだな? 見苦しい………消えろ」
 ヘッツァーが『一三階段』の面々の前に手をかざしてみせる。そしてその手を翻す。
「な………ボグハァッ!?」
 ヘッツァーが手を翻すと『一三階段』は一斉に弾けた。まるで火のついた爆弾でも飲み込んでいたかのようであった。辺り一面に『一三階段』の肉片と血のりがぶちまけられる。
「ヘッツァー様………ヒッ!?」
 惨状の中にいるヘッツァーの背に声をかけたのは彼の右腕として活躍していたアークィラであった。彼女は部屋中に飛び散った『一三階段』の肉片と血のりによってこみ上げる吐き気を抑えることができなかった。
「どうした………アークィラ?」
「こ、国連の事はご存知………ですよね? あの………『一三階段』の方々は?」
「ああ、知っている。『一三階段』は………無様なので始末した」
「始末!? まさか………」
「この部屋に飛び散っているのが彼らになるな………フ」
 アークィラの表情が引きつる。しかし彼女は辛うじてこらえた。そして言葉を続ける。
「で、ではヘッツァー様はいかがなさるのですか? もはや『アドミニスター』解体は避けれないでしょう」
「………ふむ。さすがだな、アークィラ。お前は『一三階段』の道化師たちと違って『アドミニスター』がもう死に体にあることを認めたか」
「はい。ヘッツァー様、第二の『アドミニスター』を設立なさるのでしょう? そのための資金、人脈はすでに私が………」
「しかし………アークィラ。それが君の限界のようだな」
「はい?」
「もはや私は『アドミニスター』など必要としない。その意味………わかるな?」
 ヘッツァーの言葉を聞いたアークィラは愕然とする。
「そんな! ヘッツァー様は………ヘッツァー様は私に言ってくださったじゃないですか!? 『人は戦争によって進歩することができる。私はそのために『アドミニスター』を作った』と!!」
「なるほど………それがお前の支えだったのか」
「貴方は………貴方は『アドミニスター』に一体何を望んでいたのですか!? 貴方は『アドミニスター』で資産を稼いだわけでもないはず。貴方はただ戦争を引き起こし、それを見ているだけだった………名前の通りの『挑発者』だった………まさか!?」
「気付いたか………私にとって戦争は………最大の娯楽でねぇ」
「娯楽………楽しみのためだけに『アドミニスター』を………」
「そうだ。だが今の興味は別に向いた」
「え?」
 ヘッツァーはテレビを指差す。『アドミニスター』について解説を続けるマルセイユが映っていた。
「彼らに絶望を与える………それが私の新たな興味だよ」
「……………」
 アークィラはガクリと崩れ落ちた。自らの信じていた者に裏切られた者特有の反応であった。
「アークィラ………私についてくる気は………」
 ヘッツァーは咄嗟に身をよじる。瞳に怒りだけを灯したアークィラがヘッツァーに掴みかかろうとしたからであった。その際にヘッツァーの顔面の右半分を隠している銀の仮面がアークィラの指に弾かれて床に落ちる。
「ム………アークィラ………おのれ………」
 今まで仮面に隠されていて見えなかったヘッツァーの顔の右半分。アークィラもそれは始めて見る。そして………
「イ、イヤーーーーッ!!」
 その場に正気を失ったアークィラの叫びだけが轟いた。



 国連本部。
「………『アドミニスター』についてはわかりました。すべての戦争が彼らの陰謀の末だということも、この証拠ファイルからも明らかでしょう」
 オーウェンが手にする証拠ファイル。それは『リベル・ローズ』ことルツィエ・カレルが持ち込んだ指輪の中に隠されていたマイクロフィルムを紙に印刷したものであった。
「今、リベルに派遣している我が社の社員がクリフォードを捕らえるべく活動しています。クリフォードからの証言があれば証拠はまさに完璧な物となるでしょう………」
 マルセイユがそう付け加えた。
「しかし………このような組織が本当にあったなんて………」
 ペトリャコフが信じられないという表情で呟いた。
「日米戦争、二度にわたる国共内戦、中東戦争、ベトナム戦争、リベルでの内戦………主だった戦争のほぼすべてに彼らが絡んでいるとはね………」
「私は………」
 マルセイユが再び口を開く。一同は私語を止め、マルセイユの言葉に食い入る。
「私は軍隊という剣を、国家が持つからこそ『アドミニスター』のような組織が暗躍できたのだと思う」
「え………?」
「国家が軍隊という剣を持っていると、剣は国家の権益のために振るわれる。それでは『アドミニスター』が解体されても戦争は無くならないだろう。軍隊という剣を管理するのは、国家では駄目なのだ!」
 マルセイユは力強く断言した。
「剣を持つのは………この星に住まうすべての民衆で無ければならない! 国家ごとに割り振られた民衆規模では争いが絶えることがないだろう!!」
「で、ではマルセイユ社長………貴方は………」
「そうだ! 私は、全地球の民衆が管理すると言っても過言ではない、この国連こそが軍隊を持つべきなのだと主張する!!」
「常設………国連軍か」
 清水がポツリとつぶやいた。今から数年前に大日本帝国海軍の海江田 四郎大佐が似たようなことを提唱しようとした。もっともそれは帝国海軍の、それもごく一部でのみしか公表されなかったのだが。
「しかしだね、マルセイユ社長」
 清水がマルセイユに言った。
「常設国連軍を作るのは確かにいい案だ。しかしその母体には各国の軍隊を使うしかない………それでは何も変わらないのではないか? それでは結局常任理事国主導で終わらないのか?」
「それに関しては大丈夫です」
 マルセイユは清水の指摘にもまったく動じなかった。
「何?」
「この世には………大国の利益に一切関与しない軍隊が存在します。それも大国並の軍事力を持った」
「バカな!? そんな軍隊………聞いたことがない………」
「今、貴方の目の前にいるじゃないですか」
「!? そ、そうか!!」
「そう、我ら傭兵が母体となって常設国連軍を創設します。これならば真の意味で国益が一切入り込めない、民衆のための軍隊が創れます!!」
「うん………それなら、それなら大丈夫だな」
「では、後の細かい部分は貴方たち大使に委ねます。私は………これで自首します。国連制圧、及び『アドミニスター』の一員として名を連ねていた者の責任としてね」
 マルセイユはそう言うと壇上を後にした。そしてふてぶてしくニューヨーク市警にそのまま自首した。



 大日本帝国広島県呉市連合艦隊司令部。
 連合艦隊司令長官室に一人、NHKの国連中継を見ていた男が受話器を手に取り、電話をかけた。
「マルセイユ社長の演説は無事に終わったようですね、ミンツ長官」
 男――大日本帝国海軍連合艦隊司令長官 中条 静夫は開口一番にそう言った。
『これで………私たちの肩の荷も下りましたね』
 受話器越しに聞こえるアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊司令長官 ユリアン・ミンツの声。
「いえ………ミンツ長官。これからが勝負ですよ。私たちはこれから軍隊を解体していかなければならない。その労苦は………想像するだけで険しいでしょう」
『ですが、これで戦火に怯える者は確実に減る。そう思えばいかなる困難にも耐えれますよ。ただ………』
「ただ?」
『カリンは怒りそうですけどね。しばらくは忙しくて一緒にいる時間も減るでしょうから』
「はは、ミンツ夫人を如何になだめるか。それが最重要課題のようですな」
 中条は笑った。一仕事を終えた男の、艱難辛苦を超えた男特有の笑みであった。
 中条とユリアンは二人でNORADの防空システムの情報解析などを行い、マカールと瀬良に流したのであった。他にもマルセイユたちと共に『アドミニスター』を暴くために様々な苦労を共にしてきていた。
 今、その苦労は真っ当に報われたのであった。



 リベル人民共和国にて。
「『アドミニスター』の傀儡となったリベル解放戦線などもはや何の価値もない! 我らの国を、我らの手に戻すのだ!!」
 国連の中継は全世界に流されていた。
 それを見ていたリベル政府軍のあちこちでクリフォードに対する叛乱の火の手があがる。
 そしてリベルを二分していたリベル解放戦線内でも状況は変わっていなかった。
「俺たちは傭兵に過ぎない。だが………今まで『アドミニスター』にコケにされていたというなら話は別だ! 今まで俺たちに恥をかかせていたクリフォードを捕らえるぞ!!」
 アシャの口から語られたリベル解放戦線の真実。リベル解放戦線の指導者であるシルバ・トゥルマンはクリフォードが作り出した、この世に存在しない人物。クリフォードはそうやってリベルを二つに分けることで『アドミニスター』の意向に沿って動いていたのだ!
 これを聞いた傭兵たちはその怒りの矛先をクリフォードに向けることを決意した。そしてすでに『ソード・オブ・マルス』がクリフォード捕縛に動いていることも聞いた。
「『ソード・オブ・マルス』に遅れを取るな! クリフォードを捕縛するのは俺たちだ!!」



 リベル人民共和国首都リベリオン。
「お、おい………どうする?」
「クリフォード首相が………俺たちをだましていたなんて………」
「信じられないけど………証拠は全部あのマルセイユって人が握ってて、それが本当だって証明されたんだろ?」
「だったら俺たちは………何のために戦っていたんだ?」
『ソード・オブ・マルス』との戦いの末に戦力を消耗し、リベリオンにて再編成に追われていた『クリムゾン・レオ』でも動揺の拡散は防げそうになかった。
 誰もが何をするべきなのかもわからずに、ただオロオロと話し合うばかりであった。
 しかしそんな最中にパイロットスーツに身を包み、出撃しようとする者がいた。
『クリムゾン・レオ』隊長のレオンハルト・ウィンストンであった。
「俺は………愚か者か、レアード?」
 レオンハルトは今は無き自らの片腕に問うた。しかしレアードは待てど暮らせど答えない。答えるはずが無かった。
「だが………俺はリベル軍人なんだ。この命はリベルに預けてある!!」
 レオンハルトは自らの愛機であるP−80に乗り込んだ。
「レオンハルト・ウィンストン、出撃する!!」



 長きに渡った物語も、ようやくにして終局に向かいつつあった。
 しかし無血のまま終結を迎えることは………不可能であった。


第三六章「The Fate of Blaze」


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