軍神の御剣
第三四章「The victim of Love」


 一九八三年九月一一日午後六時二三分。
 リベルの大地を疾駆する陸上戦艦 コリヤーク。その艦橋に『ソード・オブ・マルス』の戦士たちは集められていた。
「始めまして………だな」
 ヨシフ・キヤ・マモトはそう言って照れくさそうに頭を掻いた。
「アンタたちがマルセイユの言ってた精鋭部隊『ソード・オブ・マルス』か。なるほど。いい面構えしてやがるぜ。なぁ、フョードロブナ」
 マモトは傍らの親友マクシーム・フョードロブナに言った。
「相変わらず照れくさくなると他の者に話を振るんだな」
 フョードロブナはそう言って笑った。
「とにかく今から俺たちは同じ目的のために戦う同志ってわけだな。よろしく頼むぜ」
 マモトはそう言って手を差し出した。その手を取ったのは『ソード・オブ・マルス』隊長のハーベイ・ランカスターであった。
「こちらこそ………頼みますよ、マモト大佐」



『ソード・オブ・マルス』の六機のPAはコリヤーク艦内に格納されていた。
 ウラル級陸上戦艦三番艦であるコリヤークは一番艦であるウラルと二番艦のコリマで得られたデータを下に改良が加えられており、より正確には改ウラル級というべき存在であった。
 従来型との最大の違いはPA部隊の母艦としての能力の有無である。コリヤーク以降のウラル級陸上戦艦には艦内にPAを一〇機程度まで収納、整備可能な格納庫が設けられていた。
 そのコリヤークの格納庫にて。
 PA−3F ガンスリンガーF。
 パンツァー・レーヴェ。
 PAX−003cRiese アルトアイゼン・リーゼ。
 ランスロット。
 四〇式装甲巨兵 侍。
 そしてX−1 ガンフリーダム………
 西側諸国の最新鋭機が東側諸国が誇る陸上戦艦の格納庫に納められている姿はまさに呉越同舟といった趣があった。
「コリヤークにP−80は一機も無かったの?」
 エレナ・ライマールを始めとする『アフリカの星』整備班の幾名かは『ソード・オブ・マルス』と共にコリヤークに身を寄せていた。
「どうやらフョードロブナ艦長がいうには搭載PAは現地で調達するつもりだったようです」
 エレナの疑問に答えたのはマモトの参謀であるスチョーパであった。
「……………」
 エレナはスチョーパの顔をじっと見つめた。その目はどこか暗いモノを湛えていた。
「………? あの、どうかしましたか?」
「いえ………ねぇ、スチョーパさん」
「何でしょうか?」
「………ルエヴィトの整備班を排除するためにスペツナズを送り込んだのって、マモトっていう人なの?」
 先のルエヴィト攻防戦の際にマモト(当時)ソビエト人民義勇隊司令はスペツナズをルエヴィト市内に放って整備班を殺傷し、継戦能力を奪おうとした。
 エレナ・ライマールは整備班の者だと聞いている。つまりは………彼女はあの作戦の際に死にかけたことになる。
「………はい。確かに大佐が立案しましたし、細部を詰めたのは私です」
 スチョーパは何もかも包み隠さずにエレナに話した。隠すということはエレナに対して失礼に当たる。そう思ったがためであった。スチョーパは誠心誠意を込めて説明を続けた。
「……………」
 エレナはスチョーパの話を黙って聞き続けた。そして彼女はスチョーパの言葉が終わると………
「ありがとうございます」
 そう言ってエレナはニコリと笑った。
「私の我侭に付き合ってくださって、感謝しています」
「ライマールさん………」
「私、スチョーパさんやマモトさんを憎むなんて真似、絶対にしませんから」
 だって………エレナは言葉を続けた。
「だって私たちもスチョーパさんやマモトさんの仲間を沢山、沢山殺しちゃってますもん」
「………おあいこ、おあいこでいいのですか?」
「はい! 悪いのは全部戦争です! 何としても………何としてもこの戦争を終わらせましょうね!!」
「………はい。お互いに頑張りましょう」
「あの………スチョーパさん。マモトさんが呼んでます」
 おずおずといった感じで一人の少女がスチョーパに声をかけた。
「あれ? 何でこんな女の子がここにいるの?」
「あ、ああ、この子はアンナといって、大佐が保護したリベルの女の子なんだ………大佐が呼んでるって? じゃあ私はこれで失礼します、ライマールさん」
「エレナでいいわよ、私のことは」
「そうですか? ………では、エレナさん。また」
 スチョーパはそう言って頭を下げて格納庫を後にした。
「で、アンナっていうんだっけ? 私、エレナ! よろしくね、アンナ!!」
 エレナはそう言ってアンナの手を取ってグッと握った。
「あ、あの………よ、よろしくお願いします」
 アンナは照れくさそうにエレナの握り締めてくる手を握り返した。



「まさかマモト大佐がコリヤークを自らの戦力に組み込むだなんて………」
 リベル人民共和国首都リベリオン市内首相官邸。
 リベル首相であるアルバート・クリフォードは思わず頭を抱えていた。その顔は死人のように色が悪かった。
「この失態はソ連軍の責任ですぞ! どうしてくれるのですか!!」
 クリフォードの懐刀として知られているミロヴィッツ少将がソビエト人民義勇隊司令代理であるヘルムート・フォン・ギュゼッペ技術中佐に詰め寄った。
「フッ………何を恐れているのですかな?」
 ギュゼッペはクリフォードたちを見下した視線と口調で言った。
「マモトを消すことはクリフォード閣下が望んだこと。このリベルの戦場を管理しやすくするためにね」
「だがそれに失敗したのはギュゼッペ! 貴様ではないか!!」
 声を荒げたのはクリフォードであった。
「まさかあの二人が寝返るとは思いませんでしたからね。さすがはスターリンの孫。不気味なまでのカリスマを受け継いでいるようで」
「そうだ。そして今度はコリヤークを自分の駒としたではないか! これが『アドミニスター』にバレでもしたら………私はお終いだ! リベルの戦場を管理できなくなったら『アドミニスター』は絶対に私を切り捨てる………」
「フッ。いいではないですか、クリフォード閣下」
「何!? ギュゼッペ、貴様それはどういう意味だ!!」
「姿をくらましていたマモトですが、コリヤークなんていう嫌でも目立つ陸上戦艦を戦力とした以上、今までのように隠れ続けることは不可能なんですよ」
「そうか! 全兵力でコリヤークを落とすのか! そうすればマモトも死ぬし、一石二鳥じゃないか!!」
 クリフォードの顔にようやく精機が戻る。
「では早速部隊の手配を………」
 ミロヴィッツが足早に部屋を出ようとする。
「お待ち下さい、ミロヴィッツ少将」
 しかしギュゼッペはそのミロヴィッツを引き止めた。
「コリヤーク程度ならば全部隊を導入する必要もありません。私の手駒を使いましょう」
「貴様の? あの『ネメシス』隊のことか?」
「左様」
「確かにあの部隊は優秀かもしれん。だが肝心の『カルネアデス』が到着していないではないか!!」
「………確かに彼らは『カルネアデス』のために調整した兵士たちです。ですが彼らに与えているP−80カスタムでも充分に戦えます」
 ギュゼッペはそう言って自慢げに鼻を鳴らした。
「………わかった。ではコリヤークへの攻撃、貴様に任せるぞ」
 クリフォードは打算の末にギュゼッペに任せることにした。確かにリベルの全兵力を動かせばコリヤークを撃沈し、マモトを殺すことができるだろう。しかし陸上戦艦の実力はウラルが実証しているように、決して侮ってよいものではない。こちらもかなりの痛手を被ることは疑いようが無かった。
 ならば自信満々のギュゼッペに任せた方がよいのではないだろうか。上手くいけばそれでいいし、失敗すればこの高慢な男の鼻が折れることにもなる。どちらに転んでもよい訳だ………
 ギュゼッペは、自らの打算に満足して急に笑い始めたクリフォードを冷ややかな目で見つめていた。



「久しぶりだな、ゼーベイア」
 コリヤーク艦内に与えられたネーストル・ゼーベイアの私室。
 マモトはネーストルに呼び出されてこの部屋に来ていた。
「………アフガン以来ですね」
「そういうこった。あの後に中華民国に亡命した時はさすがにビックリしたよ」
「………マモト大佐。私が亡命した後のことを聞かせてもらえないでしょうか? あの後に『血染めのマリオネット』がどうなったのかを!!」
 ネーストルはまっすぐにマモトを見た。その眼差しは真剣そのものであり、マモトのような豪胆な男であっても気圧されてしまった。
「………覚悟はいいんだな?」
 マモトは念を押して尋ねた。
「覚悟………覚悟ならあります」
「わかった。では話そう………お前が亡命してから『血染めのマリオネット』は解散となって、アフガニスタンの特に危険な前線に送られた。そして………ついには消耗しきって全滅している」
「………そ、そんな」
「だが一人だけ生き残った奴がいたと聞いている。そいつは………」
「………エレメーイ、エレメーイではありませんか、その男は!」
「………そうだ。ただしエレメーイはすでに死んだものと考えた方がいい。奴はギュゼッペ………西側から亡命してきた鬼畜科学者の実験台とされ、精神に異常をきたしたと聞いている」
「………そうですか。やはりあの時のエレメーイは………」
「そうか。すでに『ネメシス』隊と戦っていたのか………」
「『ネメシス』? それがエレメーイのいた部隊の………?」
 マモトは大きく頷いた。
「そうだ。俺はよくは知らないが、何でも普段は使われていない人間の潜在能力を引き出した部隊なんだそうだ」
「潜在能力………」
「その引き出し方が問題でな………極端な復讐心を植えつけることで引き出させるんだ。だから『ネメシス』隊の連中はみんな復讐鬼みたいになってる。マトモに話が通じる相手じゃ無いぜ」
 マモトはそう言ってネーストルの肩を叩いた。
「ネーストル………お前さんは確か奥さんの病気を治すために西側に亡命したんだよな?」
 ネーストルは言葉も無く頷くしかなかった。
「だったら胸を張っていいと思うぜ、俺は」
「………で、ですが私はエレメーイたちを………」
「俺は一応今年で三四歳。お前より五歳年上になるからお前より知ってることが多くてな」
「………?」
「人を愛するってのはそういうもんだと思うのさ。愛ってのはなかなかに貪欲で、何らかの犠牲を強いることが多いんだぜ。お前の愛が求めた犠牲は『血染めのマリオネット』だったのさ。今のお前にできることは………奥さんを愛してやることだけだろうさ。一度奥さんを愛してしまったんだ。もはや後戻りすることは絶対に許されはしない………」
 その時であった。コリヤーク全艦に警報の音が鳴り響く。
 マモトはその音を聞いた瞬間にネーストルの部屋を飛び出していた。ネーストルもそれに続く。ネーストルの表情は悩める人間ではなく、凛々しい戦士の顔となっていた。



 コリヤークに迫るのは『ネメシス』隊であった。ただし今いるのは二機だけ。二機のP−80特殊戦使用がコリヤークに迫り来る。
「今度の相手は陸上戦艦って話じゃねーか! 楽しめそうじゃねーかよぉ!!」
 P−80カスタム・ヘヴィを駆るサムソンがコクピット内で吼える。
「陸上戦艦なんか、陸上戦艦なんかただのデカブツさ、ヒヒヒヒ」
 P−80カスタム・セイバーを駆るグレプも不気味に哄笑する。
「ヘッヘッヘッ。後の二人が着く前にぶっ壊してやるぜェ………行っくぜェ!!」
 P−80カスタム・ヘヴィが両肩の一二五ミリ滑腔砲、そして両腕となっている三〇ミリガトリング砲を驟雨のように放ち続けた。
 コリヤークの装甲は決戦距離で放たれた自弾、つまり三六センチ砲弾にも耐えれるように設計されている。戦車砲や攻撃機のガトリング砲を改造した兵装を持つ重火力PAであるP−80カスタム・ヘヴィといえども易々と貫き破れるものではない。
「チッ! さすがに硬ぇな………」
『サァムソン! お前は大人しく俺の援護してろって! 俺のセイバーなら………』
「んだと! 接近しなきゃ何もできねぇ欠陥機の分際で!!」
 しかしサムソンは口では暴言を吐きながらもグレプの援護を行う。その辺りもギュゼッペの洗脳技術の為せる業であろうか。
 グレプのP−80カスタム・セイバーがそのまま両腕となっている対PA用チタン・セラミック合金剣の刃を陽光に煌かせて突進する。
 コリヤークは対空用の機銃を動員して迫り来る『ネメシス』隊のP−80カスタムを追い払おうとする。しかしサムソンのP−80カスタム・ヘヴィとグレプのP−80カスタム・セイバーはさながら巨象にまとわりつく羽虫のように押しては退くことを繰り返す。
「オラオラオラオラオラ!!」
 P−80カスタム・ヘヴィの弾丸のスコールはコリヤークの対空機銃座を確実に破壊し、沈黙を強制する。
「オラ、さっさとやっちまえよ!!」
 サムソンがそう叫んだ時、P−80カスタム・セイバーが右手を大きく引き………一気にコリヤーク艦橋に突き立てるべく最後の突進を敢行する!
 しかしP−80カスタム・セイバーの剣がコリヤーク艦橋に突き刺さろうとしたその時、P−80カスタム・セイバーの剣が撃ち砕かれた。
「何だとォ!?」
 P−80カスタム・セイバーの剣は前述のようにチタン・セラミック合金である。たとえ戦車の装甲でも切り裂くほどの鋭利な刃である。それを撃ち砕くほどの破壊力を持つ兵器はそうそうあるものではない………
 その時、サムソンは初めてコリヤークの艦尾から六機のPAが飛び出していた事に気付いた。それも西側の最新鋭機である。
「ガンスリンガーにランスロット、アルトアイゼン、侍? おいおい、コリヤークはソ連の兵器じゃねぇのかよ!!」
『あいつら………よくも俺のセイバーの右腕をォォォォォォ!!』
 右手を破壊されたことに怒り狂うグレプがコリヤークから出撃した六機のPAにまっすぐ向かっていく。もはやコリヤークのことなど目にも入っていない様子であった。
「チッ………命拾いしたな、陸上戦艦さんよぉ!!」
 サムソンは小さく舌打つとP−80カスタム・ヘヴィを敵PA部隊へと突撃させた。両肩の一二五ミリ滑腔砲、そして両腕の三〇ミリガトリング砲を放ちながら。



「よし、よくやった、アーサー!!」
 ハーベイはP−80カスタム・セイバーの右手だけを撃ち抜いたアーサー・ハズバンドの技量を素直に誉めた。胴体部を狙撃して撃墜しても残った慣性で剣が艦橋に突き刺さっていただろう。右手だけを撃ち抜いたのは大正解であった。
 しかし………相変わらず恐ろしい技量だな。アーサー・ハズバンド、お前は本当に人間なのか?
 ハーベイはそう思わないでも無かったが、今は戦場に集中することにした。
「敵はこないだ戦った特殊改造機の小隊のようだ! 手ごわいが、今はどういうわけか二機しかいない! 荷電粒子砲と電子作戦機のが来る前にしとめておけば後で楽ができるぜ!!」
 ハーベイは無線に向かってそう怒鳴るとガンスリンガーFのスロットを開いた。ハーベイの操作に従ってガンスリンガーFは背部のブースターから激しい炎を噴き上げ、一気に加速を始めた。
「………たった二機に俺たちがやられるものかよ!!」
 ハーベイはそう呟くとガンスリンガーFの装備するM510の発射トリガーを引いた。
 M510から放たれた九〇ミリ砲弾は一定の距離を進むと弾け、中に収められていた無数のベアリング弾を撒き散らした。
 だがハーベイが狙っていたP−80カスタム・ヘヴィはベアリング弾の弾幕を回避した。ハーベイは射撃距離が遠すぎたことを知った。
「チッ………うわっ!?」
 P−80カスタム・ヘヴィに気を取られ、ハーベイはP−80カスタム・セイバーの接近に気がつかなかった。残された左腕をハーベイのガンスリンガーFに振り下ろすP−80カスタム・セイバー。ハーベイは咄嗟にM510でその斬撃を受け流そうとする。しかしM510はいとも簡単に切断されてしまう。恐るべき切れ味であった。
『ハーベイ!!』
 APAGの猛射がP−80カスタム・セイバーに襲い掛かる。P−80カスタム・セイバーはバックステップでAPAGの四〇ミリ砲弾から逃れた。
『大丈夫か!?』
 ハーベイは自分を助けてくれたのがエリック・プレザンスだと知った。
「あ、あぁ………やはり侮れない敵か………」
『チッ! ハーベイ君! 最悪なタイミングで増援だよ!!』
 電子作戦仕様に改造されている四〇式装甲巨兵 侍に乗るマーシャ・マクドガルの声。
「来たか!?」
『ああ、残りの二機のお出ましだ! あの電子作戦機を最優先で撃墜してよ! アタシの侍の電子機器でもアレのジャミングは外せそうにないんでね!!』
『………電子作戦機は私に任せてもらう』
「何!? おい、ネーストル!!」
 ネーストルの駆るランスロットがハーベイの承認を待たずに『ソード・オブ・マルス』から離れて行った。
『ネーストルさん!』
『よせ、アーサー! ここはネーストルに任せよう………俺たちは他の三機を相手する!!』
 ネーストルの背を追おうとしたアーサーを引き止めたのはエリックの一喝であった。
『来ますよ!!』
 エリィことエリシエル・スノウフリアの声。
 ネーストルを除く『ソード・オブ・マルス』の面々は強敵である『ネメシス』隊との戦闘に入った。



「チッ! 陸上戦艦の弱点がこんなところにあったなんてな!!」
 コリヤーク艦橋でマモトは悔しげに歯噛みした。
「少数機での襲撃では発見も遅れ、そして主砲も使えない、か………」
 感情をむき出しにして悔しがるマモトとは対照的にフョードロブナは静かに腕を組んだ。
「か、艦長! 大変です!!」
 オペレーターの悲鳴に限りなく近い叫び。
「どうした? 何があった?」
「エ、FCSシステムがダウンしています………」
「何だと!? 復旧できないのか!?」
「ダメです! こちらのシステムより向こうの方が最新式のようで………」
「やってくれっぜ………P−80カスタム・ディスチューブのジャミングがこのコリヤークにまで通用するとはな………」
 マモトはギュゼッペの憎たらしい顔を思い浮かべていた。
「クソォ! これじゃこのコリヤークはただのデクじゃねぇかよ! ………何か、何か方法は無いのか!?」
「クッ………」



「傭兵………お前だけは、お前だけは許すわけにはいねぇんだぁ!!」
 P−80カスタム・キャプテンのコクピットでハーグ・クーは声の限り叫んだ。
 P−80カスタム・キャプテンが装備する荷電粒子ライフルが閃光を撃ち出す。
 ガンフリーダムは何とかその一撃を回避した。しかしガンフリーダムにP−80カスタム・ヘヴィの弾幕が襲い掛かる。
 ガンフリーダムは咄嗟に左手に持つ八三式防盾に身を隠してP−80カスタム・ヘヴィの放った鋼鉄の豪雨を受け止めた。
「チィッ!!」
 ハーグが舌打ちした時、アルトアイゼン・リーゼが突っ込んできた。右腕を大きく振りかぶり、リボルビング・バンカーの一撃を喰らわせるつもりであろう。リボルビング・バンカーの一撃を受けてはP−80カスタム・キャプテンなど簡単にスクラップに変えられてしまう。
「んなッ!!」
 ハーグが咄嗟に呻いた時、口の端から唾液が垂れた。しかしハーグはそのようなことは気にも留めなかった。今の彼は戦闘こそがすべてであった。
 P−80カスタム・キャプテンはアルトアイゼン・リーゼの正拳突きに対し、アルトアイゼン・リーゼの右腕をはたくことで軌道を逸れさせて回避に成功した。
「死ねぇ!!」
 P−80カスタム・キャプテンは右手に持つ荷電粒子ライフルの銃口をアルトアイゼン・リーゼに押し付ける。零距離での射撃。外すことなどありえない。
 だがP−80カスタム・キャプテンは右肩を撃ち抜かれて使い物にならなくされてしまった。
「何ッ!?」
 P−80カスタム・キャプテンの右肩を撃ち抜いたのはガンフリーダムのGガンの一撃であった。二〇ミリ口径レールガンであるGガンの威力は戦車砲をも上回る。高すぎる貫通力のためにP−80カスタム・キャプテンの右肩は二〇ミリ弾にあっさりと貫通された。二〇ミリ口径の穴が開いただけで右肩の原型はとどめている。ただしもはや右手は使い物になりそうになかったが。
「クソォッ! 傭兵どもがぁ!!」
 怒りに目を血走らせながらハーグは呪詛の声をあげ、P−80カスタム・キャプテンを後退させる。しかしガンフリーダムの射撃は正確無比。再び狙われて、ハーグは回避できる自信は無かった。
 しかしそれを救ったのはP−80カスタム・ヘヴィの猛射であった。P−80カスタム・ヘヴィの猛射でガンフリーダムは回避に専念せざるをえなくなる。
 だが右肩を撃ち抜かれて武器が使えなくなったのを好機と見たアルトアイゼン・リーゼの突進は止まない。
『ザマァねぇな、ハーグよぉ!!』
 ハーグの危機に現れたのはグレプであった。残された左腕のみでグレプはアルトアイゼン・リーゼに果敢に挑む。
「クッ! 傭兵どもがぁ!!」
 ハーグは混戦の様相を呈してきた戦場から一旦退き、そこでもはや動かなくなった右腕が保持し続けている荷電粒子ライフルを左手に持ち替えるつもりであった。
 だがハーグにガンスリンガーFが襲い掛かる。グレプとの戦いでM510を両断されていたガンスリンガーFは近接戦闘用のナイフのみでP−80カスタム・キャプテンに向かってくる。ハーグも荷電粒子ライフルの持ち替えは諦め、残された左手でナイフを掴んだ。
 ガンスリンガーFが突く!
 それをナイフで受け流すP−80カスタム・キャプテン。
 P−80カスタム・キャプテンとガンスリンガーFがナイフの柄で鍔迫り合いを演じる。ここでモノを言うのは機体のパワーのみ。そしてパワーの面ではP−80カスタム・キャプテンに分があった。
 ガンスリンガーFのナイフを払いのけると今度は反撃だとばかりにガンスリンガーFの胸部目掛けてナイフを振り下ろす!
 しかしガンスリンガーFの機動性はガンフリーダムのような特機を除けば世界屈指のレベルである。ガンスリンガーFは機動性の高さを使ってP−80カスタム・キャプテンの太刀筋から逃れた。
「野郎!!」
 ハーグは口汚くガンスリンガーFのパイロットを罵りながらも再びガンスリンガーFに立ち向かおうとする。
 だがその時、機銃弾の火箭がハーグに襲い掛かった。
 ハーグは咄嗟に跳んでその火箭から逃れる。その火箭がコリヤークから放たれたと知ったハーグは驚愕の声をあげた。
「バカな!? コリヤークのFCSはエレメーイが抑えているはず………」



「い、今じゃ対空機銃はコンピュータ制御で動いているが………俺の爺さんの頃は人力で動かして狙いを定めていたものだ!!」
 耳障りな機銃発射音が聴覚をつんざく。
 コリヤーク甲板上の対空機銃座に陣取って機銃を放っていたのはマモトであった。
 コリヤークのFCSはジャミングによって使用不可能となっている。そこでマモトは甲板に直接出て、直接機銃座を使うことにしたのだった。コリヤークは被弾などの事情でFCSが使えなくなった時のために人力でも機銃が撃てるように設計されていた。マモトは自ら率先して甲板の機銃を直接使っていた。
「た、大佐ぁ!!」
 給弾手として(無理やり首根っこ掴んで)つれてきたスチョーパの悲鳴のような声。
「何だ、スチョーパ! 情けない声出しやがって!!」
「ちょっ………伏せてください!!」
 スチョーパがマモトを突き倒して自らも甲板に伏せる。
 甲板に腹ばいになる二人のすぐ上を三〇ミリ弾が通り過ぎる。P−80カスタム・ヘヴィの放った弾丸であった。
「あ、あぶねぇ………」
 さすがにマモトも声が震えていた。
「や、やっぱ無茶だったんじゃあ………」
「意地があんだよ、男には! ハーベイたちは俺の援護のためにわざわざ来てくれたんだ! だったら俺は奴らの苦労を少しでも軽くしなきゃならんのだよ!!」
「た、大佐!!」
 マモトはスチョーパの制止も聞かずに再び機銃座につき、機銃弾をバラ撒く。
「………俺の爺さんはロクでもない奴だった。手前のためにすべてを利用していた………だが俺は爺さんとは違う! 俺は、俺は他人のために俺のすべてを使ってやる!!」



「な、何だってんだよ、あの機銃は!!」
 サムソンは尚も自分に弾丸を浴びせようとする機銃座の執念に辟易したかのようなセリフを口にした。しかし真実の所、サムソンは恐れていたのだった。一体何があの機銃座をあそこまで駆り立てているのだろうか?
「ク、クソッ! 野郎、望み通りにぶっ殺してやる!!」
 そうはいかない。
 サムソンはそんな声を聞いた気がした。
「何!?」
 サムソンはガンフリーダムが自分目掛けて急降下していることに気付いた。
「チッ! 死ねや!!」
 P−80カスタム・ヘヴィの全弾をガンフリーダムに向けて一気に放つ。それは大地から天に向かって降り注ぐ鋼鉄のスコール。
 だがガンフリーダムは勢いをまったく殺さず、微々たる動きでP−80カスタム・ヘヴィの全弾を回避していた。
「何だ! 一体、一体コイツは何なんだ!?」
 サムソンは自分の頬が恐怖に引きつる感覚を覚えた。
「く、来るな! 俺に、俺に近寄るなぁ!!」
 だがガンフリーダムの急降下は止まる気配すら見せない。
「ヒッ………」
 次の瞬間、ガンフリーダムが左手に持つ八三式防盾がP−80カスタム・ヘヴィに突きつけられた。厚さ二五〇ミリにも達する超重量級鋼板である。さらに八三式防盾は格闘戦を考慮して先端部が尖ったデザインとなっていた。その八三式防盾がP−80カスタム・ヘヴィの頭部を破壊する。PAは頭部にカメラ、そしてFCSを搭載しているのが常であり、頭部を破壊されては戦うことは不可能であった。
「く、畜生!!」
 ガンフリーダムはそのまま飛びすさる。サムソンは自分が命拾いしたことをようやく悟った。
「な、何とか生き残れた………?」
 その時、サムソンは周囲を覆っていたジャミングが消え去ったことに気付いた。ジャミングが消えた。つまりはジャミングを行っていたP−80カスタム・ディスチューブが撃墜されたということだ。
「エ、エレメーイ!?」
『エレメーイが撃墜された。これ以上は無意味だ。一旦退け』
 サムソンの耳にギュゼッペの通信が入る。
「チッ! 覚えてろ、テメエら!!」
『ネメシス』隊はそのまま退いていった。『ソード・オブ・マルス』に追撃するだけの余力は無かった。



『ソード・オブ・マルス』が『ネメシス』隊の三機と戦っていた頃。
 ネーストルの乗るランスロットはまっすぐにP−80カスタム・ディスチューブに向かっていた。
 すでにP−80カスタム・ディスチューブのジャミングのためにランスロットのFCSもダウンしていた。射撃用兵装は一切使えない。だがネーストルはすでにこのことを想定しており、ランスロットに射撃用兵装を持たせていなかった。ネーストルのランスロットは両手にナイフを構えていた。
 しかしP−80カスタム・ディスチューブはGSh−6−30を装備していた。迫り来るランスロットに向けて一気に放たれる。三〇ミリ弾の雨に対してランスロットは右に左に上にと変幻自在の機動でそれを回避していた。
『少佐………少佐ですね?』
 P−80カスタム・ディスチューブに乗るエレメーイの虚ろな声。すでに彼の精神は狂気の向こう岸に渡ってしまっていた。
「………エレメーイ」
『ふふふ。少佐なら無線のチャンネルをここにしてくれると信じていましたよ。何せこれは………』
「『血染めのマリオネット』の周波数だから」
『その通り………そして今からは少佐の苦しみのうめきがこの周波数に流れる………シードル、ミーラ、ヴァレリヤーン………よく聞いていてくれ。裏切り者の末路を………』
 エレメーイが虚ろな声で、しかしながら謳う様に呟く。そしてGSh−6−30を放り捨てたかと思うと彼もまたナイフを抜いた。
『切り刻んでやる………まずは両の手足を切り、頭部を砕き、そして最後にコクピットを………!!』
 まっすぐに向かってくるP−80カスタム・ディスチューブ。その斬撃をネーストルはナイフで受け止めた。
「………残念だがな、エレメーイ」
『?』
「私はお前に斬られてやる訳にはいかん………」
『何ィ………?』
「………これが、これが私の選んだ道だ。半ばで倒れる訳には………いかんのでな!!」
 ランスロットの回し蹴りがしたたかにP−80カスタム・ディスチューブの横っ腹を蹴り上げる。P−80カスタム・ディスチューブにその衝撃で、わずか一瞬であるが隙が確かに生まれていた。
 その隙を見逃すネーストルではなかった。彼はその隙を突いてP−80カスタム・ディスチューブの懐に潜り込み、胸部にナイフを突き刺した。
『う、う……ぐぉ………』
 胸部に突き刺さったナイフはP−80カスタム・ディスチューブのコクピット部分にまで達しているはずであった。撃墜は確実であった。
「………マモト大佐。これで………いいのですね」
 ネーストルはそう呟き、P−80カスタム・ディスチューブに背を向けてハーベイたちの救援に回ろうとした。
 しかしそれはネーストルの油断であった。まだP−80カスタム・ディスチューブは生きていたのだ!!
 残された力を出し尽くしてランスロットの背中に突き刺さるナイフ。
「何!?」
『少佐………少佐も……道連れ………道連れだぁ!!」
 バカな!? 確実にトドメをさしたはず………
 ネーストルは己に甘さが残っていたことを否定できなかった。無意識のうちにコクピットへの直撃を避けてしまったのだろうか? それともエレメーイがギリギリの所で回避した?
 どちらにせよ両機共に致命傷を負ったのは事実であった。
「クッ………」
 ランスロットの背中に突き刺さったナイフを手に取り、傷口を広げようとするP−80カスタム・ディスチューブ。だがランスロットはP−80カスタム・ディスチューブを後ろ向きのまま蹴り、引き剥がす。その際に突き刺さっていたナイフが抜け、ランスロットの背中からどす黒い血が………いや、オイルが滴る。
『逃がしはしない………逃がしは、逃がしはしないィィィィィ!!』
「エレメーイ………」
『殺す! 殺す! 殺してやる! コロシテヤルウウゥゥゥゥ!!』
 もはやお前は死者か………私の下で戦っていた頃のお前はもう………
「エレメーイ。今のお前は亡者だな」
『ウオアアアアアアア!!』
 野獣のような咆哮をあげてP−80カスタム・ディスチューブが迫り来る。
「死者は………墓の下へ帰るしかない」
『アアアアアアアアアア!!!』
 ランスロットのオイルで塗れるナイフを両手で構え、突進するP−80カスタム・ディスチューブ。
「………私をエゴイストと罵りたくば罵れ」
 P−80カスタム・ディスチューブの突進をかわしたランスロットは再びナイフをP−80カスタム・ディスチューブの胸部に突き立てた。今度は過たずコクピットを直撃していた。
「………だが、マモト大佐の言うように、愛とは………エゴなのかもしれん」
 コクピットを貫かれたP−80カスタム・ディスチューブはガクリと崩れ落ちた。
「……………」
 ネーストルはランスロットから降り、リベルの大地に倒れるP−80カスタム・ディスチューブに近寄る。
 だがネーストルの口から謝罪の言葉は出なかった。
 彼は静かに目を閉じるとそのままP−80カスタム・ディスチューブの傍に立ち尽くしていた。
 そんなネーストルをリベルの秋風は優しく撫でてくれた。何も知らぬが故の無邪気な風であった。


第三三章「A false war」

第三五章「An angel’s torn wings」

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