軍神の御剣
第二八章「GUN FREEDOM」


 一九八三年八月一八日。
 ヨシフ・キヤ・マモト大佐率いるソビエト人民義勇隊の総攻撃開始から三日後のこと。
 圧倒的戦力で迫るソビエト人民義勇隊はリベル解放戦線の前線を易々と突破して見せた。無論、歴戦の傭兵たちが主力であるリベル解放戦線の抵抗も激しく、ソビエト人民義勇隊に少なからぬ出血を強要していた。だが総合的火力で勝るソビエト人民義勇隊は、その重火力を惜しみなく前線に集中して投入。防御側であるリベル解放戦線の陣地を砲煙弾雨で粉砕していった。
 リベル解放戦線は被害がかさまないうちに前線を下げることを決意。
 今や前線はルエヴィト市近辺にまで迫ってきていた。



「今回はルエヴィトを放棄しない。これが基本方針だ」
 リベル解放戦線のミハエル・ピョートル中将は傭兵派遣会社『アフリカの星』リベル方面陸上部隊総責任者であるカシーム・アシャとその秘書であるサーラ・シーブルーにそう言った。
 アシャはピョートルの言葉に驚きもせず、彼の意見を支持した。
「ええ、わかります。今のリベル解放戦線ではルエヴィトの奪還作戦ができませんからね」
「それに今回の相手はウラルのような陸上戦艦ではなくて従来からの編成の陸上部隊だ。それならば市街戦を行った方が都合がいいという判断もある」
 ピョートルは何のためらいも無くそう語った。リベル解放戦線上層部がルエヴィト市内で暮らす人々のことを少しでいいから考えて欲しかったのだが………サーラはそう思って形のいい眉を少しだけ潜めた。
「ところでアシャさん。日本から届けられる新型PAとやらはいつ到着するのかね?」
 ピョートルは最大の懸念事項を口にした。
 今や田幡 繁が新型PAを伴ってリベルの地に再びやってくるという噂はリベル解放戦線全軍の最後の希望となっていた。傭兵たちも、リベル解放戦線の正規兵たちも、皆一様に田幡の新型PAを待ち焦がれていた。
「タバタは今夜、輸送機でルエヴィト郊外の飛行場に到着する予定です」
「なるほど………それまでは何としても飛行場を死守せねばならんな………」
「ええ。こちらも兵を勇気付けるために噂を広く流布しましたから、マモトもそのことに気付いているでしょう。よって飛行場の守備を重点的に行ないたい」
「わかりました、アシャさん。貴方の望むように兵を再配置しましょう」



 だが件のマモトにはルエヴィトの飛行場を攻略するつもりなどさらさら無かった。
 彼は最前線から半歩離れた所に自分専用のBRDM−2を進出させ、そこで指揮を執っていた。後方の安全圏で指揮を執るのは性に合わず、本来ならば最前線で自らもAK−47片手に指揮を執りたかった。しかし参謀であるスチョーパなどの反対があって、「最前線から半歩離れた所」というのが最終妥協点となっていた。
 BRDM−2のエンジングリルの上にあぐらをかいて座り、ヤスリで爪を研ぎながらマモトは悠然としていた。
「大佐。ヤポンスキーの新型PAを搭載した輸送機が今夜にもルエヴィトの飛行場に来るそうですが………」
 スチョーパはマモトを促すために進言した。
「ん〜? あぁ、放っておけ、放っておけ」
 マモトは自分の爪を形よく整えながら言った。
「敵さんだって必死で飛行場を護るだろうからな。わざわざ敵の多いところに吶喊する必要は無いぜ」
 爪を研ぎ終えたマモトは、今度は何故かヤスリでBRDM−2を削ろうとした。しかしBRDM−2の装甲はヤスリを受け付けなかった。
「なるほど。では………」
「そうだ。今夜になるまでにルエヴィト市内に突入して、この戦争を一気に決める………前線の部隊にそう伝えておいてくれ」
「了解!」



 一九八三年八月一八日午前一一時三九分。
 鋼鉄の孤狼(ベーオウルフ)ことアルトアイゼン・リーゼが、大きく右腕を振りかぶり………右腕に仕込まれているリボルビング・バンカーを一気に叩きつける!!
 しかしソビエト人民義勇隊のP−80は巧みに上半身を逸らし、巨大な鉄杭の直撃を免れる。
 P−80は近接攻撃用のナイフを抜いてアルトアイゼン・リーゼに突きたてようとする。しかしアルトアイゼン・リーゼ頭部のプラズマホーンがP−80の胸部を裂いた。プラズマホーンはP−80のコクピットにまで達し、パイロットを焼き殺した。大型化したヒートホーンであるプラズマホーンは、やはり熱を持って敵の装甲を焼き切る武器であった。
「………ハァ、ハァ、ハァ」
 アルトアイゼン・リーゼのコクピット。コクピットシートに深く腰掛けながら、エリシエル・スノウフリア――通称エリィは肩で息をしていた。
 今さっきのは危なかった………エリィの額に冷たい汗が滲んでいた。
 もはや今のエリィにかつてのキレは無かった。ソビエト人民義勇隊の総攻撃開始以後、ずっと激戦区に『ソード・オブ・マルス』が身を置いていたから? それも多少ではあるがその要因にはなるだろう。
 だがエリィからキレを奪ったのはエリィの抱える悩みであった。
 彼女が今まで戦えた原動力。それは復讐であった。「嘆きの夜」で失った家族と初恋の人の仇をとる。それがエリィの戦闘理由であった。
 しかし今やその戦闘理由は失われている。戦う理由無きままに戦場で敵を撃つ。一見しただけでは全然変わりの無いことかもしれないが、その重みは断然違っていた。エリィは、人を殺すという重みにつぶされかけていた。
 そして動きが鈍ったエリィのアルトアイゼン・リーゼに容赦なく銃弾が浴びせられる。S−60Pの五七ミリ弾はアルトアイゼン・リーゼの装甲に阻まれて、致命傷を与えることは無かったが、それでもアルトアイゼン・リーゼを着弾の衝撃で揺らした。
『エリィ、大丈夫か!?』
 エリック・プレザンスの四〇式装甲巨兵 侍の援護射撃によってアルトアイゼン・リーゼは弾幕から逃れることに成功する。エリックの侍は一二〇ミリライフルを装備しており、後方で援護射撃を行なっていた。無論、背部に背負った電子機器で広域電子妨害を行ないながらである。
『どうもこないだから調子が悪いみたいだが………何かあったのか?』
 エリックの声にも心配の色が色濃く見えた。
「大丈夫………少し、疲れただけだから………」
『エリィ………』
「………ごめんなさい、エリック」
 私はもしかしたら貴方のことを信用できていないのかもしれない。その思いがエリィの口から謝意の言葉を紡がせた。
『………構わないさ』
 エリックのその言葉を最後に通信は切れた。ソビエト人民義勇隊の突撃が再開されたためであった。
 次々と押し寄せるT72とP−80の混成部隊。
『ソード・オブ・マルス』を始めとする傭兵部隊も獅子奮迅の活躍で、怒涛の如きソビエト人民義勇隊の攻勢を支えていた。
 中でもアーサー・ハズバンドの駆るパンツァー・レーヴェの活躍は凄まじいものであった。アーサーのパンツァー・レーヴェは正確無比な射撃で、確実にP−80の両腕を撃ち抜いていた。両腕を失ったP−80は退くしかなかった。そしてT72戦車の一二五ミリ主砲を対PA用のナイフで切断していた。主砲を失った戦車はやはり退くしかなかった。アーサーは一人も殺さずに、この激戦を潜り抜けようとしていた。



「どうやら敵は精鋭をルエヴィト市に残し、二線級の部隊で飛行場を守護しているようですね」
 スチョーパの報告にマモトはヤスリを地面に投げつけて悔しがった。
「クソッ! 第二次攻撃も失敗か………さっさと部隊を下げさせろ! 我武者羅に突っ込んでも被害が増えるだけだ!!」
「了解!」
 マモトの部下の一人が無線機に取り付く。
 マモトとスチョーパはルエヴィト周辺の地図を広げて唸る。
「重砲で吹き飛ばすか?」
「いえ、重砲を持ってきても敵はルエヴィト市内に退くだけでしょう。効果が薄い上に、ルエヴィト市内にも被害が及びます」
「忌々しいな………空軍の支援は?」
「空軍は現在、傭兵飛行隊と交戦中で我々への支援は一切行なえないそうです」
『アフリカの星』がリベルに派遣している航空機部隊はすべて西側の最新鋭機で固められている。西側戦闘機の優秀な電子装備はリベル空軍の主力機であるMig21を易々と撃ち破る。故に基本的に制空権は傭兵たちのものであった。
「俺の義勇隊に本国の戦闘機隊がいればな………奴らにあそこまででかい顔をさせはしないのに………」
 しかしそれは所詮は無いモノねだりにすぎない。マモトはその手の後ろ向きな考えをよしとはしない男であった。
「まぁ、いい………ならばこういのはどうだ、スチョーパ」
 マモトはふと思い立ったことをスチョーパに話し始めた。
「その作戦は………」
「そうだ。言ってしまえば奴らの作戦の焼き直しだが………だが兵力はこちらの方が多い以上、可能だと思う」
「………わかりました。志願者を募ってみましょう」
 スチョーパはそう言って立ち上がり、踵を返した。
「ああ。頼む………」
 マモトはふぅと大きく息を吐いた。自分の立案した作戦に対するため息であった。
「………アンナ、怒るだろうなぁ」
 彼は自分が保護した少女の顔を思い浮かべながら呟いた。アンナは失語症で言葉を喋ることができない。しかしその瞳はアンナの心をよく映していた。今回マモトが立案した作戦を知ったなら、アンナはきっと悲しそうな瞳でマモトを見るに違いなかった。マモトはアンナにそのような瞳で見られるのは嫌だったが、勝つことを義務化されている軍人という職業にある以上、この作戦は止むを得ないものであると自分に言い聞かせることにした。
 もっともそれがただの詭弁であることは百も承知であったが。



 ルエヴィト市内のリベル解放戦線の基地。
「ハーベイたち、大丈夫かなぁ………」
 エレナ・ライマールは誰に言うでもなく呟いた。
『アフリカの星』整備班の面々は全機が出撃しているためにがらんどうとなったPA用格納庫の前で集まっていた。遠くに聞こえる砲声と何かが爆発する音。その音が発生することは確実に誰かが撃墜されたことを示す。整備班はそれが敵のものであることを祈るばかりであった。
「エレナ、ランカスター隊長が心配か?」
 エレナの父であるヴェセル・ライマールがエレナの肩を叩いた。
「ハーベイだけじゃない………エリィも、エリックさんも、ネーストルさんも、アーサー君も………みんな心配で………」
「うむ………だが彼らの腕前は伊達じゃない。それに私たちが整備した機体だって、カタログスペック以上に動いてくれるはずだ。だから大丈夫………」
 ヴェセルはそう言ってエレナの頭を撫でた。
「うん………そう、よね………父ちゃんの言うとおりよね………」
 エレナはそれ以上は何も言わずに何度か頷いた。自分自身を無理にでも納得させようとしているのだろう。
「………そんなことより大将」
 整備班のアーバートの声。少年の面影すら残す童顔の男であるが、PAのメンテナンスの腕前はヴェセルも認めているほどであった。
「何だか銃声が近づいてるような気がするんですが………気のせいですかね?」
「何………ちょっとお前ら、声をあげるなよ………」
「……………」
「……………」
「……………」
「………確かに……銃声がどんどん大きくなってる?」
「まさか………」
 ヴェセルは格納庫内に入り、司令部への直通電話を取る。しかしその電話は寸断されているのだろう。ツーツーという無機質な音しか聞こえなかった。
 ヴェセルの顔から次第に血の気が消える。
「大将?」
 ヴェセルの表情を不審に思ったアーバートが声をかける。
「おい、お前ら! 今すぐ武器庫に行って全員分のアサルトライフルを持って来い!!」
 ヴェセルは引きつった表情で叫んだ。
「え?」
「早く!!」
 ヴェセルにどやされてアーバートたち整備班の若い衆は武器庫に向かった。
「と、父ちゃん? どうしたの?」
 ヴェセルがエレナの質問に答えようとした時………爆発音が整備班の耳をつんざいた。その爆発は彼らのすぐ傍で起こったのだった。
 リベル解放戦線の司令部があるホテル。そのロビーに対戦車ロケットが撃ち込まれた爆発音であった。
「………スペツナズ!!」
 ヴェセルは思わず唇を噛み締めながら呟いた。



 スペツナズ。
 ロシア語で「特殊部隊」を意味する単語であり、その意味通りに彼らは特殊任務を遂行するために猛訓練をつんだスペシャリストであった。
 そのスペツナズの部隊がルエヴィト市内に侵入し、リベル解放戦線の首脳部を狙うべく行動を開始したのであった!!
 リベル解放戦線の司令部があるホテルの前。リベル解放戦線に雇われた傭兵たちはホテル二階のテラスから軽機関銃で弾幕をはりながら抵抗していた。
「アグライ、ここはお前に任せる。ハデに暴れろよ。作戦通りに俺は五名ほど連れて、『キング』を強襲する!!」
 ホテル正面のビルに隠れながら、ルエヴィトに潜入したスペツナズ部隊のリーダーであるカシヤーン大尉は己の右腕と頼むアグライ少尉にそう告げた。ルエヴィトに潜入したスペツナズの数はわずか二〇名足らず。しかし猛訓練をつんだ彼らの戦力は計り知れないものがあった。
「了解! 大尉もお気をつけて!!」
 アグライは胸をそらして敬礼。アグライはカシヤーンを敬愛していた。
「ヘッ。今、『キング』は丸裸も同然さ。気をつけなければならんのはお前たちの方だ………」
 そう言い残すとカシヤーンは五名の部下と共にその場を後にした。
「よし、ここで暴れまわって奴らの目をここにひきつけるぞ!!」
 アグライはそう怒鳴りながら、無造作にRPG7対戦車ロケットを構え、ホテルのテラスに向けて放つ。煙の尾を引いて飛翔したロケット弾の弾頭がテラスを撃ち砕いた。テラスの上で軽機関銃を操っていた傭兵たちは即死であった。
「こっちもこれが任務でな………悪く思うなよぉ………」
 アグライはRPG7を放り捨てると今度はドラグノフ狙撃銃を取り出し、片膝をついて構える。
 そして断続的に三発放つ。
 するとホテルの窓から三人の人影が落ちた。彼らはリベル解放戦線の狙撃兵であった。だがアグライの射撃の正確性は並ではない。
「よし、今のうちにロビーを制圧するぞ!!」
 一五名のスペツナズがホテルのロビーに向かって駆け出した。



「クソッ! さすがはスペツナズ。いきなり司令部を強襲とはな!!」
 司令部のあるホテルの警護をを担当する傭兵歩兵分隊の一つである『ミスター・カモフラージュ』のエンリケがバンダナを硬くしめなおしながら言った。
「しかしおかしいな………司令部を強襲しても、大した成果が望めるわけはないのだが………」
 同じ部隊のモンゴメリが首をかしげる。さすがは英国紳士。この状況下でも落ち着き払っていた。
 そしてモンゴメリの洞察は正しかった。いかに司令部への奇襲が成功したとしても、ここルエヴィト市内はこちらのホームタウンである。増援はすぐさま駆けつけることができるために、奇襲部隊はすぐさま孤立するだけであった。
「敵将はマモト大佐だったな、モンゴメリ」
『ミスター・カモフラージュ』唯一の日本人である野本がモンゴメリに尋ねた。
「その通りだ。なかなかキレる男らしくてここ最近はずっと面白い戦いを強いられているな」
 モンゴメリのようなひねくれたイギリス人に言わせれば「苦戦」も「面白い」戦いとなるらしかった。
「その割には作戦がずいぶんと浅はかじゃないか?」
「………そうかもしれん。だが元々マモトという男は攻勢一辺倒の男だと聞いている」
「まるでハルゼーだな」
 そう言って笑ったのはアメリカ合衆国海兵隊所属でもあるマックスだった。娘の進学のためにここで出稼ぎをしているのだ。ちなみにどうやって本隊に帰ってるのかは不明。
「しかしわずか十数名で………」
「ノモト! 気にしてる場合じゃないぞ!!」
 エンリケが階段の下に見えたスペツナズに向けて銃を放つ。
「そのようだな………こうなれば義務を果たすまでだ」
 そうしてスペツナズと『ミスター・カモフラージュ』との激しい銃撃戦は火蓋が切られた。



「クソッ! ソ連軍め! 奴らは我武者羅に攻めることしかできないのか!!」
 エリックは罵りながら一二〇ミリライフルの照準を定めていた。
 一方で『ソード・オブ・マルス』の面々も死闘の最中にあった。
 ソビエト人民義勇隊は一度は退いたかと思うと再び攻撃を再開。
 しかしその攻撃は先の攻撃と何ら変わりの無い突撃一辺倒ものでしかなかった。
 そのような背景があってこそのエリックの舌打ち交じりの言葉であった。
 しかしこんな風に我武者羅に突撃を繰り返してていいのか、あいつらは………
 そのような疑問がエリックの中でもたげる。
「ハーベイ! 何だかこの攻撃………妙じゃないか?」
『ええ………こんな我武者羅に突撃を繰り返すだけだとは思えません』
「奴らの真意は一体何だ………ん?」
 エリックは無線に雑音が入り始めたことに気付く。急いでチューニングを合わせようとする。
 だがそれは雑音ではなかった。エリックがチューニングをいじったために、雑音と思われていた音声が明瞭化する。それは悲鳴に近いSOSの叫びであった。
『こちらルエヴィトの整備班だ! 現在、スペツナズの襲撃を受けている! この無線をフォローしているユニット、頼むから助けに来てくれ!!』
「何ッ!?」



 リベル解放戦線の司令部のあるホテル。
 このホテルは八階建てであり、司令部の面々は現在八階のホールに避難していた。
 しかしスペツナズはすでに五階までを占拠していた。
「まさかスペツナズの強襲作戦を行なうとはな………」
 カシーム・アシャが苦笑交じりに呟いた。
「ここでリベル解放戦線のVIPを軒並み捕縛乃至射殺して勝負を決めようって魂胆か………」
「う、うむぅ………」
 リベル解放戦線総司令官のミハエル・ピョートル中将の恰幅の良い顔は色を失って真っ青になっていた。一軍の将であるのだから、もう少しどっしりと構えていて欲しいものであった。
「ところでシルバ・トゥルマン氏の安全は確保できているのでしょうね?」
 シルバ・トゥルマンとはリベル解放戦線の指導者である。暗殺を恐れてなのか大衆の前には一度も顔を見せたことがない人物で、アシャ自身もどんな男なのか知らなかった。
「あ、ああ………あのお方なら大丈夫だ。絶対に安全な場所にいるからな」
「あら? ピョートル将軍はトゥルマン氏の居場所を知ってるのね? もしよろしければ教えていただけませんか?」
 アメリカ人ジャーナリストであるエルザ・システィーがそう言った。ピョートルとは対照的に彼女は飄々としていた。恐らく自分がここで死ぬとは微塵も考えないのであろう。
 大したねーちゃんだぜ。アシャは彼女を見直して微笑んだ。
「い、いや………トゥルマン様の場所は絶対に秘密で………」
「一度でいいから取材させて頂けないかしら? トゥルマン氏の生の声を西側諸国に聞かせて、援助を引っ張り出すこともできますよ」
「そ、それは………」
 ピョートルはポケットからハンカチを出して汗を拭った。話題がトゥルマンの居場所になってから、ピョートルは尋常でないほどに大量の汗をかいていた。
「いいんじゃないですか、ピョートル将軍。援助を引き出せたら落ち込んだ戦力を回復できますよ」
 まぁ、その時は我が社が一人儲かるんだけどね。アシャは内心でそう付け加えながら言った。
「い、いや………その………わ、私の一存では決められないんだ」
「そう………残念ですわ」
 エルザは肩を落とした。
「……………」
「司令」
 アシャの副官であるサーラ・シーブルーが一枚の紙きれを持って報告に来た。
「どうやら私たちの切り札は到着が予定より早くなったそうです。後、三〇分ほどで参戦可能だとの報告です」
「おお! それはありがたいね!!」
「『ミスター・カモフラージュ』より報告! 六階部分も放棄するとのことです!!」
「……………」
「……………」
 アシャとサーラは顔を見合わせた。
「………こりゃあ、マジで時間との勝負になってきたな」



 大日本帝国川西飛行機社製七八式輸送機D型。
 PA世代ともいえる現代の陸軍事情にあわせ、PA運用を前提とした超巨大輸送機で、そのシルエットから「クジラD型」と一般的に称されている。
 クジラD型の命である四基のハインケル・ヤパン社製大出力ジェットエンジン「炎竜」は最大出力で吼えていた。その炎の竜の咆哮こそがクジラD型のその巨体を亜音速で飛翔させていた。
「後、三〇分ほどで到着する。だがリベル解放戦線の司令部がスペツナズに強襲され、かなり追い詰められている様子だぜ」
「かなりヤバいんじゃないの、もしかして」
 マーシャ・マクドガルが呟いた。
「キャプテン、ルエヴィト市上空に侵入したら、僕たちを投下してくれないか?」
 マーシャの婚約者である田幡 繁がクジラD型の機長の肩を掴んで言った。
「お、おいおい………ま、まぁ、可能だけどよぉ………」
 当初は田幡の提案を笑い飛ばそうとした機長であったが、田幡の表情は真剣そのものであった。
「じゃあ頼みます! マーシャさん、僕たちは格納庫で準備しましょう!!」
「………待ちな、ジャパニーズ」
「?」
 機長は田幡に何かを放り投げた。それは野球のボールであった。
「………今じゃあ俺は借金返済のためにこうやって傭兵輸送機パイロットやってるが、昔はこれでもメジャーの選手だったのさ。それは俺が生涯唯一放ったホームランボールだ。お守りだ。取っときな!」
 だが田幡はそのボールを放り返した。
「大丈夫さ、キャプテン! アタシたちにお守りなんかいらない。アタシの未来の旦那様のPAは天下無敵だからね!!」
 マーシャが田幡の代わりに言い切った。
 機長は愉快極まりなく笑った。
「はははは。そんな女房がいるんなら、俺のお守りなんか必要ねぇな! さぁ、急いで準備しな! 後、二〇分もすれば到着するぜ!!」



「整備班がスペツナズの襲撃を受けているだって!?」
『ああ、俺の無線にそういう声が入ってきた!』
『………なるほど。これですべての謎が解けた』
『ど、どういう意味ですか、ネーストルさん?』
 アーサーはネーストルの言葉の意味がわからずに尋ねた。
『………あの我武者羅な突撃も、無謀としか思えない司令部の強襲も、すべては整備班襲撃を隠すための幕だったのだ』
 ネーストルの声はいつものように落ち着いていた。ハーベイにはそれが何故か腹立たしかった。
『うちの会社の唯一の弱点を突かれたな………』
『え? 弱点?』
 エリックの言葉の真意がアーサーにはわからなかったらしい。
「アーサー、うちの会社のPAの種類が多岐に渡ってるのは知ってるな?」
『は、はい。この部隊を見ただけでわかりますよ、そんなこと』
 ガンスリンガーF、侍、パンツァー・レーヴェ、ランスロット、アルトアイゼン・リーゼ………『ソード・オブ・マルス』の機体はすべて別々の国で生産されている。
「機体が違えば整備方法も違う。そういうことだ」
『あ、なるほど………熟練した整備兵がいないとこちらの機体整備に支障をきたすんですね!』
「合格だ、アーサー」
 ハーベイはそう言ったが表情は笑っていなかった。
 整備兵がスペツナズに襲われている。『アフリカの星』の整備兵は簡単な陸戦の訓練を必ず受けることになっている。しかしそんな付け焼刃でソ連が誇るスペツナズに勝てるはずもない………
 エレナ………!!
 ハーベイは強く歯を噛み締めた。
『………ランカスター隊長』
 ネーストルがハーベイを呼んでいた。しかしハーベイの頭の中は混乱していたために、反応が少し遅れてしまった。
「ん? あ、ああ、何だ?」
『早くした方がいい』
「早くって………ネーストル、一体何を………?」
『自分を偽っている時間など無い!』
 ネーストルの一喝。ハーベイのみならず、『ソード・オブ・マルス』の面々はネーストルが怒鳴り声を始めて聞いた。
『ネーストルの言う通りだぜ、ハーベイ。ここは俺たちに任せておけばいいさ』
「エリックさんまで………俺は傭兵として、ここで戦うと契約した。それを破るわけには………」
『それで後悔しないんだな? 本当に後悔しないんだな、ハーベイ?』
『大丈夫ですよ、隊長! 市内に敵がちゃんといるんです。敵と戦うんだから、契約違反にはなりませんよ!!』
『ははは。アーサー、お前もなかなか言うじゃないか。………さぁ、行け! ハーベイ!!』
「………頼む。ここは任せる!」
 ハーベイははっきりと迷いを断ち切った。彼は明確な意思を持ってガンスリンガーFをルエヴィト市内へと向ける。
 そしてガンスリンガーFの大出力ブースターが蒼い炎を吐き出し、ガンスリンガーFをグイグイと引っ張る。
『間に……間に合いますよね?』
 心配げにアーサーが呟いた。
『大丈夫………きっと、きっと間に合うわ』
 アーサーの呟きに返事したのはエリィであった。
『迷うこと無く走ることができるなら、負けるはずが無いわ………』



 その少し前。
「大尉! どうやら敵は格納庫に立て篭もっているようですね」
 部下の報告にカシヤーンは目を細めた。それこそ彼らが理想としていたシチュエーションであった。
「よし。RPGで格納庫ごと生き埋めにしてやれ。これで作戦は完了だ」
 カシヤーンの指示で五人のスペツナズはそれぞれRPGを構えた。
 マモトの立案した作戦。それは司令部への奇襲ではない。本当の目的は整備兵を全滅させることであった。整備兵を失えば、機体の整備補修ができなくなる。そうなれば絶対多数のソビエト人民義勇隊に呑みこまれる結末が残るのみであった。
「悪く思うな………これが戦争だ」
 カシヤーンはそう呟いてRPGのトリガーに込めた指に力を………
 指に力を入れようとした瞬間、突然に格納庫の扉が乱暴に開け放たれた。
「何!?」
 驚きに見開かれるカシヤーンの目。そして開け放たれた扉の向こうから幾筋もの火箭であった。
「グッ!?」
「ギャアアーッ!!」
 カシヤーンの目の前で二人の部下がそれぞれ体を撃ち抜かれて絶命する。その銃弾は一発命中しただけで命中箇所を挽き肉にしていた。
「キャリバー50か!?」
 残った三名の部下とカシヤーンは手近にあったビルの陰に隠れる。
 おのれ………奴らは俺たちの意図を素早く悟り、扉の向こうに重機関砲を吸えて待ち構えていたとは!!
 カシヤーンは自分が敵を侮りすぎていたことを悟り、悔しさに歯噛みした。
「ならば当初の予定は変更だ。お前たち、散開して攻撃を開始するぞ! 奴らにスペツナズの恐ろしさを教えてやれ!!」



「やった………敵が退いて行った………」
 M2 一二.七ミリ重機関銃のトリガーを握るアーバートが涙を滲ませながら言った。しかし彼の声に歓喜の色は無かった。彼は傭兵整備兵として幾多の戦場に参加してきたが、人を撃つのは始めてであった。人を撃ち殺すという感触にアーバートの両手は震えていた。
「いや………ひとまず追い返しただけだ。奴らはまた来るぞ………」
 ヴェセルは腕を組みながら言った。この作戦を咄嗟に立案したのは彼であった。しかしあくまでこれは時間稼ぎでしかなく、さらにスペツナズの次の行動がヴェセルにはわからなかった。
「ひとまずお前たちは司令部のあるホテルの方へ行け」
「え? た、大将は一体………?」
「俺と年長組の何人かはここに残る。そうでもしないとスペツナズが俺たちの意図に気付いてすぐに殺しに来るからな」
「そんな! とーちゃん!!」
 ヴェセルはエレナの頭を撫でた。
 ボブから預かったこの子。この子だけは何としても守りぬかねばならない………
「わかってくれ、エレナ………ここはこうでもしないとあの世で俺がボブにどやされちまう」
「え? 何でボブが………?」
 ………この子は自分の生い立ちを知らない。俺は恐らくここで死ぬ。
 ………教えるべきか?
 しかしヴェセルは小さく笑ってごまかしただけだった。
「ふふ………いや、何でもない。さぁ、行きなさい、エレナ」
「い、イヤ………イヤよ! とーちゃんを置いて、行けるわけ無いじゃない!!」
 エレナの瞳から涙が、大粒の涙が零れ落ちていた。
「………大丈夫だ。俺は死なないよ。孫の顔を見るまでは、絶対に死ぬもんか」
「ウ、ウソ………」
「………さぁ、アーバート! 時間が無い、早く行け! そしてこの我がまま娘も連れて行ってくれ!!」
「大将………わかりました。行こう、エレナちゃん」
 エレナはまだ泣きじゃくっていたが、泣いた所で自分の父親が節を曲げるはずがないこともわかりきっていた。
 エレナは走り出した。ヴェセルたち残留組の方へ振り返る事無く。ヴェセルたちへの思いを振り切るかのように全力で駆け出した。
「………ふふ。幾つになっても子供のままだったな、エレナは」
「さぁ、ライマール。俺たち裏方の、一世一代の晴れ舞台だな」
 ヴェセルと一緒に残留を決めてくれたのは一五名であった。皆、ヴェセルと似たような年で、ベテラン整備兵といわれていたような者たちであった。
「若い衆に年寄りの意地を見せてやるとするか」
 ヴェセルはそう言って笑った。
 その時であった。二人のスペツナズがヴェセルたちに向けて射撃を開始した。
「何の! 人数はこっちの方が多いんだ! 撃って撃って、撃ちまくれ!!」
 そして銃撃戦が始まって二分ほど経った頃であろうか。一人のスペツナズが銃弾を受けて倒れた。
「よし、あと一人!!」
 しかしすでに老整備兵は七人を残すのみであった。やはり経験の差が如実に現れていた。
「グッ!?」
 ヴェセルの隣で銃撃を続けていたガドフリーがうつぶせに倒れる。その背中には幾つもの銃創。
 ………背中に銃創だと!?
 咄嗟に後ろに振り返るヴェセルたち。そこにはスペツナズの一味が一人、AKMを構えていた………
「しまっ………」
 格納庫内にこだまするAKMの銃声。
 そしてAKMの銃弾が撃ち終わった時、格納庫は老人たちの骸で舗装され、老人たちの血で塗装されていた。
 スペツナズの三人は格納庫内に入り、敵の全滅を確認した。
 しかしヴェセルの息はまだあった。もっとももう幾ばくの余裕も残されていなかったが。
「よし………作戦は完了だな」
 次第に弱まりつつある聴覚が、そのような言葉を拾った。
 ………何とか……無駄死には避けることができたか?
「じゃあ大尉に合流しよう。ふふ。部隊を二つに分けたらしいが、俺たちにとっちゃ無駄な足掻きでしかないな」
「!?」
 ヴェセルの目は大きく見開かれた。
 死ねん………このままでは死ねん………その思いだけがヴェセルの命を長らえさせた。
 ヴェセルは自分の胸の中に手榴弾があることを確認した。そして密かにその安全ピンを抜き、レバーを握り、外す。
 そしてもう片方の腕でスペツナズの一人の足をしっかりと掴んだ!
「何!? まだ生きていたのか!!」
「死にぞこないが!!」
 三人のスペツナズは再びヴェセルに銃撃を浴びせる。
 しかしヴェセルの胸にあった手榴弾が………爆発し………



「急げ、急げ! とにかく他の部隊と合流するんだ!!」
 アーバートはそう怒鳴りながら整備班の足を急がせる。
 しかし彼らの行き先に何発もの銃弾が着弾した。
「何!?」
「逃がしはしない………」
 その声の主はカシヤーンであった。無論、整備兵たちにそのようなことはわからない。だが彼がスペツナズの一員であることだけはわかった。何故ならばカシヤーンは明確な殺意を持って彼らに接しているから!
「部隊を二つに分けるなどという幼稚な手段にスペツナズが引っかかるものかよ………さぁ、覚悟するんだな!!」
 カシヤーンはAKMの銃口を整備兵たちに向ける。彼らは蛇に睨まれた蛙のように、怯えすくんで何もできなかった。
「ハーベイ………ハーベイ、助けて………」
 エレナは小さな声でそう呟く。
「死ね」
 カシヤーンはあくまで冷酷に、AKMのトリガーを引き………
 だがその時、カシヤーンは強力な力によって捕縛された。
「な、何だと!?」
 カシヤーンはギョッという表情でその力の主を見やる。それはPAの手であった。カシヤーンはPAの手に握られたのであった。
「ガ、ガンスリンガー………あのインテークはF型!?」
 ガンスリンガーの従来型とF型での最大の違いは肩部のインテークの有無である。インテーク有りがF型で、そのガンスリンガーはインテークを持っていた。
「F型………ハーベイ!?」
 そしてガンスリンガーFのコクピットハッチが開く。そこにいたのはハーベイであった。彼はすぐさまガンスリンガーFから飛び降りた。
「エレナ! 無事だったか!?」
「ハーベイ………ハーベイ………ウソじゃ、ウソじゃないんだよね? 本当にハーベイなんだよね?」
 エレナのみならず、その場の者がすべて無事だと知ったハーベイは安堵に胸を撫で下ろした。しかし何人か数が足りないことにすぐ気付く。
「………ライマール班長は? 班長たちはどこに………」
「とーちゃん、とーちゃんは………私たちを逃がすために、格納庫に残ってるの………」
「何だって!?」
 ハーベイはすぐさまヴェセルの意図を汲み取った。
 そうか………班長たちはエレナたちを逃がすために………
「お願い、ハーベイ! とーちゃんたちを、とーちゃんたちを助けて!!」
 しかしハーベイは力なく首を横に振るだけであった。
「何で!? PAがあるなら、歩兵なんか敵じゃないんでしょ!? だったら早く………」
「………もう、遅いんだ、エレナ」
 ハーベイは苦虫をダース単位で噛み潰した表情で言葉を搾り出した。
「俺、最初は格納庫に向かったんだ………そこにあったのは十数名の死体だけだった………何かが爆発したんだろう。みんな、バラバラになってて………」
「そ、そんな………ウソ………とーちゃんが、とーちゃんが………」
 エレナはただただ泣きじゃくるばかりであった。ハーベイはエレナを抱き寄せ、泣き終えるまでそのままでいた。
 そんなハーベイの耳に、エレナの嗚咽の声とは別に、ジェットエンジン特有の金切り音が聴こえていた。
「………来たんだな、タバタ………」



 クジラD型がリベル領空に入るや否や、すぐさまクジラD型は政府軍のMig25 フォックスバットの襲撃を受けていた。
 マモトはいざという時の切り札として新型機を輸送する輸送機を撃墜する手はずを整えていたのであった。
「クソッ! これじゃルエヴィトまで持ちそうにないぜ………」
 巨人機であるクジラD型の耐弾性はかなり高い。しかし幾度か銃撃を受けたためにその肌はボロボロにささくれ立っていた。
『キャプテン! 今すぐ僕たちを投下してくれ!!』
 すでにクジラD型の格納庫で待機していた田幡とマーシャの二人から通信。
「投下って………今は高度七〇〇〇メートルだ! 投下なんかしたら、確実に死ぬだけだ! 降下可能高度まで下げるから、待ってろ!!」
『そんな暇はないでしょう!? 大丈夫、このガンフリーダムには心配はいりませんから!!』
「んなこといっても………うお!?」
 フォックスバットの放ったミサイルがクジラD型の至近で爆発。クジラD型はまだ飛べるものの、格納庫に大きな穴を開けられてしまう。
『あ、穴が………どうやら開けてもらう必要も無かったみたいですね』
「ま、待てって!!」
『………貴方には本当に悪いことをしました、キャプテン。機密ということで詳細は教えることができませんでしたが、これがガンフリーダムの力です! 見ててください!!』
 それを最後に田幡からの通信が切れる。
 そしてクジラD型の格納庫に空いた穴から、田幡 繁の生み出した特機X−1 ガンフリーダムが飛び出した。



「さぁ、行くよ!!」
 ガンフリーダムのコクピットに座るのはマーシャであった。田幡はその後ろの余剰スペースに簡易座席を増設して座っていた。
 そしてマーシャがガンフリーダムを起動させる。
 ガンフリーダムは実に流麗なフォルムをしていた。だが背中に抱える巨大なバックパックが目立っていた。そのバックパックの左右から長い複合装甲の板が突き出ており、それは肩から太ももの辺りまでの長さであった。そして右肩にはキャノン砲らしきものが搭載されていた。口径は二〇〇ミリはあるだろうかというところであった。
 そして右手にはライフルが握られている。左手には厚さ二五〇ミリにも達するであろう鋼鉄の板、要するに盾が装備されていた。
「フライヤー展開は飛び降りてからにしてくださいね。つっかえますので」
 後席の田幡からの声。
「それくらいはアタシでも気が付くよ、未来の旦那様!」
「そう言って甲止力研究所の格納庫に引っ掛けたのは………」
「う゛………に、人間は学習するの! だから大丈………ぶっと!!」
 そしてガンフリーダムは高度七〇〇〇メートルの大空へ飛び降りた。
「フライヤーシステム、起動!」
 マーシャはコクピットの赤いボタンを押した。するとガンフリーダムのスクリーンに「フライヤーシステム起動」の文字。
 それと同時にガンフリーダムの背の巨大バックパックの板がほぼ水平に立ちあがる。その板の正体。それは翼であった。
「フライヤーシステム、正常に作動! ………さぁ、覚悟しなさい!!」
 ガンフリーダムは高度七〇〇〇メートルの高空を自在に舞っていた。そう、田幡の最高傑作である特機X−1 ガンフリーダムとは世界初の空飛ぶPAであった!!
 ガンフリーダムが飛び出したのを当初は自暴自棄の自殺行為と思って静観していたフォックスバットであったが、ガンフリーダムが飛べることを知ると、すぐさまガンフリーダムに立ち向かってきた。
 しかしガンフリーダムの機動性は非常に高く、フォックスバットを寄せ付けなかった。PAは脚部にもスラスターを持つ。そのために航空機よりもはるかに高い運動性を誇るのであった。ドッグファイトでガンフリーダムに勝てるはずがなかった。
 ガンフリーダムは右手に持っていたライフルを構える。それは四メートル近くもあるほど長いライフルであった。しかし銃口はAPAG四〇ミリ機関砲よりもはるかに小さかった。
「………貰ったよ!!」
 マーシャがトリガーを引く。
 すると銃声も無くライフルの銃口は発射の反動で跳ね上がった。そして発射から一瞬の間を置いて爆散するフォックスバット。
『な、何てPAだ………』
 ガンフリーダムの超高性能に声も無いクジラD型のキャプテン。
「キャプテン、もう格納庫に戻れそうに無いので、このままルエヴィトに向かわせてもらいますね」
『ああ………ヘッ、政府軍をギャフンと言わせてやりな! ソイツならできるだろうぜ!!』
「ええ、もちろんですよ!!」
 そしてガンフリーダムはルエヴィトを目指して飛び去る………



「お、おいおい………あれが………タバタの新型か?」
 エリックが呆然とした声をあげる。
 マモト率いるソビエト人民義勇隊の総攻撃によってついにリベル解放戦線はルエヴィト市内への撤退を決意せざるを得なかった。司令部への攻撃は何とか排除されていた。マモトが本当に狙っていた整備班の被害もヴェセルらの奮戦によって最小限に食い止められていた。市街戦をやるだけの条件は何とか揃えていたのだった。
 しかしガンフリーダムが飛来してから状況は一変した。
 空から襲い掛かるガンフリーダムに対してソビエト人民義勇隊は無力であった。ソビエト人民義勇隊はガンフリーダムの登場によって恐慌寸前にまで追い込まれたのであった。
 仕方なしにマモトは一時的に部隊を撤退させて、部隊を落ち着かせることを決意。
 しかしそれこそが田幡とマーシャの狙い目であった。
 敵の撤退を確認したマーシャはガンフリーダムを大地に降ろした。そして左手に持っていた盾を地面に突き刺した。その地面に突き立った盾に右肩のキャノン砲を載せる。その盾は防弾の他にもキャノン砲の砲架としての意味もあるようだった。
 そしてガンフリーダムの右肩のキャノン砲から蒼白いエネルギーの奔流が吐き出された!
 それこそがガンフリーダム最強の武器。G−Mk2であった。あの陸上戦艦ウラル撃沈の際に使われたGキャノンの改良型であり、Gキャノンのような欠陥を一切抱えていない、いわばGキャノンの完成形であった。
 このG−Mk2の一撃が決着の証であった。
 ソビエト人民義勇隊は保有戦力の六割をこの一撃で喪失した。もはやマモトは攻勢を続けることができなくなっていた。
「………と、とんでもねぇ、バケモノだ………あれは………」
 沈み行く夕日の残滓にその身を照らされるガンフリーダム。
 それは頼もしくもあり、悪魔的な恐ろしさも秘めていた………


第二七章「Permanent war circuit」

第二九章「Left−behind short time」

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