軍神の御剣
第二六章「The flame of purification」


 一九八三年八月三日夜半。
 リベル国境。
 数台の大型トレーラーが、舗装されていない砂利道を、灯りもつけずに走る。運転手は付近の地形に手馴れているのだろう。月明かりだけで危なげなく運転していた。
 大型トレーラーの重量は相当重く、その車輪は車体の重さに悲鳴をあげているかのようであった。
 数台の大型トレーラーはリベル国境から南西に三キロほど走ると、道路を外れ、脇の森林地帯へと進んでいった。トレーラーに森林が通行できるはずが無いはずなのに。
 しかしその森林には人の手が加えられていた。
 偽装網を取ると森林の中はだだっ広い空間があった。その偽装は巧みであり、間近に寄らない限りは判別ができないほどであった。
 偽装森林の中に身を隠したトレーラーはエンジンを止めた。
 そしてトレーラーの運転席から一人の将校が降り立った。彼の軍装はソ連軍の物であった。階級章は大佐を示していた。
「お待ちしておりました、デミトリー大佐!」
 デミトリー大佐は声の方に振り向く。薄いカーキ色を基調とした質素な作りの軍服に身を包んだリベル人民共和国軍の大尉がそこにいた。
 彼の名はイェージィ・パデレフスキー。スラリとした長身に短く切りそろえた茶髪。そして碧の色をした眼を持つ男。年はまだ二四歳と若かった。
「わざわざの出迎え、感謝しますよ」
 デミトリーはそう言ってパデレフスキーの手を取り、握り合った。
「では貴方たちにこれをお渡しします。後のことは………」
 パデレフスキーはコクリと頷き、デミトリーの言葉を引き取った。
「はい。お任せ下さい!」
 パデレフスキーの力強い返答。デミトリーは満足げに頷いた。
「………これでこの国の戦争は終わるな」
 デミトリーの呟きは夏風にかき消された。



 一九八三年八月三日深夜。
 リベル人民共和国首都リベリオン。
 その中心部にあるリベル人民共和国首相官邸。
「そ、それは本当ですか!?」
 リベル人民共和国首相であるアルバート・クリフォードは受話器越しの声を聞いた瞬間、思わず素っ頓狂な声をあげた。
『これは真実です』
 受話器の向こうから聞こえるのは女性の声であった。声からだけでも充分に彼女の保有する知性の量が尋常でないことがわかる。そんな声であった。
『早く部隊の照会を行なって下さい。応答が無かった部隊。それが………』
 電話の向こうの女性も俊英であるが、クリフォードとて無能ではない。わずか数年でリベルの生活水準を五流国家から二流半にまで引っ張りあげたのだ。クリフォードは相手の言葉の終わりを待たずに反応した。
「わかりました! 今すぐに行ないましょう!」
 電話の向こうの女性は、クリフォードによって最後まで言葉を紡ぐ事を否定されたのであるが、別に気分を害したりはしなかった。むしろ時間が短縮できたことを喜ぶかのような口調で新たに言葉を紡いだ。
『ええ、よろしくお願いします。我々、『アドミニスター』はこのリベルの戦争が、今後も続くことを望んでいます』
「ええ、そのことはわかっております。お任せあれ。そうお伝え下さい。では………」
 クリフォードは受話器を置くと、大きく息を吸い込んだ。そして大きく吸い込んだ息を、大きく吐き出し、行動を開始した。
 アルバート・クリフォード。
 リベルの最高権力者である彼は、残念ながらこの世の最高権力者に顎で使われるだけの存在に過ぎなかった。



 一九八三年八月四日。
 リベル解放戦線本拠地ルエヴィト市。
「よ〜し、いいぞ! 出してくれ!」
 傭兵派遣会社『アフリカの星』の整備班班長であるヴェセル・ライマールの合図と共に、PA用格納庫から一機の鋼鉄の巨人が引き出された。
 真紅の塗装をベースにした機体。並の機体と比べると、非常にゴツイ外見をしており、非常に男性的なシルエットである。
 形式番号PAX−003c。NATO軍共同開発のPAである。だがその形式番号でソレを呼ぶ者は少ない。皆、その特異なコンセプトを嘲笑うかのような異名でソレを呼んでいた。
「おっ? アルトアイゼンの修理、終わったのか?」
 傭兵PA小隊『ソード・オブ・マルス』のエリック・プレザンスがソレを見上げながら言った。
「………外見が少し変わっていないか?」
 ネーストル・ゼーベイアは出てきたアルトアイゼンを一目見るなりそう言った。
 アルトアイゼンのパイロットであるエリシエル・スノウフリア――通称エリィがそれに答えた。ところでアルトアイゼンは非常に男性的なフォルムの機体であるが、エリィ自身は可憐な少女であり、妖精のようだとも評されている。もっとも性格はいささかあばずれ気味であったが。
「何でも予備パーツが色々と足りてなかったらしくて、それを現地調達でまかなったから形が変わったらしいけど………」
「あ、エリィ!」
 エリィの背中からエリィの名を叫ぶ声。
 ピョコピョコとまるで小さな雌ウサギが跳ねるかのようにエリィたちの許へと駆けてきたのは整備班のエレナ・ライマールであった。年齢は一七歳なのだが、童顔で凹凸の無い体つきであるので外見上ではそれより下にしか見えない。ネーストルは初対面の時、彼女が中学生だと信じて疑わなかった。
「エレナ! お疲れ様!」
 エリィはそう言ってエレナの労をねぎらった。エレナは油に汚れた顔をはにかませた。エリィとエレナは年が似通っており(少しだけエリィの方が上)、そして同性ということもあって仲が良かった。
「それよりエレナ。何だかアルトが少し変わっちゃったみたいだけど………?」
「あぁ、そうそう! うふふふ。聞いて、聞いて!!」
 エレナのテンションはかなり高い。聞くところによればこのアルトアイゼンの修理で徹夜しているらしい。
「このエレナちゃんの自信作! こないだのT−レックス・ハイとの戦闘で壊れちゃったアルトアイゼンを、私が修理ついでに全面的に改造したんだから!!」
「お、おい。大丈夫なのか?」
 エリックが心配げにエリィに耳打ちした。何せエレナの整備の腕前は折り紙付であるが、機体の改修などは行なわれた試しがない。それだけに不安材料はあった。
「あぁ、その事なら大丈夫だよ」
 格納庫の影からスッと現れたのは『ソード・オブ・マルス』隊長のハーベイ・ランカスターであった。
「………ランカスター隊長、少し痩せたか?」
「あぁ、コイツの他にも俺の新型機の調整もあってな………連チャンでやったんだが………」
 ハーベイの機体も先のT−レックス・ハイとの戦闘で大破し、破棄されている。彼は使い慣れたガンスリンガーの補充を希望し、それは見事にかなえられた。ガンスリンガーシリーズの最新型であるF型が新たなハーベイの愛機となっていた。
「アルトアイゼンのシミュレーションとか試運転とかも俺がちゃんと責任もってやった。おかげで少し徹夜になったが………」
「で、大丈夫なのか?」
「ああ。恐ろしいことに完璧だ」
「ちょっと! 『恐ろしいことに』ってどういう意味よ!!」
「まぁまぁ」
 腕をまくってハーベイに突っかかろうとするエレナをなだめたのはアーサー・ハズバンドであった。元々大人しい性格である彼は制止役に回ることが多かった。ネーストルと並んで『ソード・オブ・マルス』の二大良心という評価をすでに勝ち得ていた。
「とにかく! 肩のスクエア・クレイモアは発射基を増やして『アヴァランチ・クレイモア』にパワーアップさせたし、三連装二〇ミリマシンガンも二門増設! さらにヒートホーンも大型化して『プラズマホーン』にしたし、リボルビング・ステークも量産型より大型の初期生産ロット『リボルビング・バンカー』にしたわ! そしてブースターもF15のをパクッて出力を増大させたし!!」
「よ、よくそれでちゃんとバランスが取れたなぁ………」
 呆気とした表情でエリックが言った。
「装甲の増設も行なってるからねぇ。奇跡的と言ってもいいよ」
「………増えた装甲が逆に重しになってバランス調整になったのかもしれんな」
「もしかしてエレナさんって天才って奴ですか?」
 ひそひそと影でささやきあう『ソード・オブ・マルス』の男衆。
「ありがとう、エレナ」
「ううん。私はエリィやハーベイとかと違って前線に出れないもん。逆に言えばこれくらいしかできることが無いんだ」
「エレナ………」
「だからこの子、大事にしてあげてね! この『アルトアイゼン・リーゼ』を!!」



『ソード・オブ・マルス』の面々が、傭兵派遣会社『アフリカの星』リベル方面陸上部隊総責任者であるカシーム・アシャの許に呼び出されたのはその日の夕方のことであった。
 アシャは『ソード・オブ・マルス』を会議室に呼び出していた。
「よく来てくれた。………今回は君たちに特殊任務を与える」
「特殊任務………」
 エリィが意味も無く言葉を反芻する。その言葉の重みを確かめるかのようであった。
「そうだ。実は政府軍からある情報が寄せられた」
「政府軍から?」
 意外な筋からの情報。
「政府軍の急進派が、部隊統率を離れ、独自のルートから手に入れた核兵器と共に消えた」
 アシャの言葉が途切れる。そして会議室を沈黙のみが支配した。
 その沈黙の支配を打ち破ったのはハーベイであった。
「か、核兵器って………あの………?」
「そうだ。一九四五年にアメリカで初めて実用化された、あの悪夢の兵器だ」
 この世界においては核兵器は未だに使われてはいなかった(キューバ危機の際に日本軍によって使われた真ゲッターは特殊超兵器であり、厳密には核兵器ではない)。だがその恐ろしさは、研究が進むと共に解明されつつあった。TNT数万トンにも及ぶ爆発力。だがそれすら核兵器にとってはただのプレリュードにすぎない。核の本当の恐ろしさはその撒き散らす死の灰にある。高濃度の放射線は数世代にわたって影響を与える。核兵器の使われた所は、地獄へと変わるのだ。核兵器とはまさに悪魔の兵器であった。
「よってこの核兵器を持った部隊を探し、暴走を止める。それが今回の任務だ」
 アシャはあえて淡々とした口調で語った。もっとも感情を込めて話せる話題でもなかったのだが。
「なお、この作戦は政府軍の部隊と合同で行なわれる。要はその部隊を探し当てるまでは休戦が結ばれるってことだな」
「休戦………」
「そうだ。何が何でも奴らを止めなければならん。このリベルを死の大地に変える事だけは許されん!!」
「……………」
「作戦開始は二時間後。政府軍の部隊と合流後はそちらの指示に従ってくれ。以上だ」



 一九八三年八月四日午後八時。
「来たか………」
 リベル政府軍精鋭PA部隊『クリムゾン・レオ』の若き俊英であるレアード・ウォリス中尉が愛機P−80のモニター画面に叛乱軍の傭兵PA部隊を確認して呟いた。レアードを始めとする『クリムゾン・レオ』の隊員の全員が、先のルエヴィト撤退戦での戦功によって一階級昇進していた。
「あれが『ソード・オブ・マルス』か………」
『クリムゾン・レオ』を率いるレオンハルト・ウィンストン少佐も感慨深く呟いた。『クリムゾン・レオ』と『ソード・オブ・マルス』は度々砲火を交えていた。いわば良きライバル同士であった。
 そんな彼らと共同で作戦に当たるのだ。感慨も深くなろうというものだ。
 だがレオンハルトの心に影を落とすのは別のことであった。
 それは今回、叛乱を起こした部隊のことである。
 今回、消息を絶った部隊は第三親衛大隊。リベル政府軍の中でも精鋭部隊の一つとして数えられている。さらに彼らには核がある。
「………何故だ。何故このような真似をした、イェージィ………」
 レオンハルトと叛乱の首謀者であるイェージィ・パデレフスキーは親友の間柄であった。二人は軍の士官学校でのクラスメートであり、主席の座を争いあったライバルであり、腹を割って話し合える良き友であった。そしてリベルの繁栄のためにその命を捧げると誓い合った仲でもあった。
 その貴様が………何故!?



 第三親衛大隊の捜索は合流後、簡単な挨拶を交わした後、すぐさま行なわれた。
 しかし第三親衛大隊は巧みに自分たちの姿を隠していた。
「彼らが持つのは核だ。その大きさから隠すのはある程度の大きさを持った場所しかない! 森林などを重点的に探せ!!」
 レオンハルトの指示が飛ぶ。
 だが先方もそれを承知している様子であった。
 まったくと言っていいほどに第三親衛大隊の足取りは掴めなかった。
「………この手際のよさ、よほど頭の切れる者がいるらしいな」
 ある日、ネーストルが誰に言うでもなく呟いた。
「イェージィは才能に満ちていた。戦うしか能の無い私などとは違って………」
 ネーストルの言葉にレオンハルトは思わず反応した。
「………とにかく捜索の網をもう少し広げてみよう」
「広げるったって………」
 捜索開始から軽い仮眠以外の休憩を取っていない捜索部隊の疲労はすでに蓄積されつつあった。いつもならば考えられないほどに疲れ果てた表情でエリックが言った。長時間の捜索が疲労の主因であったが、時間の無さも疲労を倍加させていた。いつ第三親衛大隊が核を使うかわからない状況というのは神経をすり減らすのに充分であった。
「あ、あの………」
 恐る恐るといった体で発言を行なったのはアーサーであった。彼は自分が所詮は新米に過ぎないことをよく自覚しており、滅多なことでは自分の意見を披露したりはしないのだが………
「この辺りの地図を少し見せてもらえませんか?」
「ああ………レアード!」
 レオンハルトの指示と同時にレアードは動いており、すぐさまアーサーたちの前にリベル国内の詳細地図が広げられた。
「心当たりでもあるのか、アーサー?」
 エリックが尋ねたが、アーサーは申し訳なさそうに応えるだけであった。
「いえ………特には無いんですが………」
「だが闇雲に探すより、狙いを絞った方がいいのは確かだ」
 すかさずハーベイがアーサーのフォローに回る。
「あら?」
 エリィがポツリと言葉を漏らした。一同の視線がエリィに集まる。
「い、いえ、リベル国立体育館ってまだあるのかしら………って思っただけで、別に何かに気付いたってわけじゃ………」
 リベル国立博物館。それはルエヴィトの郊外にある体育館であり、付近には体育館のみで何も無かった。
「国立体育館ですか。それはすでに数度の爆撃で倒壊しています。今では誰も近寄らないでしょう」
 レアードの声には怒りの色が濃かった。察するに爆撃を行なったのはリベル解放戦線の傭兵飛行隊のようだった。
「………なるほど。ここだな」
 レオンハルトは歯を噛み締めながら、言葉を滲み出すかのように呟いた。
「ウィンストン少佐もそう思われますか?」
 所属する組織が違う以上、ハーベイは別に下手に出る必要は無い。だがレオンハルトの持つ風格が、ハーベイにそうすることを強要させていた。
「ああ、間違いない。ここならば誰も近寄らない上にルエヴィトにも近い………イェージィの望む最高の場所だ!!」
「じゃあ早く行きましょう! 核を爆発させたら大変なことになります!!」
「………確かこの体育館は地下に用具を保管するための大きな倉庫があったわ。そこならば核爆弾でも隠せる!」
「詳しいですね」
「エリィは元々はリベルに住んでたのさ」
 エリックがそう切り出した。
「だがクリフォードの虐殺で………」
 そこでエリックは自分の袖がエリィに引っ張られていることに気付いた。エリィは唇を噛み締めながら、エリックの袖を引いていた。エリックは矛を収めざるを得なかった。
「まぁ、いいか………第三親衛大隊ってのをさっさと止めないとな!!」
 エリックは矛は収めたものの、怒りが消えたわけではない。乱暴な足取りでそのまま自分のPAの許へと駆けて行った。エリックに『ソード・オブ・マルス』の面々と『クリムゾン・レオ』の面々も続く。ただしレオンハルトとレアード、そしてエリィだけはすぐには駆け出さなかった。
「………スノウフリア嬢」
「………エリィで構わないわよ」
 堅苦しいレオンハルトの言い草。エリィはそれをたしなめた。
「ではエリィ。君もあの『嘆きの夜』で家族を失ったのか?」
「………ええ。私の目の前で、みんな殺されたわ。貴方もなの?」
 レオンハルトは何も言わずに頷き、そして別の言葉を紡いだ。
「これは軍で聞いた話だ。『嘆きの夜』作戦の際に、銃火で抵抗したがために『本当の』虐殺となった街があった………」
「『本当の』!? それは………それはどういう意味なの!?」
 エリィはレオンハルトに食ってかかった。レオンハルトの軍服の襟元を掴む。
「少佐!!」
 レアードが腰のホルスターに収めた拳銃を抜こうとする。だがレオンハルトはそれを制止した。
 レオンハルトは表情をまったく変えていなかった。胸倉をつかまれ、喉が圧迫されているであろうにも関わらず。
「君はリベル人らしい。ならば君には真実を知る権利はあるだろう………」
 レオンハルトはなおも淡々と語った。
「『嘆きの夜』作戦には隠された真実がある」
「真実………?」
「そうだ。『嘆きの夜』はリベル国民を虐殺するための作戦ではない」
「では、何だというの!?」
「それは、先進国に国民を労働力として『売る』作戦だったのです」
 それを伝えたのはレアードであった。その言葉を聞いた時、エリィの表情は凍りついた。
「………労働力として、売る?」
「………そうだ。このリベルが短期間で成長するには財源が必要だ。その財源として、クリフォード首相は数十万の民衆をソ連に売ったのだ」
 レオンハルトの声。その声は管弦楽の調べのように美しい。しかし内容は冷酷そのものであった。
「……………」
 エリィは言葉も無く、そして力も失っていた。自然と掴んでいたレオンハルトの襟元も離される。
「そしてな、エリィ………その『嘆きの夜』の犠牲者は、皆望んで自らを捧げたのだよ………」
 レオンハルトの彫像のように美しい顔から一筋の涙が零れ落ちた。
「そんな………そんな……………」
「そのようなことを公にするわけにもいかない。だから誤情報が飛び交っていたのも事実だった。君の家族は恐らくはその誤情報故に反抗し………」
「う、嘘よ、嘘………」
「信じる信じないは君の判断に任せる。だが………エリィ」
 レオンハルトは零れ落ちた涙を拭った。
「私は、私は『嘆きの夜』の犠牲者を無駄にしたくない。そのためにクリフォード首相の下で戦っているのだ」
 エリィは悩む表情を見せていた。レオンハルトにしてみれば、当たり前のことだと言えた。今まで信じていたことを覆されたのだ。そのショックはどれほど過剰に想像しても、なお過小であろう。
「………エリィ。悩むのは後でいい。今は第三親衛大隊を止めるのが先だ………違うか?」
「………そ、そうね………悩むのは後にさせてもらう……わ………」



 一九八三年八月六日午前六時四六分。
「やはり国立体育館でビンゴだったようだな!!」
 ハーベイは新たなる愛機PA−03F ガンスリンガーFのシートに押し付けられるかのようなGに耐えながら一人叫んだ。
 ガンスリンガーFはガンスリンガーの改良型で、何よりも最高速度を重視した設計となっている。加速力こそアルトアイゼンに一歩譲るものの、最高速度ではこの機体に勝るものは無かった。長年の傭兵生活で、今や完全なベテランに昇華されたハーベイは、その世界最速のPAを巧みに操っていた。
 国立体育館へ通じる一本道。そこにはP−80やZSU-23-4 シルカ対空自走砲などが巧みに配備されており、激しい弾幕を形成していた。
 しかしエリックの四〇式装甲巨兵 侍の広域ジャミングのおかげでその照準は定まらず、ただの五月雨に過ぎなかった。
 その五月雨の隙間を縫うように疾走するガンスリンガーF。そして対PA用ショットガン M510を放つ。M510の散弾はP−80やシルカ対空自走砲の薄い装甲を確実に傷をつける。そして無数の散弾が装甲の傷を広げ、最終的には内部機構を噛み千切り、破壊する。その機動は芸術の如し。
 それとは対照的にエレナの手によってアルトアイゼン・リーゼに生まれ変わったPAX−003cの動きは豪快であった。
 増設されたブースター、そして厚みを増した装甲。これらによってP−80やシルカ対空自走砲の形成する弾幕は滅多には当たらず、そして当たっても装甲の厚さによって食い止められていた。かわすのではなく、突っ切る。アルトアイゼン・リーゼとはそのような豪快な機体であった。
 そして接近すればリボリビング・ステーク初期生産ロットである大型リボルビング・ステークであるリボルビング・バンカーが確実にP−80やシルカ対空自走砲を穿つ。
 ならばと複数でかかれば発射基数を増したことで、より高密度の弾幕を形成できるようになったアヴァランチ・クレイモアで一網打尽にされてしまう。
 今のアルトアイゼン・リーゼはまさに接近戦の王者であった。
「よし、我々も負けてはおれん、行くぞ!!」
『クリムゾン・レオ』も負けじと続く。
 特にレオンハルト、レアード両名の活躍は目覚しかった。同じP−80とは思えないほどの複雑な機動。そして攻撃。どれをとっても妙技であった。
 わずか一時間にも満たない戦いで、第三親衛師団の部隊はほぼ壊滅状態となっていた。もはや国立体育館への道を阻む者は無かった。
「よし、では突入する!!」
 レオンハルト自らAK47を手に体育館へと侵入する。
 時計はこの時、午前七時二四分を指していた。



「さすがは『クリムゾン・レオ』………とでも言うべきか」
 パデレフスキーは自嘲気味に呟いた。
「今、奴らは体育館の六割を占拠しました。もはやここになだれ込むのも時間の問題でしょう………」
「………申し訳ありません、デミトリー大佐。私の力が及ばなかったばかりに………」
 彼らの保有する核爆弾。それの起動まで最低でもあと一時間はかかるだろうというのが技術班の見通しであった。デミトリーは自分たちが賭けに負けたことを悟っていた。
「いや、私にも責任がある。私がもう少し部隊を連れておれば………なぁ」
「部下たちを脱出させます。それが不可能なら降伏を」
「………私たちに言われて、知らずに作戦に参加していたのだということを徹底させておいてくれ。私たちのバクチにつき合わせた上に、罪まで被せる事は無い」
「わかっております。その辺りはぬかりありません………」
 デミトリーはポケットからタバコを取り出し、火をつけた。パデレフスキーにも一本勧める。パデレフスキーはありがたく頂戴した。
 末期の紫煙がくゆる。
「………結局はこのリベルの戦争がまだまだ続く、か」
 しみじみと呟き、紫煙を吐くデミトリー。
「………いいえ、大佐。まだチャンスはありますよ」
「チャンス!? まだ何かあるというのか?」
「ええ………もしかしたら私の思うチャンスこそが最善なのかもしれない。たとえ時間がかかろうとも、核を使うよりは………」
 その時、倉庫の扉が乱暴に開け放たれた。
 そして侵入してきた男を見た時、パデレフスキーは賭けに勝ったことを悟った。



「イェージィ………」
 レオンハルトは倉庫の中に人が二人だけいることを確認し、そのうちの一人が自分の親友だとわかり独語した。
「ということはあれが………」
「………レオンハルト。君の隣にいる方たちは?」
 パデレフスキーは自分の状況が目に入っていないのではないかと思えるくらいに落ち着いていた。
「彼らは『ソード・オブ・マルス』。リベル解放戦線の雇った傭兵PA小隊だ」
 レオンハルトは「リベル解放戦線」と正式名称で言った。
「そうか………やはり私は賭けに勝ったようです、大佐」
「………大佐? まさかデミトリー大佐か?」
「む? お前はネーストル………ネーストル・ゼーベイア少佐か!?」
「なるほど。お互い知己に計画を壊されたわけでしたか………」
「イェージィ………何故このような真似をした!!」
 自嘲気味に笑ったパデレフスキーとは対照的に、レオンハルトはいつになく感情的に怒鳴った。
「何故、か………この無益な戦争を終わらせるためさ」
「無益だと!?」
「なぁ、レオンハルト。考えても見ろ。この国の戦争は、何故終わらない?」
「そ、それは………」
「ソ連が我らがリベル政府軍を、西側諸国がリベル解放戦線を応援するから。君ならその回答にすぐたどり着けるはずだ」
 イェージィはタバコを床に投げ捨てる。
「だがそれはあくまで欺瞞に過ぎない!」
 投げ捨てたタバコを力強く踏みにじるパデレフスキー。
「この国の戦争は終わらないんじゃない! 続けさせられて………」
 ダーンッ
 短い銃声がパデレフスキーの言葉をさえぎる。パデレフスキーは自分の左胸に空いた穴を、信じられないという表情を見つめる。
「だ、誰だ!? 誰が撃った!!」
 まるで鬼のような形相で周囲を睨むレオンハルト。しかし誰もが首を横に振るだけであった。
「私ですよ」
 高らかと宣言するような声。
 ダーンッ
 再び銃声。今度はデミトリー大佐が頭部を撃ち抜かれ、血と脳漿を周囲にぶちまけた。無論、即死であった。
「いけませんねぇ、レオンハルト・ウィンストン少佐。貴方ともあろう方が与えられた命令をお忘れになるとは………」
 白い服に青いズボン、銀色の髪、そして青白い肌の男が足音も高らかに現れた。全身から冷たい気配がにじみ出ていた。
「貴様、何者だ!!」
 レアードが腰の拳銃を引き抜いて構える。
「私? 私の名はヘルムート・フォン・ギュゼッペ。ソビエト技術中佐ということになっております」
 その名を聞いた瞬間、アーサーは体をビクッと振るわせた。しかし誰も見ていなかったのでそれに気付く者はいなかった。そしてアーサーはしばらくの間、体を震えさせるのみであった。
「ソ連の技術士官………?」
「左様でございます。今回はたまたまここに立ち寄ったら、ウィンストン少佐が任務を忘れていらしたので、差し出がましいですが手を出したのです」
 口調こそ恭しいが、敬意など欠片も感じられないギュゼッペの言葉。レオンハルトのみならずこの場の一同はこの男が嫌いになった。
「………ぅ………ぐ…………」
「イェージィ! おい、医者だ! すぐに医者を呼べ!!」
「止めた方がよろしいのでは? パデレフスキー大尉はもはや取り返しのつかない過ちを犯しました。このまま死なせてやるのが優しさというものでは?」
 自らの手で撃っておきながら、いけしゃあしゃあとギュゼッペは言った。
「レ………ルト………ソイツは…………ドミニスタ………」
「何!? おい、イェージィ、何と言った!?」
「倒…べき…当の敵はアド……スター………」
 そしてダラリと下がるパデレフスキーの手。もはやパデレフスキーの両目は虚空の彼方を見ていた。
「ク、クソッ………」
「………さぁて。これでこの事件は万事解決ですねぇ。ウィンストン少佐、部隊を退きましょう。ここは忘れ去られていた場所といえども敵の本拠地のすぐ傍でもあるのですからね」
 ギュゼッペは飄々と言って、その場を去った。
 だがパデレフスキーの言葉は一同の胸に刻まれた。
 その言葉が芽吹くまで時間はかかるが、確かにそれは刻まれたのだ。
 これこそが歴史の流れが変わる最初のきっかけであった………


第二五章「Someone loves you」

第二七章「Permanent war circuit」

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