軍神の御剣
第二四章「T−REX・HIGH!」


 リベル人民共和国上空三〇万メートル。
 もはやそこは空ではなく、宇宙と呼ぶに相応しい。
 そこにそれは浮かんでいた。
 大日本帝国が誇る超兵器「対攻撃衛星用攻撃衛星二号」――通称、宇宙戦艦 ヤマト。
 ヤマトはリベルの戦場を監視するべくその巨体を漂わせていた。
「リベル解放戦線だっけか? ともかく反政府軍もちょっと旗色が悪くなりだしたな、いくティー」
 ヤマト艦内の中でも艦橋と兵員室には重力制御が行なわれている。そのために乗員はこの二区画では地上にいるように気楽に過ごすことができた。
 そんな艦橋の中であるからこそ中林軍曹はコンソールの上にポテトチップの袋を開き、それをつまみながら私語を交わす事も可能なのであった。
 ヤマト艦長である元山 満大佐は真面目で、型通りの軍人であった。あったがために、正直な話、このような風潮は好んでいなかった。だが上層部から「乗員にはなるべく自由に振舞わせるように」と念に念を押して言い含められていた。故に見逃すしかなかった。
「この間の無茶な作戦で兵力を消耗してますからね」
 生嶋中尉はポテトチップを頬張りながら言った。喋る際にポテトチップの破片がモニターに付着する。
「まったくだ。あんな作戦、素人でも立てないよな」
「いっそのこと、僕たちに指揮権をくれたらいいんですけどね。ならあんな戦争、一週間で終わらせるのに」
 よく言うよ………元山は内心で毒づいた。まぁ、この手の人種は自分を過大に評価するか、極端に過小評価するかのどれかしかいないものだったりする。
「ん? おい、いくティー! あれ、見ろよ!!」
 モニターの画面を見ていた中林が何かに気付き、生嶋の肩を叩く。
「お? ほほぅ………『白亜紀の亡霊』じゃないですか」
 生嶋が感心したように呟いた。
『白亜紀の亡霊』………? 一体何のことだ?
 興味を惹かれた元山はモニターを見やる。そこには一機の大型ヘリコプターが映っているだけであった。



 一九八三年七月一六日。
 もはや昔日の勢いを失ったリベル解放戦線。リベル解放戦線は戦線の縮小を迫られていた。
 しかし政府軍――というよりはソ連から派遣されているソビエト人民義勇隊はそれを見逃しはしなかった。
 この日、傭兵PA部隊『ソード・オブ・マルス』の待機する前線に押し寄せたソビエト人民義勇隊の部隊はPA二個小隊に戦車三両を中心とした部隊であった。PAはP−80、戦車はT−72という部隊。
 これに対するは傭兵PA小隊『ソード・オブ・マルス』と傭兵戦車小隊『スタッグビートル』であった。『スタッグビートル』の装備する戦車はイギリスのヴィッカーズMk.1四両であった。
『ソード・オブ・マルス』のハーベイ・ランカスターはヴィッカーズMk.1を後方の塹壕の中に控えさせ、援護射撃専門として使用し、自らの部隊で一気にソビエト人民義勇隊を叩く作戦を採用していた。
「ごめん!」
 新たに『ソード・オブ・マルス』に加わった、アーサー・ハズバンドはコクピット内でそう怒鳴った。そしてトリガーを引く。
 アーサーの乗機であるドイツ製第三世代PA パンツァー・レーヴェが、アーサーの命令に従ってAPAGを放つ。今や『ソード・オブ・マルス』の全機が第三世代と称される高性能PAに乗り換えていた。
 アーサーの放った四〇ミリ弾は政府軍所属のP−80に襲い掛かる。
 政府軍のP−80はアーサーの射撃を回避できなかった。たちまち四〇ミリ弾に両腕を撃ち抜かれる。
 両腕を失ったP−80は、これは敵わんと逃げ出そうとする。そしてアーサーはそのP−80を追撃するつもりは毛頭無かった。むしろ彼は安堵の息を吐いた。
「よかった………死ななくて………」



「………何て野郎だ」
 かつてはマーシャ・マクドガルが駆り、そしてマーシャ引退後はミネルウァ・ウィンチェスが乗っていた四〇式装甲巨兵 侍。その侍の現在の使用者はエリック・プレザンスであった。
 エリックは侍のモニター越しに見るアーサーのパンツァー・レーヴェの動きに戦慄する。その動きは無駄というものがまったく無く、そして恐ろしく正確であった。まるでアーサーは敵の意図がわかっているかのようであった。現に敵の回避先を先読む才能に関してはアーサーは『ソード・オブ・マルス』の誰にも負けなかった。
 正確に敵の位置を先読みし、そこにAPAGを集中的に叩き込む。アーサー・ハズバンドとはそんな恐ろしいパイロットであった。そしてアーサーは誰一人殺さずに戦場を切り抜けていた。彼は敵PAの腕や足しか狙い撃たないし、命中させない。継戦能力を奪い、パイロットを一人残らず脱出させているのだった。
「あいつは………バケモノか………?」
 エリックは味方ながらアーサーの技量に戦慄した。味方でありながらも戦慄するほどの技量なのだ。敵、政府軍の戦慄はエリックの想像以上であるのは間違いなかろう………



 アーサー・ハズバンドは孤児であった。
 彼には両親がいなかった。それは育ての両親がいなかったという意味だけではなかった。彼は、本当に生みの親というものも持たない存在であった。
 彼は大日本帝国とアメリカ合衆国の間で行なわれていた「申し子計画」の唯一の生き残りであった。
「申し子」計画。
 それは一九六〇年代後半に研究させた、日米の科学者が集結し、人の手で人を――それも極端に戦闘力の長けた人を生み出そうとする計画であった。
 この計画に沿って、アーサー・ハズバンドという存在の入った受精卵は試験管の中で生み出されたのだった。遺伝子レベルで、様々な細工を施されて。
 この計画で誕生した子供たちは、並の人間ではありえないほどの能力を発揮した。わずか四歳で世界中の言語をマスターしたものもいたし、六歳でオリンピックで金メダルを取れるほどの脚力を持つ者もいた。アーサーもそんな一人であった。
 だが遺伝子の改造は彼らの身体に原因不明の負担をかけたらしかった。計画で誕生した子供たちの多くは短命であった。
 さらにこの計画自体がジャーナリストたちによって暴かれ、全世界中の非難を浴びることになった。もはやこの計画の続行は不可能であった。
 そして「申し子」計画は頓挫した。
 計画は無くなったが、産み落とされた子供たちは生きなければならなかった。そのためにこの計画で誕生した子供たちは、すべて施設に引き取られた。
 その施設とは「アーヴィ学園」。小学校までの設備を整えた孤児院であった。
 学園長であったナナス・アルフォリア、ライセン・アルフォリア夫妻は、人の勝手な都合で生み出された哀れな子供たちに無限の愛情を注いでくれた。
 当初は機械のように心を持たなかった「申し子」たちであったが、アルフォリア夫妻を主とする学園の職員たちのおかげで心を取り戻し、泣き、笑うことを覚えたのであった。そして夫妻たちの愛に包まれたまま、その短い生涯を終えていった。みな、一六歳まで生きることすら困難であった。
 そんな中でアーサー・ハズバンドだけは例外であった。彼は今、一九歳であるが、健康そのものであった。
 アーサーはアルフォリア学園から出て行った日のことを思い起こした。
「傭兵になりたい」とアーサーが言った時、アーサーの義父であるナナス・アルフォリアは激昂した。普段は知的で、常に落ち着きという言葉と寄り添っていたはずのナナスがであった。ナナス・アルフォリアはかつての日米戦争の際に陸軍戦略爆撃隊を率いて戦ったことがあり、その時の経験から戦争の虚しさを知り抜いていた。ナナスはアーサーに言った。
「君を戦場に出すわけにはいかない! もう君が戦う必要は無いんだ!!」と。
 それに対してアーサーも言い返した。
「僕は、戦うために生み出された。そして今、戦えないで泣いている人たちがいる。僕は、そんな人たちのために戦いたいんです!」
 二人の議論は平行線を辿るだけであった。そして最終的に取っ組み合いの口論の末に、「どうしても傭兵になりたいのなら出て行け!」、「わかったよ! 出て行くよ!!」という売り言葉に買い言葉で締めくくられた。
 対してナナスの妻であるライセン・アルフォリアは、口に出しては何も言わなかった。ただアーサーの頬を平手でしたたかに叩き付けた。それは百万の説教よりも強くアーサーを打ちのめした。
 アーサーは、本当は敬愛する義父ナナスと義母ライセンにこそ自分の真意をわかって欲しかったのだが………



 アーサーは自分が「アーヴィ学園」を出たときの事を、ざっとであるが反芻した。
「大丈夫。いつかはナナスさんたちもわかってくれる」
 アーサーは自分自身を説得するために呟いた。しかし自分自身の言葉であるがために、余計にその言葉の虚しさが彼の胸を衝いた。
 だがそうしてブルーになりながらもアーサーの機動は完璧であった。政府軍のP−80の攻撃のことごとくを回避していた。そして返す一撃は正確にP−80の戦闘力を奪い去る。
 政府軍の部隊は、これは敵わぬと後退を開始する。
『………ランカスター隊長、どうする?』
 ネーストル・ゼーベイアの野太い声が聞こえる。それに対するハーベイの返事は簡潔であった。
『向こうからお帰り下さったんだ。それを喜ぶべきだろうさ』
 つまりハーベイは追撃の要無しと言いたいのだ。アーサーは胸を撫で下ろした。望んで傭兵になったとはいえ、戦闘は早く終わるに越したことは無かった。
『………ところがさぁ、あちらさんは簡単に帰ってくれないみたいよ』
『何? エリック、何か見えたの?』
 エリックの侍は電子戦用に改造されている。その索敵能力は他の機体より抜きん出ている。エリシエル・スノウフリア――通称エリィが尋ねたのはそのためであった。アーサーのパンツァー・レーヴェのレーダーにも異常は見当たらなかった。
『空だ! 空から来るぞ!!』
 アーサーは素早くレーダーを対地から対空用に切り替える。そうすると確かに攻撃ヘリと思しき反応が三機ほど見えた。
 アーサーはメインカメラをズームさせて、その攻撃ヘリがMi−24 ハインドであることを確認した。
 ハインドはソ連製の攻撃ヘリであり、西側諸国の陸軍兵から恐れられている存在。何故ならば攻撃ヘリとは地上の兵士にとっては猛禽とネズミの関係であるから。
 そのような情報を思い起こしたアーサーは、手が汗に濡れていることを感じた。
 しかし他の『ソード・オブ・マルス』の者たちは、いつもと何ら変わりなかった。
 エリィの乗機であるアルトアイゼンが、左腕に仕込まれている三連二〇ミリマシンガンを放つ。二〇ミリ口径弾の驟雨がハインド隊に降り注ぐ。
 しかしハインド隊は素早く散開することでその驟雨に濡れることから逃れた。
 逆に二機のハインドが三〇ミリ機関砲を放つ。今度は『ソード・オブ・マルス』が散開する番となった。
 そのためにノーマークとなった一機のハインドがAT−2 スワッター対戦車ミサイルを放ち、ヴィッカーズMk.1を撃破する。
「ああッ!」
 アーサーはスワッターの直撃を受けて激しく炎上するヴィッカーズMk.1に悲鳴をあげた。そして祈る。頼む! 脱出してくれ!!
 だがヴィッカーズMk.1を包んでいた炎がヴィッカーズMk.1内の一〇五ミリ砲弾にまで達したのだろう。ヴィッカーズMk.1は内側からの圧力に弾けた。生存者など考えるだけで無駄であった。
「クソッ!!」
 だがその報復はすぐに為された。
 ネーストルの英国製PA ランスロットは、今日は肩部にPA用に改修された地対空ミサイル スティンガー発射管を備えていた。それを放ったのであった。左右の肩に、それぞれ六本ずつの発射管を搭載していた。
 ネーストルが放ったスティンガーは瞬く間にハインドを炎に包んだ。そしてグラリと揺れたかと思うと、三機のハインドは簡単に墜落した。
 アーサーはなおも燃え続けるハインドの残骸をじっと見続けていた。それを網膜に焼き付けるかのように。
 しかしアーサーにはそれほど余裕のある時間が与えられた訳ではなかった。
 すぐさま対地攻撃ヘリの第二派が襲来したのであった。そしてその機体は傭兵たちの度肝を抜いた。



「ふふふ………傭兵どもの慌てふためく姿が目に浮かぶぜ」
 ソビエト人民義勇隊のダーニャ大尉は余裕の笑みを浮かべながら操縦桿を握っていた。
 ダーニャ大尉の操縦する対地攻撃ヘリは巨大であった。数値でいうならば全長三二メートル。一見しただけならば輸送ヘリと見紛うばかりの巨体であった。
 だが過剰なまでに施された武装が、この機体の獰猛さを物語っていた。その中でも特に目を引くのが機体左翼側のペイロードを占拠する下向きの三連装砲塔。その口径は七六ミリである。
 それはカモフ設計局が送り出した世界最強の対地攻撃ヘリ。それがダーニャ大尉の愛機の評判であった。
 形式番号Ka−42。NATO軍コードは『T−レックス・ハイ』。通称『白亜紀の亡霊』であった。



 エリィは無線から怒鳴り声を聞いた。その声は信じられない物を見た物が発する独特の雰囲気があった。
『………T−レックス・ハイだと! 祖国はそんなものまで持ってきていたのか!?』
 思わずそう叫んだのはネーストルであった。元ソ連軍少佐であるためにT−レックス・ハイの恐ろしさは誰よりも知っていた。そして普段寡黙であるネーストルがそこまで叫ぶほどの強敵であるらしい。T−レックス・ハイとやらは。
 エリックの侍がT−レックス・ハイに向けてAPAGを放つ。全長三二メートルにも達するだけに、的は大きく、エリックくらいの技量となれば命中させるのに不自由しなかった。
 だがT−レックス・ハイは四〇ミリ弾を受けても平然としていた。装甲に穴も開かなければ、傷すら見えなかった。
『T−レックス・ハイの下面装甲は二〇〇ミリにまで達します! APAGでの撃墜は非常に困難………いや、対空ミサイルの直撃でも困難です!!』
『二〇〇ミリだって!?』
『はい。そして七六ミリ三連装無反動砲塔を左翼側ペイロードに装備し、右側ペイロードには多連装小型ミサイルを大量に搭載しています! その戦闘力は一機でハインド二個中隊に匹敵するといわれていました!!』
『バケモノめ………』
 ハーベイの舌打ちの声が聞こえた。
「皆さん! 私が吶喊します!! 援護してください!!!」
 エリィは躊躇うことなく言い切った。以前、手練れの乗るハインドをアルトアイゼンで吶喊し、撃墜したことがあるのだ。さしものT−レックス・ハイでもアルトアイゼンのリボルビングステークを食らっては無事ではいまい。
『エリィ………いや、頼むぜ!!』
 何か言いかけたエリックであるが、口には出さずにAPAGを放つことで援護射撃を行なった。ネーストルも、ハーベイも、アーサーもそれに倣った。



「バカめ、貴様らの考えることくらいはお見通しだ!」
 ダーニャ大尉は嘲笑いの表情を見せると操縦桿倒した。
「後は頼むぞ、マリーナ」
 ダーニャは自分の隣に座る射手に言った。
 T−レックス・ハイの操縦席はいわゆるタンデム・コクピット(一般的な二人乗り攻撃ヘリの配置。前後に操縦席が設けられている方式)ではない。T−レックス・ハイの操縦席はサイソ・バイ・サイド、要するに並列複座であった。これはT−レックス・ハイがあまりに大型攻撃ヘリであるために可能となった行為であった。
 ダーニャの隣に座るマリーナ中尉はダーニャの言葉に対し、ニコリと笑って見せた。その笑みは妖艶さすら称えている。彼女はダーニャの恋人であった。
 マリーナの指示によってT−レックス・ハイ最大の特色である三連装七六ミリ砲塔が獲物を求める三頭の大蛇のように蠢いた。
「火力の一番高い機を狙うわ」
 マリーナはそう宣言するとトリガーを引いた。
 マリーナの引いたトリガーは、三連装七六ミリ無反動砲塔に電気信号を送る。その信号に従って三連装七六ミリ無反動砲塔は必殺の一弾を吐き出した!



「キャアッ!?」
 T−レックス・ハイの放った三発の七六ミリ砲弾のうちの一発がアルトアイゼンの右肩を貫いた。
 アルトアイゼンは大出力のブースターを備え、敵の防衛ラインを強行突破するために作られた特殊任務機である。その任務の性質上、敵の弾幕に耐えうる装甲が必要とされ、PAとしては破格の装甲を誇っており、APAGやS−60Pでの撃墜は困難とされていた。
 しかしT−レックス・ハイの七六ミリ砲はアルトアイゼンの堅牢な装甲を易々と撃ち抜いた。
 右肩から先を完全に撃ち千切られたアルトアイゼン。アルトアイゼン最強の武装であるリボルビングステークの使用はもはや不可能となっていた。
『エリィ、無事か!?』
 被弾から間髪いれずにエリックの通信が入る。
「え、ええ………右腕が持っていかれたけど、まだやれるわ!」
『そうか』
『で、でも無理はしない方が………』
『アーサー、エリィは自分でまだ戦えると判断したんだ。歴戦の兵であるエリィがだ。ならばまだ大丈夫さ』
 エリックはそう付け加えた。アーサーはどこかまだ腑に落ちぬ部分があるようだが、エリィとエリックは互いのことを充分に理解し、信じあっている。何の問題も無かった。
「しかし凄い威力だわ………」
 エリィは自分の半身ともいえるアルトアイゼンを一撃でここまで破壊したT−レックス・ハイの攻撃力の高さには辟易せざるを得なかった。



「アルトアイゼン中破。次弾目標変更します」
 マリーナは淡々とした口調で宣言した。戦闘中のマリーナは常に冷静で、淡々としている。それはさながら戦闘機械のようである。しかし一度T−レックス・ハイから降りれば、瞬く間に戦闘機械は本来の、女性の機能を取り戻す。
 戦闘では常に冷静なダーニャの相棒。私生活ではダーニャに甘える可愛い娘。それがマリーナであった。
 ダーニャは一刻も早くマリーナの仮面の下が見たかった。
「よし、マリーナ。このまま一気に終わらせよう」



「マズイな………俺たちの火力じゃT−レックス・ハイを撃墜できそうにないぞ………」
 ハーベイは対PA用散弾銃であるM510をT−レックス・ハイに放つが、パチンコ玉大のベアリング弾ではT−レックス・ハイの装甲に傷つけることすら不可能であった。
「ライフルを持って来るべきだったか………」
 戦車砲を改造した大口径ライフルというのがPA用装備にある。ラインメタル社製一二〇ミリライフルなどはその典型であろう。だが『ソード・オブ・マルス』は隊員の中にアルトアイゼンという重火力機があったためにライフル系の装備を携帯することは少なかった。だが頼みのアルトアイゼンが中破した今、ライフルを持ってこなかったのは致命的なミスとなっていた。
 ハーベイがミスを悔やむ間にもT−レックス・ハイが多連装小型ミサイルを五月雨式に放つ。
 それは何とかエリックの侍のジャミングのおかげで命中率を著しく下げることとなった。だがそれでも五月雨式に降り注ぐ小型ミサイルは脅威であった。いや、むしろT−レックス・ハイの射手はミサイルとしてはなったのではなく、ロケット弾として放ったのではないかと疑いたくなるほどであった。
「何ていやらしい攻撃をする野郎だ!」
 ハーベイは英国人らしからぬ直接的な表現でT−レックス・ハイの射手をなじった。さすがのハーベイもT−レックス・ハイの射手が女性であることはわからなかった。
 ハーベイのガンスリンガーの左脚が、今や無誘導のロケット弾と化した小型ミサイルの直撃を受けて弾け飛んだ。ハーベイのガンスリンガーは何とか残った左ひざを突いて停止した。
「クソッ!」
 T−レックス・ハイはハーベイのガンスリンガーも脅威ではなくなったと見なし、アーサーのパンツァー・レーヴェの方へ向かって行った。
 しかしそのような苦境の中にあってもハーベイの意識は冷静に、T−レックス・ハイに対抗するための手段を模索していた。下面装甲が戦車並みに厚いT−レックス・ハイ。それを撃墜するためにはT−レックス・ハイに取り付き、コクピット部分にAPAGやM510をぶち込むか、もしくは近接格闘用のナイフを突き立てるしかない。
 問題は三次元的な機動が可能であり、さらに変則的に飛ぶことができるヘリを相手にどうやって取り付くかであった。
「えぇい、翼でもあればなぁ………そうすればあのヘリより上空から攻撃もできたものを………」
『聞こえるか、『ソード・オブ・マルス』!』
 唐突に無線から聞きなれる声が聞こえた。
『こちらは『スタッグビートル』だ!』
 ハーベイはそこでようやくヴィッカーズMk.1の部隊がいたことを思い出した。
「まだいたのか? 早く後退しろ!」
 戦車では対地攻撃ヘリと戦うことはできない。ましてや最強の対地攻撃ヘリであるT−レックス・ハイが相手では………
『まぁ、そう邪険に扱うなって。お前たちPA部隊でも苦戦してるじゃないか。苦戦してる味方を置いて逃げるのは漢らしくねぇよ』
 どこかユニークさすら漂わせる口調で『スタッグビートル』の男は言った。
「何? 何をするつもりだ?」
『なぁに、ちょっと手伝ってほしいのさ。今からお前さんの方へ全速力で突っ走る。お前さんは俺のSタンクを空へ放り投げてくれ。ちょっとお前さんのガンスリンガーをジャンプ台の代わりにするってわけだ』
「ちょ、ちょっと待て! そんなことをしたら………」
『俺のヴィッカーズはいわばカースタント状態になるわな………まぁ、運がよければ無事生還できるさ』
 コイツ………
『さぁ、行くぞ! お前に拒否権は無い!! もはや今しかチャンスは無いんでな!!!』
 見ると一両のヴィッカーズMk.1がハーベイの方へと向かって突っ走ってくる。その進行方向先にはT−レックス・ハイがいる。確かに今しかチャンスはなさそうであった。
「………スマン!!」
 ハーベイはガンスリンガーの両腕と全身でヴィッカーズMk.1のキャタピラの幅に合わせたジャンプ台を作った。
『なぁに、俺が勝手に決めたんだ。気にするなって!!』
「生きろよ! 後で一杯おごってやるからよ!!」
『ソイツはありがてぇ!!」
 ヴィッカーズMk.1がガンスリンガーというジャンプ台を駆け上がる!
『うおおおおおッ!!』
 ガンスリンガーは四〇トン近いヴィッカーズMk.1のジャンプ台となったために、全身はヴィッカーズMk.1の重さとキャタピラのためにズタズタになった。
 だがガンスリンガーの犠牲は無駄にはならなかった。
 ヴィッカーズMk.1は確かに飛翔したのであった!
 そしてヴィッカーズMk.1の砲塔がT−レックス・ハイの機影が重なった時、ヴィッカーズMk.1は一〇五ミリ砲を放った!!
「何ィッ!?」
 ダーニャの眼が驚愕に見開いた時、すべては手遅れであった。ヴィッカーズMk.1の放った一〇五ミリ砲弾はT−レックス・ハイを易々と撃ち抜いた。
 ダーニャは咄嗟にマリーナの手を取ろうとマリーナの方に向き直る。マリーナもダーニャと同じ思いのようであった。そして二人の手が重なり合おうとしたその瞬間………T−レックス・ハイは大爆発を起こした。一〇五ミリ砲弾がT−レックス・ハイの燃料を引火させたのであった。
「やった!!」
 ダーニャとマリーナのことなど露知らぬハーベイが歓喜の声をあげる。
 だがヴィッカーズMk.1の方も無事ではなかった。ヴィッカーズMk.1はT−レックス・ハイ爆発の衝撃に揺られ、着地に失敗し、上下逆になった状態で地面に叩きつけられたのだった。
「お、おい、大丈夫か!!」
 だがハーベイがいくら呼びかけても、自分たちを含めて戦線のすべてを救ったヴィッカーズMk.1の勇者からの応答は無かった。
 後にわかったことであるが、このヴィッカーズMk.1の乗員は着地に失敗した時点で、全員が首の骨を折って即死したそうだった。「苦しむことは無かっただろう」彼らの死体を検分した軍医はそう言った。
 しかしそれが慰めになるとはハーベイには思えなかった。



 アーサー・ハズバンドは今更ながら義父であるナナス・アルフォリアの正しさを認めざるを得なかった。
 戦場とはアーサーの想像をはるかに超えて過酷で、非情であった。
 だが今更歩む道を変える訳にはいかなかった。
 アーサーはもはや地獄の戦場に足を踏み入れてしまっていたのだった。
 もはや抜け出すことは叶わない………


第二三章「Ribel」

第二五章「Someone loves you」

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