軍神の御剣
第一八章「Ribel Rose」


 泥沼の内戦によって戦火に覆われる東欧の小国。
 それがリベル人民共和国の内情であった。
 リベルを二分するリベル解放戦線最大の基地ルエヴィト。
 ルエヴィトの兵舎のある一室。この部屋は六畳ほどの広さを持つが、今この部屋は入りきらないほどの人間であふれかえっていた。
 部屋の入り口には「ERIC PLEASANCE」と書かれたプレートが提げられていた。
「おい、お前押すなよ」
「バカ言え、お前が場所取りすぎなんだよ」
「つーかこれ以上入れねぇって。お前ら出て行けよ」
「あ、先輩、そりゃないっスよ」
「そうだそうだ。俺たちにも聞く権利はあるぞ!」
 室内の人間はすべて野郎であった。男の体温で部屋は温もり、そして汗を誘い、室内にむせ返るような男の汗の臭いが立ち込めるという悪循環。
 だがそれでも誰一人としてこの部屋から出ようとしなかった。むしろその人だかりは増える一方であった。
「時間だ!」
 誰かがそう呟いた。そしてその声を聞くや否や。部屋の主であるエリック・プレザンスは自分の私物であるソニー製ラジオのスイッチを捻った。
『This is Radio RIBEL………ハロゥ、リベルの人民の皆様、ジャスティンです』
 スイッチが入ると同時に美しく、そして魅力的な女性の声が流れ出す。室内の男たちはその声を一言たりとも聞き逃すまいと聞き入っている。戦争をしている時よりも目が真剣な者すらいた。
『リベルの地で戦う傭兵の皆様』
 俺たちのことだぜ! 誰かがそう言いたげに息を呑んだ。
『お仕事ご苦労様。でも働いてばかりではいけないと思うわ。故郷に残してきた恋人、家族、親友………みんな貴方が無事で帰ることを願っているはずよ………では今日の曲を紹介します』
 そしてラジオから面白みの無い音楽が流れ始める。
 男たちはその音楽が一刻も早く終わることを願った。
 リベル人民共和国の宣伝放送、通称リベル・ローズ。
 リベルを二分する勢力であるリベル解放戦線の戦意喪失を目的として始められた宣伝放送であるが、DJのジャスティンの美しく、魅力に満ち溢れる声によりそのファンはリベル解放戦線のみならず、リベル国外にまで広がろうとしていた。



 それからかなり経ったある日。
 具体的には一九八三年五月七日。
 ルエヴィトを取り戻し、勢力分布図を以前からのものに書き直すことに成功したリベル解放戦線。
 それから一月あまりは政府軍も、リベル解放戦線も、双方共に目立った行動を控え、リベルの地に久しぶりの安らぎの時が訪れ、誰もが東欧の春を噛み締めていた。
 そんな春風そよぐリベルの大地にアメリカ合衆国製超巨大輸送機C−5 ギャラクシーが降り立った。そのギャラクシーの尾翼には髑髏のステンシル。そして機首にはシャークマウスという派手ないでたちであった。それこそが『アフリカの星』輸送部門所属ALICE12のトレードマークであった。
「親分、着きましたよ」
 いささか童顔じみた日本人青年――ロクスケがALICE12の機長である中年男――モーガンに言った。モーガンの頭頂部の髪の毛は過去のものとなっていた。
「よし、ディンキー。外で待機してる連中に荷物を取りに来させろ」
「了解」
 黒人青年以上中年未満のディンキーはモーガンの指示を完璧にこなす。
「じゃ、後頼むわ」
 言うが早いやモーガンは脱兎のようにALICE12のコクピットから姿を消した。
 ロクスケは親分の行動に怪訝な表情を見せていた。そんなロクスケの表情を見たディンキーはロクスケに事情を教えてやることにした。
「親分は『ソード・オブ・マルス』のエリックに借りがあるのさ」
「借り?」
「そ。何でもこの間カードで大敗したらしい。噂じゃ半年分の給料をスッたそうだ」
「んで逃げることにしたって訳か………」
 ロクスケは呆れた表情で副操縦席に背を預けた。
「ていうか今回俺たちって一週間はリベルに滞在するんだろ? まさか親分は一週間も逃げ切れると思ってるのかねぇ」
「まさか。遊んでるだけだろ」
 それにエリックだってそんな膨大な金を徴収したりしないって。アイツは軽い奴だけど物事の道理はわきまえているからね。



 基本的にディンキーの推測は正しかった。エリックはモーガンの借金を取り立てるつもりは毛頭無かった。牧師の息子として生まれ、幼い時から敬虔なクリスチャンとして育てられ、敬虔なクリスチャンとして生きてきたエリック・プレザンスは(軽さと共に)ある種の誠実さを持った男だったからだ。
 だがもしもエリックが悪魔的な人格の持ち主だったとしてもモーガンの半年分の給料は無事であっただろう。
 何故ならば今のエリックはモーガンに絶対に出会えない場所にいたからだ。
 リベル解放戦線と政府軍の勢力圏が重なり合う名も無き集落。傭兵PA部隊『ソード・オブ・マルス』はここにいたからだ。
「おい、聞いたかエリック」
 同じ集落に駐屯している傭兵歩兵分隊『ミスター・カモフラージュ』のエンリケが言った。
「今モーガンの親父がルエヴィトに来てるらしいぜ」
 エリックが以前、モーガンをカモにして半年分の給料を差し押さえたことを知るエンリケが愉快そうに笑顔を見せた。ラテン系であるエンリケの感情表現はわかりやすい。彼はエリックの勝ち分のご相伴にあやかりたいのだった。
「へぇ。だが前線にいるんじゃなぁ」
 エリックはさも残念そうに肩をすくめた。
「本社命令で一週間はリベルにいるそうじゃないか。だったら一度くらい会う機会あるんじゃないのか?」
「さて………どうでしょ?」
 二人は互いに顔を見合わせて笑いあった。他愛の無い会話であった。だが前線で待機を命じられると言うある種の拷問に等しい命令を受けた彼らにとってその他愛の無い会話は必要な物であった。
 そしてこのような光景はこの集落のあちこちで見られていた。
『ソード・オブ・マルス』隊長のハーベイ・ランカスターは同部隊のミネルウァ・ウィンチェスや『ミスター・カモフラージュ』のモンゴメリと共に美味しい紅茶談義に花を咲かせていた。三人ともイギリス人であるために紅茶には非常に五月蝿く、そして意見が三つに分かれたために三人は、だったら実践で試そうじゃないかと別々に紅茶を淹れ始めた。
 ダンスを踊ることが趣味である『ソード・オブ・マルス』のエリシエル・スノウフリアは新しい踊りの振りを考えていた。
 その一方で『ソード・オブ・マルス』のネーストル・ゼーベイアは『ミスター・カモフラージュ』分隊長の野本とソ連の軍装談義を行っていた。元来ネーストルは無趣味な男であったが、元・ソ連軍少佐であったためにソ連軍内のことならばある程度の知識はあった。そして野本は古今東西の軍装に詳しかった。
 こうして前線の中の奇妙な日常は過ぎ去っていく………はずだったのだがその日の夜から事情が変わることとなった。



 一九八三年五月七日夜半。
 弓のようにしなる月が夜空に浮かぶ。雲量は二にも満たない。星が綺麗に瞬く。そんな夜であった。
 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ
 荒い息をつきながら一組の男女が走っていた。三〇代から四〇代に差しかかろうかという男と二〇代前半の女性。女性の方は長い栗色の髪が非常に魅力的な美人であった。
 そして彼らを追いかける一群。彼らの方はリベル政府軍の軍服を身に着け、AK47を抱え、走り迫ってきていた。
 パパパ
 闇の帳をつんざく銃火。
 逃げていた男女の男の方が背中から血を噴出しながらうずくまる。AK47の銃弾の何発かが男の背中を突き刺したのだった。はっきり言って、先のAK47の射撃は威嚇以外の何でもない。距離はそれほど離れていたのだが………運悪く男の背中を食い破ることとなった。
「インドラさん!!」
 女の方が慌ててインドラという名前らしき男に駆け寄る。
「く………ルツィエ、僕はダメだ………」
 インドラは素早く自分の右手薬指にはめていた指輪を取るとルツィエと呼んだ女性に握り締めさせた。
「頼む………それを日本にいる僕のいとこに渡してくれ………いい……ね……………」
 インドラはそう言い残すと呼吸を止めた。ルツィエは蒼ざめた表情でインドラの亡骸を見つめていた。だがすぐに今、自分が置かれている状況を思い出せたのだろう。すぐさま彼女はインドラの骸から走り離れた。
 しかし女の足で、訓練された男たちの足から逃れれるはずもない。
 次第に距離は詰まる。ルツィエにはそれがわかる。だがどうしようもない………
 だが神はルツィエを見放してはいなかった。
 AK47とは明らかに違う銃声。具体的に言えばAK47よりも甲高い銃声がルツィエの耳に聞こえた。
「こっちだ! 急げ!!」
 さらにルツィエの耳に聞こえる指示。ルツィエは考えるよりも早く声の方へと駆け出した。
 ルツィエに声をかけていた男はルツィエが自分の背中より後ろに回ったことを確認してから自分が持っていた軽機関銃を放つ。軽機関銃の軽快な発射音。自分を追っていた政府軍の部隊にとってはその反撃はまさに青天の霹靂。政府軍の兵士たちはあっという間に退いて行った。
 ルツィエは自分が虎口から逃れれたことを知り、安堵のあまり地面に座り込んだ。
「大丈夫か、レディー?」
 自分を助けてくれた男の顔をルツィエは始めてじっくり見ることができた。厳しい顔に毛糸の帽子。彼の体からは血と硝煙の臭いがした。
「え、えぇ………」
 男の発する血と硝煙の臭いに怯えを感じながらもルツィエは答えた。
「モンゴメリ!」
 どうやら目の前の男はモンゴメリというらしい。
 そして若い、東洋系の顔をした男が現れた。
「政府軍は?」
「お帰りになられた。どうも偵察任務でもなかったようだな」
 そこで若い男は初めてルツィエに気付いたらしい。
「彼女は?」
「うむ………どうもあの政府軍の部隊は彼女を追っていたようだぞ、ノモト」
「彼女を?」
 ノモトというらしい若い男がルツィエをまじまじと見た。そして首を傾げる。何故にルツィエが政府軍に追われているのかわからなかったらしい。
「まぁ、いつまでもここにいるわけにもいくまい。一旦戻ろう」
 モンゴメリの意見は至極真っ当であった。
 事情を考えることはどこでもできる。別にこんな最前線でなくても、少し後ろに下がった、自軍の勢力圏内であるあの集落で考えればいいんだから。



 名も無き集落。
 その集落の中でも一番大きな家を傭兵たちは本拠地として使っていた。その家の持ち主はこの集落が戦場になることを理解したのだろう。生活必需品と金になりそうな物だけを持ってどこかに出て行っているらしかった。
「ふ〜ん。ルツィエね………」
 エンリケが顎を撫でながら彼女の名前を反芻した。
「で、君は何者なのだ? 政府軍の正規部隊が追ってくるなんて、尋常なことではないと思うんだが」
 野本がルツィエに問うた。
「それは………」
 ルツィエの口から漏れたのは歯切れの悪い言葉であった。しかしその声は澄んだ川のせせらぎのように傭兵たちの耳に入ってきた。
 ルツィエは迷っているようだった。その態度だけでも彼女がやんごとない立場だとわかる。
 だが彼女は自分から正体を明かすチャンスを永久に失うこととなった。
 パチン
 エリックが指を弾く音が響く。
「どうしたんですか、エリックさん?」
 怪訝そうに尋ねるエリィ。その疑問はみんなの気持ちを代弁していた。
「俺、彼女知ってるわ」
「おいおい………新手のナンパか、エリック?」
『ミスター・カモフラージュ』のディアスがからかうように言った。
「ディアス。お前も知ってるはずだぜ。よぉく彼女の声を聞いてみろって」
「声?」
「あ! あぁ〜!!」
 エンリケが大声を張り上げる。どうやらエンリケは合点がいったらしい。
「そう。彼女は俺たちのアイドル、リベル・ローズさ。そうだろ、ミス・ルツィエ」
「………はい」
 さすがに隠し通すことができないと判断したのだろう。ルツィエは自分の正体を明かすこととなった。
「あの方の仰るように、私はジャスティンという名前でDJをしていました」
 ルツィエの言葉にその場にいた全員は驚きに眼を剥いた。
 そんな中エリックは呑気に口を開いた。
「いや〜、俺の想像通り、いや、想像以上の美人だったな」
 というよりこの物語、基本的に美人しか登場していないような気もしないではない。
「マーシャの奴にも見せたかったぜ」
 常日頃からエリックはリベル・ローズは美人であると公言していた。そしてマーシャはそんなエリックを笑っていたものだった。
「しかし何故リベル・ローズが政府軍に追われているんだ?」
 野本が至極真っ当な疑問を口にした。
 そのもっともな疑問を不思議に思った一同が視線をルツィエに向ける。
「私………」
 普段からDJをやっていただけに他人の視線には慣れているのだろう。ルツィエは口調をまったく変えずに答えた。
「私、もう疲れたんです」
「疲れた」
 ハーベイがまるで聖書の文句を口にするかのように言った。
「はい。もうこの国には愛想が尽きたんです。互いに正義を振りかざしながら、同じ国民同士で殺しあう国に………」
 ルツィエは傭兵たちに冷ややかな視線を向けた。この国がこんな惨状になったのは貴方たちにも責任がある、とでも言いたそうであった。
「だから私はインドラさん………私の番組のプロデューサーの人と一緒に亡命するつもりだったんです」
「なるほどな」
「あの………」
 今まで傭兵たちを恨めしく見つめていたルツィエだが、そこですがるような視線へと変えた。
「どうか見逃してもらえないでしょうか?」
「私たちは傭兵だ。報酬を貰って敵を倒す。それが仕事」
 ハーベイが謡うようにルツィエに言った。
「亡命希望者をどうこうする資格はないさ。なぁ、みんな?」
 ハーベイはみんなの顔を見渡しながら言った。
 傭兵たちはみな一斉に頷いた。
「じゃあ………」
 ルツィエの顔にパァと明かりが差す。まるで春の風に撫でられる花のような笑顔であった。
「ああ。明日の朝にでもここを出発するんだな。今夜はもう遅いからゆっくり休んで………」
 その時であった。今までこの場におらず、哨戒行動にあたっていた『ミスター・カモフラージュ』のコワルスキーが顔を出した。
「おい、ノモト、ハーベイ。ルエヴィトから通信だぜ」
 ハーベイと野本は互いに顔を見合わせた。一体今の時間に何の用なのだろうか?
 ともかくハーベイと野本は失礼と言い残して通信機の置いてある部屋へと向った。



「こちら『ソード・オブ・マルス』。どうかしましたか?」
 ハーベイは無線の相手は同じ『アフリカの星』の社員、特に『アフリカの星』リベル方面陸上部隊総責任者のカシーム・アシャからだと思っていた。
 だが無線のスピーカーから聞こえる声はアシャの声ではなかった。
 しゃがれた老人の声がスピーカーから聞こえてきたのだった。
『君が『ソード・オブ・マルス』のハーベイ君か? 初めまして、だな。ウラル撃沈の時やルエヴィト解放の時は世話になったなぁ』
「ん? 失礼だがアンタは誰だ? 悪いが記憶に無い声だが………」
『ホッホッホッ。冗談はよしてくれ』
 冗談? 本気でわからないんだが………
『儂は君たちの雇い主だよ。トゥルマン、リベル解放戦線の指導者であるラシード・トゥルマンじゃよ』
「!?」
 トゥルマン。リベル解放戦線の指導者………
 ハーベイと野本は顔を引きつらせた。
 何故トゥルマンが無線に………?
『さて、聞いた話じゃ君たちはリベル・ローズを保護したそうじゃないか』
 無線越しの会話であるためにトゥルマンにはハーベイと野本の表情が見えない。だから彼は何のためらいもなく話を続けた。だがハーベイと野本は警戒心を抱き始めていた。
『彼女をルエヴィトに連れてきて欲しい。彼女に我々の宣伝放送をやってもらうのだ。そうすれば我々は宣伝戦においても政府軍の上に立てることになるんでなぁ』
 ハーベイと野本は互いの顔を見合わせ、そして頷きあった。
「自分は『ミスター・カモフラージュ』の野本であります、サー」
『おお、君のことも聞いているよ。激戦区の最中にあっても戦死者を出さない優秀な部隊のリーダーだな?』
「自分までも覚えていて下さったとは………光栄です、サー」
 野本は自己紹介をそこまでにして本題に入った。
「サー、自分たちはリベル・ローズの保護など行っていません」
『何?』
 トゥルマンの口調に不穏な物が混じった。
「自分たちは先ほど政府軍の斥候隊と戦闘を行いました。ですがリベル・ローズらしき人影すら見ておりません」
『嘘を………』
「嘘? だいいち私たちは先の戦闘の報告すら行っていません。なのに何故トゥルマン閣下はそれをご存知なのですか?」
『ぐ………それは機密だ! リベル・ローズを保護していないならば、すぐさま捜索隊を出したまえ。付近にリベル・ローズがいることはわかっているんだ。こちらからも応援を出す、いいな!』
 トゥルマンは不機嫌そうに言い残すと一方的に無線を切った。



「………と、いうことだ。一応尋ねるが、みんなこのことをルエヴィトの連中に話したか?」
 ハーベイが尋ねるが誰も首を縦に振らない。横に振るのみであった。
「やはりこの件には何かあるな………知るはずのないルエヴィトの奴が彼女の存在を知っていて、さらに俺たちが彼女を保護したことまで知っているなんて………」
「あの………どういうことなのでしょうか?」
 恐る恐るといった体で尋ねるルツィエ。
「こっちが聞きたいくらいだぜ」
 エンリケが額に手を添えて天を仰ぐ。
「………ルツィエさん」
 ルツィエ保護以降ずっと黙って成り行きを見つめていたネーストルであるが、ここでようやく口を開いた。
「は、はい?」
 二メートル以上の長身で、熊のような体格のネーストルの声は野獣のように野太い。ルツィエはネーストルの体格と声に少し怯えているようだった。
「………貴方の亡命計画。それは貴方が言い出したものなのですか?」
「い、いいえ………インドラさんが私も誘ってくれたんです。私が前からずっと亡命したがってたことをあの人は知っていましたから」
「………考えられることは一つだな」
「最初から仕組まれていたと?」
 ミネルウァがネーストルの台詞を先取って言った。別にネーストルは台詞の要点を喋られたことを気にする風でもなく、むしろ理解者がいてくれたことに満足したかのように頷いた。
「………インドラ氏がリベル解放戦線のスパイだったんだろう」
「なるほど。確かに政府側のアイドルであるリベル・ローズをこちらに寝返らせれたら、かなりのプラスになるな」
 モンゴメリが腕を組みながら厳しい顔をより一層引き締める。
「そんな………」
 ルツィエが唇を震わせる。
「じゃ、じゃあどうするの? もうすぐルエヴィトから応援が来るんでしょう?」
 エリィが尋ねた。
「………もう一度尋ねる。ルツィエさん。貴方はあくまで亡命を希望されるのか? リベル解放戦線に協力するつもりはないのか?」
「ありません! 私は………私は日本に亡命するつもりです!」
 ルツィエは野本の質問にはっきりと答えた。彼女の意思は固い。それは全員がわかった。
「ならばこちらのすることはただ一つだな」
「やれやれ………じゃ日本までの亡命手段は俺に任せな」
「エリック? アテがあるのか?」
「なぁに、ツケを払わせるのさ」
「なるほど、その手があったか」
 ニヤリと笑いあうエリックとエンリケ。



 一九八三年五月一四日。
 輸送機ALICE12はリベルを飛び立とうとしていた。
 少なくとも準備は万全であった。
 行きはリベルで戦う傭兵たちへの補給物資を積んでリベルに降り立った。
 今、リベルを飛び立とうとするALICE12は機内に傭兵たちの家族への手紙やおみやげを積んで飛び立とうとしていた。
「親分、後二時間ほどでフライトですよ」
「エリックさんに出会わなくてよかったですな」
 ロクスケとディンキーの意味深な笑み。モーガン的には二人の態度は正直腹が立つのだが、エリックに会わなかったのは確かに嬉しいのも一面の事実ではあった。
 だがモーガンは最後の最後で厄介ごとを背負い込むこととなった。
「よ。久しぶりだな、モーガンの親父」
 モーガンの肩を叩く聞きなれた声。
「エ、エリック! お前前線にいるんじゃ………」
 エリックは人差し指を自分の口の前に立てた。大きな声を出すなというジェスチャーだ。
「今日でお前が帰っちゃうて聞いてなぁ。それでこっそり抜けてきたのよ」
「な、何て野郎だ………」
 モーガンも正直無茶をする男である。巨人輸送機であるギャラクシーで戦闘機相手に空戦をしたことまであるほどだ。そんな彼でも今のエリックの行動には呆れざるを得なかった。
「ところでモーガンの親父。ツケは返せそうか?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。もう少ししたらボーナスが出る! それで払うから………」
「なぁ、モーガン。今回の頼みを聞いてくれたらツケをチャラにしてもいいんだけど………どうする?」
「………どんな厄介事だ?」
「なぁに、人を一人送って欲しいのよ。日本まで」
「人………どんな人だ? まさかアルバート・クリフォードとかいうんじゃねぇだろうなぁ?」
 アルバート・クリフォードとはリベル政府の最高権力者である。
「この人だよ」
 エリックは一人の女性をモーガンに紹介した。
「ルツィエさんていうんだ。よろしく頼むぜ」
「………リベル・ローズか? 今、リベル解放戦線が躍起になって探してるっていう?」
「さすがはモーガン。伊達に年とってないね」
「チッ………おい、エリック。約束は護れよ?」
「OK、OK。神に誓って護るよ」
 エリックの口からそれを聞いたモーガンは安心した表情でALICE12のコクピットに腰掛けた。
「んじゃ出すからエリックは早く部隊に戻りな」
「あ、あの………」
 ルツィエが思わず声をあげた。
「なぁに、心配しなさんな。うちの親分は某王国でクーデターが起きた際、指名手配されていた王族を独断でこの機に乗せて亡命させたことがあるんだよ」
「そういえばその時はその人の服を貨物にして、輸送機として飛んだんだっけ? それで当局の眼を誤魔化して」
 ディンキーとロクスケはシニカルに笑いあった。
「あ、そう。んじゃルツィエさんも何か適当なのを貨物にした方がいいな」
「服でいいべ。服」
「このエロ親父め」
 すっかりいつもの調子を取り戻したモーガンにエリックは思わず苦笑を浮かべた。
「指輪でいいですか?」
 ルツィエはポケットからインドラから預かっている指輪を取り出した。
「OK………充分ですよ」
 少し残念そうなモーガンの声。
 あれ? そういえばインドラさんは死ぬ間際に私にこの指輪を渡して………そして日本に行くように言った。そんな人が私をリベル解放戦線に渡そうとするのだろうか?
 ルツィエの脳内に一瞬であるがそのような疑問が浮かぶ。
 だがエリックがALICE12のコクピットルームから出ようとしているのが見えた瞬間にその疑問はどこかに消えてしまった。
「あ、エリックさん………本当に、本当にありがとうございました………」
 ペコリと頭を下げるルツィエ。
「皆さんにもよろしく言っておいて下さい………」
「なぁに、気にしなさんな」
 エリックはおどけた表情で言った。
「リベルで戦う男たちはみんな君のファンだったのさ………かくいう俺もね。君が亡命を望むならそれを叶えてあげるのがファンの役目。当たり前のことをしただけさ」
「………ありがとう」
 エリックは微笑むとそのままALICE12を降り、誰にも見つからないようにハーベイたちの元へと帰っていった。
 そしてALICE12はリベルを飛び立ち………
 リベル・ローズは無事に日本へと亡命することに成功したのだった。



 インドラが何を考えてルツィエに指輪を託したのか。
 その指輪には何があるのか。
 それが明かされる時、悪しき世界に革変が起こることになった。
 後に歴史家はそう記すこととなる………


第一七章「A true pursuit person」

第一九章「Volunteer Soldier」

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