一九八三年四月九日。
「あ〜あ〜」
部屋のドアを開け、中を覗き見たエリック・プレザンスは思わず落胆の声をあげる。部屋の中はメチャクチャに散らかっており、かなり汚くなっていた。汚いだけならまだしも壁には弾痕まで見える。
ここはリベル人民共和国のルエヴィト市、その郊外にある軍事施設の兵舎である。先日、ようやく奪還なったルエヴィト市。リベル解放戦線の主力である傭兵たちはルエヴィト放棄の前からずっとこの兵舎で寝泊りをしていたのだが………
「政府軍の奴ら、どさくさ紛れに部屋を荒らして行きやがったな………」
本当はマーシャ・マクドガルと田幡 繁が政府軍下のルエヴィトに侵入した際に、特殊部隊の侵入かと疑心暗鬼に駆られた政府軍が兵舎をしらみつぶしに捜索し、かなりの誤射やら他色々が行われたからだったりする。
「エリックさんの部屋もですか?」
エリックの後背からエリシエル・スノウフリアの声。
その言葉から察するに、エリィの部屋も似たようなものらしい。
「まずは大掃除からやんないとダメっぽいなぁ」
エリックがガックシと肩を落として嘆息。
一九八三年四月一〇日。
この日、ルエヴィトの天気は稀に見る快晴。文字通り雲一つ無い晴天であった。
「よ〜し、バッテリーの準備はできたぞ〜」
整備班のアーバートの報告。
その声を聞いた、頭に三角巾を巻き、体にはエプロンという妙に所帯じみた格好をしたエリックは、間髪いれずに掃除機のスイッチを起動。安物であるがためにけたたましい音をたてながら掃除機はゴミを吸い取っていく。
エリックが床のゴミを掃除機で吸い取る中、エリィとミネルウァ・ウィンチェスは窓を拭いていた。
そして壊されて、使い物にならなくなった家具をネーストル・ゼーベイアとハーベイ・ランカスターが二人で外へと運び出す。傭兵PA小隊毎にこのような光景が繰り広げられていた。
何とも微笑ましい光景であった。
そしてその光景を、コーヒー片手に、実際に微笑みながら見ているのは傭兵派遣会社『アフリカの星』リベル方面陸上部隊総責任者であるカシーム・アシャであった。
「泣く子も黙る一騎当千の傭兵たちが兵舎の掃除に精を出す姿は見ていて微笑ましいモノがあるな」
アシャは無責任にそう呟いた。彼が自室にしているのは兵舎ではなくてルエヴィトの高級ホテルの一室。そこは政府軍の士官しかいなかったこともあり、荒らされてはおらず、アシャは掃除に精を出す必要はなかった。
だがアシャにはその分仕事があった。
アシャの副官であるサーラ・シーブルーはわき目も振らずに報告書作成に身を投じていた。
アシャは手にしたコーヒーを一口すすりながら考えこむ表情を見せた。
政府軍はソ連からP−80の供与を受け始めたという。P−80の性能、あれは侮れない。数で勝る政府軍を質で上回る傭兵部隊が打ち破るという図式はここに来て崩れ始めようとしていた。
それだけにアシャたちはその対応に頭を悩ませることとなる。
そういう意味では今のアシャたちは大忙しであり、余計な仕事など増やして欲しくなかった。
コンコン。
ドアをノックする音を聞いたアシャはその音に、露骨に顔をしかめた。
「はい、どうぞ」
部屋に入ってきたのは女性であった。やや薄めのTシャツの上に革のジャンパーにジーンズといういでたち。アシャの目には彼女のTシャツが非常に窮屈そうに見えた。何故ならば彼女の胸が非常に大きく張り出しているからだった。アシャの視線が思わずその胸に釘付けになる………所だったがアシャは辛うじて自省を保ち、彼女の顔を見つめた。彼女の短めに切りそろえた茶色の髪が映える。
「初めまして、カシーム・アシャさん。私はエルザ・システィーです。エルザで結構ですよ」
「あぁ、ようこそリベルへ、エルザさん。私のこともカシームで結構」
アシャは内心のことなどおくびも出さず、にこやかに言った。
「世界的にも有名なジャーナリストであるエルザさんの次の取材が我がアフリカの星のリベル派遣隊とは………正直驚いております」
そう。アシャの目の前の、セクシーお姉ちゃんにしか見えないエルザ・システィーはジャーナリストであった。それも世界的に著名なジャーナリスト。数々の特ダネを物にし、アッテンボロー賞(日米戦争時、ルーズヴェルト大統領の不正を暴いたダスティ・アッテンボローの名をもらった名誉ある賞。ピューリッツァ賞以上の名誉との評もある)を前人未到の五年連続受賞を成し遂げた俊英。しかも年齢はまだ二九歳でしかない。
「六年目のアッテンボロー賞をここで取るつもりですか?」
「いえ、私は賞なんてどうでもいいと思ってます。私がやるべきことは真実を皆様に知っていただくことですわ」
「それは素晴らしい志ですな。しかしリベルはこの通り内戦の最中。いえ、内戦というよりは実質は戦争状態です。しかもかなり危険な戦場ですよ?」
貴方の安全は保障しかねます――言外にそう含めてアシャは言った。
「わかっています。ですが私の求める真実がリベルにあるのです」
「貴方の求める真実………ですか?」
「その通り。それを追い求めるために私は勝手に取材しますから、護衛とかつけなくていいです。万が一命を落としたら、運が無かったと思いますから」
「貴方がそう思っても、そう思わない人がいるんですよ。護衛は付けさせて貰いますよ」
万が一にも世界的著名人である彼女が、こちら側の銃弾で死亡してみろ。それはドエライ事になっちまうんだよ。
「貴方はもっと自分の命の重要さを知るべきで………」
その時、アシャの机に置かれている電話が鳴った。
「あぁ、失礼」
そう呟いて受話器を取るアシャ。
『久しぶりだね、アシャ君』
受話器越しにアシャのよく知る人物の声が聞こえる。
「しゃ、社長!? え、マジで!?」
受話器越しの相手は傭兵派遣会社『アフリカの星』社長のハンス・ヨアヒム・マルセイユであった。社長が自ら派遣先に電話するなど滅多なことでは無い。
『今、君の目の前に物凄いグラマー美人がいると思うが?』
マルセイユは名うての女好きとしても有名であり、それが元で元・祖国であるドイツを追放され、傭兵になったという経歴もある。そんな彼にとってエルザは『著名なジャーナリスト』ではなくて『物凄いグラマー美人』なのだった。
「は、はぁ。確かにいますけど………」
『彼女な、きっと護衛を付けずの自由行動を希望していると思うんだけど?』
「よくご存知で………」
『彼女の希望な、全面的に叶えてやるように』
「で、ですが彼女に万が一にことがあれば………」
『あぁ、構わん。彼女は誓約書をちゃ〜んと書いておる。いいか、読み上げるぞ。『私、エルザ・システィーはリベルの戦場でいかなる不幸な事故が起きようとも何人たりとも恨みません。ただ神のイタズラを恨みます』てな具合にな』
アシャは思わず視線をエルザに向ける。エルザはニコニコと笑いながらアシャに手を振った。
この女、うちの社長を丸め込みやがった………
アシャは内心で毒づいた。
テメェ、そのデカイ乳で社長を篭絡したんだな! 畜生。何と羨ましい………もとい何と面倒なことをしてくれたもんだ!!
「………私はもう知りませんよ! 後でどうなっても!!」
『はっはっはっ。ではアシャ君。戦争が終わったら飲みに行こうな』
マルセイユからの電話はその言葉と共に切れた。
アシャは思わず頭を抱えたくなった。だがこれも多大な自省で押さえ込む。
「今の電話、何だったんですか?」
白々しい口調でエルザが尋ねた。
「………エルザさん。貴方につけるはずだった護衛の件だが………無くなった」
「じゃあ自由に行動してもいいってことですね?」
「だがうちの社員に迷惑かける行為だけは止めてくれよ!」
こうなったらこれだけでも通させなきゃ。そう思いながらアシャが言った。
「は〜い☆ お任せ下さ〜い」
エルザは明るい、まるで太陽のような笑みを浮かべて退室して行った。
アシャは疲れ切った表情で机にへたり込んだ。
一方でサーラは懸命に笑いを堪えながら報告書作成を続けていた。
その頃、兵舎の掃除を行っていた傭兵たちであるが。
掃除はいよいよ終了し、壁の弾痕の穴埋めを行っていた。
ネーストルが壁にコンクリートを塗りこみ、穴を塞いでいく。その手際はなかなか手馴れたものであり、普段は寡黙であまり喋らないネーストルの意外な一面が見えていた。
「へ〜、上手いじゃないの、あのおっさん」
エリックが感心して呟く。
「ちょっとエリックさん、エリックさん」
エリィがエリックの袖を引っ張る。
「ん?」
「ネーストルさんはまだ二九歳ですよ。おっさん呼ばわりは酷いんじゃないですか?」
「へぇ。もっと意外と若いんだなぁ」
「あ、そういえばエリックさんとネーストルさんの年齢差って私とエリックさんほどしか無いんですよねぇ。じゃ、私はエリックさんを『おっさん』呼ばわりする資格あるんだ」
エリィの何気ない一言にエリックは露骨に嫌そうな顔をした。
「………『ネーストル』が家の壁の修復できるなんて驚きだったな」
エリックは『おっさん』ではなく『ネーストル』と呼ぶことで自分が『おっさん』呼ばわりされることを予防することにした。エリックはまだ二四歳。この歳で『おっさん』呼ばわりはやはり精神的に堪えるのだった。
そしてネーストルはそんな二人の会話を背にしながら黙々と壁の弾痕を埋めていった。
格納庫。
オロファトの仮設格納庫からルエヴィトの本格的格納庫に移されたPAたち。
オロファトでは応急修理程度しかできていなかったが、ルエヴィトならば本格修理どころか部品の製造すら可能な工廠まである。
そこで整備班はこれを期に全PAの解体整備を行っていた。
整備班長であるヴェセル・ライマールの娘(彼女は知らないが、本当は養女)であるエレナ・ライマールも油に塗れながら整備作業を手伝っていた。
しかしここ数日の彼女の様子は明らかに変だった。
与えられた仕事は一応こなしてはいるものの、気はここに在らず、ぼぅとしていることが多かった。
ルエヴィト奪還作戦出撃の寸前。
ハーベイ・ランカスターとミネルウァ・ウィンチェスの密会。
そしてハーベイは膝を曲げ、顔をミネルウァの傍へ持っていき………
エレナはこの日で六〇回目となる溜息をついた。
エレナはミネルウァの容姿を思い浮かべる。
クールで知的なな印象を与える切れ長の目。
まっすぐ伸びた高い鼻。
あでやかで小さな唇。
出るべきところは出て、引っ込むべき所は引っ込んでいるプロポーション。
ミネルウァとは文句の付けようの無い大人の女性であった。
翻って自分はどうだろう。エレナは最近買ったばかりのコンパクトで自分の顔を見てみる。
可愛らしさが前面に押し出された目。
ずっと整備班の手伝いをやっていたために視力は落ちに落ちて今では眼鏡無しでは何も見えないくらい。
鼻は………まぁ、悪くないわよね。
唇もあでやかというよりはあどけなさが残ってる感じ。
そして幼い頃からずっと戦場の傍にいたために栄養が足りなかったのだろうか、彼女の体は凹凸が乏しかった。
………何か一部の層にはウケそうな感じ。ミネルウァさんとは雲泥の差。
エレナは気が滅入っていくのを自覚した。
さらにエレナを失意のどん底に陥れる光景が彼女の視界に映る。
マーシャが残していった四〇式装甲巨兵 侍の傍にハーベイとミネルウァが二人(少なくともエレナの目には)寄り添うようにしていたからだった。
「四〇式装甲巨兵 侍。大日本帝国にとっては初ともいえる量産性を重視したPA………」
ハーベイが侍を見上げながら呟く。
ハーベイの見上げる侍は背中に無数のアンテナと電子機器を背負っていた。その姿は侍というよりは武蔵坊弁慶の如し。
「この侍は背部に電子機器を詰め込んだことで索敵能力及び通信能力の向上を図った、いわば現地改修型」
ミネルウァがハーベイの後を引き取る。
「電子作戦PA。果たしてコイツが上手くいくかどうか………」
「先の戦いでは敵P−80が林を縫って出てきたためにレーダーが使えず、発見が遅れたのは事実です。恐らくは市街戦でも林立するビルなどが邪魔で同じことになるでしょう」
「じゃ、失敗か?」
侍を電子作戦PAに改修するようにいったのはお前だぜ、ミネルウァ?
「いいえ。まだ使い道はあります。P−80の基本ポテンシャルは確かに高いです。ですがさすがのP−80といえどもソ連軍機の宿命からは逃れることはできていないと私は思っています」
「なるほど。そう来たか」
ハーベイは腕を組み、考える表情。
「王室陸軍でも同様のコンセプトを持った実験機が作られているという噂もあります。恐らくは有効な手段でしょう」
「なるほど………」
エレナには悪いが二人の会話は恋人同士の語らい合いなどとはほど遠く。二人はそのまま一五分ほど次の作戦の打ち合わせを続けていた。
「久しぶりね、エルザ」
エルザ・システィーを自室に迎えたサーラ・シーブルーの最初の一言はそれであった。
エルザは遠慮なくサーラの部屋のソファーに深々と腰掛け、くつろぐ姿勢をみせている。
「久しぶりついでに何かお酒はないの?」
「残念ね。私たちはついこの間までこのルエヴィトを放棄してたの。お酒なんか持って逃げる余裕もなかったし、持って行くつもりもなかったわ」
この二人、実は幼馴染であった。
いや、幼馴染という表現では甘いかもしれない。二人は幼少から思春期を終えて自立するまでの間、同じ屋根の下で暮らしていたのだから。さらにその屋根の下には今は亡きサーラの恋人のエルウィン・クリューガーもいた。
サーラ・シーブルーは、エルザ・システィーは、そしてエルウィン・クリューガーは孤児であった。
三人は同じ孤児院で育ち、暮らし、仲良く過ごしていた。そんな時期も三人にはあったのだ。
「ちぇっ。お酒でも飲みながら昔話をしようと思ってたのに」
「お酒が無いから昔話ができないというのは図式としてはおかしいわよ、エルザ」
「しょうがないわね。じゃ、お仕事の話をしましょうか」
口調は軽いがエルザの表情は真面目に引き締まっていた。
エルザは何枚かの新聞紙をカバンから取り出すとサーラに向けて放り投げた。
「サーラ、読んでみて」
「えぇと………『大阪河内長野市にて火災発生。遠田 邦彦軍令部総長焼死』、『元・太平洋艦隊司令長官 レイモンド・A・スプルーアンス元帥、フィリピンにて暗殺』。他の記事も事故死とか暗殺とかばかり………?」
「そ。何か気付かない?」
「………そうね。原因はバラバラだけど、みんな死んでるわね。あ、重要人物ばかりね。国籍はバラバラだけど」
「それだと六〇点て所ね。これ、全部犯人が捕まってないのよ」
「つまり全員が謎の死を遂げていると? これだけの要人が?」
エルザの持ってきた新聞記事はざっと五〇枚以上はある。どれもこれも先進国の要人の急死の記事ばかりだった。
「それでもまだまだ氷山の一角なんだけどね。後、この人たちには実はもう一つ共通点があるの。新聞記事見てるだけじゃわからないけどね」
「どういうこと?」
「この人たち、みんな『あることを調査していた』可能性が高いのよ」
「『あること』………?」
「そしてもしその急死の原因が件の『あること』の調査だとしたら、一九八三年二月一〇日にも犠牲者は出てることになるわ」
「!?」
その日付を聞いた瞬間にサーラの表情は凍りついた。
一九八三年二月一〇日。
その日は………その日は………!!
「奴らの………奴らの仕業だというのね………」
サーラの声に憤怒の色が濃くなる。
「そうよ。そして奴らを白日の元に暴くために私はリベルに来たの。サーラ、これからは貴方の復讐、私にも手伝わせてもらうわよ」
エルザは右手を静かに差し出す。
サーラは自分の復讐に友をまき込むことに躊躇いを覚えないわけではなかったが………差し出された手を強く握り締めた。
ハーベイと打ち合わせを終えたミネルウァは格納庫の見学を行っていた。
百機繚乱。
『アフリカの星』の傭兵部隊の使う機体は様々であり、よくそのような言葉で表現されている。
ミネルウァも言葉ではわかっているつもりだったが、実際に目に見るとやはり呆気にとられてしまう。
西側のPAのすべてがこの傭兵PA部隊に集まっているといっても過言にならない。
格納庫を歩くだけでPA発達の歴史を実感できるのは………異様空間としかいいようがない。
「あら?」
ミネルウァはPAの整備も手に付かず、ずっと溜息ばかりついている整備員を見つけた。やや長めの髪をゴムで乱暴に束ねている少年。それがミネルウァの印象であった。
「ちょっと君」
ミネルウァは少年整備兵の肩を叩く。
「え? あ、キャッ!」
ミネルウァは自分の観察眼の鈍さを思い知らされた。ミネルウァが少年整備兵と思っていたのは実は少女整備兵だったからだ。
「ゴ、ゴメンなさい驚かせちゃって………」
本当はミネルウァが一番驚いているのだがおくびも出さずにミネルウァは言った。
「ミネルウァ………さん」
「あら? 私を知ってるの?」
傭兵PA部隊もそうだが整備班もまた巨大な組織である。その構成人数はバカにならず、全員の顔を見知っているなど不可能である。それだけにミネルウァは自分の顔を相手が知っていることに驚いた。
「え、はい、まぁ………」
「えぇと………貴方は?」
「あ、エレナです………」
その名前はミネルウァも聞いたことがある名前であった。
「エレナ………? ひょっとエレナ・ライマールさんかしら?」
「え、はい。そうですけど………」
「ランカスター隊長からよく聞いているわ。若いけど腕利きの整備兵だって」
「ハーベイがそんなこと言ってたんですか?」
「ええ。貴方のことを話す時は凄く楽しそうだったわよ」
にこやかに語るミネルウァ。しかしエレナにはその笑顔が何故か蜃気楼のように思えた。
「あの………ミネルウァさんとハーベイって………」
「?」
「あ、いや、整備班でも噂になってて………二人、仲がいいから………恋人同士なのかなぁ、とかそういう噂があって………その………」
「そうね………許婚って奴だったわ」
「!!」
やっぱり………やっぱりそうなんだ………
「でもランカスター隊長はそれが気に入らなかったんでしょうね」
「え? 何で?」
ミネルウァさんは美人だし、優しそうだし、知的だし………女性としての魅力は満点に近いのに。
「その許婚、私たちの親が勝手に決めてたからよ。英国軍人の名門であるランカスター家とウィンチェス家の政略結婚の道具にされるのが嫌だったんでしょうね」
「……………」
「で、何も告げずにあの人は私の前から消えたわ。私はあの人が消えた理由を知りたくてあの人を追って傭兵になった。そして私はあの人から答えを聞いた………」
ミネルウァは寂しげに微笑んで続けた。
「そして私は彼に完全にフラレちゃった。契約があるからしばらくはここにいるけど………契約期間が終わればイギリスに帰ることにするわ」
エレナはクスッと笑い声をたてた。
「何だかハーベイらしい話ですね………あ、ゴメンなさい」
………この娘、やっぱり真相を知らないんだわ。ミネルウァは苦笑しながら思った。
私がハーベイにフラレたのは事実だけれども、私の前から黙って姿を消した理由は別にあるの。
そしてその理由がある限りあの人が他人を愛することは無い………
その意味では絶対に報われない恋心を抱いているエレナという少女は憐れな存在といえるのかもしれなかった。