軍神の御剣
第一三章「The rule of a mercenary」


 一九八三年三月二四日。
 大日本帝国陸軍装甲阻止力研究所(通称『甲止力研究所』)。
 この富士山麓に建てられた研究所は大日本帝国の陸上兵器の研究が日夜行われており、二四時間体制で新技術が生み出されるという、大日本帝国が世界に誇る知識の源泉であった。
 その研究所所属の研究員である田幡 繁は、内戦で紛糾しているリベル人民共和国から帰ってきたばかりでありながら、休む間もなく研究に没頭していた。
 彼の傍らには彼を優しく見守る瞳。マーシャ・マクドガルが寄り添っていた。
「やれやれ………そんな美人のねーちゃんを引っ掛けられるんだったら俺もリベルに行けばよかったよ」
 そう冗談交じりに溜息をついたのは田幡の同僚である狭山という男であった。
「残念ね、アタシはタバタだからここに来たの。アンタじゃアメリカに帰ってたわよ」
「マ、マーシャさん………」
「くぁーッ! 外人さんはやっぱ感情表現がストレートだねぇ」
 羨ましいね、この! とでもいわんばかりに肘で田幡の頭を小突く狭山。
「あ、そうそう」
 狭山は何かを思い出し、田幡に言った。
「お前とはほぼ入れ違いになって、うちの倉庫からリベルに何か送ったらしいぜ」
「何? うちの倉庫から?」
 日本に帰国したとはいえリベルで同じ釜の飯を食っていたのだ。リベルでの動向はやはり気になるというものだ。
「おお。光学兵器開発局の奴ら、それで徹夜したらしいぞ。何なんだろうな、一体」
「タバタ………」
「ああ、間違いない。それは対ウラル戦のための兵器だ………まさかうちで開発した兵器だったなんて………ん? おい、狭山! お前、今何て言った!?」
「え?」
「どこの局が徹夜したって!?」
 田幡はいつに無くけわしい形相で狭山の肩を掴み、問う。
「あ、あぁ、光学兵器開発局だけど………」
「ま、まさか………」
 田幡は自分のデスクに置かれている電話に手を取ると内線で件の光学兵器開発局を呼び出した。
「お前ら………お前ら、まさか『アレ』をリベルに流したのか!? 『アレ』はまだ未完成で、実戦に出せる物じゃないと聞いていたぞ、僕は!!」
 マーシャは田幡の必死の形相に確かな不安を抱いた。
 一体………どんな兵器がリベルに送られたというのだろう。
 『ソード・オブ・マルス』の皆は無事なのだろうか……………?



 同日。
「組み立て作業、急げ! 後、二時間で出撃だ!!」
 傭兵派遣会社『アフリカの星』よりリベル解放戦線に派遣されている傭兵たちは大きく分けて二つある。
 一つは『ソード・オブ・マルス』に代表される実戦部隊。
 そしてもう一つこそが整備班であった。
 『アフリカの星』は最新鋭の機体を数多く運用しており、その整備は(こう言っては何だが)小国のリベル人民共和国ではかなりの整備技術を要求される。
 その高いハードルをクリアできるのは『アフリカの星』でしっかりと教育を受けた整備班だけであった。
 そんな彼らが今、必死に取り掛かっているのはある兵器の組み立てであった。
 今、リベル解放戦線は風前の灯である。その原因は政府軍が送り出した陸上戦艦 ウラル。
 ウラルを撃破しない限りリベル解放戦線の負けは必定であった。
「本当に上手く行くのかね………」
 整備班の作業を遠目に眺めながらエリック・プレザンスは呟いた。彼は待機室の窓枠に腰かけ、行儀悪くコカ・コーラ瓶をラッパ飲みしていた。
「一応、本社のお墨付きはもらえたんでしょう?」
 エリシエル・スノウフリアが口を挟んだ。彼女は他の『ソード・オブ・マルス』の面々たちとポーカーに興じていた。
「バカ言え。あの兵器、まだ試作段階の奴を引っ張ってきたそうじゃないか。試作品が異様に強いのは漫画や小説だけだぜ。現実じゃぁ、試作品ってのは問題の塊。マトモに動くかどうかも怪しいぜ、エリィよ」
「ま、んなこと言ってもしょうがねぇよ、エリック」
 手持ちのカードから三枚抜き取り、カードを交換するのはチャールズ・ボブスレー。
「俺たちゃその試作品に頼るしかないんだからな」
 いいカードが巡ってきたのだろう。ボブスレーは目元を緩ませながら言った。
「やれやれ………じゃ、その試作品とやらが上手く動作することを天におわします我らが父に願いますか」
「お祈り、できるんですか?」
 今度はエリィがカードを一枚交換する。
「あぁ、エリィは知らなかったかな? エリックさんの実家は教会。この人は神父の息子だよ」
 ハーベイ・ランカスターは四枚も交換する。
「そ。俺は牧師の息子。エリィ、懺悔がしたくなったら俺に言えよ。お前なら特別に相談に乗ってやるぜ」
「『相談に乗る』じゃなくて『エリィに乗る』んでしょ? あぁ、エリックさんは騎乗位がお好みでしたっけ?」
 サラリと言ってのけるハーベイ。
「ハーベイ、お前も言うようになったなぁ。立派になった証拠だぜ」
「あれ? 隊長って昔からそういう人じゃなかったんですか?」
「あはは。昔からこんなんじゃないよ。まだ俺がルーキーだった頃はシャイだったんだぜ」
 ポンポンポンと会話を進めるポーカー組。エリックはハーベイの言葉に抗議を申し立てたそうだったが口をパクパクさせることしかできなかった。
「チッ。人を何だと思ってんだ………俺ァ、昔から日曜のお祈りは欠かしたことがないほどの善良な信徒だってのによぉ………」
「後ろでブツクサとうるさい奴がいるが、そろそろ勝負と行くか」
「あ、父っつぁん、俺はパス。とてもじゃないが勝てそうにない」
 ハーベイはあっさりと勝負を投げた。
「エリィはどうする?」
「それじゃあ勝負させてもらいますわ」
「そう来なくっちゃ。これに勝った奴はフルコースでも奢って貰おうか」
「おい、それは反則だろう。いくら自分のカードがいいからって………」
「あら。本当にいいんですかぁ?」
「ヘヘ。エリィよ、後悔すんなよ」
 ボブスレーは自信満々に自分のカードを披露する。
「ガハハハ。フラッシュだ。さすがに俺の勝ちだろう? スマンな、エリィ」
「ヒェ………やっぱり止めてよかったぜ………エリィは?」
 エリィは顔の前に五枚のカードを並べ、表情が見えないようにしていた。そしてようやく見せたその表情は………笑っていた。
「ジャックのフォーカード。一枚はジョーカーですけどね」
「何ィッ!?」
「さっきの言葉、覚えてますよね、ボブスレーさん?」
「あ〜あ〜。ご愁傷様、父っつぁん」
「も、もう一戦だ! これで俺が勝てばさっきのチャラな? な、な、いいだろう?」
「ウフフ。ではお相手いたしますわ」
「父っつぁん、ギャンブルで身を滅ぼすタイプだったんだな………」
 結局、その日の出撃の間際までポーカーは続けられ………
 ………結果としてはボブスレーは完全にスッカラカンにされてしまったのだった。
 エリィは「出世払いで結構ですよ」と笑っていたが。
 ちなみにいつもだったらいの一番に参加しているはずの『ソード・オブ・マルス』切ってのお調子者であるエリックが参加しなかったのには訳がある。
 いよいよ出撃の時が来、全員がブリーフィングルームに集まるように指令が出た時、エリックはエリィの額にデコピンを一発喰らわせた。
「コラ」
「え?」
「お前、イカサマするのはいいが、ほどほどにしろよな」
「あ、バレちゃいました?」
 屈託無く笑うエリィ。
「孤児院で先生に教わったんですよね、コレ」
「ッタク、とんでもねぇイタズラ娘だ。後で父っつぁんに謝れよ。あの人、意外に真面目なんだから、本当に給料五年分用意して払うぞ」
「は〜い」
「じゃ、行くぞ」



「みんな、集まってくれたな」
 傭兵派遣会社『アフリカの星』リベル方面陸上部隊総責任者のカシーム・アシャは傭兵たちの顔を見渡しながら口を開いた。
 傭兵たちの顔は皆たくましく、非常に頼りになる漢(一部に女性もいるが)の顔であった。
 彼らならばいかなる困難な作戦でもやり遂げてくれる。アシャはそう信じるし、今までもそうだった。
「では作戦の確認を行う」
 アシャは一同の前に置かれた黒板に周辺の地図と磁石を貼り付ける。
「現在、政府軍の攻略部隊はオロファトに向けて進撃を再開している。我々はオロファト一〇キロ地点に全部隊を配置。これを一気に………」
 アシャは拳を強く握り締める。
「叩く!」
 アシャは副官のサーラ・シーブルーに向って頷くと、今度はサーラが口を開いた。
「周知のことですが、今回の作戦の要は陸上戦艦 ウラル。これを如何にして撃破するか。それにかかっています。幸い、このウラルに対抗できる新兵器はすでに到着、さらには組み立ても終了しており、後は作戦を決行させるだけとなっています」
 サーラは黒板に見覚えのない写真を貼り付けた。それはPA用の兵器のようであるが、たとえばAPAGや一二〇ミリ砲などとは姿形がまったく異なっていた。巨大なランチャーのようであるが、かなり大型のものであり、PAといえども携帯して持ち歩くのは困難に思えた。
「これは大日本帝国が開発した『Gキャノン』。これが私たちの切り札です。原理ははしょりますが、Gキャノンは一種の戦略兵器であり、極太のビームを発射し、敵をエネルギーの奔流に呑みこんでしまおう、という兵器です」
「まるでSFだな………」
「おジャップ様の考えることは全然わからんなぁ」
「でもPAだって有効な兵器だってことが証明されたもんなぁ。そのGキャノンとかいうのも実はスゲェ使える兵器なんじゃねぇのか?」
 Gキャノンは明らかに今までの兵器体系からは逸脱したものであった。それだけにそれを見た傭兵たちは口々に喋りだした。それだけ衝撃が大きかったのだ。
「静かに」
 アシャが机を叩いて一同を黙らせる。
「ともかくこれならばウラルをも破壊できる。それは理解してもらえたと思う」
 アシャが一同の顔を見渡す。皆はアシャの視線を受けると首を縦に振った。
「ではこの兵器を使う者を発表する………『ソード・オブ・マルス』隊のチャールズ・ボブスレー!」
 一同の視線がボブスレーに集まる。
「え? 俺!?」
「そうだ。今回は君の経験を頼りだ。頼むぞ………では作戦決行は一五分後とする。各自、それまでにやるべきことを済ませておけ、いいな?」
 アシャのその言葉と同時に傭兵たちは立ち上がり、格納庫へと向って行った。
 ボブスレーは格納庫へと脚を向わせながら、チラリと背後の黒板に貼られているGキャノンの写真を覗き見た。
 そしてすぐに視線を逸らせた。



 格納庫。
 西側諸国の様々なPAがたむろする光景はまさに圧巻であった。
 そんなPA群の中でもボブスレーの三八式装甲巨兵は特に目を引く機体であった。
 それは世界初のPAであり、さらには今尚第一線で通用するという史上まれに見る高性能名機。
 そんな高性能の三八式のコクピットは狭かった。
「よ、ボブ」
 整備班の班長であるヴェセル・ライマールが親友であるボブスレーに声をかけた。
「ヴェセルか………」
 ボブスレーの表情は暗かった。
「どうしたんだ、ボブ?」
「………ちょっと昔を思い出してな」
「………第三次中東戦争のことか」
 第三次中東戦争。
 それは人類史上、初めてPAが大々的に活躍した戦争。
 そして二人にとって忌まわしき記憶が残る戦争であった。二人は傭兵として第三次中東戦争に従軍しているのだった。
「………あの戦争で俺はローラを失った」
「………ボブ」
「………だが俺は世界初のPA操者としての名声を得た」
「……………」
「タバタには悪いが、日本製品は俺にとっては鬼門だな。俺の欲しい者を奪い、欲しくも無かった物を与えてくれる」
「………ボブ、それは気をやりすぎだ。ローラはお前を恨んではいないよ」
「………そうだろうか?」
 あの日、PAの操縦に未だ慣れぬ俺は致命的ミスを犯した。
 そしてそれが原因でローラと俺の娘は………
「いいか、ボブ! お前は悪くない! アレはしかたなかったんだ!!」
「………まぁ、懺悔は後でやるよ」
「む………そうか。では仕事の話を始めようか」
「ああ」
「今回お前さんの三八式にはGキャノンのみが搭載されることになる。Gキャノンのことは聞いてるな?」
「ああ。ビームを撃ち出す戦略兵器だとか」
「そうだ。だがコイツはまだまだ欠陥を抱えている。日本人は一言も言わなかったが、俺の見積もりではどう見ても冷却機構に問題を抱えてやがる」
「冷却機構に?」
「そうだ。だから一発撃てば二発目は無いと思え。いいな、一発で決めろ。それが可能なだけの威力はあるから」
 そう言うとヴェセルは三八式のコクピットから離れようとする。
「わかった………ヴェセル」
 ボブスレーはそんなヴェセルの背中に呼びかけた。
「………娘を頼むぞ」
「!? ボブ!!」
 ボブスレーがそう告げると三八式のコクピットハッチは閉じられた。ハッチが閉じる寸前にヴェセルが見たボブスレーの瞳は哀しい色を湛えていた。少なくともヴェセルにはそう見えた。
『おっし。出撃と行くぜ!!』
 ヴェセルはそう拡声器越しに宣言すると三八式を歩かせ始めた。一歩一歩踏みしめるように歩き始める三八式。
「あれ? ボブ、もう行っちゃったの?」
 汚れを知らない純粋な少女の声がヴェセルの背後から聞こえる。
「エレナたち。どうかしたのか?」
 ヴェセルの娘であるエレナ・ライマールは整備班の男を何人かと共に格納庫に来ていた。彼女たちは今まで別の格納庫のPAの整備を行っていたのだった。
「いえね、大将。父っつぁんが忘れて行ったんですよ、コレ」
 まだ若い整備班の男であるアーバートがポケットからポケットウィスキーの瓶を取り出す。それは常にボブスレーがコクピットに持ち込んでいる品であった。
「………今更届けるわけにもいくまい」
「ま、そりゃそうだけど………でも父っつぁんて酒が入らないで戦えるんですかね?」
 アーバートは冗談交じりに笑った。
「もう、何言ってるのよ! ボブは私が生まれる前からPA乗ってたんだからね! そんなの無くったって大丈夫に決まってるわよ!!」
「冗談じゃないか、エレナちゃん………ま、一先ず俺らの仕事も終わったんだ。父っつぁんの秘蔵の酒って奴を一杯貰おうかな」
「あ、そんなことしちゃ………直にあの人たち帰ってくるのよ? 酔っ払って出迎えるつもりなの?」
「カタイこと言うなよ。いいですよね、大将?」
「………酔えるものなら酔ってみろ」
 ヴェセルは憮然として言った。
 アーバートはヴェセルの物言いに首を傾げたもののボブスレーの瓶に口をつけ、中身を喉に流し込んだ。
「!? こ、これは………」
 アーバートの眼が驚きに剥かれる。
 ヴェセルはアーバートを冷ややかな眼で見ていた。



「艦長」
 オロファトまで十数キロという地点にまで政府軍の部隊は迫っていた。
 陸上戦艦 ウラルのオペレーターが落ち着き払った声で艦長であるユーリ・ビクトールに報告した。
「PAの部隊が迫ってきています。数は六〇といった所」
「最終決戦だな………だが勝つのは我々だよ」
 ユーリも慌てることなく、落ち着き払っていた。
 この陸上戦艦 ウラル乗員の………いいや、政府軍の誰もがウラルを仕留めれる兵器など存在しないと信じていた。そしてそれは実績に基づいた自信であった。すでにウラルはリベル解放戦線の総攻撃を退けた経験があるのだから。
「総員、戦闘配置! 護衛のPA部隊に通達。『本艦ニ付カズ離レズ戦エ』だ!!」
 ユーリの下命と同時に八〇機以上いる政府軍のPA部隊も全機が戦闘機動で動き始めた。
 こうしてリベル内戦史上屈指の大会戦は始まったのであった。



『よし、全機、ウラルを所定の場所へと誘導せよ! 護衛のPAなど即座に蹴散らすぞ!!』
 傭兵PA部隊『ホワイトナイト』のテイラーの声が無線機より響く。
 その声を聞きながらハーベイはPA−3 ガンスリンガーのスロットルを開く。
 ガンスリンガーの背部のブースターが炎をあげ、ガンスリンガーは圧倒的な加速で引っ張られる。
 政府軍のP−71は懸命にS−60Pを放ち、ガンスリンガーを捉えようとする。
 だがガンスリンガーは全身の各所にスラスターを持ち、スラスターを噴かすことで機動をファジーに変更することができる。
 リベルで戦い始めて二ヶ月余り。ハーベイの操縦テクニックは確実に上昇している。政府軍のパイロットはハーベイの動きについていくことができなかった。
 そして逆にハーベイの射撃は正確であった。ハーベイの放ったAPAGがP−71の腕部を吹き飛ばす。
 ハーベイはガンスリンガーを跳躍させて敵の頭を抑え、脚と肩に搭載しておいたロケットランチャーをすかさず放つ。
 無誘導兵器であるロケット弾の命中率は高くない。だが着弾の衝撃と爆風で政府軍のPA、六機の動きは一瞬であるが封じられた。
「よし!」
 思わずハーベイの口から喜びの声が漏れる。
 まだ跳躍の最中であるがハーベイはAPAGを再び放ち、P−71六機のうち四機を撃破する。
 そして着地。
 着地の際に土煙がバッとあがり、ガンスリンガーの姿をおぼろにする。
 ガンスリンガーには先の跳躍の余勢が残っていたが、ハーベイは強引に左手を地面に突き立てさせて余勢を殺し、直角的なターンを決める。
 着地の際を狙おうとしていた政府軍のPAの攻撃は虚しく空を切った。
 だがS−60Pは機関砲。撃ちっぱなしで弾をばら撒きながらハーベイの逃げ場を奪おうとする。
「チッ!」
 ハーベイは咄嗟にガンスリンガーを再び跳躍させる。今度はバックステップ的跳躍であった。
 そして重心を変え、頭を地面に、脚を天に向ける。
 そう。ハーベイはPAにバック転させたのだ。優秀な姿勢制御プログラムを持つアメリカ製PAならではの動きだといえよう。
 そして再び左手を突き、残った右手に持ったAPAGで自分を狙っていたP−71を撃つ。
 バババという短い一連射でケリは付き、左手で地面を押し、姿勢を元に戻す。
 この間わずか数瞬でしかない。
 ハーベイは瞬く間に六機ものPAを撃破して見せたのだった。
 ハーベイの神技に続け、と傭兵たちの士気も否応にも上がるというもの。
 政府軍のウラル護衛PA部隊は自分たちより少数であるはずの傭兵たちに押されていた。



「えぇい! 情けのない奴らめ!!」
 ユーリが苛立つを抑えきれずに怒鳴る。
「やはり第二世代PAであるP−71では傭兵たちの使う第三世代PAには勝てないのか! クソッ!!」
「叛乱軍のPA部隊がこちらに来ます!!」
「チッ。我が軍のPA部隊は下げろ! ウラル、機関全速!! こうなればこのウラルの対空砲火で蹴散らしてくれる!!!」
 傲然とそびえていたウラルが、ゆっくり、ゆっくりと加速し始める。
 それこそ傭兵たちの思うツボであった。



 ウラル攻撃隊から少し離れた場所にある森。
 ボブスレーの三八式装甲巨兵はそこで待機していた。
 ボブスレーに与えられた命令は単純。
 そこの森からウラルを狙撃せよ。それだけである。
 そしてウラルは狙撃ポイントへと誘き出され始めている。
 ボブスレーは最後の準備にかかることにした。
 Gキャノンは砲身長が一〇メートルを超すほどの巨大砲である。そのために砲身がブレないようにするための脚立がある。
 すでにそこに設置されていた脚立の上にGキャノンを載せ、しっかりと固定する。それはGキャノンを載せると機械が反応し、自動で固定をしてくれる。
 そして三八式装甲巨兵の胸部の蓋を開き、そこにGキャノンのコードを接続。Gキャノンは独自のFCSを持つのだが、コードを接続することで三八式のそれを完全同調し、三八式のコクピットから直接照準を定めることが出来るのだ。
 照準の同調を確認したボブスレーは三八式の背中に背負っていたカートリッジと取り出す。これにはGキャノンのエネルギーが入っている。カートリッジ一つで五秒間の照射が可能とされてはいるが、試作型Gキャノンは冷却機構に問題を抱えており、二秒が限界とされていた。
 ボブスレーは三八式の手にカートリッジをつかませ、それをGキャノンに接続する。
 接続と同時にカートリッジからGキャノンへエネルギーが充填される。
 コクピットのモニターの下にバーが現れ、最初は短かったバーが次第に延びていく。そして画面端まで伸びて充填終了。
 これでGキャノン発射への準備はすべて整ったこととなる。
 モニターに漢字で大きく『準備完了』の文字。
 後は引き金を引くのみである。
「………後、三分ほど………それでウラルは所定の狙撃位置への移動を完了することになる………」
 ボブスレーは喉がカラカラに渇いたのを自覚する。
 眼はモニターに映るウラルの影を見据えながら、手探りにいつものポケットウィスキーの瓶を探す。
 だが無い。
 そしてボブスレーは瓶をオロファトに置き忘れたことを思い出す。
「………チッ。緊張で手が震えやがるぜ………」
 本当は緊張で震えているのではなかった。ボブスレーは恐れていたのだった。



「………ロ、ローラ。俺と………け、結婚してくれないか?」
「わ、私なんかでよければ………」
「おうおう、よかったな、ボブ! このヴェセル・ライマール。心から祝福するぜ!!」
 ……………………
「ホギャア、ホギャア、ホギャア………」
「おお、よしよし………俺もついに父親か………」
「貴方………この子の名前、何にします?」
「ああ、それはもう決めているんだ。女の子だから………」
 ……………………
「今度は中東ですって?」
「ああ。俺としてはローラたちには来て欲しくないが………」
「嫌。私たちはパパといつまでも一緒なんですもんねー」
「ダァ、ダァ………」
「やれやれ………」
 ……………………
「これがPAか………お!? 結構扱いづらい兵器だなぁっと!!」
「凄いわね、パパ。パパの名前、歴史に残るかもしれないのよ?」
「キャッ、キャッ」
 ……………………
「ローラ! ローラァァァァ!!」
「よせ、ボブ! ここは危険だ!!」
「ローラが………ローラがあの中にいるんだ!」
 ……………………
「ボ、ボブ! どういうつもりだ! 娘を俺に預けるって………」
「俺は傭兵。しかも実戦部隊だ………こんな男が家庭を持っちゃいけなかったんだよ、ヴェセル………」
「そんな!」
「………よろしく頼むぜ、ヴェセル。いい女に育ててやってくれ………さようならだ………」
 ……………………
「ヴェセル………!?」
「ボブ………!?」
「? とーたん、このおじちゃんだれぇ?」
「あ、あぁ、お父さんの親友さ。四年ぶりに会うんだが………」
「ふぅん………? よろちくね、ぼぶ!!」
 ……………………
「ボブ! 今日のガンモールの調子、どうだった?」
「ん? あぁ、最高さ。ヴェセルはいい仕事をしてくれるよ」
「んふふ〜。残念でした〜」
「あ?」
「今日の整備、私がしたんだよ〜。気付かなかった? ね? ね?」
 ……………………
 ………………
 …………
 エレナ………



『父っつぁん! 今だ!!』
 急に無線から声が響く。
 ボブスレーはボンヤリとしていた。それだけに反応が少し遅れてしまった。
「あ? え? お、おぅ!!」
 言われるままにボブスレーはトリガーを引く。
 その瞬間!
 Gキャノンから蒼白いエネルギーの渦が飛び出した!!
 そのエネルギーの奔流は森の木々など一瞬で蒸発させ、まっすぐウラルへと伸びていく!!!
 そして………そして、ウラルは!!!!



「な、何だ、今のは!?」
 ユーリの声は上ずっていた。
 唐突に光の渦がウラルをかすめたのだ。
 誰もが茫然自失としていた。
 だが今が戦闘中であることを忘れきったわけではない。
 ユーリは混乱寸前の思考を何とか押し留めながら己の為すべき事を優先させた。
 つまりはユーリはこう怒鳴ったのだ。
「被害報告ぅ!!」



「クソッ! 何てことだ………」
 ボブスレーは唇を強く噛み、そして三八式のコクピットハッチに拳を強く打ち付けた。
 緊張感に呑まれて我を忘れ、そうして自分の為すべきことを見失うとは!!
 ボブスレーの放ったGキャノンは照準が微妙にズレてしまい、ウラルの甲板の一部をもぎ取っただけに留まった。無論、それだけでも恐ろしいだけのダメージではあるが、予定ではあれで撃破するはずだったのに………
「………あの時と! あの時と同じではないか!!」
 自分が為すべきことを忘れ、そして結果としてとんでもない凶報を招く。
 第三次中東戦争の時と同じであった。
「俺は………俺は!!」
 ボブスレーは眼を血走らせながらウラルを睨みすえる。
「ウラル………俺はテメェを沈めるって約束したんだよ………傭兵の意地、見せてやるぜ!!」
『ボブ! 聞こえるか!!』
「その声………ヴェセルか!?」
『いいか、よく聞け! 作戦は失敗したが、それでもウラルに大ダメージを与えることには成功したんだ。次の機会を待とう、ボブ!!』
 ボブスレーはその言葉にグッと言葉を飲み込んだ。
 だがすぐに飲み込んだ言葉を吐き出した。



『いいや、それだけはできねぇ!!』
 ボブスレーはヴェセルの申し出をキッパリと断った。
『俺は………アイツを沈めるとクライアントと契約した! ならば俺は命を賭けてでもそれを遂行してみせるのみ!!』
「………一体、どういうことなんですか、ヴェセル班長!? 『命を賭ける』って………?」
 詳しい状況がつかめないハーベイが話に割り込んだ。
『その声はハーベイか!? 頼む、ボブを止めてくれ! Gキャノンは冷却機構に問題を抱えていて、一発撃つとしばらくは撃てないのだ!! 無理に撃つと………本当にボブが死んでしまうことになるんだ!!!』
「何ですって!? 父っつぁん!!」
『ハーベイ………いいか、傭兵ってのはどんな理不尽な命令でも、金を受け取ったなら絶対に遂行しなくちゃいけないんだ! たとえ自分の命を失うこととなってもだ!! ………アバヨ。エレナと仲良くしてやってくれよ?』
 そう告げると再び森から光の渦がウラルに向けて伸びる。
「父っつぁん!! 何て事を!!!」
 今度は光の渦は正確にウラルのどてっぱらに突き刺さる。
 光自体は一瞬で消え去った。
 そして艦の中心部に大きな穴を開けられたウラルは完全に停止。さらに艦のあちこちで爆発が発生し、その巨体を蝕み始めていた。
 もはや誰の眼にもウラルの撃沈は確実であった。
 戦力の要であったウラルを失った政府軍の残存部隊は蜘蛛の子を散らすかのように退いていく。だが傭兵たちはそれを追撃しようとはしなかった。
「父っつぁん!!」
 『アフリカの星』所属のPAたちが続々とボブスレーの三八式の許へ集まる。
 三八式は仰向けに、木々にもたれかかるようにして倒れていた。まるで体力の尽きたボクサーがロープにもたれながら沈むかのようであった。
 Gキャノンの砲身は完全に途中から裂けていた。冷却が上手くいかず、膨大な熱量に耐え切れなかったのだろう。
「父っつぁん!!」
 『ソード・オブ・マルス』の面々が真っ先にPAのコクピットから飛び降り、三八式に駆け寄ろうとする。
 だが『ホワイトナイト』のテイラーは咄嗟に自機であるガンスリンガーの足を一歩進め、ハーベイたちの行く手を阻ませる。
「何を………」
 エリックがテイラーの行動に抗議の声をあげようとした時であった。
 三八式装甲巨兵はコクピットにボブスレーを残したまま爆発したのだった。コクピットブロックも爆発でバラバラに砕かれる。万が一にもボブスレーが生きていてもこれでは助かるはずがない………
「父っつぁぁぁぁぁぁん!!」
 森の中にハーベイの絶叫だけが虚しく木霊した。



 一九八三年三月二六日。
 大日本帝国陸軍装甲阻止力研究所。
「冷却機構に問題があるものの、威力は充分だな………後はそこだけ修正すればいい」
「Gキャノンさえあれば我々に恐れるものなど無くなりますね!」
「ウラルのような野暮ったい兵器などが陸戦を変えることなどできるものか! 陸戦を変えるのは、我々甲止力研の特権だ!!」
 光学兵器開発局の職員が昼間から缶ビールの栓を開け、歓喜に酔いしれている。
 そんな光景を田幡は横目で冷ややかに見ていた。いや、冷ややかではない。侮蔑の視線であった。
 欠陥を隠したままGキャノンをリベルへ渡し、威力だけでも証明させる。
 光学兵器開発局の狙いは図に当たった。大日本帝国議会はGキャノンの威力を認め、その研究開発費用は大幅に向上することとなったのだ。
 光学兵器開発局の作戦は見事であった。だがその欠陥兵器で戦わされたためにボブスレーは………
 そう思うと田幡は内から怒りの炎が吹き上がるのを感じた。
「技術屋には前線で戦う兵士の苦悩なんかわかるはずもないのか………」
 田幡はそう呟くと自らの仕事に戻ることにした。
 田幡が開発を担当している最新鋭第四世代PAを一刻も早く完成させるために………


第一二章「Lonly wilds」

軍神の御剣 第一四章「Old and New」

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