軍神の御剣
第八章「New treasure」


 東欧の小さな国家。
 リベル人民共和国。
 その南西部のリベル第二の都市 ルエヴィト。
 そこに一機の輸送機が、地に足を降ろすべく、ゆっくりと高度を落としつつあった。
 アメリカ合衆国製超大型輸送機 C−5 ギャラクシー。
 まるで天を泳ぐ鯨の如き巨体がルエヴィト郊外の飛行場の滑走路に降り立つ。
 一九八三年二月一七日。
 傭兵PA部隊『ソード・オブ・マルス』の先代隊長であるエルウィン・クリューガーが非業の死を遂げてから一週間後のことであった。



「で、新入りが女ってのは本当か?」
 好色な笑みを浮かべながら、エリック・プレザンスは嬉しそうに訊いた。
「はい。エリシエル・スノウフリア。年齢は一八。顔はこの通りですよ」
 クリューガーの後任として『ソード・オブ・マルス』の隊長となったハーベイ・ランカスターが新入りのことが書かれた書類をエリックに手渡す。
 エリックはその書類を受け取ると、真っ先に視線を顔写真の所に向けた。
 雪のように白い肌。そして白金の髪。紅玉のように紅い瞳。
「ロボコ〜ン、九四点」
 エリックは間髪いれずに新入りをそう評した。しかしエリックはどこでこんなネタを仕入れてきたのだ?
「おう、おう。エリック先生の御眼鏡にかなった訳か。んじゃま、美人の新入りに乾杯だな」
 それを口実にポケットウィスキーの蓋を開くのはチャールズ・ボブスレー。
「………で、何でアンタがいるんだい?」
 マーシャ・マクドガルが胡散臭そうな視線で、マーシャの隣に立つ男を見た。
 痩身で長身。そしてデザインセンスの欠片も無い、分厚い眼鏡。
 どこから見ても理系の雰囲気を周囲に撒き散らすのは田幡 繁。
 『大日本帝国陸軍装甲阻止力研究所保髏死畫壊設計局勤務』というクソ長ったらしい肩書きを持つ男で、このリベルの地に、近い将来に開発することとなる新型機の研究のためにやってきたという。マーシャは、要するに左遷させられたんだな、と理解していたが、この地に彼は志願してやってきたことを知り、呆れた経験がある。
「そう邪険に扱わないで下さいよ。私も今度来る新入りの方に興味がありましてね」
「へぇ。アンタ、そんな精力の無い顔つきしてるけど、いっちょ前に性欲はあったんだね?」
 純粋に驚いた瞳で田幡を見るマーシャ。
「はぁ? 何を言ってるんですか?」
 眼鏡を外し、布きれでレンズを拭う田幡。
「私が興味あるのは彼女の乗る機体ですよ。何せ彼女が乗るのは珍しい機体ですからね。後学のためにも、一刻も早く見てみたいのですよ。フレームやら装甲材質やらをね」
「はぁ? アンタ………いつもそうなのかい?」
「?」
 呆れた表情のマーシャと、何故にそのような表情をされるのかわかっていない田幡。
「おっ。タッチダウンするぞ」
 そして遂にリベルの地に降り立つギャラクシー。
「さて、急いで見に行くとしますか………『鋼鉄の孤狼』をね」
 田幡はそう言いながら、興奮を隠しきれぬ様子でギャラクシーに向った。



「リベルに着きましたよ。では今後の皆さんの武運長久を祈ります」
 日本人と思われる、東洋系の青年がギャラクシーの積荷としてリベルの地に運ばれた傭兵たちを前に頭を下げる。
「いよいよなのね………」
 輸送機がリベルの地に降り立った。
 それはつまり平穏な日常が終わったことを意味する。ここは戦場なのだから。
 周囲を見回してみたが、皆、来る戦場の日々に思いを馳せているようだった。そしてその反応は千差万別。
 恐怖に顔を蒼ざめさせる者。
 対照的に意気揚揚な者。
 神の名を呟き、守護を訴えかける者。
 愛する家族の名を呟く者。
 自身の借金の額を呟く者なんてのまでいた。
 そんな中、彼女がしたことは一つ。
 胸元に提げているロケットを軽く握り締めることであった。
 それが彼女、エリシエル・スノウフリアがリベルの地に戻ってきて最初に行ったことであった。



「エリシエル・スノウフリア、ただいま到着いたしました!!」
 空港には補充兵を受け取るために、『ソード・オブ・マルス』の他にも多数の部隊がやってきていた。
 それ故にエリシエルが自分の部隊を見つけるのに、時間が少しかかってしまった。
「♪〜〜♪〜〜」
「な、何ですか?」
 目の前の青年が、エリシエルの顔を見ると急に嬉しそうに口笛を吹いた。金髪を適度に伸ばしており、服装にも洒落っ気が感じられる。どうもナンパな男のようだ。
 何の意味があるのかエリシエルにはよくわからなかったが、とりあえず気圧される。
「ようこそ、『ソード・オブ・マルス』へ。よろしく」
 くすみがちの茶髪を、オールバックにした青年がそういうと右手を差し出した。
「あ、はい。よろしくお願いします………」
 エリシエルは差し出された手を握り返す。頬が少し熱を帯びるのを自覚した。
「あの、で、あなたがランカスター隊長ですか?」
 エリシエルはそう言うと、不精髭がぼうぼうに生えた中年の方に顔を向ける。
「………はは。やっぱそうとしか思えないか………」
 目の前の青年が明らかに肩を落とす。
「ヒャヒャヒャヒャヒャ。こりゃ傑作だぜ」
「ガハハハ。まったくだ」
 もう一人の口笛を吹いた青年が腹を抱えて笑い、エリシエルが隊長と思った中年も大笑いしている。
「え? え? え?」
「ハーベイ・ランカスターはそこの男前だよ、ミスアンダースタンディング?」
 そういうと見た感じから姐御肌の女性が肩を落とした青年を指差した。
「あ! ス、スイマセン………」
 エリシエルは顔から火が出る思いであった。



「………で、エリィ。君は前はどこかにいた経験はあるのか?」
 『ソード・オブ・マルス』の面々は全員仲良く大型トレーラーに乗り込み、PA部隊用の基地施設へと向う。尚、トレーラーの積荷は件の彼女の愛機となるPAである。
 ハンドルを握るエリックの隣の助手席に腰掛けたハーベイが尋ねた。
 エリシエルはエリィと呼ばれることを望んだので、すでに彼女の呼び名として固着している。
「いえ………特には………でも昔いた孤児院で、一通りの小火器の使い方や格闘術は習いました」
「俺たちゃPA乗り。小火器なんざぁ、使えてもそれほど役に立たん。格闘術においては何をかいわんや、だぜ」
 エリックが冷ややかに言った。
「でもちゃんとリビアの訓練所で一通りのことは習いました! そこでの成績は悪くなかったと書類に書いてあるはずです!!」
「おっ。ムキになると雪みたいな白肌がほんのり紅くなるんだな。いいね。可愛いよ〜」
 からかうようにエリックが言った。
「エリィ。アイツはアホだから気にしないほうがいいよ」
「おい、マーシャ。アホとは何だ、アホとは」
「ならクレイジーと言おうか?」
 まさに売り言葉に買い言葉。
 エリィは二人のやりとりを見ていると、自分を好いてくれた、あの人のことを思い出してしまう。まるであの頃の自分たちを別視点から見ているようで、胸が詰まる。
「しかし訓練所での成績っていっても訓練所でPAX−003cを使ってる訳ではないはずですよ?」
 ずっと荷台の上のPAを注視していたと思われていた田幡が口を挟んだ。
「PAX−003c? 何だ、そりゃ?」
 ボブスレーが怪訝そうに田幡に尋ねた。
「彼女の使う機体の正式名称ですよ。ま、一般的にはこの機体を揶揄するネーミングの方が有名ですがね」
 田幡が肩をすくめながら続けた。
「NATO共同開発装甲巨兵 PA−003 ゲシュペンストMk3を、強襲戦闘用に改修したPAなんです、彼女の機体は」
「ほぅ、さすが技術屋。詳しいじゃねぇか」
「ゲシュペンストMk3自体は非常にいい機体でしたよ。うちの研究所でも実験用と称して一機購入しましたが、そのポテンシャルは第三世代機の中でもズバ抜けていましたから。ま、その代わりに量産性を犠牲にしましたがね」
「まるでお前さん所で作ったみたいな機体だな?」
 ボブスレーの言葉に田幡はまったくだ、とでも言いたげに頷いてみせた。
「基本コンセプトは同じですからね。まぁ、似通るのも当然でしょう。で、このc型は、さっきも言いましたが強襲戦闘型です。
 背部に大出力のブースターを装備して、その推力で機体を従来機とは隔絶したスピードで突進させる。それがc型の基本コンセプトです。
 そして敵陣ド真ん中に切り込んだら後は、左腕に仕込んだ三連装二〇ミリマシンガンを撃つなり、両肩に搭載されたスクエアクレイモアで敵を蜂の巣にするか、右腕のリボルビングステークで敵を串刺しにするか………」
「何だ? そのスクエアクレイモアって?」
 エリックが興味津々そうに尋ねる。実際に戦場でPAを駆る者としてエリィの機体に関する興味がわいてきたらしい。
「ああ、クレイモア地雷って知ってるでしょう?」
「ああ。あの中に鉄球が入ってて、敵をひき肉にするアレだよな?」
「はい。それをでっかくした奴を両肩に仕込んでいると思ってください。射程は短いですが、近距離の格闘戦では圧倒的な弾幕を形成できますよ」
「じゃあ、リボルビングステークってのは?」
 今度尋ねたのはマーシャであった。
「でっかい杭打ち機ですよ。まずは右腕から突き出ている杭の先端を敵PAの頭部なり胴体部なりに突き刺し、そして炸薬で杭を射出。さらに奥深くに食い込ませる対PA用格闘兵器です」
「はぁ〜………なんか凄い偏った機体だねぇ」
「ええ。NATOは何故か汎用性がウリのPAに特殊任務特化型を作ってしまったんですね」
「ではエリィはそんな難しい機体を預けられてるってことかい?」
「まぁ、ランカスター隊長の言うとおりですね。あれはなかなかに扱いが難しいと聞いてます」
 田幡がそう評したので全員が視線をエリィに向ける。
「え? い、いや、大丈夫ですよ。私、訓練所にいた時に、猪突猛進を繰り返してましたから。だから本社の人が私に合う機体として探してくれたんだと思いますし………」
「………ま、期待しまひょ」
 エリックがそう言ったと同時にトレーラーはリベル解放戦線のPA用基地施設にたどり着き、ブレーキをきしませながら停車した。



「よぅし、立ち上げてくれ!」
 トレーラーの到着と同時にPAX−003cにとりつく整備班。
 基本的に本社で万全の整備を受けてから送られたはずであるので整備班はエリィの愛機を軽く点検した程度で解放した。
 時間にして約一五分ほど。
 点検を終えたことでようやくPAX−003cのエンジンに火を入れるようにいわれたエリィは胸の高鳴りを感じながらPAX−003cを立ち上げた。
「ほぅ。なんか見た感じはちょっとマッチョな感じだな」
 寝そべっていたPAX−003cの頭部のカメラに灯が入り、そしてゆっくりと起き上がるのをみながらエリックはPAX−003cの外見をそう評した。
「そうですね。スクエアクレイモアの関係で肩が大きく膨らんでいますからね。そして装甲を厚くしたことで余計にマッチョに見えますね」
 田幡は眼鏡の奥の瞳を輝かせながら言った。まるで少年のような表情であった。
「………しかしあの頭部のツノは何だい? アンテナにしてはデカすぎないかい?」
「ああ、先ほどの時には説明しませんでしたね。あれはアンテナじゃありません。ヒートホーンという立派な武器です」
「武器ィ!? あのツノが?」
 田幡の言葉に驚きを隠せないマーシャ。
「伊達や飾りでついてるんじゃないんです。あのツノは」
「そんな訳わかんない武装をよくつけるねぇ………」
「とんでもない! 私のような技術屋から見たら、あれはまさにコロンブスの卵的発想ですよ。両腕がふさがっていても、敵PAに近接格闘戦を挑めるのですから!!」
「アンタたち技術者ってのがよくわかんなくなってきたよ………」
「あの機体は、愛称こそ『アルトアイゼン』ですが、そのコンセプトは先進的です。私は憧れてしまいますよ」
「『アルトアイゼン』? 古鉄?」
「そう。NATO側も作ってからPAX−003cがあまりに使いにくいものだと気付き、あの機体を『アルトアイゼン』と呼んでいるのですよ。まったく嘆かわしい! もう少し気の利いた名前で呼んでやるべきですよ」
 そう言って憤慨する田幡。マーシャは田幡がここまで怒るのを始めて見た。
「アンタ、そんなにあの機体が好きなのかい?」
「当然です。あの雄々しき姿の中に見え隠れするゲシュペンストMk3の流麗なフォルム。それでいてゲシュペンストMk3では絶対に感じさせない力強さ。もう、どこをとっても美しいの一言です! 美しい兵器は性能も高いというでしょう? PAX−003cはまさにその言葉を体現するために生まれてきた存在なのです!! それをあのNATOは………」
 一人でヒートアップする田幡を余所に、ハーベイは携帯型無線機を右手に持ちながら尋ねた。
「どうだ、エリィ? 違和感は無いか?」
『はい。調整は万全です』
「そうか。では早速だが出撃だ」
『ええ!? もうですか?』
「俺たちは傭兵だ。この地に降りた瞬間からクライアントの指示に従わなければならないんでな。何、安心しろ。任務はただの威力偵察だ。俺なんか初陣で敵地奥深くへの侵入作戦だったんだぞ」
『は、はぁ………』
 威力偵察は『ただの』という形容で表せるような任務ではないような気がするが、エリィはそれを口にはしなかった。
 いや、任務の内容に不満を覚える余裕など無かった、というべきか。
 彼女は喉がカラカラに渇いていくのを自覚した。



「と、いうわけで俺たちの任務はこの村の近辺に迫る政府軍の戦力を探ることになった」
 政府軍とリベル解放戦線との最前線から離れることわずかに八キロにある小さな村 レシィ。
 リベル解放戦線はこのレシィを政府軍の侵攻作戦への防壁として認識している。そして今、このレシィに向けて政府軍の部隊が迫っているとの情報が入ったのであった。
『要するに軽〜く殴って、政府軍がどこまで本気かを探る訳だな』
 本気ならば殴り返してくるだろうし、あまりやる気が無いのならばさっさと引き返すだろう。
 エリックが極めてイージーに内容を説明する。
 しかしそれこそが彼なりのハーベイへの気遣いなのだろう。ハーベイにしてもベテランたちが適度に緊張をほぐしてくれるので、隊長の激務も何とかこなせそうだと思えてきていた。もっともハーベイに気遣っているというのはあくまでハーベイの主観であり、彼らは素でそういう反応をしているのかもしれなかったが。
「そういうわけだ。エリィ」
『はいッ!』
 早くも緊張で硬くなりつつあるエリィの声。
 ハーベイはかつての自分を見たような気がして、無性に笑いがこみ上げてきた。
 なるほどな。あの時の『隊長』もそう思っていたに違いない。だとすると俺がかけるべき言葉は………
「初陣だから、浮つくのも仕方ないさ、エリィ。でも、それもいつかは克服しなきゃな」
『イエッサー!』
『緊張するんだったら俺が今すぐほぐしてやるぜ。だからコクピットハッチを開けなさいな』
『エリックさんって若いのにボブスレーさんよりオヤジ臭いですね』
『ぐ………』
 サラリと切り返すエリィ。まだ出あって短いが、彼女はこの部隊の気風と上手くやっていけそうであった。幸いなる哉、幸いなる哉。
『当然。俺はエリックなんぞより一〇歳は若いからな』
『ちょっ、待て、父っつぁん! アンタ、俺の親父よりちょっち年下なだけじゃねーかよ!!』
『バーロー。精神的に、だ。精神的に』
「………さて、皆さん。そろそろ行かないとクライアントが怒ってクビにされちまうぜ」
 適当な頃合を見計らってそう言うハーベイ。
『おぉっと。リストラは勘弁だべなぁ、エリックや?』
『まったくその通りでございます、ボブスレー課長』
『……………』
『ノリが悪いぞ、エリィ! そこでOLのマネをしろっての!!』
『え゛………』
『はいはい。バカはそこまでにしな。二人とも新入りをそんなに苛めちゃ可哀想だよ』
 マーシャも事態の収拾に手を借す。
「じゃ、さっさと終わらせてエリィの歓迎会を開くとするか………『ソード・オブ・マルス』、前進!!」



 レシィの村に続く道。
 平坦な道であり、周囲に遮蔽物らしきものはせいぜい三、四本程度しか立っていない針葉樹林の木のみであった。
 そんな典型的な街道を二両の戦車と四両の兵員輸送車が通っていた。
 戦車の方はT−55。東側の代表的戦車で、一九八三年の今となっては旧式化が激しいものの、ソ連の衛星国ではその存在をみないことが絶対に無いと言い切ってもいいほどにしょっちゅう見かける車両である。
 兵員輸送車の方は同じくソ連製のBTR−50で、特にこのBTR−50は八二ミリ無反動砲が搭載されていた。
 この部隊がリベル政府軍のレシィ攻略の第一次部隊であった。
 リベル解放戦線はレシィを政府軍の認識よりはるかに重く見ており、レシィには二個中隊を軽く超える規模の兵力が集められている。
 要するに政府軍のレシィ軽視がこの部隊の兵力に見えているといっていいだろう。
 T−55の戦車長であるヤーコフ中尉はT−55の砲塔上から上半身だけを突き出すという典型的といえる戦車長のポーズで双眼鏡を覗いていた。
 しかしこのポーズ。典型的ではあるが、有効でもある。
 何せ戦車の中は装甲が厚く、安全ではあるが、その装甲の厚さゆえに視界が限られるのだ。
 危険ではあるが、こうやって砲塔から身を突き出すことで視界は劇的に広げれるのだ。
 敵を早期発見できるならば、敵の狙撃兵に狙われる危険も何のその、である。
 そしてヤーコフ中尉の意気は正当に報われた。
 彼は迫り来るPA部隊に真っ先に気付いたのであった。
「敵襲! 交戦用意!! それから航空支援を要請しろ!!!」
 ヤーコフ中尉はあらん限りの声で怒鳴りながら、砲手のモルボフ一等兵の頭を蹴りつける。
「遠距離砲戦ならこっちが有利なんだ! 撃て、撃てェーッ!!」
 ヤーコフの蹴りはモルボフの後頭部にクリーンヒットし、モルボフは蹴られた勢いで照準儀に鼻を強く打ちつける。
 モルボフは鼻から血が垂れるのを自覚した。
 畜生。慌ててるのはわかるが、だからって蹴るなよな。おかげで余計に仕事が遅くなっても知らねぇぞ。
「何をしてる、モルボフ!!」
 そんな事情も知らずに怒鳴りつけるヤーコフ。
「砲撃準備、よし!」
 鼻から流れ落ちる赤い液体を拭いたいが、拭う暇は無い。鼻血が流れる不快感を伴いながら、モルボフは照準儀を覗き込み、狙いを定める………
 畜生め。俺の鼻の敵だ。死ねぇ!!
 T−55の五六口径一〇〇ミリ砲が吼える。



『こういう時は、ジグザグによけるんだ!!』
 エリィは訓練所で習った言葉を思い出す。
「ジグザグ………ジグザグに………」
 口にだして呟きながら、操縦桿とフットバーでアルトアイゼンをジグザグに動かす。
 しかしアルトアイゼンのじゃじゃ馬ぶりは想像以上であった。
 直進のスピードは恐ろしく早く、ハーベイが駆るガンスリンガーですら簡単に置いていってしまうほどで、スロットルを絞らなくてはならないほどであった。ベテランならともかく、エリィは自分の腕で単機突撃ができるとは思っていなかったし、その判断は正しかった。
 だが横の機動性がアルトアイゼンは絶望的に悪い。
 少し扱いを誤っただけで簡単にコントロールを失ってしまう。
 エリィは幾度と無くアルトアイゼンのコントロールを失うスレスレの行動をしてしまっている。
 今の所、被弾は無いもののこれで戦い続けることができるとは到底思えなかった。
 訓練所の教官。『君にピッタリな機体を用意してやったぞ』と胸を張ってたけど、こんなことなら旧式機でよかったわ。新型だからと喜んだ私がバカみたいじゃいの!!



「えぇい! モルボフ!! ちゃんと狙わんか!!!」
 えぇい。五月蝿い! あの見たことも無いPA。あいつの動きが良すぎるんだよ!!
 その機体はたくみなジグザグ運動でモルボフの狙いを簡単に外してみせる。
 次は右かと思うと左。そのまた逆も然り。
 あの機体に乗っている奴、かなりのエースと見た。
 あれを狙うのは得策ではないか………?
 本当はエリィがアルトアイゼンの操縦にてこずっているだけであった。



「おっ? 狙いをこっちに変えるか?」
 二両のT−55の砲塔がこちらを向く。
 それをみたハーベイは胸をなでおろした。
 エリィの動き。あれはどう見ても不自然であり、どうやら彼女はアルトアイゼンの操縦に苦戦しているようだった。
 そんな彼女が戦車砲に狙われている。
 それは非常にマズイ。被弾する確立がかなり上がることになる。
 その点、こっちは………
 ハーベイは咄嗟にフットバーを蹴り、スロットルを閉じる。
 その操作にハーベイのガンスリンガーは非常に素直に答えた。ガンスリンガーは逆噴射を行い、両足で踏ん張り、その勢いをムリヤリ殺して減速してみせたのである。
 それ故にT−55の砲撃は完全に外れた。
「もらった!!」
 そして閉じていたスロットルを再び開き、ガンスリンガーを全速力で前進させる。
 さらにハーベイはフットバーを蹴る。。
 ガンスリンガーは背部のブースターから激しい炎をあげながら、大地に足を突きたて、跳んだ。
 戦車の正面装甲は厚い。
 だが上面装甲は構造上厚くするわけにもいかないのだ。
 上からならばAPAGの四〇ミリ弾でも充分に戦車を撃破できる。
 右手に構えたAPAGを乱射するハーベイ。
 二両のT−55は四〇ミリ弾の直撃を受け、上面装甲を貫かれ、車内の一〇〇ミリ砲弾を誘爆させ、派手にはじけ飛ぶ。
 戦車がやられ、残ったBTR−50は泡食ったように逃げ出す。
「逃げるか………なら政府軍はそんなに本気で攻める気はないということかな?」
 そう呟いた時であった。
 ハーベイのガンスリンガーの足元に連続して着弾する機銃弾。
「ゲッ!? ハインド!!」
 襲撃者は地上にいなかった。
 ローターが空を切り裂く音を響かせながら、天からハーベイたちを狙うはソ連製攻撃ヘリ Mi−24 ハインドであった。
 ハーベイの攻撃で戦死したヤーコフ中尉の置き土産ということになるが、無論、ハーベイはそれを知るわけは無い。
 ハインドの数はたった一機であるが、一機でも強敵であることには変わりが無かった。
 戦車に代わり、陸の王者となったPAであるが、やはりヘリのような航空攻撃にはあまり強いとは言いがたかった。
 如何にPAが地をチーターのように速く駆けようとも所詮は二次元的な動きにすぎず、三次元的な動きが可能な航空機には弱いのであった。
 また、このハインドは胴体部に幾つもの小さな星のマークが描かれている。恐らくは撃破した地上目標の数を示しているのだろう。そしてそれが正しいとしたら、その数は両手で数えることは不可能なほどに多かった。
「クソッ!!」
 ハーベイのガンスリンガーを始め、マーシャの侍もAPAGを放つ。ハーベイは放ちながら味方航空機の支援を要請する。
 しかしハインドのパイロットの操縦は巧みであり、四〇ミリ弾が命中することはなかった。
『隊長! こっちも航空支援を要請しようぜ!!』
 エリックの声。エリックのパンツァー・カイラーの武装は一二〇ミリライフル。元が戦車砲であるのでますます命中することは無い。
「ああ。すでにやった!!」
『こんなことなら俺の武装に対空ミサイルを積んでおくんだったな………』
 ボブスレーの声にアルコールの気配はまったく感じられない。
『隊長! 私に考えがあります!!』
 そう言ってきたのはエリィであった。
「考え? 何だ?」
『マーシャさんと隊長はAPAGでハインドを牽制して下さい! 後は私が何とかしますから!!』
「………わかった! マーシャさん!!」
『あいよ!!』
 ハーベイとマーシャは共にAPAGを放つ。
 しかしそれも空しく空を切るのみであった。



「フッ………あのPAは傭兵部隊のだな。錬度が高いと聞いていたが…………所詮は地をはいずるカエルでしかないか。鷲には勝てまい!!」
 自らの優位を確信するが故のサディスティックな笑みを浮かべるハインドのパイロットのバグフ兄弟。
 ハインドは二人乗りであり、二人のチームワークが要求される。その意味では兄弟でハインドに乗るのは好都合と言えた。
 そして彼らはハインドに搭載されているGsh−30 三〇ミリ機関砲で『ソード・オブ・マルス』をじわじわといたぶる。
 戦闘機乗りが竹を割ったような、気持ちのいい性格の持ち主であることが多いのに、戦闘ヘリのパイロットは割とネクラでサディスティックなのは何故であろうか?
 戦闘機乗りの敵は空の王者である戦闘機で、戦闘ヘリ乗りの相手は絶対的弱者であるから?
 それともこれはただの偏見であるのだろうか?
 これが偏見であるにせよ違うにせよ。バグフ兄弟はネクラでサディスティックな男たちであった。
 AT−6 対戦車ミサイルを使えば『ソード・オブ・マルス』を簡単に撃墜できたのに、わざわざ機関砲でじわじわといたぶろうとするのがその表れ。
 彼らは再びハインドを左に旋回させ、地上のゴミが放つ四〇ミリ弾を易々と回避………
 次の瞬間。
 バグフ兄弟は急に自分たちに影が差したことに気付いた。
 バカな………雲は一つもなかったはず………
 そう思って天を見やるバグフ兄弟。
「!?」
 そしてバグフ兄弟は声にならない叫びをあげていた。
 ハインドの上空に、アルトアイゼンがいたからである。
「に、逃げろ! アニキ!!」
「わ、わかっている!!」
 だがそれは遅かった。
 アルトアイゼンの両肩部がパカッと開く。
 そして両肩より発射されるベアリング弾の雨嵐。それは濃密そのものであり、ハインドはベアリング弾の弾幕に引っかかった!!
 ベアリング弾の口径は小さいが、装甲の薄い航空機相手ならば充分に装甲を貫ける。
 ハインドはたちまちボロボロになる。
「ええぇぇぇい!!」
 エリィの叫びと共に突き出されるアルトアイゼンの右腕。
 右腕より突き出ている杭がハインドを捉える。
 そしてアルトアイゼンの最大の必殺武器であるリボルビングステークが炸薬の勢いでハインドを真っ二つにする。
 ハインドは空中で火球と化し、散華する。
「ふぅ………何とかなったわね………」
 ハーベイとマーシャがハインドの気をひきつけている間にアルトアイゼンの推力をフルに使ってハインドより上空に跳び、そしてスクエアクレイモアを放つ。
 あのハインドのパイロットが自分の優位に驕らず、常に真剣で戦おうとしていたならば、今頃『ソード・オブ・マルス』の誰かが撃墜され、そして死んでいたかもしれなかった。
 しかしアルトアイゼンは扱いにくいと思っていたが、コツさえ掴めば素直に動いてくれるようだ。さっきのハインド撃墜の際には手足のように動いてくれた。
『おい、エリィ! 大丈夫か〜』
 ハインドを撃墜し、着地してからまったく動こうとしないエリィを見かねたのだろう。
 『ソード・オブ・マルス』のみんなが心配そうにエリィの元へ駆け寄ってくる。
 かつてエリィは政府軍の攻撃によって宝物を失っている。
「あ、はい。あたしは、大丈夫です………」
 そうだ。これがあたしの手にした新しい宝物。
『政府軍の攻撃部隊は一時撤退。どうやら敵さんはそんなにやる気はなかったらしいな』
『んじゃま、エリィの歓迎会とでもいこうぜ、ハーベイ』
『まぁ、しばらくはレシィにいろとのお達しなんであまり豪勢にはできんが………その辺は許してくれよ?』
「とんでもない! あたしなんかにために、開いてくれるなんてとても嬉しいですよ!!」
 そしてもう今度は失わない。
 今のあたしにはそれを護る力があるんだから。
 エリィはアルトアイゼンのコクピットの内壁をそっと撫でながら独り呟いた。
「よろしくね、相棒………」


第七章「Thou’lt come no more」

第九章「The rose which fall sadly」

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