軍神の御剣
第六章「Straw for being burned」


 雨。
 雨が降っている。
 そんな中、俺は独りで森を駆けていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ………」
 荒い呼吸。
 心臓がフル稼働している。いや、今の俺は心臓の限界を超えるほどに酷使しようとしていた。
 呼吸をするたびに揺れる肩。
 そして肩が上下するたびに激しい痛みが俺の全身を駆け巡る。
「ハァ、ハァ、ハァ………チッ」
 俺、ヨシフ・マモヴィッチ中尉は身を裂くかのような痛みに顔をしかめながら、背を木に預ける。
 何故だ。
 何故にこうなってしまったのだ?
 俺は心の中で自問自答する。
 ミロヴィッツ大佐の要請で、俺たちは「ある任務」を行おうとした。
 その「ある任務」が外道だったのは百も承知。
 だがそれでも俺はこの「ある任務」を遂行しようとした。俺は軍人であった。上官の命令は絶対なのだ。
 しかしそこに待っていたのは………叛乱軍の銃口。
 俺の部下たちは全員射殺された。俺は肩を負傷したものの、命だけは取り留めた。そして今、逃げている。
 逃げている。
 そう、逃げている。
 ミロヴィッツ大佐の下で数々の任務をこなし、『リベルのスペツナズ』とまで言われていた俺が、逃げている。
 何と忌まわしい現実であろうか。


 マモヴィッチが何故こうなってしまったのか。
 今よりその経緯を語ろう………



 一九八三年二月四日。
 リベル人民共和国首都リベリオン中心部。
 リベル首相官邸。
 リベル人民共和国の最高指導者であるアルバート・クリフォードは首相官邸にミロヴィッツを呼び寄せていた。
「………ミロヴィッツ大佐。私は君についてよからぬ噂を聞いているぞ」
 クリフォードはまだ四三歳と政治家としてはかなり若い。風貌は紳士然としており、顔立ちもよく整っている。指導者の能力とは関係ないが、『世界で一番カッコイイ指導者』と日本などでは無責任に語られている。
 クリフォードはそんな紳士的な顔に冷徹な表情を浮かべていた。
「よからぬ噂ですと?」
 ミロヴィッツが不思議そうに尋ねた。
「質問を質問で返すか………君は心理学者にでもなったつもりかね? ともかくだ。君は特殊部隊を国連管理下の難民キャンプに送り込んだそうだな」
「それは………はい、確かに送りました」
「私はあくまで政治家だ。だから軍事のことは君のような本職の軍人に任せている。君が難民キャンプに特殊部隊を送った真意を聞かせて欲しい」
「ハッ。特殊部隊に難民キャンプを襲わせ、それを叛乱軍の所為にするのです。そうすれば叛乱軍は全世界から非難を浴びるでしょう!」
 自信満々に答えるミロヴィッツ。
「………なるほど。そうなれば我らの勝利は確定的であるな」
 クリフォードもミロヴィッツの意図に賛同の表情を見せた。
「わかった。ミロヴィッツ大佐。その作戦を続けたまえ」
「はい! 必ずや作戦を成功させ、この戦いを終わらせてみましょう!!」
「期待しているよ。では下がってよい」
 そしてミロヴィッツを下がらせるクリフォード。
 ミロヴィッツがドアをバタンと閉める音。そして部屋から遠ざかる靴音。
 クリフォードはそれらを確認してから吐き捨てるように呟いた。
「愚鈍が。戦争を終わらせるだと? 何と愚かなことか………」
 クリフォードのその目はどこまでも冷たかった。



 数時間後。世界のどこか。
「どうもリベル政府軍が国連難民キャンプを襲撃しようとしているらしい」
「何? そんなことをして何の得になるのだ?」
「どうせその責任を解放軍に擦り付けて世界の支持を失わせるつもりなのだろう」
「なるほど。確かに効果的ではあるな」
「だがそれでは困る。『効果的な作戦』などあってはならんのだ」
「ではいつものように………?」
「左様。リークするのだ。その情報を」
「ふふふ。祭は続いてこそ華ですからな」
「その通り。祭があるからこそ人は生きていけるというもの………」



 さらに数時間後。
「………と、いうわけで政府軍の奴らが難民キャンプを襲撃しようとしているらしい」
 傭兵派遣会社『アフリカの星』より派遣されたリベル方面陸上部隊総責任者のカシーム・アシャがホワイトボードに磁石で貼り付けたリベルの地図の一点を指示棒で指し示しながら言った。
 この日、アシャが集めたのはPA部隊『ソード・オブ・マルス』と歩兵分隊『ミスター・カモフラージュ』の面々。彼らをパイプ椅子に座らせ、前にホワイトボードを置いて彼は作戦内容を伝えていた。
「………不自然だな」
 両腕を組んだまま、PA部隊『ソード・オブ・マルス』隊長のエルウィン・クリューガーが呟いた。
「不自然?」
 エリック・プレザンスが不思議そうに尋ねる。
「ああ。この作戦は非道な作戦だ。おいそれを尻尾をつかませないように、ごく少数のみで行う作戦のはずだ。だとすると機密が漏れる可能性は低い」
「それは………そうね」
 アシャの傍らに控えていた副官のサーラ・シーブルーもクリューガーの言葉に頷く。サーラとクリューガーは恋人同士であるが、今は作戦中であるのでその言葉使いは他人行儀なものとなっている。
「この情報を仕入れたのは本社の連中ですか、司令?」
「いや。リベル解放戦線の上層部だが………」
 リベル解放戦線の情報収集能力はあまり高くない。所詮は民兵組織であるということがここからもうかがえる。
「偶然、か………?」
 まさかな。おそらくは『奴ら』の仕業なのだろうな。クリューガーは内心で呟いた。
「情報の出所はともかく、難民キャンプ襲撃は何としても阻止しなくちゃなるめぇ?」
 チャールズ・ボブスレーがポケットウィスキーの瓶を傾けながら言った。
「ボブスレーの言う通りだ。情報の出所は関係無い。自分たちは牙無き人を守るために戦っているんだ。迷っている暇は無いぞ、クリューガー」
 歩兵分隊『ミスター・カモフラージュ』の野本が拳を固く握り締めながら言った。
「そう、だな………ではサーラ。敵の勢力は?」
「はい。敵勢力は………」
 サーラはホワイトボードにマグネットを一つ付ける。
「一個小隊程度と推測されています。ただし、『リベルのスペツナズ』とまでいわれているマモヴィッチ中尉の小隊です」
「マモヴィッチ? 確か………」
 といったもののボブスレーはその後を続けようとしない。思い出せないのであろう。
「ミロヴィッツ大佐の下で様々な特殊任務にあたっている男です。その任務は破壊工作から情報収集、後方撹乱と多岐に渡っています」
 ハーベイ・ランカスターがボブスレーに代わって答えた。
「ああ、そうだそうだ。本社の奴が言ってたぞ。『機会があればスカウトしたい』ってな」
「そりゃ面白そうな相手だな」
 無作法に足を組んでいた『ミスター・カモフラージュ』のエンリケが口の端に笑みを浮かべながら言った。
「ブドーの試合ならともかく戦争では強い敵とは当たりたくないものなのだがな」
 エンリケが腕を組み、厳しい顔をさらに引き締めながら言った。
「質問は無いようだな? なら頼むぞ、諸君」
 アシャのその言葉と同時に解散となった。



 全長七メートル以上となるPAの格納庫はやはり天井が高い。
 天井高一〇メートル以上の空間に『ソード・オブ・マルス』を始めとするリベル解放戦線のPAが駐機されていた。
「ハーベイ」
 クリューガーがハーベイの肩を叩く。
「お前はガンスリンガーに乗れ」
「え? ですが………」
 『ソード・オブ・マルス』に支給されていたガンスリンガーは二機。しかしそのうち一機は先の戦闘で大破し、破棄されたのだが………
「まだまだ新米のお前にはガンスリンガーのような高性能機を預けている方が生存率が上がる。俺は父っつぁんのガンモールで出撃する」
「え? じゃあ父っつぁんは?」
 クリューガーは何も言わずに親指をある一点に突き立てる。
 そこには大日本帝国が開発した世界初のPAである三八式装甲巨兵が立っていた。
「父っつぁんはあれに乗る。なぁに、父っつぁんは昔、あれに乗って戦っていた時期もあったんだ。大丈夫さ」
 そういうとクリューガーはハーベイの背中をバシッと叩いた。
「さぁ、出撃だ!」
「はい!」
 ガンスリンガーのコクピットはガンスリンガーの胸部にある。
 そこに乗り込むためにパイロットは胸部から伸びるワイヤーウインチを使うことになる。
 ハーベイはガンスリンガーのウインチを下げさせ、それを掴む。
「あ、ちょっと待って!!」
 しかしそれを止める少女の声。
「エレナ。どうしたんだ?」
 整備班長であるヴェセル・ライマールの愛娘であるエレナ・ライマールが慌ててハーベイに駆けてくる。
 全力で走ってきたのだろう。エレナはハーベイのすぐ傍まで来ると、肩で息をしていた。
「おいおい………一体………」
 何事かと問うとしたハーベイの目の前にズイッとエレナの握り拳が差し出される。ハーベイは思わずのけぞって拳から逃げようとする。
「………コレ、持って行きなさいよ」
「………?」
 そういうとエレナはハーベイの手を取ると、後生大事に握り抱えていた品をハーベイに手渡した。
 それは小さなロザリオであった。
「コレ、とーちゃんに昔買ってもらったお守り」
「おい、そんな大事な物、預かれないぞ!?」
「何言ってるの! 私は整備班。貴方は『ソード・オブ・マルス』の一員。どっちにお守りが必要だと思ってるの? だから取っておきなさいって!!」
 エレナはハーベイにしっかりとロザリオを握らせると来た時と同じくらいの速さで走り去った。
 ハーベイは手渡されたロザリオをチラリと見る。
「………まぁ、こないだのことは許してくれたってことだよな」
 彼女と停戦(?)できたことを喜ぶハーベイ。
 喜ぶ所はそこじゃないと思うんだけどなぁ、と二人の様子を遠目から面白そうに見ていたエリックは溜息をついた。



「そろそろ難民キャンプに近づくな………お前ら、準備はいいだろうな?」
 マモヴィッチが部下一人一人に尋ねる。
「はい。いつでもいけますぜ、隊長」
「しかしM16ってのはあまり性に合わねぇな」
「やっぱAKだよな、AK」
「まぁ、弾が出れば何でもいいけどな」
「アハハハハハ」
 口々に勝手に喋る部下たち。
 マモヴィッチたちは普段から汚れ仕事をさせられることが多い。
 それ故に彼らの規律は戦闘に支障の無い範囲では無い物と認識されていた。それはマモヴィッチ自らの意向でもある。
「よし。では作戦開始と………」
 そこまで言った時、マモヴィッチたちに破局が唐突に訪れた。
 パパパパパパパパパパ
 軽快なM16の発射音がマモヴィッチの耳をつんざく。
 否、マモヴィッチの聴覚だけではない。M16の銃弾はマモヴィッチの部下も貫いていたのだから。
「ザビタン! イビル!! ガブラ!!!」
 マモヴィッチの目の前で血を噴き倒れる三人の部下。
「クソッ!!」
 叛乱軍が難民キャンプを襲撃したと見せかけるために支給されたM16で適当に攻撃するマモヴィッチ。敵はどこにいるのかわからない。だから適当でもいいから銃弾を撃ち、牽制するのが吉である。
「退け、退けェ!!」
 マモヴィッチは右手でM16を放ちながら、左手を大きく振って、生き残った部下たちを撤退させた。



 以上がマモヴィッチを襲った不幸のすべてであった。
 マモヴィッチには何が何だかわからなかった。
 何故に自分たちの行動がバレていたのだろう。
 この作戦を知るのは発案者のミロヴィッツ大佐と軍の上層部のみのはずである。いや、ミロヴィッツの性格からして上層部でも知るのは一握りであろう。
 だとすると上層部の中でもトップクラスに裏切り者がいることとなる。
 信じられない思いであった。
 とにかくズキズキと痛む肩を庇いながらマモヴィッチは独りリベリオンに帰るべく、足を動かしていた。



 だが信じられない思いだったのはマモヴィッチだけではなかった。
 ミロヴィッツも信じられない思いであった。
「バカな………叛乱軍の奴が、私の計画を知っているはずがない………」
 ミロヴィッツはやや現実逃避気味に呟いた。
 そして彼は後背からの声に驚愕することとなる。
「ミロヴィッツ大佐。君の計画は失敗に終わったそうだね?」
「!?」
 驚いて後ろに振り返るミロヴィッツ。
 そこにはクリフォードが微笑をたたえて立っていた。
「ふふふ。どうしてこうなったのかわからないという顔だね、大佐」
 クリフォードはさらに喜色を強める。
「では私が教えてあげよう。ミロヴィッツ大佐。君はね、この世を司る神の意に沿わぬ作戦を立案し、実行に移したんだよ」
 クリフォードは謎めいた言葉を告げる。
 そしてクリフォードは懐からマカロフ拳銃を取り出すと、自分から見て三時の方向に銃口を向け………
 パンッ!
 一発だけ放った。
「!?」
 ドサッ
 床にうつ伏せに倒れる人影。その人影を見た瞬間、ミロヴィッツは凍りついた。
 それはマモヴィッチであった。
「さぁ、大佐。これですべての真相を知るのは君だけだが………」
 クリフォードは銃口をミロヴィッツに向ける。
「大佐。君は死にたくないよなぁ?」
 ミロヴィッツは壊れた人形のように首を縦にガクガクと振る。
 クリフォードはその様を見ながらクスリと笑った。
「よろしい。では今後は私の指示通りに動くように。なぁに、出世は思いのままだよ、大佐………否、少将」



 ルエヴィトにあるリベル解放戦線司令部がおかれているホテル。
「ねぇ、クリューガー」
 一子纏わぬ裸体をシーツで隠しながらベッドに横たわるサーラ・シーブルー。
 彼女は唐突に傍らの恋人に尋ねた。
「………何だ?」
「貴方、今回の作戦に何か疑問を抱いていたみたいだけど………私には話してくれないのかしら、そのことは?」
「………君を危険に巻き込みたくない」
 クリューガーはぶっきらぼうに答えた。
 しかしその答えでサーラは満足できなかった。
「そう。貴方は私を足手まといだと言うのね? わかったわ。貴方が話さないのなら私が貴方の疑問を暴くわよ」
「サーラ………俺は………」
 クリューガーは言葉を続けることができなかった。
 何故ならばクリューガーの口はサーラの唇によって蓋をされたからだ。
 長いキス。
 そしてようやくサーラがクリューガーの唇を解放するとサーラが言った。
「貴方と私。縁起でもないけど、死ぬ時も一緒。今まで一緒に育ち、一緒に生きてきた仲じゃない。今更、私だけ置いてけぼりはやめて欲しいの」
「………ふっ。そうだったな、サーラ………」
 クリューガーは苦笑を浮かべる。
 俺はもっと彼女を信頼するべきだったな。二人でやれば『調べモノ』も早く済んだであろうに………
「だがサーラ」
「何、クリューガー?」
「俺が死んだからってお前も死ぬ必要はない。お前が生きているならば、俺はお前の中で生き続けることができるんだからな………」
 サーラの髪を撫でながらクリューガーはそう言った。
 そして再び身体を重ねあう二人………
 二人の愛は永遠。
 それを疑う者はどこにもいなかった。


第五章「A MECHANICAL GIRL」

第七章「Thou’lt come no more」

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