軍神の御剣
第三章「Mr.camouflage」


 一九八三年一月二五日。
 東欧の小国リベルの名も無き小さな村。家の数から見て人口はせいぜい三桁に届くか届かないかのラインであろう。
 村の外れにはジャガイモ畑だった土地。
 そう。ジャガイモ畑『だった』場所。
 今、これら民家に住まう者はいない。だからジャガイモ畑に手が入ることも無い。畑は荒れ放題であった。
 では何故にこの畑は見捨てられた?
 答えを求めるのは簡単だ。
 少なくとも五感が正常ならばすぐに理解できる。それこそバカでも理解できる。
 耳をつんざく銃声。
 煌く閃光。
 血と死と硝煙の臭い。
 この民家を取り巻くのは阿鼻叫喚。戦場。
 この地が見捨てられたのは道理であった。



「ヘッ。叛乱軍の奴らからようやくこの村を取り返せたな」
 リベル政府軍の階級章をつけた少尉が独り呟いた。
 昨日の戦闘の末にこの村はリベル人民共和国軍、通称政府軍の手に落ちた。
 しかしその勝利はあくまで小さな砂粒に過ぎず、全体の戦局を動かすことは無い。
 だが、だからといって昨日の勝利を卑下する必要はないはずだ。
 少尉はそう思う。
 昨日の戦闘で、俺の小隊は三人死んだ。みんな、みんないい奴らだったってのに………
 少尉は拳を固く握り締める。もう二度と会うことの無い戦友を思うと自然と拳は固く握られた。
「少尉、大隊本部からの指令です」
 伍長の階級章をつけた男が少尉に紙切れを手渡す。
 少尉はその紙に視線を落とし、少しの間であるが、紙に書かれた文章を読むことに集中する。
「………三時間後に本隊が到着か」
 どうやら大隊の司令部はこの村を突破口に戦線を押し進めるつもりのようだ。
 現在、政府軍と叛乱軍――リベル解放軍――との戦いはこう着状態にあり、戦線は一進一退を繰り返すのみ。
 原因はわかっている。
 叛乱軍は兵力の大半は民兵であるが、少なくない数の傭兵を雇い、戦っている。
 百戦錬磨の『アフリカの星』の傭兵たちは、政府軍の部隊よりもはるかに優れており、精強である。
 数の比率的には傭兵は多くは無いのだが、戦力的には叛乱軍の主力といってよかった。
 少尉は部下の伍長に何事かを告げようと口を開いた。だが彼の声は伍長には届かなかった。
 少尉は見た。
 白い噴煙を後に引きながら、飛んでくる物体を。
 それは。
 それは………
 ズグォウ!!
 轟音と衝撃と熱風。
 少尉は咄嗟に身を伏せたおかげで大した怪我を負うこともなかった。しかし伍長は少尉ほどに反射神経がよくなかったのだろう。破片を背に受けて血を派手に流している。恐らくは助からない。
「何事………」
 そこまで言って、少尉は初めて表情を引きつらせた。
 彼の小隊に与えられていたBMP−1 歩兵戦闘車が大破炎上していたのだ。
「敵襲、敵襲ーッ!!」
 少尉は咄嗟に、あらん限りの声で叫んだ。
 この少尉はなかなかに優秀であった。立ち直りの速さは賞賛に値するであろう。
 だが世の中には悲しいことに、防ぎようの無い災厄というものが存在する。
 彼の部隊にはその防ぎ得ない災厄が襲い掛かってきたのだった。


「突撃! あの村を取り戻す!!」
 そう叫ぶと一人の男が先頭を切って走り出す。
「おーおー。張り切っちゃって………」
 頭にバンダナを巻いた男がシニカルに言った。彼は肩に弾頭の消えたRPG7 対戦車ロケットを抱えていたが、すぐに放り捨てた。
「しかし解放軍の少尉にしては士気が旺盛で、結構なことではないかね?」
 年季の入った男がバンダナの言葉に対するフォローを入れる。もっとも彼も根底では先陣を切った男の若さを冷笑していたが。
「ノモト。俺たちも遅れるわけにはいかねぇなぁ」
 バンダナが傍らの、ノモトと呼んだ若い男に言った。年齢は二〇歳プラスマイナス一という所に見える。
「ああ。自分たちも続くぞ!!」
 ノモトは自身の愛用のM4 アサルトライフルをしっかと掴むと周囲の五人を見渡し、言った。
 彼らは傭兵派遣会社『アフリカの星』より派遣された傭兵。歩兵分隊『ミスター・カモフラージュ』の面々であった。


「クソッ………魔女のバアさんの呪いか!」
 少尉は思わず運命とやらを呪う言葉を吐く。
 今、この集落には彼の小隊を始めとする一個中隊規模が駐留していた。
 しかし叛乱軍の奇襲を受けて完全に浮き足立っている。
 この少尉の部隊は、少尉の有能さ故に何とかまともに戦えているが、他の部隊は散々であった。
 混乱の最中、叛乱軍に射殺される者。
 敵と味方を見間違え、誤射によって倒れる者すらいる。
 少尉のみならずとも運命を呪いたくなるであろう。
「えぇい!!」
 少尉は彼の目の前に、何の警戒も抱かずに飛び出してきた叛乱軍兵士を二人射殺する。AKMはいい銃だ。少尉の撃ちたいところに素直に弾が飛んでくれる。
「クソッ。まだヒヨッコじゃないか………」
 少尉は叛乱軍正規兵の質の低さに吐き気すら覚える。
 もしかしたら彼らは銃の撃ち方すら満足に教わっていないのではないか。そうとすら思えるほどに叛乱軍の錬度は稚拙であった。
 そして少尉の推測は恐ろしいことに的中していた。
 兵力の大半を市民の義勇兵に頼るリベル解放軍の質は、一部の精鋭部隊と傭兵部隊を除けば最低ランクであった。


「ハァ、ハァ、ハァ………」
 解放軍のエマーソン二等兵は荒い呼吸で、村の中を悠然と歩き回っていた。
 いや、その表現はおかしいといえる。
 エマーソンはこの戦いが初陣であった。
 彼は運がよく、一度敵の目の前に飛び出したことがあったが、滅茶苦茶に撃った銃弾が敵に頭部に命中し、敵の頭をスイカのようにパカッと割った。
 その時の光景。
 まだリベルが平和だった頃、映画館で見たホラー映画の何倍も恐ろしい光景であった。
 今、エマーソンは初めて人を殺したショックで茫然自失としていた。
 彼はただの的に過ぎなかった。
 しかしエマーソンは不意に背中を強く押され、地面に叩きつけられた。彼はその時に口の中に砂利をかみ締めた。そして我を取り戻す。
「バカ野郎、死にたいのか!!」
 エマーソンの頭をかすめる銃弾。
 エマーソンを押し倒した男はM16A1を放つ。解放軍正規兵が使うのは、政府軍も使っているAKMのはずなので、どうも彼は傭兵らしかった。頭にバンダナを巻いている。
「おい、しっかりしろ!」
 男はエマーソンの頬を張る。
 痛い。この人は加減を知らないんだ………エマーソンの口の中に血の味が広がる。
「あ、はい。だい………じょうぶです」
「本当か? まぁ、いい。お前、部隊はどうしたんだ?」
「え? ぶ………たい?」
 そういえば今まで自分は何をしていたんだろう?
「チッ………こんなガキを戦わせて………どうしてもだすならもう少し訓練しろってんだ」
「エンリケ! 何をしている!!」
 バンダナを巻いた男の名前はエンリケというらしい。エンリケは声の方に向く。
「ノモトか! いや、ここにはぐれ新兵がいてな」
 ノモトとかいう男の肌の色は黄色かった。黄色人種。エマーソンは黄色人種を始めて見た。
「仕方ない。おい、FNG。名前は?」
「エ、エマーソン二等兵………」
「そうか。エマーソン。俺たちは傭兵だ。お前は危なっかしい。俺たちの後ろにいろ!」
 ノモトはエマーソンにそう告げるとエンリケとつれてさっさと駆け出した。エマーソンはこんな戦場のど真ん中に独り残されては敵わない、とノモトたちに続いた。


 解放軍の奇襲開始から一八分後。
 名も無き村での戦闘はすでに収束の方向に向っていた。
 政府軍は解放軍の奇襲によってマトモな指示もだせないままにあちこちで各個撃破され、どんどん兵力を減らしていった。
「クソッ………おい、何人残った?」
 少尉は左腕を負傷していた。銃弾が左腕を襲い、銃弾は骨を撃ちぬいて貫通した。激痛が走り、血が流れ、意識が次第に朦朧とし始めるが、貫通してくれただけマシであった。なまじ貫通せずに銃弾が残ってしまえばもっと酷いことになっている。不幸中の幸いであった。
「隊長を入れて六名であります………」
「そうか………何とかここから脱出しないといけないのだが………」
「無理でしょうね」
「あっさり言うな、貴様………」
 少尉は痛みに顔をしかめながら、口元に笑みを浮かべた。
「敵中に孤立か………こういう状況では降伏もやむなしか?」
「隊長! それは………」
「ナポレオンだって降伏するさ、こういう状況だと………」
 そこまで言った時、少尉の耳に何かが空を切る音が聞こえた。この音は………
 少尉は咄嗟に空を見上げる。
「増援だ! 増援が来てくれた!!」
 空にはソ連製PA用超大型輸送ヘリ ロジーナが三機。
 ロジーナとはPA時代の到来によって誕生したPA輸送用の超大型ヘリであり、その全長は五〇メートル以上にもなり、一機につきPAを三機輸送可能とされている。
 それが三機。
 つまりは………
 ロジーナの機尾に設けられているハッチが開く。
 そこからソ連製第二世代PAであるP−71の空挺師団用機P−71Dが飛び出す。
 P−71DはP−71をベースに改造を加えられた機体であり、P−71との最大の相違は搭乗員の人数である。
 P−71は単座。つまりは一人乗りであったが、D型は複座。二人乗りである。
 こうなった最大の原因はD型が空挺型であるが故だといえる。
 ロジーナから飛び出し、敵基地を強襲するために設計されたP−71Dは、複座型にし、パイロットを増やすことで生還率を少しでも高めるように努力されている。
 つまり一人が火器管制を担当し、もう一人が操縦に専念するのである。これで少しは有利になると考えられていた。
 この考えはある意味で、アメリカのPA−3 ガンスリンガーに搭載されている『ウラヌス』システムの走りともいえなくは無い。
 しかし人力ではやはり限界があり、搭乗員間の連携がかなり重要となるのでこの試みはあまり成功とはいえなかったという説もある。
 ともあれ複座型PAであるP−71Dが九機、名も無き村に降り立ったのであった。


「パ、PA!!」
 エマーソンは始めて見るPAに気圧されていた。
 ソ連製PAは洗練さという言葉から遠い位置にあり、見た目は野暮ったい印象を受けるが、それだけに威圧感がある。少なくともエマーソンはP−71Dの姿に失禁寸前であった。
 だがノモトやエンリケたちはまったく怯まない。
「マックス! RPGは残ってるか?」
 ノモトが四〇代半ばと言ったところの男に尋ねる。
「三本!」
 マックスは親指と人差し指と中指をたてながら言った。
「とりあえず俺たちで一機でも多くつぶそう! ディアス、FNGを後方につれていけ。この奪回作戦は失敗だ! 俺たちは少しでも撤退のために時間を稼ぐ!!」
「OK! さぁ、坊主。来い!!」
「ぼ、僕だって………」
「戦える? 冗談じゃない。お前が戦うのは明日でもいいだろうが。お前らFNGが一人前になるまで時間を稼ぐ。それが俺たち傭兵の役目の一つでもあるんだ! とにかく来い!!」
 ディアスはエマーソンの腕を掴み、引っ張る。
「モンゴメリ! アンチマテリアルライフルで牽制してくれ!!」
 ノモトとエンリケとマックスがそれぞれRPG7を抱え、走る。
 目標は手近なP−71D。
「やれやれ………熱血漢だな、ノモトは」
 モンゴメリは細い目をさらに細め、英国製アンチマテリアルライフルのAW−50を構える。無論、アンチマテリアルライフルであるので銃架を使い、それを支えにする。
 モンゴメリは淡々と狙いを定め、AW−50のトリガーを絞る。
 ボウッ
 AW−50が吼え、五〇口径弾が高初速で飛び出す。
 モンゴメリは流麗な動きでAW−50のボルトを引き、次弾装填。
 それを繰り返す。
 如何にPAの装甲が薄くとも五〇口径くらいではビクともしないのはわかっている。
 しかし今は敵PAの注意を引くだけでいいのだ。
「………楽なものだな」
 傭兵の前は英国海兵隊に所属していたモンゴメリにとって今の状況は地獄ではない。ただの日常であった。


「今だ! ファイア!!」
 マックスが叫びながらRPG7の弾頭を放つ。
 白い噴煙を引きながらmRPG7の弾頭がP−71Dを襲う。
 しかしP−71Dは複座型のPAである。
 操縦に専念できる者がいる以上、その索敵能力は並みの機体より、単純計算で二倍。
 マックスの狙ったP−71DはRPG7の弾頭をヒラリとかわす。
 PAは機動性に重点がおかれた兵器であるが、その面目躍如であった。
「はい、ビンゴ!」
 しかしヒラリとかわした先にはエンリケがRPG7を構えていた。
 そしてエンリケの放ったRPG7の弾頭はP−71Dの右足に命中し、P−71Dの右足を砕く。
 鋼鉄の巨人といえど………否、巨人であるが故に足をやられたら倒れこむしかない。
 完全にバランスを崩したP−71Dは仰向けに崩れ落ちる。
「トドメだ!」
 そして最後にノモトがRPG7をコクピットめがけて放つ。
 回避手段を奪われたP−71Dにそれを防ぐ術は無かった。
 RPG7の弾頭がコクピット部分を直撃し、破壊される。
「BRAVO!!」
 しかしそれで脅威が完全に去ったわけではない。
 まだ八機のP−71Dが残っていることになる。
 それに対してノモトたちに残された武器はアサルトライフルとせいぜい手榴弾のみ。もはやPAに対抗できる武器は残されていなかった。
「よし、自分たちも撤収しよう!」
 ノモトは何のためらいもなく後退することを宣言した。
 彼は『時には負けたと大声でいえる人間こそ漢なのだ』と信じている。
 もはやPAに対抗できる武器が無い以上、これ以上戦うのは自殺行為だ。
 主力部隊が逃げ切れるくらいの時間は稼げたはずだ。
 さて、問題は逃げ切れるかどうかだが………
『ミスター・カモフラージュ。ミスター・カモフラージュ。聞こえるかぁ?』
 ノモトは無線機を取り出す。無線機からはやや酩酊した声が聞こえる。
「こちらカモフラージュ6。ドランカーか?」
『おお、名乗りを忘れちまったなぁ。すまねぇ、すまねぇ』
「ドランカー。現在、PAが八機、この村にいる。自分たちが撤退するまでの間、奴らを牽制してくれ」
『OK。巻き込まれても俺を恨むなよ』
「恨みはしない。覚悟はできているつもりだ」
『OK。じゃあ………』
 そこで無線機の向こうの声のトーンが豹変した。酩酊したものからガラリと変わり、引き締まった声に変わる。
『花火を上げるぜ』


 愛機であるアメリカ製PA−2A1 ガンモールのシートに深く腰かけるのは傭兵PA部隊『ソード・オブ・マルス』のチャールズ・ボブスレー。
 カモフラージュ6ことノモトと通話したのは彼であった。
 彼の専用コールサインは『飲兵衛』こと『ドランカー』である。まさにボブスレーに相応しいものであった。
 ボブスレーはステンレス製の小さな水筒を手に取り、口に含む。それは『ドランカー』である彼にとってもっとも必要なものであった。
「いけぇ!!」
 ボブスレーのガンモールは両肩に二五連装ロケットランチャーを。脚部に五連装ロケットランチャーを。さらに手には三三口径一五五ミリ榴弾砲M−185Pを装備している。
 それを一斉に放つのだからその威力は並大抵のものではなかった。
 名も無き村の八機のPAはガンモールの放つ弾幕によって釘付けとなり、解放軍の追撃どころの騒ぎではなくなっていた。
『父っつぁん。歩兵部隊の撤収を確認した。帰るぜ』
 エリック・プレザンスからの通信。
「なんでぇ、もうお終いけ?」
『仕方ないでしょ。後方から敵さんの主力部隊が迫ってきてるらしい。今の戦力じゃ勝てないってさ』
「それじゃしゃあねぇか」
『そ、しゃあねぇの。じゃ、そういうことで』



 一九八三年一月二五日。
 この日に流れた血は、戦術的には完全に無意味なものであった。
 解放軍は政府軍の戦力を見誤り、攻撃を仕掛け、優位に進めたものの、結局は撤退。
 しかし戦略的には意味はあった。
 政府軍は膠着した戦線を動かせるための拠点を手にしたのだから。
 しかしこの手にした拠点が、軍神マルスに魅入られたリベルの戦争を動かせるほどの重要度を持っているかといえば否であった。
 この国の戦争はまだまだ続くのであった。


PA紹介


↑P−71D                            ↑PA−2A1 ガンスリンガー

詳細は後に掲載します。


第二章「Why do you fight?」

第四章「Crimson Leo」


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