昭和二〇年四月三日。
トラック沖での決戦。
これに参加した日米の空母戦力はどうであったのか?
それを以下に記してみよう。
日本:赤城 翔鶴 瑞鶴 大鳳 飛鷹 雲龍 葛城 天城 笠置 阿蘇 生駒 鞍馬 高千穂 合計一三隻
米国:エセックス ヨークタウン(二代目) エンタープイライズ(二代目) イントレピッド ホーネット(二代目) サラトガ(二代目) ハンコック ベニントン インディペンデンス ベローウッド ラングレー(二代目) キャボット 合計一二隻
・・・・・・なるほど。数だけならば日本軍が空母一隻分多い。
だがその空母の搭載機数は?
残念ながら逆転してしまう。
米軍のエセックス級空母は露天繋止を行えば一〇〇機の搭載も夢ではない。さらにインディペンデンス級軽空母ですら五〇機搭載できるのだ。
対する日本側でもっとも搭載機数が多いのは赤城の八八機。数の大半を占めている雲龍型は六〇機程度が限度である。
残念ながらこれが現実であった。
では質の面では?
それすらも危うい。
米軍の主力艦戦F8F ベアキャットの性能は日本の主力艦戦烈風改をも上回る。さらにAD スカイレーダーという米軍の新鋭艦攻も見逃せない。この機体は何と単発単座の艦攻であり、その爆弾搭載量は我が方の流星の三倍以上でしかも最大速度は時速六〇〇キロすら超える。正に最強の艦攻であった。
ではこの戦いは無謀なのか?
否。
結城 繁治という男は決して勝算無き戦いはしない。
日本側には秘策があるのだ。
空母大鳳と生駒、鞍馬に搭載された「最終決戦兵器」。そして新生衣笠。「眞鐵の随人」こと吉野型対空巡洋艦。そして希代のマッドサイエンティススト寺西 肇設計の「歴史を塗りかえれる」兵器。
如何にこの秘密兵器を上手く運用するか。
結城の存在意義はそれである・・・・・・
対空巡洋艦空知艦橋・・・・・・
「艦長、いよいよ決戦ですね」
空知砲術長川辺 衛少佐が呼びかける。網城は何も言わずにただ頷くのみ。
「偵察機が発艦していきます!」
見張り員の言葉に一同が空母翔鶴を凝視する。その甲板上から天空に滑り出して行くは彩雲改。発動機をハ四三、二一〇〇馬力級発動機に換装し、その最高速を七〇〇キロ近くにまで達せさせた新鋭艦上偵察機だ。
一機、また一機とまだ見ぬ敵艦隊を求めて飛び立っていく。
「頼むぞ、彩雲改。貴様等の活躍次第なのだから・・・・・・」
網城の呟きは小さく、傍らにいた副長の瀬良 太郎中佐も聞こえなかったようだ。
彩雲改。
その原型となった彩雲という艦偵は、「我ニ追イツクぐらまん無シ」という電文で一躍勇名を馳せた名高速艦偵だ。
だがその高速力も一九四五年の太平洋戦線では既に旧式のものであった。例え発動機を強化して最高速を七〇〇キロ近くにしていても。
「ク、クソッ!振り切れないのか?!」
操縦員席の大山飛曹長が叫ぶ。その声は悲痛そのもの。
「駄目です!まだ来ますってウヒャア!!」
後部の偵察員席の手塚上飛曹が素っ頓狂な声をあげる。そしてガンガンガンと着弾の衝撃。
そう、大山の彩雲改は敵戦闘機F8F ベアキャットの猛追を受けていた。
彩雲改は三座機であるが中央の電信員は既に戦死した。大山や手塚が助かったのは奇跡に近かった。
だがその奇跡も彼らの死ぬ時間を延ばしただけであった。敵はベテランだ。こちらが巧みに横滑りをかけて射線をはぐらかそうとしても、それを嘲笑うかのように射撃を続ける。未だにこの彩雲改が落ちないのは大山の豊富な経験故である。
「クソッ、南太平洋も、第二次ミッドウェーも生き残ってきたのに!!」
手塚が後部機銃で反撃する。だが七.七ミリの豆鉄砲ではF8Fはビクともしない。
「操縦員席だ!そこを狙え、手塚!!」
「やってます!!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
「畜生、畜生、畜生!!」
手塚の涙混じりの声が彩雲改のコクピットに響く。
だがF8Fは俊敏だ。ロールをうって射線を外し、必殺の一弾を叩きこんだ!
ガンガンガン
その着弾の音の中にスイカを破裂させたような音が混じる。そして大山の背に生暖かい液体が降り注ぐ。かと思いきやすぐさまその液体はネットリとする。
そう、高空では血液ははやく凝固するのだ。
誰の血液かって?
聞くまでも無い。大山は既に長年コンビを組んできた相棒が死んだことを知っていた。
大山は観念した。
「ここまでか・・・・・・」
既に燃料タンクから霧のように燃料が噴出している。おそらく間もなく発火し、この彩雲改を火葬するはずだ。
そんな時に大山の眼下の海面に幾つもの白い線があることに気付く。
敵機動部隊だ!!
そう知覚した瞬間に大山は決断した。
七〇〇キロ、いや、急降下を続けた結果、九〇〇キロ以上の猛速で彩雲改は突進を続けた。
敵機動部隊が驚いたように対空砲火を打ち上げる。
大山の彩雲改は左翼をもぎ取られる。
だが大山の執念が乗り移った彩雲改は頑丈であった。敵戦艦ウィスコンシンに向けて最後の滑空。
大山の狭まり行く視野には驚愕に引きつる米水兵の表情が写り・・・・・・そして大山の意識は消失した。
歴戦の偵察機乗り大山と手塚はその任務、「敵機動部隊発見」の報を知らせること無く散った。だが彼らの生命を賭した最後の行動により敵戦艦ウィスコンシンは対空砲火の四割を漸減させられた。対空戦闘の要が早くもダメージを負ったのだ。この影響は後々にジワジワと出てくるだろう・・・・・・
大山機は散ったが他の彩雲改は任務を成功させた。
何たる業運!
・・・・・・いや、そうではない。確かに多少の運のあっただろう。だが成功の大半の主因は結城の策略であった。
彼は大山機を囮にし、敵戦闘機を引き付けたのだ。無論、大山機だけではない。他にも多くの彩雲改が撃墜の憂き目をあっている。
だがその犠牲によって敵の位置を把握できた。敵艦隊は一二隻の空母を一群にまとめている。米軍は任務部隊という風に空母を幾つかの小部隊に分散させる方法を好むのに・・・・・・
だが一つにまとめるということは護衛艦も集結できる。敵司令官(おそらくはハルゼー)は打撃を与えれば確実に致命傷を与えれるこの手段にでたのだ。勿論、一網打尽の危険性も孕んでいる。だがそれもVT信管がある米軍なら解決できる。密集した護衛艦のVT信管の弾幕を破るのは一苦労、否、十苦労である。
「敵艦隊発見か・・・・・・幸先がいいな」
大山機をはじめとする多くの彩雲改を供物にしながら結城は悠然と言ってのけた。周囲の参謀達の表情が曇る。
・・・・・・外道が・・・・・・
その言葉を込めた視線を丁重に無視しながら結城は下命した。
「第一次攻撃隊用意」
赤城、翔鶴、瑞鶴、飛鷹の四空母から合計八〇機の攻撃隊が発艦した。
その攻撃隊を束ねるのは歴戦の戦闘機乗り坂谷 茂中佐である。中佐ともなれば地上勤務につくのが普通だろう。だが此度の決戦では一人でも多くのベテランが欲しかったのだ。そこで坂谷は再び前線にでてきたのだ。根っからの戦闘機乗りの坂谷にしてはその方が嬉しいのだが・・・・・・
・・・・・・一方で米艦隊もこの攻撃隊が向かってきていることを艦隊の前面に待機させている駆逐艦群。つまりはピケット艦の報告で知っていた。
ピケット艦とはレーダーを搭載させた駆逐艦を艦隊の前面に押し出して敵攻撃隊の早期発見を任務としている部隊のことだ。近年の航空機の高速化によってレーダーに探知された頃に迎撃隊を発進させては既に手遅れという状況が生まれていた。それに対する米海軍の回答なのだ。
「八〇機・・・・・・?!」
ハルゼーが訝しげな表情を浮かべる。
「敵空母は一三隻のはずだろう?その第一陣が八〇機というのは少なくないか?」
その疑問はもっともだ。帝国海軍の一三隻の空母の搭載機数は八〇〇機をも越える。(ちなみに米軍のは九五〇機を超えている)搭載機の数において負ける日本軍はなればこそ第一次攻撃に全力を尽くすべきのはず・・・・・・
ともあれハルゼーの決断は早い。
「まあいい。内訳は戦闘機五〇、攻撃機三〇と言うところだろう。ならばベアキャット四〇機もあれば充分のはずだ!」
だがハルゼーは一瞬考える表情を見せた。
「いや、六〇機回せ!奴らの狙いはピケット艦のはずだ!!今、上空のベアキャットを急行させろ!!」
流石はハルゼー。米海軍の空母戦の第一人者だけのことはある。この判断は結城の目論見と一致していた。
上空で直援を行っていたベアキャット隊は三〇機である。だがそれでも烈風とベアキャットの交換比率を考慮すれば充分のはずだ。少なくともこちらの増援が到着するまでの時間は稼げるはず!!
「小林、竹山、山本!いよいよだ・・・・・・行くぞ!!」
天田 史郎少尉の声に小林、竹山、山本の三人の一等航空兵が返答する。みんな今から死線をくぐるとは思えないほどに爽やかであり、これからスポーツの試合だと言っても通用するだろう。
ともあれ四人の機体は高度を下げる。
一〇〇〇・・・・・・九〇〇・・・・・・八〇〇・・・・・・
「一〇時方向に敵機!!」
竹山の悲痛な叫び。
「しまった!!」
気付くのが遅かった。敵は既に急降下してこちらに照準を定めている。
「南無三・・・・・・」
だが天田少尉は死ななかった。
爆発したのは敵戦闘機F8F ベアキャットだ。
「何?!」
「大丈夫か、天田少尉!!」
天田の耳に坂谷の声が響く。
「安心しろ。お前達ヒヨッコは俺達が護ってやる!さあ、行け!!」
「中佐、自分たちは充分にヒヨッコは脱しています!!」
山本が反発する。
「ふん・・・・・・生きて母艦に帰れたらベテランと認めてやるよ!だが飛行時間が一〇〇〇時間を超えた超えないで論じているうちは・・・・・・」
坂谷機が急旋回。
「ヒヨッコなんだよ!!」
坂谷機の烈風改の両翼の二〇ミリ機関砲が吼える。そして一瞬のうちにスクラップと化すベアキャット。性能が劣るはずの烈風改でベアキャットを圧倒していた。
そう、この第一次攻撃隊の護衛機達は全員が坂谷のようなベテラン揃いだ。
烈風なんぞ恐れるに足らず、と勇んで出てきたベアキャット隊は面食らった。
「な、何だこのサム(烈風のコードネーム)は?!」
「バ、バケモノだ」
「助けて・・・・・・助けてくれ!サムが、サムが後ろに!!」
「こちらベアナイト01!こちらベアナイト01!!早く増援を!これでは我々が逆にやられるだけだ!!」
天田少尉の小隊は高度五〇を切っていた。
いや、それ以上に高度を下げつつある。
天田少尉は汗で手袋の中が蒸し風呂状態なのを感じていた。だがそれを気持ち悪いと思う余裕など無い。今や少しでも操縦をミスすれば海面に激突してあの世行きの高度だ。
「落ち着け・・・・・・落ち着け、史郎!訓練ではできただろう?!訓練通りにやればいいだけだ!!」
そう言って自分を励ます。
そんな最中に敵駆逐艦は対空射撃を開始した。アイスキャンディーと呼ばれる曳航弾が自機のすぐ上を掠める。
天田は安堵の息を漏らした。
何故?
敵弾はことごとくが上空を通過するのみ。つまりこちらの高度が低すぎてVT信管も、機銃ですらも捉えきれないのだ。この高度を維持できれば生きて帰れるのだ!!
「少尉、御守りを使います!!」
山本の声。
「頼むぞ!!」
山本機は翼下のロケット弾六発を発射する。だが敵艦まではまだ遠いはず。案の定ロケット弾は敵艦の手前で炸裂した。
「よくやった、山本!上に合流してくれ!!」
「了解。少尉、小林、竹山・・・・・・語武運を!!」
山本機は急上昇。離脱していった。
そして山本機が遠ざかると敵艦の対空砲火はますます不正確になる。
そう、これが狙いなのだ。
山本機の発射したロケット弾にはアルミ箔が大量に詰められている。そしてロケット弾の爆発と同時に広範囲に散布されたアルミ箔は敵艦のレーダーを惑わせる。そして正確な対空射撃が不可能となるのだ!!
これが第一次攻撃隊の隠し球である。
天田小隊の残り三機は突進を続けた。その海面上に航空機で行われる匍匐前進を敵艦の対空砲火は捉えれなかった。
「食らえ!!」
天田少尉は叫ぶと同時に翼下の六発のロケット弾を発射。列機もそれに続く。
そのロケット弾の大半は敵駆逐艦(ベンソン級と思われる)の至近で水柱を立てるのみだったが二発が後部甲板と艦橋を直撃した。
猛火に包まれる敵駆逐艦。
だが撃沈は不可のようだ。それでも艦橋付近の被弾でレーダーは使用不能のはず。そう、これでこの艦はピケット艦としての任務を続行できなくなったのだ。
「ようし、次の任務だ!行くぞ!!」
「おう!!」
天田少尉の烈風改に続く二機の烈風改。
そう、烈風改だ。帝国海軍主力艦上戦闘機のあの烈風改だ。
もうおわかりだろうが第一次攻撃隊は全機が烈風改で構成されていた。それを二群にわけた。一群は前述の通りにベテランで固めた対戦闘機戦を主任務とする部隊。
もう一群は?
それは敵ピケット艦にロケット弾で攻撃、ピケット艦の任務を不能にし、その後に対戦闘機戦に参加する部隊。
結城は戦闘機殲滅戦(ファイター・スイープ)と同時に敵の偵察線を寸断することに成功したのであった。
敵F8Fは増援を受けてその数を増やしつつある。
当初は敵の油断を突いて優勢を保っていた坂谷の対戦闘機戦専門部隊であるが次第に押され始めていた。
「敵は七〇、いや二〇は落としてるから五〇か・・・・・・」
そのピケット艦隊「だった」上空には七〇機以上のF8Fが最終的に集結した。いや、敵将ハルゼーの正確からしてもっと増えるだろう。今ごろ大急ぎでF8Fを発艦させているに違いない。俺達、「小癪な攻撃隊」を全滅させるために・・・・・・
「チィッ!!」
坂谷は愛機を急降下させて敵F8Fの突っ込みを避けた。一瞬前までいた地点に機銃弾のシャワーが通過していく。危機一髪だ。
だがそれで終わりではなかった。敵の僚機が坂谷を捉えたのだ!!
「しまった!!」
坂谷は最期を確信した。あれはかわせない!!
だが坂谷は窮地を救われた。そのF8Fは下から突き上げるような射撃をかわせなかった。たまらずその射線から逃れようとする。だが助けてくれた烈風改はF8Fを逃がしはしなかった。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
長すぎる射撃。だがそれだけに命中した弾丸も多い。憐れな敵F8Fは木っ端微塵。空中に散華した。
「中佐、大丈夫ですか?!」
その声の主は山本一等航空兵。
「山本か?!無事だったのか?!」
「どうですか、中佐。自分の空戦は?」
「馬鹿タレ」
「は?」
「無駄弾が多い!・・・・・・無駄口もな」
坂谷の声は笑っている。
「まあいい。実技試験してやる!ついて来い!!」
「了解!!」
この空戦場は混戦であった。混戦ならば自動空戦フラップを持つ烈風改が有利だ。F8Fの旋回性能も悪くは無いのだが烈風には敵わない。
おまけに烈風隊は敵艦攻撃で若干数が撃墜されたものの、アルミ箔入りロケット弾のおかげでまだ六五機以上残っていた。
敵F8F隊の数は四〇を切っている。
敵は敗走を始めていた。
全速力で逃げるF8Fには追いつけない。烈風隊は仕方無しに帰還を開始する。
この第一次攻撃隊で敵戦闘機五〇機は撃墜した。さらにピケットラインも切断した。そして損害は烈風改二一機。
F8Fよりも低性能の烈風改の挙げた戦果としては破格のものであった。
その報告を受けた結城は満足げに頷き、ハルゼーは怒り狂った。
「まあいい・・・・・・第一ラウンドでダウンをとられはしたがまだ負けではない!おい、こちらも攻撃隊を送り出すぞ!!」
ハルゼーは旗艦戦艦アイオワ艦橋内で獅子吼。
「は、はい・・・・・・で、何機送り出しますか?」
「四五〇だ」
「は、はい?!」
「四五〇機だ!F8F二五〇機、AD二〇〇機で敵輪形陣をズタズタにしてやる!!」
ハルゼー艦隊のF8Fは六〇〇機、ADは三五〇機ある。
ともあれ逆上したハルゼーは四五〇機の第一次攻撃隊を発艦させた。
「さてそろそろ敵攻撃隊が来る頃だな」
結城は落ち着き払った声で言った。そして通信機を取り、衣笠に連絡した。
「高井か?俺だ」
「長官?!」高井のやや驚きを滲ませた声が無線機を通じて聞こえる。
「お客さんはまだか?」
「今、報告しようとしていたんですがね・・・・・・来てます。あと三〇分もすればこちらに着きますよ」
「パーティーの用意は?」結城は敢えて不真面目な声色で聞いた。
「完璧ですよ。きっとハルゼーも満足してくれること間違い無いです」高井は嬉しそうに言う。
「頼りにしてるぞ。では頼むぞ。・・・・・・次は貴様の夢を実現する番だな」
「任せて下さい!」
この威厳を感じさせない奇妙な会話をもって最終決戦最大の山場を迎えることとなる。
そしてトラック沖海戦の第二ラウンドの幕は開けた・・・・・・