ハルゼー艦隊は一気に賭けに出た!
日本海軍と合衆国海軍との補給力の差を客観的に判断したハルゼーは一気に猛攻を加えて一隻でも多くの敵艦を撃沈する事に賭けた。
ハルゼー艦隊に所属していた空母は、開戦以来幾多の戦闘に参加した歴戦のサラトガ、新鋭にして世界最強のエセックス、同級二番艦のヨークタウン(二代目)、巡洋艦の船体を流用しながら多数の搭載機を実現したインディペンデンスの四隻。
搭載機の内訳は戦闘機一四五機、艦爆一一二機、雷撃機五五機である。
ハルゼーは一度の攻撃で艦爆、雷撃機の全てと戦闘機一〇〇機を繰り出した。
その攻撃力たるや恐ろしいまでの高さである。
日本軍は幸運にも攻撃隊発艦中に敵艦隊を補足。その攻撃隊の陣容を正確に把握できていた。
そして第一航空艦隊司令長官小沢 治三郎は決断を迫られていた・・・・・・
「二〇〇機超の攻撃隊だと?!」
それは小沢の想像を遥かに超えていた。敵の空母は四隻のはず。ならば攻撃隊に参加させれるのはせいぜい一五〇程度のはずである。艦隊の直援などを考慮すればそれくらいになるはずであった。・・・・・・そう、あくまで、はず、であった。
「どうやら敵艦隊は防御を放棄したようです。直援隊は極めて少数の模様。今、攻撃隊を発艦させれば一網打尽にできますよ!」
航空参謀の源田 実が熱っぽく語る。彼は前第一航空艦隊司令長官南雲 忠一のころから第一航空艦隊の幕僚を務めている。真珠湾攻撃の立案にも参加した「一流の」航空隊指揮官である。
「・・・・・・・・・・・・」
だが小沢は源田のようにそう簡単に一喜一憂できなかった。そう、彼は「帝国海軍の諸葛孔明」の異名を持ち、「参謀のいらない司令官」として勇名を馳せている。それだけに彼にはハルゼーの考えが読めていた。それも手にとるように。
この場合、敵空母を一網打尽にできてもこちらの空母に損失がでれば負けである。戦術的には勝っても戦略的に負けては同じである。源田にはそのような戦略的思考はなかった。
・・・・・・この幸せ者め!・・・・・・
小沢は内心で源田をそう罵った。確かに源田は幸せ者であった・・・・・・
「どうやら旗艦では揉めているらしいね」
日本海軍が誇る対空巡洋艦吉野艦長結城 繁治大佐はいつものノンビリした口調でそう言った。
「副長、君は敵の意図をどう見るかね?」
結城にそう振られた副長の網城 雄介中佐は即答した。
「死なば諸共、って奴ですね。敵はこちらの空母を一隻でも多くしとめるつもりらしいですね」
「正解」
結城が嬉しそうに言った。それから表情を引き締めて、「当然、赤城艦上の『帝国海軍の諸葛孔明』もそれくらいはわかってるだろう・・・・・・でも判断に迷っている。どうやら幕僚で敵の意図に気付いた者はいないらしいな」と締めくくった。
「航空参謀は源田少佐のはず・・・・・・」
「ああ、あの馬鹿か」
そう源田を酷評したのは吉野砲術長の高井 次郎少佐である。
「アイツは『戦闘機無用論』なんて馬鹿げたことを言いだしたりしましたからね。アイツはただの世渡り上手ですよ。参謀たる資格なんて欠片もない」
結城はふぅ、と溜息一つ。それから、「旗艦に信号・・・・・・」と指示を与えた。
「おお、吉野から信号があったと思えば・・・・・・急に艦隊が動き出したか」
そう呟くは吉野型二番艦の九頭竜の艦長熊田 昭彦大佐である。
身長一八四センチ、体重一〇〇キロの当時の日本人としては破格の大柄である。その苗字の通り「熊」そのものであった。
「艦長の義弟なんだそうですね、結城大佐は」
そう言うのは九頭竜副長の三島 肇中佐である。彼は熊田とは違い、身長も体重も当時の日本人の平均である。戦闘時に熱くなり、暴走しがちな上官を押さえつける事に自分の存在意義を感じている男である。
「ああ、アイツがまさかカワイイ妹を奪うとは思わなかったなぁ・・・・・・」
熊田は少し悔しげに呟いた。
・・・・・・とてもではないがこれから死線を乗り越えようとする者の会話ではなかった。彼らは落ち着き払っていた。それを頼もしいと見るか、ふざけた奴と見るかは人次第である・・・・・・
・・・・・・ふざけた奴とはここにいる者を言うのかもしれない。
米海軍の艦爆乗りであるロバート・アンダーソン中尉とサミュエル・ガルシア中尉は第一次ミッドウェー海戦や南太平洋海戦で艦爆乗りとして出撃し、第一次ミッドウェー海戦では至近弾で空母蒼龍の行動の自由を奪い、蒼龍撃沈の一翼を担った。
南太平洋海戦では残念ながら戦果を挙げれなかった。
だがその腕前に疑問の余地は無く、まず一流の艦爆乗りと断言できた。
だから彼らは新たに配備されだした新型艦爆に乗る第一陣となれた。
嗚呼、男子の本懐、ここに極まれり!、である。
だがその喜びは最早ない。
彼ら二人はむしろ自分達の才能を呪い始めていた。
何故か?
それは・・・・・・
「なぁ、アンダーソン」
後席のガルシアがアンダーソンに呼びかける。
「なんだ、ガルシア?」
「この我等の愛機、『SB2C』って何の略か知ってるか?」
「・・・・・・・・・・・・」
アンダーソンは無言で続きを促した。ガルシアにもそれは伝わった。
「『Son of Bitch 2nd Class』の略なんだってよ!!」
アンダーソンは僚友のブラックジョークに爆笑・・・・・・・・・・・・しなかった。
これはガルシアのジョークセンスが無いのではない。ガルシアの言う事が事実だからだ。
彼らの愛機、カーチス社製のSB2C ヘルダイバーはそれ程までに酷評されて然るべき、偉大な駄作機であった。
この機体の文句を書けば、それだけで一章分、いや下手したら二、三章分は作れるだろう。
なにせ試作段階から不具合が発生しまくっていて、量産型に移行するまでに千を超える箇所を修復している。しかもそれでもまだ完治したとは言えないのだ。
カタログ・スペックに騙された軍はこの機体の量産を続けた。
そして結局はこの次の世代の、急降下、雷撃、水兵爆撃の三役をこなす万能機であるA−1スカイレーダーの登場まで使い続ける事になる・・・・・・
そしてこの機体に乗せられてしまった搭乗員達はこの機体に怨念を込めてこう呼んだ。「Son of Bitch 2nd Class」と。和訳するならば「クソッたれの二線機野郎」。
それは米海軍艦爆乗り達の偽りの無い本音であった・・・・・・
先に米攻撃隊の方が敵艦隊、即ち帝国海軍第一航空艦隊にたどり着いた。
これは当然の結果であろう。先に攻撃隊を送り出したのは米艦隊なのだから。
そして吉野や翔鶴といった艦に搭載された電探の指示によって直援隊の零戦52型部隊が米攻撃隊に迎撃戦を仕掛けた。直援隊のその数一五〇。本来ならば第一次攻撃隊として敵艦隊の直援部隊を蹴散らして第二次以降の攻撃隊を有利に進めさせる、南太平洋海戦でもやった「戦闘機殲滅戦」に参加させる機体をも直援隊に編入したのである。
双方会わせて四〇〇機を超える。
これは史上初の一大航空戦であり、あのバトル・オブ・ブリテンでも見られなかった事態である。
一方、艦隊は吉野等の防空艦が陣形を変更し、空母を中心とした円形の陣、即ち輪形陣を組み始めている。これは吉野艦長の結城が提唱した戦術であり、火力の相互支援が可能な優秀な対空陣形であった。・・・・・・もっとも米艦隊は早期にこの陣形を採用していたが・・・・・・
「いくぜ、アメ公!」
そう自分に活を入れて鼓舞し、愛機零式艦上戦闘機52型を駆るのは坂谷 茂少佐である。
彼は第一次攻撃隊の隊長としてに参加予定であったが事態の急変により直援隊に参加している。
幸い米攻撃隊はまだこちらに気付いた様子は無い。おそらくは「ジャップにマトモなレーダーなどあるはずはない」と高をくくっているのであろう。
だが翔鶴はともかく吉野に搭載されているのは我が友邦ドイツよりもたらされた電探である。その探知精度は翔鶴に搭載されているものより遥かに優れている。
「油断大敵、ってな!!」
そう宣言すると坂谷は機銃発射把柄を力強く握り締めた。
ドドドドドド
ほんの僅かな時間の短い連射。おそらく四〇発程度しか発射していないであろう。
だが米攻撃隊の雷撃機TBF アベンジャーは二〇ミリと七.七ミリと二〇ミリに乱打され、翼をもぎ取られて墜落していった。撃墜一である。
そして坂谷の撃墜を皮切りに殺戮が始まった。
零戦隊はその優秀な機動性をもって攻撃隊に次々と襲い掛かる。
だが米攻撃隊を護衛する戦闘機は最新型であった。
F6F ヘルキャット
二〇〇〇馬力を誇る発動機を搭載し、両翼には良好な弾道特性を誇る一二.七ミリを合計六丁搭載し、従来機のF4F ワイルドキャットよりもさらに輪をかけた頑丈性を誇る。外見はF4Fに似てはいるもののその実力は隔絶している。
そのF6Fが六〇〇キロを超える最大時速で零戦隊に逆に襲い掛かった。
F6Fは零戦隊の格闘戦には一切乗らずに自分が一番得意とするダイブ&ズームによる一撃離脱に終始した。最大時速において五〇キロ以上も差を開けられている零戦隊はF6Fに追いつけない。
つまりやられっ放しである。
だがF6F隊は一〇〇機。零戦隊は一五〇機。
五〇機分数が多い零戦隊はその分の余剰機で攻撃隊の迎撃を続けた。
艦爆艦攻合わせて一六七機いた攻撃隊だが輪形陣到達までには既にその数は一一六機にまで打ち減らされていた。
だがその攻撃力は恐ろしいまでに高い。第一航空艦隊に一矢どころか二矢、三矢報いる事も夢ではなかった。
「ようし、撃ち方始め!」
いつもように結城のその宣言から吉野の喧騒は始まる。
合計三六門の長一〇センチ砲と一〇〇門に達する機銃群が一斉に火を吹く。
何度みても勇壮な眺めとは言いがたい。敵の出現に慌てふためいてその手の刀をむやみに振り回す臆病な若武者のようである。
だがその「むやみに」振り回す刀の多くが敵を切りつけるものであったら?
その時、「臆病な若武者」という表現ではなく「居合の達人」という呼び名に変わるであろう。
そして吉野は「居合の達人」であった。
「左舷、弾幕薄いぞ!何やってんの?!」
高井砲術長の叱咤が響く。
「面舵一〇度」
結城の淡々とした冷静な指示が飛ぶ。
吉野は三度米攻撃隊の障壁として立ちはだかった。
「クソッ、あのAACめ!」
ロバート・アンダーソン中尉の罵声が飛ぶ。
「おい、全機。あのクソッタレAACを仕留めるぞ!突撃!!」
愛機(とは彼らは絶対に認めたくないだろうが)SB2C ヘルダイバーを吉野に向けて突撃させる。
吉野の熾烈な弾幕で一機、また一機と撃墜されていく。
「悪魔め!!」
後席のサミュエル・ガルシア中尉の罵声も響く。
彼らSB2C隊の受難はまだ続く・・・・・・
「撃て!撃て!!撃て!!!」
そう叫んで兵を叱咤激励するのは吉野型二番艦の九頭竜艦長熊田 昭彦である。
彼の剛胆な指揮の下、恐れを知らぬ九頭竜乗組員は一丸となって米攻撃隊に弾幕を浴びせる。
彼は数の多いSB2C隊から片付けていた。
無論、雷撃機のTBD隊も見逃しはしなかったが・・・・・・
ガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!
スウェーデンのボフォース社よりライセンスを買い取って国産化した一式四〇ミリ機関砲が唸りを挙げて弾丸を発射し続ける。
吉野機銃員の内藤兵曹長は無口で、普段から滅多に感情を露わにしない。それは同僚だけでなく上官に対してもである。
艦長の結城にですら無愛想な応対をした事のある人物だ。だがそれでも何の文句もいわれないのには当然ながら訳がある。
それは彼が極めて優秀な機銃員だからだ。
そしてこの第二次ミッドウェー海戦でも彼は黙々と一式四〇ミリ機関砲を操っていた。
「・・・・・・・」
彼は上空に四機の敵艦爆が逆落としに急降下に入るのを見た。
彼は眉一つ動かさずに冷静に機銃を上に向けて、連射を浴びせた。
一機に命中弾が連続し、木端微塵に砕け散った。米軍の新型艦爆と言えども四〇ミリもの大口径機関砲の一撃は到底耐えれるものではなかった。
だがそれが限界であった。
他の三機の撃墜はもはや不可能・・・・・・そう判断した内藤は機銃を駆逐艦秋月に向かっていたSB2Cに向け直した。
「・・・・・・三機くらいならかわせるだろう」
内藤は艦長結城 繁治を信頼していた。
「クソッ!ボブが・・・・・・」
「黙れ、ガルシア!あのAACを殺って敵を討てばいい!!」
照準機の吉野が見る見る大きくなっていく。
「投下!」
ガコン、という音と共にSB2Cの腹から五〇〇ポンド爆弾が投下された。
アンダーソンは離脱し、安全圏に退避する。
だが信じられない光景を見てしまった。
「ジミー?!」
その者の名はジミー・オブライエン。階級は少尉。
後席の者の名はクリフト・マッケンジー。同じく少尉。
彼ら二人は陽気な者が多い米海軍航空隊においてもトップクラスであり、そのジョークでよく同僚を笑わせてきたムードメーカーであった。
そう、「あった」と過去形で語らねばならなかった。
彼らのSB2Cは爆弾投下装置が故障した。
そして腹下の五〇〇ポンド爆弾は落ちなかった。
「おい、マッケンジー・・・・・・」
オブライエンの引きつった声が響く。
「やっぱりコイツはSB2Cだったな・・・・・・」
マッケンジーのどこか投げやりな声が聞こえる。彼はもはや自らの死すら客観視できていた。
「畜生、ジャップにではなくて愛機に殺されるなんてなぁ・・・・・・」
「惨め」
そこで彼らの意識は途絶えた。
彼らのSB2Cは墜落した。
吉野の甲板上に・・・・・・
グオオオオォォォォォォォォォン!!
吉野の後部甲板に赤い大輪の花が咲いた。
そして吹き上げる炎。
「副長!!」
結城の叫び声と同時に・・・・・・いや、結城が叫ぶ前から網城は駆け出していた。
帝国海軍において損傷部の修復、すなわちダメージコントロールを担当するのは副長である。その意味では網城は初めて仕事が与えられたとも言えた。
「砲術長、対空砲の方はどうだ?」
網城の即断に満足した結城は次いで砲術長に聞いた。
「後部甲板の高角砲四基がやられました。ですがまだ撃てます!!」
高井の報告も早い。
「よし。ならば撃ち続けろ。ただし危なくなったら直ぐに言ってくれ」
「了解!!」
「ジミー・・・・・・」
ガルシアの呆然とした声が響く。
アンダーソンは得もいえない怒りが込み上げてくるのがわかった。
敵の対空巡洋艦一隻を潰すのに体当たりが必要であった。あの時投下に成功したのは自分を入れて二機のみ・・・・・・そして二発とも避けられた。
あの巡洋艦の艦長は恐ろしい人物であった。米艦爆隊に対する最大の強敵であった。
「あれがサムライなのか・・・・・・」
アンダーソンは吉野に対し、敬礼。
ガルシアもそれに倣った。
最大の強敵とそれに命を賭して立ち向かった戦友たちに対しての彼らなりの哀悼の意であった・・・・・・
「消化班、かかれ!!」
網城の号令の下、次々と消化班が水を吹きかける。
だがそれでも炎は消し止めれそうになかった。
「クソッ・・・・・・このままでは・・・・・・」
網城はそこまで言って、唇を噛み締めた。強く噛み締めすぎて口内に血の味がする。
だが運命の女神は今まで吉野を可愛がった分の負債を取りに来たようだった。
網城が想定していた最悪の事態が起きてしまったのである。
一瞬、視界が光に包まれた。
「?!」
そして次の瞬間には網城は爆風に吹き飛ばされた。
「うわっ?!」
弾薬庫が誘爆したのだ・・・・・・
吉野の悲劇は米攻撃隊の幸運。
そして米攻撃隊の幸運は第一航空艦隊の不運であった。
吉野が抜けた穴から次々と襲い掛かってくる攻撃隊。
その牙に引き裂かれたのは空母飛龍であった。
SB2Cの急降下を連続して受けた飛龍は何発かは回避して見せたものの四発が命中し、飛行甲板は見るも無残な姿となった。もはや空母としての能力が喪失したのは一目瞭然であった。
さらにTBF隊による雷撃を受けて魚雷二発を受ける飛龍。
そして航空機用のガソリンタンクに火の手が回り、大爆発を起こした。
艦体を真っ二つに裂かれた飛龍は沈没していった。
艦首のみが海面から突き出ていて、「まだ私は飛び続けたい!」と懇願しているかのようであった。
開戦以来、幾多の戦闘をくぐり抜けた歴戦の空母飛龍の終焉の時であった・・・・・・・・・・・・
次に狙われたのは空母隼鷹であった。
飛龍の後方に位置していたので攻撃隊に狙われてしまったのだ。
隼鷹は元々は豪華客船「橿原丸」として就役するはずだったのを改造して大型空母にしたものである。当然、その防御力や速力は本職の正規空母には敵わない。
だがそれでも搭載機数は五三機と先ず先ずの数が搭載できて、第一次ミッドウェー海戦以来帝国海軍を支え続けてきた名空母である。
だがその名空母も五〇〇ポンド爆弾三発、魚雷四発を受けては無事ではすまなかった。
隼鷹は魚雷攻撃により、スクリューを破壊されて動けなくなっており、浸水が浮力を完全に奪い去るのを待つという緩慢な死を待つばかりであった。
だが隼鷹の魂はそのような最後を拒んだのであろうか?
隼鷹は艦首から海に突っ込み海底へのダイブを開始した。
その発生させた渦で多くの乗組員をも巻き込みながら。
乗組員の大半は隼鷹と運命を共にさせられてしまった。
隼鷹からの生存者はわずかに十数名を数えるのみでしかなかった・・・・・・
最後に狙われたのは飛鷹であった。
飛鷹も隼鷹と同じく豪華客船を改造した空母である。やはりその防御力には難があった。
雷撃機隊はすでに全機が投弾を終えていたので艦爆のみでの攻撃となった。
飛鷹に命中した五〇〇ポンド爆弾は六発である。
飛鷹は爆炎に包まれた。
米艦爆隊の一人は「ウィ・ガット!」と叫んで喜びを露わにした。
撃沈は確実、そう思わせるほどの激しい炎が飛鷹を包み込んでいた。
だが結果的に飛鷹は生き残った。
飛鷹は第一次ミッドウェー戦以後の戦訓を基に、消火装置の向上を図られていた。さらに塗装を可燃性のものから不可燃性のものに変えたこともあって飛鷹は甲板をズタズタにされたものの何とか生き残る事ができた。
飛龍と隼鷹は助けれなかったものの日本のダメコン技術もそれなりに向上してきている何よりの証拠だと言えよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「二隻沈没、一隻大破か・・・・・・」
旗艦赤城艦橋にて第一航空艦隊司令長官小沢 治三郎がしみじみと呟いた。
彼の視線の先には何とか消火に成功した空母飛鷹がある。
そして第一航空艦隊の挙げた戦果は、「空母三隻撃沈確実、一隻中破」というものであった。
開戦以来ずっと日本海軍に立ち塞がった空母サラトガは魚雷三発、爆弾二発を受けて横転し、沈没したと言う。新鋭艦攻の天山に搭載される九一式航空魚雷改七型は旧来の九七艦攻の改二型と比して二倍近い炸薬量を誇る重魚雷である。元々は巡洋戦艦として起工されたサラトガと言えどもひとたまりもなかった。
軽空母インディペンデンスも魚雷一発、爆弾四発を受けて太平洋の漁礁となった。軽空母なだけに防御の面で難があったのだ。
そして二隻の敵の新鋭空母である。
一隻には魚雷四発、爆弾二発が命中している。従来の九七艦攻で比較するならば優に八発の魚雷を受けた計算である。最後は確認されてはいないがおそらくは撃沈できたであろう。
もう一隻には魚雷二発、爆弾三発が命中している。元々米海軍の艦艇の防御力は高く、それも最新鋭の空母となれば相当な水準に達したであろうからこれは撃沈不可、と判断された。
純粋に戦果だけを見れば悪くはないだろう。なにせ米海軍の稼動空母は再び零になったからだ。
だが日本の機動部隊も大損害を受けた。
米艦隊攻撃に向かった攻撃隊の損害比率は撃墜だけで三割に達している。新鋭の彗星や天山の防御力は九九艦爆や九七艦攻よりも優れていたにも関わらずである。さらに戦闘機隊は四割近くが失われた。これは敵に新型戦闘機に思わぬ苦戦を強いられたからである。もはや零戦が無敵だった時代は過去のものであった・・・・・・
「提督、ヨークタウンの火災は消し止めれたようです」
ハルゼーの顔に笑顔が戻った。
「本当か?!ようし、空母二隻の損失で二隻撃沈か・・・・・・満足すべき結果だな」
そう、二隻の新鋭空母エセックスの一艦であったヨークタウンは魚雷四発、爆弾二発を受けた。
並みの空母ならば撃沈は確実であったろう。現に日本海軍の攻撃隊もそう報告した。
だがヨークタウンは沈まなかった。
米海軍の優秀なダメージ・コントロール技術によりヨークタウンは最大速力が五ノットまで低下したものの大破ですんだのだ。
極めて沈みにくい空母、エセックス。
ハルゼーとしてはそれが確認できただけでも満足できた。
ハルゼーは想像した。
大量に就役したエセックス級空母の群れを率いて次々とクソ忌々しいジャップの空母や戦艦、巡洋艦などを片っ端から撃沈している艦隊を・・・・・・
そして旗艦の艦橋で仁王立ちしている己の姿を・・・・・・
これはもはや妄想ではなかった。これを現実にするだけの力をアメリカ合衆国は持っていた。
ふと、気が付いた。
眼を開ける。
そこには高井 次郎砲術長が心配気に見守っていた。
吉野副長、網城 雄介中佐は体を起こした。
右腕を動かそうとすると、ズキリと痛む。
「痛い」ということは痛覚がある。すなわち右腕はまだあると言う証であった。
一先ず安心した網城は「ここは?」と高井に聞いてみた。
高井が答えようとするとドアが開いて巨体が入ってきた。熊のような大男である。
「おう、気が付いたか?」
熊が気さくに声をかける。網城は「は、はい・・・・・・」と曖昧に答える。
「ここは吉野型対空巡洋艦二番艦、九頭竜の医務室だ」
大男の言葉に網城は驚かされた。
「九頭竜?!・・・・・・よ、吉野は?」
大男は表情を暗くした。代わりに高井が辛そうに言う。
「・・・・・・残念ながら沈みました・・・・・・副長は気絶していたので覚えていないんです」
そう言われれば後部の連装四基の長一〇センチ砲が爆発したような覚えはある。
「艦長は?艦長はどうしたんだ?!まさか!!」
網城が蒼白になりながら問う。
「結城なら無事さ。今は水偵で大和に向かったよ」
大男が言う。
「あの・・・・・・貴方は?」
「ああ、俺は九頭竜艦長の熊田 昭彦だ。結城の義兄ということになる」
「そ、それは失礼しました!」
網城は敬礼しようとするが右腕が折れているのか動かない。
「ああ、貴様の右腕は折れている。無理はせんでもいいぞ」
熊田の言葉はありがたかった。しかし網城の疑問は完全に消えてはいなかった。
「しかし何故、艦長が大和に呼ばれたんだ?」
それに答えれるものはこの九頭竜の艦内にいなかった・・・・・・
「ひさしぶりだね、結城君」
ミッドウェー攻略部隊の旗艦である戦艦大和の長官室。その部屋の使用を許されている人物は日本でただ一人である。
連合艦隊司令長官山本 五十六大将、その人である。
傍らに控えるのは連合艦隊参謀長宇垣 纏少将である。
連合艦隊のナンバー一とナンバー二に直々に結城は呼び出されたのだ。
「何の用でしょうか?」
結城は慇懃無礼に応じた。いつもの仏顔ではなく戦闘時の鬼神の顔でもない。今まで見せた事のない表情であった。
「状況は理解しているかね?」
山本は結城の慇懃な態度を咎めなかった。ただ真面目な宇垣参謀長は少し嫌そうな表情を見せたが。
「空母二隻が沈没。空母に載せる搭載機も激減。泣きたくなる状況とはこういうのを言うんでしょうな」
結城はサラリと言ってのけた。
「まぁ、もっとも今回の作戦計画の時点でこうなることは予測できましたが・・・・・・」
「どういう意味だ?」
宇垣が怒りを含んだ声で問いただす。
「何故ミッドウェー攻略部隊なんて作ったんですか?どうせ攻略する気も無いくせに。戦艦部隊は防空戦にも役立ちますし、攻略部隊の龍驤と瑞鳳があればもっと楽な戦いができましたよ」
その通りである。今回の作戦でのミッドウェー攻略部隊はオトリであった。米軍に「ミッドウェー再攻略を進めてるぞ」と思わせるためのブラフであった。
だがその部隊編成はいささか過剰気味であったのも事実だろう。(詳しくは第六章を参照)
「ま、敵機動部隊に攻撃をかけて漸減するアイディア自体は悪く無かったですがね」
結城は肩をすくめて見せる。呆れるほどのふてぶてしさである。
「なるほど・・・・・・そこまで言うのに何故『あの話』を断るのかね?」
山本の切り返しに結城は「ウッ」とうめいた。
「今、日本は君の才能を必要としているのだ・・・・・・力を借してくれないかね?」
山本の言葉は懇願に聞こえるが事実上の強制であった。結城にはそれがわかっていた。
だから結城 繁治はこう言った。
「わかりました。微力ではありますが、全力でやらせていただきます」
その日から結城は変わった・・・・・・