「おい、ちゃんと全機ついてきてるか?」
第二次攻撃隊を率いる村田 重治中佐は愛機流星の後部席に座る八島少尉に問うた。
「ええと・・・・・・はい、ちゃんとついてきています!」
八島の返答は若干遅れた。八島はこのトラック沖海戦を初陣とする新米搭乗員である。
「・・・・・・最終決戦なのにこんなことでいいのかね?」
村田は内心ではそう思ったが口には出さない。八島だって一生懸命にやっているはずだ。一生懸命にやっている者を責めるのは村田の趣味ではない。
「そうか」
だから村田はそう言った。
ともあれ帝国海軍の第二次攻撃隊、烈風改二一三機、流星二四二機の大編隊は米艦隊を襲うべく前進を続けていた。
「艦長、敵第二派です」
航空管制艦 衣笠。
その管制室の電探員が艦長の高井 次郎中佐にそう報告した。
「数は?」
衣笠の電探員は一流だ。素人目にはまったくわからない電探の微妙な変化も見逃さない。
「三〇〇というところです」
「・・・・・・そうか」
高井はマイクを取って帝国海軍第一航空艦隊旗艦 信濃に報告する。
信濃艦橋・・・・・・
「そうか。うむ・・・・・・」
結城は高井の報告を聞いている。その表情は優れない。
「そうだな・・・・・・こちらの直援機は二〇〇もだせないのが本音だ。衣笠の正確な誘導が頼りになるだろう。直援隊の実力以上の力を引き出してくれ。・・・・・・ああ、スマンな」
そう言って結城は衣笠との通信を切った。
「さて、次をどうやって凌ぐか、だな」
先の攻撃隊迎撃に一役かった瑞風隊は今度は八〇機ほどしかだせない。
先の迎撃戦でも出撃一五〇の内、未帰還はわずか一八機でしかない。だが再出撃可能なのはわずかに七六機だけでしかない。
瑞風隊の母艦であった大鳳が沈んだこともその原因ではあるが、瑞風のエンジンが耐えれなかったのだ。そう、瑞風の信頼性はここまで悪いのだ。
しかも坂井、西沢などの多くのベテランを有していた烈風改隊も第二次攻撃隊の護衛につけた。直援隊の烈風改はわずかに六〇機。しかも錬度は決して高くは無い。
おそらくこちらの手持ちの空母一三隻の内、半数以上は沈むだろう。厳しい戦いになるのは間違いない。
だが結城は戦わねばならなかった。
対空巡洋艦 空知艦橋・・・・・・
「来たな・・・・・・」
空知艦長網城 雄介大佐はそう呟いた。
網城の視線の先にはまだゴマ粒のような大きさながら大編隊が見える。全機が高度を低くとっている。どうやらまた噴進弾&航空魚雷の組み合わせのようだ。
九頭竜亡き今の第一航空艦隊の防空力は低下を余儀なくされている。
防空輪形陣の両端に配置されてきた空知と九頭竜であったのだが・・・・・・
今、空知は輪形陣の中心にいる。
ここに座することで全体的に対空砲火を撃ち上げようというのだ。
このような陣形を取ったのは初めてだ。訓練ならやったことがあるのだが実践では初の試みなのだ。
だが最上の戦果を示さねばならない。
そうしなければ祖国が亡国になるだろうから・・・・・・
ハルゼー艦隊の放った第二の矢、つまりは第二次攻撃隊の攻撃力は恐ろしいまでに高い。
第一次攻撃隊は噴進弾を搭載した機体が多く、それによる輪形陣の破壊を主任務としていた。
だから直援隊の任務は重要なものだ。
第一次攻撃隊から生還し、そのまま直援隊にまわされた天田少尉の部隊は烈風改を駆り、必死の迎撃にあたる。
だが瑞風が思ったよりもベアキャットを引き付けれなかった。瑞風隊は先の迎撃戦のような戦果を示せず、同数のベアキャットを引き付けるので精一杯であった。
その分のしわ寄せは天田たち烈風改隊にくる。
「クソッ、スカイレーダーめ!堕ちろ!!」
山本一等航空兵は必死でスカイレーダーに追いすがる。だがスカイレーダーは右に左にと横滑りをかけて山本の射撃から逃れようとする。
山本の未熟さが完全に露呈されていた。山本は後方に注意を払わなかった。否、払っているつもりではあった。
だが足りなかった。
後の坂井 三郎が述懐するように、「空戦中に後方確認はいくらやってもしすぎることはない」のだ。そしてそれを怠った山本の末路は哀れ。
ガンガンガンガン
「?!」
山本は着弾の衝撃に襲われてから始めて後方を振り返った。そこには青く塗装されたスマート戦闘機が両翼を煌かせながら突進していた。距離は三〇〇ほどか。
山本は回避を行おうとする。だがすべては遅かった。
「ガッ・・・・ガハッ・・・・・・」
ベアキャットの一二.七ミリ機銃弾が山本の身体を噛み砕いた。腹部に命中した一発は内臓を破裂させる。
山本の意識は既に意識は混濁している。彼の烈風改の左翼がもげた。揚力のバランスを欠いた烈風改は降下、否、墜落。
「山本!!」
戦友の死を見せ付けられた小林一等航空兵はあらん限りの声で叫ぶ。
だが彼も一つの事に意識をとらわれすぎた。山本機の最期を見届ける間、小林機は直線飛行を続けていた。
その時の小林機は有人標的機にすぎなかった。
一機のベアキャットがその隙を突いて接近。
ダダダダダ
短い射撃。
だが大半が有効弾となり爆発四散する小林の烈風改。
小林機を撃墜したのはアメリカ海軍が誇る撃墜王 ディビッド・マッキャンベル少佐であった。
「思い知ったか、ジャップ!!」
そう言うと彼は次の獲物を求める。
ちょうどおあつらえむきなことにヒヨッコと思しき二機のサム(烈風改のこと)がいた。
「ふむ・・・・・・あれを頂くとするか」
マッキャンベルはベアキャットを降下させる。
狙うは一撃離脱だ。
そのマッキャンベルの狙う獲物が天田少尉と竹山一等航空兵のペアの烈風改であった。
嗚呼、天田小隊の四機はすべて撃墜されてしまうのだろうか。
だが天田はただでやられるつもりはなかった。
「今だ、竹山!!」
天田の合図と同時に二機の烈風改は急上昇に転じた。
「何?!」
これはマッキャンベルにも予想外の展開であった。
「チィッ!!」
二機のサムはそのまま宙返りしてマッキャンベルの後ろを取ってみせた。その宙返りの半径は極小であり、ヒヨッコのソレとは思えなかった。
「山本と小林の仇だ!!」
天田が引き金を引き、両翼合計四丁の二〇ミリ機銃でマッキャンベルを狙う。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
何発かが命中し、眼前のベアキャットは陽光に反射し、キラキラと光るジュラルミンの破片を撒き散らした。
そしてスパイラルダウン。つまりは錐揉み。
「やった!撃墜したぞ!!」
天田はそう叫ぶ。
「竹山、二人の分も撃墜するぞ!」
そうして二人はふたたび乱戦の最中に飛び込んでいった。
「チィッ、危なかったぜ・・・・・・」
マッキャンベルは生きていた。
彼の並外れた操縦テクニックによりベアキャットは奇跡的に飛行を維持していた。
だがもう空戦はできない。
だからマッキャンベルは撤収を開始した。
護衛の途中で引き返すのは情けない話だ。
「だが心配することはないな・・・・・・」
なぜならマッキャンベルの視界には炎上し、傾き始める日本の空母が写っていたから。
それも一隻、二隻の単位ではない。軽く七隻はあった・・・・・・
直援隊の必死の迎撃も及ばず、一七〇機ほどのスカイレーダーが輪形陣に飛び込んできた。
前述のようにハルゼー艦隊の第一次攻撃隊は対空砲火の漸減を目的としていた。
九頭竜を始めとする多くの艦が失われたのだからその目的は達せられていた。
そしてその中に第二次攻撃隊のスカイレーダーが飛び込んできた。
「砲術長、三時方向の敵機を撃てないか?」
網城が焦りを滲ませる声で聞く。
「ダメです!九時方向で手一杯です!!」
砲術長の川辺 衛少佐の申し訳なさそうな声が聞こえる。
「くぅ!」
空知は奮戦していた。第一次、第二次合わせて五〇機近い敵機を単艦で撃墜していた。
だが帝国海軍の艦艇で奮戦しているのは空知くらいのもの。大半の護衛艦は自艦の安全を確保するだけで一杯一杯であった。
「艦長!!」
副長の瀬良 太郎中佐の声。
「瑞鶴が!!」
開戦以来、各戦線で戦い続け、一隻の喪失艦もなかった強運の翔鶴型空母。その二番艦の瑞鶴の左舷に二本の水柱。
さらに追い討ちをかけるように噴進弾の雨霰を受けた瑞鶴は全身を炎に包まれる炎の鳥と化した。
その炎が燃料タンクに引火した瑞鶴は派手に爆発を起こしながら沈没していった・・・・・・
その次に災厄に狙われたのは赤城であった。
赤城は両舷合わせて六本の魚雷を受けて完全に航行を停止した。
そして浸水の重みに耐えれなくなった赤城はゆっくりと傾き始める。もはや戦力にならないのは一目瞭然。
スカイレーダー隊は別の艦を狙い始めた。
「クソッ!!」
網城は己の不甲斐なさに涙が出てきた。
「俺はここまでの人間だというのか?!結城中将ならばあれくらい軽くあしらえるはずなのに・・・・・・」
「艦長!四時方向から雷撃機!!」
見張り員の悲鳴のような報告。
「取り舵!!」
網城はそう命令した。
雷撃機ならそれでよかった。だが見張り員は見間違えていた。そのスカイレーダーは噴進弾装備のものだったのだ。
「?!!」
気付いたときにはすべて手遅れであった。
網城の必死の操艦で命中したのは三発にとどまった。
だが吉野型対空巡洋艦は火力を重視しすぎるあまりにダメージコントロールの面では劣っていた。ミッドウェーで沈没した吉野はたった一機の航空機の体当たりで沈んだのだからお分かりいただけるはずだ。
つまり三発の噴進弾の被弾ですら空知は持ちこたえれなかった。
噴進弾によって発生した火災は甲板上のいたるところにある機銃の機銃弾を誘爆させた。そしてその衝撃は別の機銃弾の誘爆を誘い、遂には長一〇センチ砲弾の弾薬庫をも爆発させた。
空知はまるで戦艦が爆沈したこのような巨大な火柱を立てて沈んだ。
空知の喪失はすなわち第一航空艦隊の対空砲火の崩壊を示していた。
障害を取り払ったスカイレーダー隊は悠々と攻撃を続行。
第二次攻撃隊が去るころには赤城、瑞鶴、飛鷹、雲龍、葛城、阿蘇、高千穂の七隻の空母が撃沈されていた。
第一航空艦隊は壊滅していた。
だが結城 繁治は信濃艦橋で悠然としていた。
「八隻か・・・・・・まぁ、計算どおりかな?」
結城の声はまるで試験の自己採点と実際の点数を見比べる学生のようであった。
「さて、村田たちの凱歌を待つか・・・・・・」
「J群多数!!」
レーダー室からの報告にハルゼー艦隊は色めきたった。
「ようし、ベアキャットを上げろ!!」
ハルゼーは艦隊全部に響きかねない大声で命令。
その額は汗でグッショリと濡れている。
「ジャップめ・・・・・・勝つのは俺たちなんだよ!!」
「村田!行け!!ベアキャットは俺たちが抑える!!」
帝国海軍の第二次攻撃隊の烈風改隊をまとめる坂谷 茂中佐の声に村田は頭が下がる思いであった。
ここでの烈風改の奮戦は割愛させていただく。ただ流星隊にベアキャットを近付けなかった、とだけは書いておこう。
「ようし、お前ら!行くぞ!!」
村田たち二四二機の流星隊は一斉に高度を下げる。
全機が雷撃態勢で進撃を続ける。
「何?すべて雷撃機なのか?!」
ハルゼーもこの展開には驚いた。
「たしかに恐ろしい攻撃力です。ですが対空砲火を漸減できないために損害は甚大となり、かえって戦果はあがらないはずです。VT信管がある我が艦隊の防空網を抜けることなどありえません!我々は勝ったのです!!」
参謀長がそう断言する。
確かにその通りだ。
「おかしい・・・・・・」
ハルゼーの心中でなにかモヤモヤしたものが浮かんできた。
「こんな稚拙な攻撃でいいのか、ジャップ?!ガダルカナルを放棄し、マリアナやトラックであんな奇策を用いてきたのに、こんな攻撃で終わるのか、ジャップよ!!!」
その時、見張り員の報告が届く。
「ジャップのトーピード・ボマー(雷撃機)が魚雷を投下しました!!」
「何ィ!!」
流星隊とハルゼー艦隊は一番近くても一三〇〇〇メートルは離れている。何せまだ対空砲の射程にも入ってない位なのだから・・・・・・
「まさか・・・・・・」
そこでハルゼーは思いついた。
「おい、確かジャップは酸素魚雷を実用化していたような?」
「は、はい」
「あの雷撃機は酸素魚雷を搭載してやがった!!」
「!!」
そう、長射程の酸素魚雷で攻撃をする。そうすればVT信管なんぞ怖くはない。何せ届かないのだから。
「し、しかし回避すればいいじゃないですか。距離があるということは命中させにくいことに直結するんですから」
その時、再び見張り員の報告。
「ジャップの魚雷が方向を変えています!!」
「!!!!」
ハルゼーは周囲の空気が凍りつく音を聞いた。
「ナチだ・・・・・・」
誰かがかろうじてそう呟いた。
「ナチの音響追尾式魚雷だ・・・・・・ジャップの奴ら、酸素魚雷と音響追尾式魚雷を組み合わせて攻撃してきやがった・・・・・・」
ハルゼーはもう自分に余裕のかけらもないことを自覚していた。
ハルゼー艦隊に戦艦は二隻だけ随伴している。
アイオワ級戦艦のアイオワとウィスコンシンである。
アイオワ艦橋の指揮シートに腰掛けるウィリス・リー少将は帝国海軍の切り札を見て即断した。
「すまんな・・・・・・みんなの命を合衆国の勝利の為に捧げてくれ・・・・・・・・・・・・」
そう言うとリー指揮下の二隻の戦艦は全速力で輪形陣の隊列から離れていった。
「まさか!!」
ハルゼーの予想はあたっていた。
リーたちは自らを囮として空母を護ろうとしているのだ。二隻の戦艦の航行音で音響追尾式酸素魚雷を引き付けようと言うのだろう。
そしてそのリーの行動をみた護衛艦が我も我もと隊列から離れて囮になろうとしていた。
「や、やめろ!バカモノ!!」
ハルゼーの悲痛な叫び。だがリーたちにその声は届かない。
そして数十秒後。
リーたち囮部隊は二四〇本以上の魚雷の大半を受け止めて海底に消えていった。
帝国海軍の第二次攻撃隊が去ってから三〇分ほど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
豪胆が自慢のハルゼーもこの事態にはさすがにすぐには立ち直れない。
「な、何と言うことだ・・・・・・」
「て、提督・・・・・・被害の集計ができましたが・・・・・・」
「・・・・・・空母の損害だけ言ってくれ。護衛艦のは・・・・聞きたくない」
ハルゼーのその言葉は指揮官の責任を放棄するものだった。だが誰もそれを咎めようとしない。
戦艦、巡洋艦、駆逐艦・・・・・・合わせて二万以上の生命がわずか数分の間に消えていったのだ。
この光景を見せ付けられて平静を保てるほうがおかしい。
「はい。空母はエセックス級ではイントレピッドが航行不能、ハンコックが魚雷一本を受けましたが戦闘に支障はありません。インディペンデンス級ではラングレーが沈んだだけです」
その報告をする参謀の声も途中で震えがちになっている。
「そうか・・・・・・」
ハルゼーはただそれだけしか言えなかった。
「おい・・・・・・第三次攻撃隊の準備をしてくれ・・・・・・リーたちの仇を討つためにジャップの空母を今度こそすべて水葬にしてやるぞ」
参謀たちもその言葉に頷く。
だがそのハルゼーの決意は実行にうつされることはなかった。
「て、提督!!」
レーダー室からの悲鳴のような声。
「ジェ・・・・J群です!」
「数は?」
「一〇〇機ほどです!!」
「おい、ベアキャットはだせるか?」
ハルゼーの問いに航空参謀が答えた。
「ダメです・・・・・・先の迎撃戦での補給がまだ終わっていません!!」
「・・・・・・・・・・・・ま、まさか!!」
そこでハルゼーは閃いた。
先の音響追尾式酸素魚雷での攻撃は空母を狙ったものではないのではないのだろうか?
そう、奴らの目的は我々の出した第一次攻撃隊と同じ。つまり対空砲火の漸減・・・・・・
そうだ。ジャップは始めからリーたちがあのような行動をとることを計算していたのではないのだろうか?
奴らが第一次攻撃隊でピケット艦を叩いた理由。
それはこの第三次攻撃隊を知られないようにするため!!
ということはこの第三次攻撃隊の武器は何だ?
サムが半数として五〇機のグレイス(流星のコードネーム)で一一隻の空母を沈めれるのか?
「一体・・・・・・一体、何で攻撃するのだ、ジャップ?!」
「まったく・・・・・・こんな作戦を思いつくとはね・・・・・・」
帝国海軍が誇る「艦爆の神様」こと江草 隆繁中佐は半ば呆れ顔でそう呟いた。
結城の立案した作戦。
その概要はハルゼーの想像とほぼ同一であった。
「誰でも英雄になりたいという願望はある。それを満たすためにその身を捨てて空母を護るだろうさ・・・・・・」
この作戦を村田や江草といった攻撃隊の指揮官に話した時、結城はそう言っていた。
「恐ろしい人だな」
江草は結城をそう評した。人間心理すら利用しようとする。まさに「蠅の王」の名にふさわしい外道作戦。
そしてそのツメを担当するのが江草たちであった。
迎撃のベアキャットは三〇機もいない。これなら烈風改隊の護衛の下、一機も欠けることなく攻撃できるだろう。
「ようし、全機高度六〇〇〇のまま直進だ!!」
「高度を下げない・・・・・・?魚雷ではないのか・・・・・・」
そしてハルゼーは見た。流星隊が腹下に抱えた巨大な爆弾を次々と投下していくのを。
おそらくその重量は二〇〇〇ポンドはあるだろう。
そうだ。ハルゼーの予想は再び当たった。この爆弾は長門型戦艦の主砲弾を転用したもので、様々な装置を付けた結果、重量は一トンとなっている。
「?!」
ハルゼーは信じられないものを見た。流星の投下した爆弾がコースを微妙に変えながら必中コースを落ちてくるのだ。
「またヒトラーの遺産か・・・・・・」
ハルゼーも報告でなら聞いている。ドイツの誘導爆弾の存在を。
だが帝国の名誉のために言うならこの兵器はドイツは関係ない。あの異才寺西 肇の開発していた兵器というのがこれなのだ。これぞ帝国海軍最後の切り札である「ケ号兵器」である。ちなみに「ケ号」の「ケ」とは「決戦」の頭文字だ。
ドイツの誘導爆弾は母機からの無線誘導で動くがこの爆弾は目標艦の発する赤外線を探知して動くのだ。つまり一度投下したらあとはその爆弾任せというわけ。これなら母機も安全でしかも確実だ。誘導装置さえまともなら。
このまともな誘導装置の開発に寺西は苦労した。だが苦労の甲斐はあった。江草たちの投下した赤外線探知式誘導爆弾はほとんど全発が米空母に命中した。
高度六〇〇〇から投下されたこの赤外線探知式誘導爆弾は魚雷五本に爆弾五発を受けても沈まない頑強なエセックス級空母の装甲を易々と貫き、竜骨すらへし折った。
竜骨を折られてはさしものエセックス級空母もひとたまりもない。ましてやエセックス級よりも防御に劣るインディペンデンス級に至っては・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ハワイ真珠湾にある合衆国海軍太平洋艦隊司令部。
太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将は一日千秋の思いでハルゼー艦隊からの報告を待っていた。無論、勝利の報告である。
カチャ
ドアが開く。
そしてレイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将が入室してきた。
「やあ、レイ」
ニミッツは気さくに声をかける。マリアナで失敗したスプルーアンスであるがニミッツの必死の運動のおかげで予備役編入は免れて太平洋艦隊参謀長を務めているのだ。
だがニミッツはすぐさま表情を変える。スプルーアンスの表情から察するに・・・・・・
「負けたのか?我が軍は?」
スプルーアンスその問いに答えようと口を開こうとする。だが決心がつかないのかすぐに口を閉ざす。
「どうしたのだ?」
意を決したスプルーアンスがようやく重い沈黙を破った。
「負けました・・・・・・それも大敗です。ハルゼー艦隊は全艦艇の八割を撃沈されました。空母に至っては正確に全隻が撃沈されました・・・・・・ハルゼー提督も戦死なされたようです・・・・・・・・・・・・」
補記:実在の誘導弾「ケ号」
今回のトラック沖海戦の決着をつけた赤外線探知式誘導爆弾「ケ号」であるが、史実でも実在である。
史実では「自動吸着爆弾」として陸軍が開発しており、長さ三メートル、直径五〇センチ、小型魚雷の中央から四枚の翼を十字型に突き出したような形をしていた。
この「自動吸着爆弾」は炸薬が六〇〇キロもあり、単純計算だが九九艦爆六機分の破壊力を秘めいていることになる。
史実では四〇〇名もの技術者が必死になって誘導装置を開発した。
その結果、何とかモノになると結論付けた陸軍は、七〇〇発ものケ号生産を指示。
完成の予定は昭和二〇年一〇月のことであった・・・・・・
この世界では結城 繁治の手により開発は海軍主導で、史実以上の予算でケ号の開発は進められている。
また、寺西技師という史実にないファクターの影響で実用化も早まっている。
ただしこの世界のケ号は史実のそれよりも小型であり、長門型戦艦の徹甲弾を転用して製作されている。
これは流星に搭載させるためにとられた特別処置であり、試作で造られた五一センチ砲戦艦の主砲弾を転用した重爆用の二トン級ケ号も開発されている。(出てこなかったけど)