眞鐵の随人
第四章 南太平洋を血に染めて・・・・


 ガダルカナル島の一大航空要塞とも言えた「ソロモンの不沈空母」ヘンダーソン飛行場は比叡、榛名を中核とした戦艦部隊の砲撃により壊滅し、ヘンダーソンは著しくその戦力を低下させた。
 そう、一時的にではあるがガ島周辺の制空権を握ることに日本軍は成功したのである。
 日本軍はそれを好機とばかりに連合艦隊の主力をガダルカナル近海へ進出させて制海権も奪い取り、一気に同島の制圧を図ろうとする。
 対する米軍も全空母を投入して日本軍の反撃を喰い止めるべく出撃した。
 こうしてニューギニア方面の戦況を大きく揺るがせる事になる「南太平洋海戦」の幕は上がっていく・・・・・・

 ・・・・・・四方を見回しても海ばかり、と言うのはいささか疲れるものである。
 何の変化もない景色を見続けていると自分の集中力が低下していくのがわかってしまう。
 イカン、イカンぞ!
 内心でそう思った手塚三等飛行兵曹は頭を振って雑念を追い払い、再び任務に精励する。
 そう、彼の任務は付近に出現しているハズの敵機動部隊を発見することである。つまりは偵察機の後部の偵察員が彼の職種である。
 「おい、手塚。何も見えないか?」
 前席で操縦士を担当している大山二等飛行兵曹が手塚に尋ねた。
 「はい・・・・・・あいにくまだ・・・・・・」
 「燃料はまだ持つから目を皿のようにして探してくれよ」
 「はい・・・・・・」
 手塚は再び視線を南太平洋の紺碧の海に戻した。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ふいに手塚はあるモノに気付いた。
 紺碧の海面に走る白い線・・・・・・間違いない。あれは軍艦の航跡!それも太さから言って一万トン以上の大型艦のものだ!!
 「機長、七時方向に航跡!」
 「何?!」
 大山が機首をその航跡があると思われる方向に向ける。そして彼もその航跡を認め・・・・・・
 「まちがいない・・・・・・米機動部隊だ・・・・・・」
 甲板が平らになった軍艦が四隻見受けられた。つまりは四隻の空母がいる。護衛の艦にいたっては数えることすらバカバカしくなるほどの数だ。
 「手塚、報告電をいれろ!」
 「やってます!」
 相棒の機転の早さに大山は感激していた。持つべきものは優秀な相棒・・・・・・・
 「手塚、首をしっかり押さえてろ!!」
 そして彼は愛機を急降下させる。
 手塚は何事か、と後方を見上げた。するとそこには青く塗装された戦闘機がいた。我が軍の主力艦上戦闘機たる零式艦上戦闘機などとは比べ物にならないくらいにまるまると太った機体。美の欠片もない角張った主翼。およそ美とは無縁の機体に見えるがそれだけにその信頼性と生産性の高さはバカにできない。米海軍の主力艦上戦闘機F4F ワイルドキャットである。
 F4Fがその名のとおりの山猫のような勢いで迫ってきていた。
 ・・・・・・だが大山機とF4Fとの距離は縮まらない。それどころか逆に引き離されていた。
 「敵機、振り切りました!」
 手塚の報告に大山はホゥ、と安堵の息を漏らした。
 「なんとか虎口から脱した訳だな」
 「しかしこの二式艦偵の速度はすごいですね。F4Fを完全に振り切るとは・・・・・・」手塚が暗号無電を作成しながら愛機を褒める。
 「最高時速が三〇〇ノット近くだからな。零戦よりも早い」大山の声も自然と弾んでくる。
 彼等の愛機は空技廠開発の新型艦偵、二式艦上偵察機である。ドイツのダイムラーベンツ社から輸入した液冷エンジンをコピーした愛知航空機の熱田二一型 一二〇〇馬力を搭載し、最高速度が五三〇キロ以上という零戦よりも速い偵察機である。奇襲を受けなければF4Fに撃墜されることはない。F4Fの最高速度が五三一キロだからだ。
 こうして大山たちの入手した情報は暗号無電に乗って彼方の母艦にまで持ち帰られていった・・・・・・

 「空母四隻か・・・・・・」
 報告電を読んだ南雲は迷うことはなかった。
 「すべて沈めてやるわ・・・・・・」
 南雲は怒鳴った。
 「第一次攻撃隊発艦準備!!」
 こうして第一航空艦隊の主力空母六隻は発艦作業に追われることになった。赤城の、飛龍の、翔鶴の、瑞鶴の、隼鷹の、飛鷹のエレベーターから第一次攻撃隊が飛行甲板に上げられていく。
 そして次々と甲板を蹴って大空に飛翔していく第一次攻撃隊。
 それらの作業がわずか一五分で終わったのだ。その第一次攻撃隊の並々ならぬ決意は作業能率を飛躍的に向上させて合計六〇機の銀翼の猛禽を飛び立たせた・・・・・・
 そして・・・・・・
 「続いて第二次攻撃隊発艦準備にかかれ!!」
 南雲の声が赤城に木霊した。

 「敵機動部隊発見」
 この報は米艦隊にも入ってきた。
 偵察にまわしていたSBD ドーントレスが攻撃隊発艦中の敵機動部隊を発見したのだった。そのドーントレスは機動部隊発見の無電を打った後に消息を絶った。おそらくは撃墜されたのだろう。
 米艦隊の指揮官であるトーマス・キンケイドは胸の前で十字を切った。戦死したドーントレスの乗員を弔うために・・・・・・
 だがここでキンケイドは決断を迫られていた。
 敵は既に攻撃隊を上げたという。そうすればものの数時間で文字通り艦隊は「エライ事」になる。不幸にもこちらの主力艦戦のF4F ワイルドキャットと敵のジーク(零戦の米軍呼称)ではこちらのほうが分が悪い。機動部隊攻撃を一事断念して迎撃に尽くすべきではないだろうか?そして敵攻撃隊を壊滅させてからゆっくり反撃すべきではないだろうか・・・・・・
 キンケイドは本来は砲術を専攻しており、空母機動部隊の指揮は始めてである。米軍は致命的に機動部隊運用に長けた人物が少なかった。ハルゼーはヌーメアで全体の指揮を執らねばならず、動けない。もう一人の機動部隊指揮の達人であるフランク・フレッチャーはミッドウェーで旗艦ヨークタウンと運命を共にした。本来ならばフレッチャーが指揮を執るべきなのに・・・・・・
 「ジャップは大変なときにフレッチャーを殺してくれたよ・・・・・・」
 そう呟いたキンケイドであった。だが彼は自らの奇策を捨てて、正攻法で行くことにした。迷ってはいれない。ハルゼー曰く、「航空戦は巧遅よりも拙速の方が重要である」。
 そうだ、ならば迷ってはおれまい!
 「攻撃隊発進準備!!」
 キンケイドは決断した。

 「お?!」
 第一次攻撃隊隊長である空母赤城所属の坂谷 茂少佐は右下方に米軍の攻撃隊がすれ違うのを見た。
 攻撃するか・・・・・・
 一瞬坂谷は誘惑に駆られた。幸い米軍は気付いた風はない。今なら完全な奇襲が可能だ。上手くいけば全体の六割から七割は食えるかもしれない。
 「いいや、いかんぞ、坂谷」
 坂谷はそう自分に言い聞かせた。頭をブンブン振る。そうすればすっきりした気分になった。
 坂谷機を隊長とする第一次攻撃隊六〇機の精鋭は米攻撃隊が迫ることを母艦に報告しただけでその攻撃隊に手出しする事無く米機動部隊を目指してまっすぐ飛び続けた・・・・・・

 「J群(日本機群)多数!」
 レーダー室からの報告を聞いたキンケイドはあらかじめ上げておいた直援隊の五〇機のF4Fを攻撃隊のほうに向かわせた。
 敵攻撃隊は六〇機程度だという報告もある。
 半数が戦闘機としてもジークは三〇機。
 数で勝ればなんとか太刀打ちできるはずだ、とキンケイドは踏んでいる。
 なんとかなりそうだな・・・・・・
 キンケイドはホッと胸を撫で下ろした。

 「ふん・・・・・・F4Fか」
 坂谷は眼下に見えるF4Fを睨みつけた。高度は我々のほうが高い。空戦は高度を稼いでおけば大概は勝てる。高度を稼ぐのは運動エネルギーを豊富に持てるのと同意だからだ。
 「さて、行くか」
 坂谷は手旗信号でそれを編隊に伝えると愛機の零戦を稲妻の如く急降下させた。
 照準機に写るF4Fが見る見るうちに大きくなる。
 「もらった」
 坂谷は機銃発射把柄を力強く握った。
 ドドドドドドド
 両翼二丁の二〇ミリ機関砲と機首二丁の七.七ミリ機銃が唸り、曳航弾がF4Fに吸い込まれていくのを坂谷は確認した。曳航弾が吸い込まれる。それはすなわち命中を意味している。
 おそらく二〇ミリ弾が炸裂したのだろう。F4Fは翼をへし折られて墜落する。撃墜。南無阿弥陀仏・・・・・・坂谷は心の中で経を唱えた。戦争さえなければこのような南太平洋の空に散華することもなかったろうに。だがこれは戦争なのだ。戦争に情けは無用。機械のように何も考えずに人を殺し続けなければならない。機械になりきれれば生き残れる。それが戦争であった・・・・・・
 
 米艦隊上空を守る直援隊の一人のバート少尉は零戦に追われていた。
 バート少尉はF4Fを必死で操って零戦の機銃弾を何とかかわし続けている。
 「クソッ、この黄色い猿野郎が!!」
 キャノピーのすぐ横を曳航弾が掠める。あと数十センチずれていたらバート少尉はキャノピーを貫いてコクピットに乱入してきた機銃弾に挽き肉にされるところであった。バートは己の幸運を神に感謝した。
 零戦は次の一撃をかけようとする。
 だがそれは永久にできなかった。零戦は爆発した。
 「大丈夫か、バート?」
 レシーバーから流れる声に思わずバートは毒づいた。
 「バカヤロー!もっと早く攻撃しろ!!オトリになる方は生きた心地がしないんだぞ!!」
 「いやすまん、すまん・・・・・・しかしウィーブは有効的だな」
 「バーロー!もっと速度の速い機体でないとだめだよ。F4Fじゃジークの攻撃をよけきれないことの方が多いよ・・・・・・」
 米軍の使うF4Fは零戦に比べて防弾性能以外のすべてが劣っていた。それでも戦い続けなければならない米軍は考えた。ジークに有効な戦法を。
 その答えがバート少尉らの機動であった。
 一機がオトリとなってジークの注意を引き付けてる間に別の機体が後ろから奇襲をかけるというもの。極めて単純な戦法。だがそれだけに誰にでも使えた。故に脅威度はかなり高いと言えた・・・・・・
 この戦法を考案者の名を取って「サッチ・ウィーブ」と言う。
 だがその新戦法をもってしても制空権は日本軍が握りつつあった。何故なら・・・・・・

 直援隊隊長のクリフォード少佐はふいに気付いた。
 ヴァル(九九艦爆の米群呼称)やケイト(九七艦攻の米軍呼称)は何処にいる・・・・・・
 ここらにはジークしかいないぞ?ヴァルやケイトは何処に隠れたのだ?まさかニンジャの使う怪しげなニンポーとかいうマジックか?!
 そんなわけはない。
 そう、ジャップは初めから戦闘機だけで第一次攻撃隊を編成したのだ。
 何故?
 決まっている。直援隊の戦闘機を漸減する為・・・・・・
 ということは我々は五〇機のF4Fで六〇機のジークに挑んでいるのか?!
 質でも負けて、数でも負けている・・・・・・
 クリフォードは戦慄した。
 そしてそれがクリフォードの最後となった。
 零戦にかぶられたクリフォードのF4Fは二〇ミリと七.七ミリの二種類の機銃弾に乱打され・・・・・・墜落した。クリフォード少佐は二〇ミリ弾を腹に受けた。内蔵がバラバラに砕け・・・・・・少佐は一気に冥界へと旅立った。
 そしてこのクリフォードの戦死は米軍の直援隊崩壊のプレリュードとなった・・・・・・

 制空戦が始まって三〇分もしたころ、キンケイドは愕然としていた。
 「バカな・・・・・・私は・・・・・・」
 後が継げない。それは余りに酷な運命。
 もはや直援隊は二〇機を下回っていた。ジークのほうはまだ四〇機以上が乱舞している。
 しかもレーダー室の報告によると敵の第二次攻撃隊が迫ってきているという。
 対空砲火だけで敵の攻撃を凌ぐ・・・・・・それは余りに難しい。普通、攻撃隊の損害は大半が直援の戦闘機からのものだ。無論対空砲火も侮れないものがあるのだが・・・・・・
 直援隊は崩壊した。
 その状態で日本の、しかも世界でもトップクラス、そうドイツのシュツーカよりも遥かに高い命中率を誇るヴァルや海面を這うように突き進むケイトの猛攻から艦隊を守らねばならない。
 キンケイドは早くも負けを確信していた。そしてその後は査問会、予備役のお決まりのコース。私の誇りも名誉も実績もすべてが水泡に帰す・・・・・・
 だが彼は先に放っておいた攻撃隊の戦果に一縷の望みをかけた。攻撃隊が戦果を挙げれば言い訳が立つ。予備役編入を免れれそうだ。頼む、頼むからジャップの空母を沈めてくれ!!キンケイドは真摯に祈った。

 日本海軍の第二次攻撃隊の指揮官は村田 重治少佐であった。
 彼は「雷撃の神様」と呼ばれるほどの熟練搭乗員であった。
 彼は攻撃隊の先頭を切って九九艦爆隊が突進していくのを見た。
 彼等の投弾で空母の甲板に大穴を開け空母をただの鉄の箱にし、村田達九七艦攻隊がトドメの魚雷をぶち込むのだ。
 だがその分九九艦爆隊は敵の対空砲火に真っ先に突っ込む形となる。その勇気はたいしたものだ。村田は頭が下がる思いでその艦爆隊を見つめていた。

 九九艦爆隊の隊長は江草 隆繁少佐である。
 村田が「雷撃の神様」ならば江草は「降爆の神様」であった。
 彼は空母に狙いを定めた。急降下に移る。
 愛機である愛知飛行機 九九式艦上爆撃機は時代に逆らうかのような固定脚の機体である。零戦や九七艦攻のように脚を引き込み式にしないのはその方が機体の強度が稼げるからである。九九艦爆は紛れもない最新鋭の技術で造られた傑作艦爆である。
 急降下によるGで江草は体を操縦席に押し付けられる。並みの心臓のものならそれだけで失神するだろう。しかも眼下の敵艦は実弾を撃ってきているのだ。その恐怖は幾倍にも膨れ上がる。
 僚機が火に包まれる。敵の高角砲弾の直撃を受けたのだ。
 「敵は取ってやるぞ・・・・・・」
 江草の決意は固い。
 そして高度二五〇メートルで投弾する。普通、急降下爆撃は高度六〇〇メートル程度で引き起こす。熟練搭乗員でも三〇〇メートルで投弾する。二五〇での投弾は江草が「降爆の神様」と呼ばれる面目躍如である。
 そしてその腹下に大事に抱かれていた二五〇キロ爆弾は敵艦に見事に命中した。敵空母が炎に包まれた。
 僚機も投弾に成功したようだ。少なくとも江草は四発が命中したのを確認した。記憶が確かならその空母はホーネット。ホーネットはもはや空母ではなかった。燃え盛る鋼鉄の箱でしかなかった・・・・・・

 だが米軍も遊んでいたわけではない。
 米軍の対空砲火も凄まじかった。
 アトランタ級軽巡は重巡並の排水量に一六門の高角砲に二二門の機銃を満載した艦である。イメージ的には日本軍の吉野に近いであろう。だがその生産性の高さは吉野の比ではない。その砲火は本当に凄まじかった。キンケイド艦隊に四隻も配属されていた同軽巡は九九艦爆隊や九七艦攻隊を次々と撃ち落していた。
 また戦艦サウスダコタも恐ろしい存在であった。四〇センチ砲を九門も搭載した強力な最新鋭艦であるが何よりも空母の護衛を前提に造られたのだろう、高角砲一六門に機銃が四十門の対空砲火の充実ぶりである。防弾装備の薄い日本機には脅威以外の何者でもない。
 だが日本軍は怯まなかった。

 「野郎・・・・・・」
 村田は殺意に満ちた視線をサウスダコタに送る。その眼光は鋭く、それだけで撃沈できそうなほどである。
 だが村田は戦艦如きに大事な魚雷を使うつもりはなかった。目標はあくまで空母。戦艦はもはや主力艦ではない。少なくとも村田達航空屋にとって戦艦と言えども補助艦艇にすぎなかった。
 江草たち艦爆隊の活躍で炎上した空母は三隻である。
 ヨークタウン級二隻(エンタープライズ、ホーネット)に本来は大西洋にいるはずの軽空母レンジャーである。レンジャーは防御力に難のある空母で爆弾を五発受けただけですでに傾いていた。トドメを指すまでもなく沈没しそうだ。レキシントン級の一隻(サラトガ)は命中が一発だったので火災は沈下したようだった。
 村田たちの狙いは無論、手負いのヨークタウン級である。
 中でも村田は狙いをエンタープライズに絞り込んだ。
 「行くぜ!!」
 元々低かった村田機の高度が益々低くなる。
 高度八メートル。
 少しでも高い波があればたちまち巻き込まれて村田機は墜落する。だがその低さ故に敵の対空砲火も当たりにくくなるのも事実。村田は後ろを見て僚機がついてきてるかを確認する。
 すると一機が海面に突っ込んだ。この海戦が初陣の真田一等飛行兵の九七艦攻だ。
 ・・・・・・初陣には無理だったのか・・・・・・
 だがこうしなければ対空砲火に撃墜される。これはこの低空飛行は必要なのだ!
 「よーい・・・・・・」
 村田は機首をエンタープライズに向ける。
 そして這うように突進。そして肉迫し・・・・・・
 「てッ!!」
 ガクンと音がして九七艦攻が後生大事に抱いていた八〇〇キロの重量を誇る九三式航空魚雷改三型が放たれた。急に身軽になった九七艦攻がフワリと浮き上がろうとする。村田は全力でそれを押さえてエンタープライズ衝突ギリギリの高度で反対側に駆け抜けた。
 そしてエンタープライズに三本の水柱が立った。
 ガクリと行き足を遅くするエンタープライズ。そしてさらにもう一発が命中する。命中魚雷四本。爆弾の命中が無くとも致命傷であった。

 そして村田達が投弾を終えたころに第三次攻撃隊がやってきた。そして残り三隻の空母にトドメを刺すべく突撃を開始した。
 空母ホーネットは奮戦し、命中魚雷は二本ですんだ。だがその内の一発は艦尾を直撃し、スクリューをへし折った。これにより航行不能に追い込まれたホーネットにさらにまだ投弾していない九七艦攻が襲い掛かる。結果、合計五本が命中しホーネットは総員退艦の命令が発せられる前に転覆し沈没を開始した。
 レンジャーは一本と命中した魚雷の数は少なかったが元々満身創痍であっただけに介錯的な意味が強い一発であった。レンジャーは燃料タンクの誘爆を起こして艦体を三つに裂かれながら沈没していった・・・・・・
 サラトガは魚雷が二本命中したが一発は何と不発であったためと元々巡洋戦艦として起工された為に持っていた高い防御力故に助かっていた。
 また必死に艦隊を守ろうとしたアトランタ級軽巡は四隻中二隻が沈められて、一隻が航行不能になっている。おそらくは処分するしかないだろう。これは如何にアトランタ級軽巡が奮戦したかを示す一種のバロメーターであった。
 そして戦艦サウスダコタも爆弾七発、魚雷三本を受けている。戦艦の高い防御力のおかげで沈没はなさそうだが度重なる爆弾による被弾で甲板上は地獄絵図のようであった。
 だがこのような奮戦も虚しく、この攻撃で米軍は四隻の空母のうち三隻を沈められて一隻を中破にされた。この瞬間に米軍は稼動空母がなくなったのである・・・・・・

 一方、キンケイドがあらかじめ送り込んだ攻撃隊はどうなったのか。
 それをこれから記述しよう。

 第一次攻撃隊からの通報で敵攻撃隊の存在は知っていた。
 だが何時、どの方向から来るのかまではわからなかった。
 そしてそれを発見したのは人間でなく電子の眼であった。
 空母翔鶴は珊瑚海海戦で損傷を受けた際に修理と平行して電探を設置しておいたのだ。その翔鶴の電探が役に立った。
 日本艦隊の直援隊が米攻撃隊に襲いかかった。
 米軍は戦闘機だけを送り込んでいない。艦爆や雷撃機も混在している通常編成の攻撃隊だ。だがその数は尋常でなかった。
 キンケイドはなんと二五〇機もの数の攻撃隊を一気に叩きつけていた。これはキンケイドが機動部隊の指揮を執ったことがない為に起きた錯誤であった。
 この航空戦の定石を無視した戦いを強いられた日本軍は奮戦した。
 だが直援の零戦は八〇機しかいない。残りの零戦はすべて第二次、第三次攻撃隊に回したのだ。
 零戦隊は母艦を守るべく奮戦した。
 少なくとも同数異常の敵機を落として見せたのだからその奮戦ぶりには拍手を送るべきだろう。
 だがまだ一五〇機以上の攻撃隊が残っていた・・・・・・

 「ようやく出番が来ましたよ、ってか!」
 嬉しそうに笑う大男。彼こそが結城の義兄にして吉野型対空巡洋艦二番艦九頭竜の艦長、熊田 昭彦大佐であった。
 熊田大佐は身長一八四センチ、体重ちょうど一〇〇キロの巨漢である。そしてその性格も見た目通りの豪放磊落を地で行くタイプだ。
 「義弟の造った吉野型が本当にすごいか試すとするか・・・・・・」
 そう呟くと熊田は大きく息を吸い込んで、伝声管を通さなくても艦内に響き渡るほどの大声で命令を伝えた。
 「対空戦闘用意!!」
 九頭竜の機銃や高角砲が一斉に敵攻撃隊を指向し始めた・・・・・・

 「義兄さんも張り切るなぁ・・・・・・」
 吉野型一番艦吉野艦長の結城 繁治大佐はそう呟いた。
 おっとりとした結城の声は緊張感で一杯一杯になりかけている艦橋要員の気を和ませるに充分であった。
 「さてこちらも妹に負けるわけにはいかんぞ。総員の奮戦を期待する、対空戦闘用意」
 吉野副長の網城 雄介中佐はクスッと笑いながら言った。
 「艦長、我が海軍では軍艦は男ですよ。妹でなくて弟ですよ」
 結城も笑顔で返した。
 「我が海軍が師と仰ぐ英海軍では女性さ。我々も原点に返ってみるのもいいかもな」
 結城が軽口を叩いている間に敵攻撃隊は射程内に入っていた。普通、最大射程での攻撃はそうそう当たるものではない。だが今は少しでも撃墜できる可能性があるならば何でもやるべきであった。故に結城は命じた。
 「撃ち方始め!」

 吉野が再び吼えた。ミッドウェー以来のその咆哮は米海軍の攻撃隊に文字通りの弾幕となって行く手を阻む。だが米軍も怯みはしない。まっすぐに空母に向けて直進してきた!
 一機のSBD ドーントレスが長一〇センチの直撃を受けて木端微塵に四散する。
 また別のドーントレスは片翼をもぎ取られた。そして失速し、無論、墜落する・・・・・・
 吉野は「眞鐵の随人」としての役目を存分に果たしていた。

 吉野が誇る機銃手の内藤兵曹長は黙々と機銃のペダルを踏み込んでボフォース社からライセンスを買い取って生産した一式四〇ミリ対空機関砲を乱射・・・・いや狙撃した。
 内藤の射撃技術はそれほどに高い。
 その正確無比な射撃で次々とドーントレスを撃墜する。
 「機銃、低空からの雷撃機を優先しろ!」
 耳につけているイヤホンから砲術長の高井 次郎少佐の声が響く。・・・・・・吉野の機銃員には全員にイヤホンが配られている。そうでもしないと対空戦闘時の騒音で何も聞こえなくなるからだ。三二門の長一〇センチ砲と二五ミリ六〇門、四〇ミリ四〇門の一斉射撃は下手しなくても難聴になりかねない高ピッチの大音量となる・・・・・・
 内藤は黙って低空を侵攻する雷撃機に狙いをつける。見たことのない機だ。それに速度が速い。我が方の九七艦攻よりも速いだろう。新型であることは疑い様がなかった。
 その機体はグラマン社のTBF アベンジャー。ミッドウェーで大損害を受けたTBD デバステーターの後継機である。二〇〇〇馬力級エンジンを搭載した強力な新鋭雷撃機である。九七艦攻の二倍のエンジン出力は伊達ではなかった。既に母艦の四分の三を沈められているアベンジャー隊はその名のとおりの復讐者として日本海軍に襲い掛かった!
 だが内藤には新鋭機であろうと旧式機であろうと関係なかった。彼はその愛用の四〇ミリを使って敵を落とす。それだけであった・・・・・・
 さすがの新鋭機アベンジャーも四〇ミリの直撃には耐えられない。コクピットを貫かれたアベンジャーはコントロールを完全に失って海面に突っ込んだ。
 内藤はニコリともせずにただ憮然と機関砲を操り続けた・・・・・・

 「アンダーソン、こりゃ、またあのジャップのアンチエアークルーザーだぜ!」
 後席のサミュエル・ガルシア少尉の上ずった声が聞こえる。操縦席のロバート・アンダーソン少尉は、
 「それがどうした!やるしかないのよ!!」
 そう告げて悪魔のような対空砲火を打ち続ける吉野に向けて急降下を開始した。
 「野郎・・・・ミッドウェーで散った仲間の仇・・・・討たせてもらうぜ!!」

 「敵機急降下ぁー」
 見張り員の絶叫が吉野に木霊する。
 だが結城は落ち着き払っていた。
 「面舵一五度」
 彼はそれだけ呟いた。

 「シット!かわされた!!」
 ガルシアの声が聞こえる。アンダーソンは信じられない思いであった。
 「あれは必中のコースだったのに・・・・・・あれをかわすとは・・・・・・クッ、今回は俺の負けか・・・・・・」
 その時長一〇センチ砲弾が近くで炸裂する。
 幸い多少被害を受けたがアンダーソン機はまだ飛べる。
 だがアンダーソンは自分が生きて帰れる自信は既に喪失していた・・・・・・

 「投弾し終えた敵機を追う必要はない。次のを狙え!」
 それが高井の基本方針であった。幸いまだ吉野の弾幕を突破した敵機はいない。どうやら敵機は艦隊の輪形陣の反対側に回って攻撃を仕掛けに行くようだ。吉野の射程ギリギリのところで敵編隊が迂回していく。
 「ふっ・・・・米軍よ、そっちに行っても無駄なのにな・・・・・・」
 高井の眼光には憐れみすら混じっていた・・・・・・

 「お?!こっちに来たか?」
 九頭竜艦長の熊田は嬉しそうに言った。その表情は満面の笑みのように見える。
 「さて、本分を発揮するか!」
 熊田が幸せそうに言う。戦いを生き甲斐にしているようである。まぁ、事実そうなのだが・・・・・・
 「撃ち方始め!!」
 今度は九頭竜が吼える番であった!

 「くそっ、二番艦か!!」
 攻撃隊のあるドーントレスパイロットの声がレシーバーから聞こえる。誰の声かは確かめ様がない。何故ならそのすぐ後に撃墜されたのだろう。レシーバーから一瞬、爆発音が響いたかと思うとノイズだらけになったからだ。そして九頭竜に撃墜された攻撃隊はかなりの数になったからだ・・・・・・
 九頭竜の射撃は艦長の性格のように豪快であった。そして九頭竜は回避をほとんどしようとしなかった。あくまで射線を維持し続けた。そして回避するであろう未来位置に向けて放たれた爆弾や魚雷はすべてあたらなかった。
 「先の読みすぎだ、バカモンが!」
 熊田がガハハハハハと豪快に笑う。
 「さぁ、落として落として落としまくれい!!」
 熊田が豪気に発破をかけた。

 「すごいな・・・・これは」
 旗艦赤城艦橋で南雲は呟いた。
 艦隊の陣形は主力艦(すなわち空母)を中心とし、その周りを戦艦や巡洋艦、駆逐艦で固めたいわゆる輪形陣を採っており、その右端と左端にそれぞれ吉野と九頭竜を配置している。
 また吉野の簡易生産版とも言える対空駆逐艦秋月型の奮戦も目覚しかった。秋月は長一〇センチ砲八門、四〇ミリ機銃十門強武装を誇るのである。そしてそれらの凄まじいまでの対空射撃で米軍の攻撃隊の大半は阻まれている。
 たまに何機かが突入に成功するが二、三機程度の少数機でしかなくそのせっかく攻撃も各空母の艦長の操艦術で回避されている。すでに攻撃の六割以上は凌ぎきっていた。
 「もしかすると日本海の東郷さん並の大戦果を挙げることになるやも知れんな・・・・・・」
 自分があの日本海海戦でバルチック艦隊相手に完勝した東郷 平八郎元帥と同格に・・・・・・
 そう思うと南雲の表情も自然と緩んできた。
 だが現実はそんなに甘くなかった。
 飛龍が被弾したのだった・・・・・・

 「しまった・・・・・・」
 結城と熊田が同時に呟いた。
 基本的に艦船、しかも一万トン以上の大型艦ともなれば撃沈するには魚雷が必要である。しかも相手は新型の雷撃機を投入してきた。
 だから結城と熊田は優先的にアベンジャーを落としていた。
 だがそれだけにドーントレスへの射撃が薄くなってしまったのも事実であった。それにドーントレス隊は艦隊の正面や後背から突入してきた。命中率は舷側から攻撃を仕掛けた際に比べて下がるものの吉野や九頭竜の対空砲火を受けない分安全であった。
 飛龍の被弾はそう言った事情が絡んでいた。
 また被害は飛龍だけに止まらなかった。
 次いで被弾したのは飛鷹であった。
 客船改造の空母である飛鷹の防御力は飛龍などに比べてかなり劣る。その飛鷹が被弾したのである。たちまち炎に包まれる飛鷹。
 またその次は翔鶴であった。翔鶴はエレベーターに直撃を喰らい、エレベーターが完全に倒壊してしまった。沈没はないだろうが修理にかなりの期間を要しそうだ。
 被弾した三隻は紅蓮の炎に艦体を焼かれながらもまだ沈むことはなかった。ミッドウェーでの格納庫の誘爆のような不幸な事体や何十発も叩きつけられる事がなければ防御が脆弱と言われがちな空母も沈むことはなかった。ただし空母としての機能は失うが・・・・・・
 
 結局、米軍の反撃もここまでであった。
 こうしてガダルカナルを巡って日米双方の主力機動部隊が正面からぶつかり合った「南太平洋海戦」は・・・・・・
 日本海軍沈没艦:重巡鈴谷、駆逐艦四隻
 日本海軍損傷艦:大破空母飛龍、飛鷹。中破空母翔鶴。空母以外の損傷艦は雷撃処分。
 米海軍沈没艦:空母エンタープライズ、ホーネット、レンジャー、軽巡洋艦アトランタ、サン・ディエゴ、サン・ファン、駆逐艦二隻
 米海軍損傷艦:大破、戦艦サウスダコタ、中破空母サラトガ、重巡洋艦ミネアポリス、軽巡洋艦ジュノー
 となっており、一見すると日本軍の大勝に見える。だが航空隊の損失を見てみると・・・・・・
 日本海軍参加航空兵力:零戦一六二機中帰還した機、一一二機。九九艦爆一一三機中帰還した機、四七機。九七艦攻一一二機中帰還した機、五六機・・・・・・
 米海軍参加航空兵力:F4F一二〇機中帰還した機、七二機。SBD一三五機中帰還した機、八一機。TBF五六機中帰還した機一三機・・・・・・
 と日本海軍の艦爆と艦攻は五割が失われたことになる。
 無論米軍もかなりの痛手を被ったが、前にも書いたとおりに回復力が違いすぎるのだ。この為、日本海軍は勝ったにもかかわらずしばらく機動部隊は出撃できなくなってしまった・・・・・・
 ともあれガ島周辺の制海権を奪うことに成功したのは事実であった。

 ヌーメアのハルゼーはキンケイド敗退の報を聞いた際に大方の予想とは違い怒りに任せて暴れ狂うことをしなかった。
 彼はすぐさま副官を呼び寄せるとこう命令した。
 「今すぐ掻き集めれる輸送船・・・・・・いやすべての外洋航行可能な艦を用意するようにニミッツ長官に陳情してくれ・・・・・・」
 「ハッ、増援の要請ですね?」
 副官の言葉を聞いたハルゼーは初めて怒りを顕わにした。
 「バカモン!制海権に制空権も失って勝てるものか!!撤退だ・・・・ガダルカナル島から全軍を撤退させる!!!」
 後世に名高い「ハルゼーの生涯最大の屈辱的決断」と呼ばれるガダルカナル撤収作戦が開始されるそれは合図であった・・・・・・


日本海軍AAC(Anti Air Cruiser) ヨシノクラス主要目
基準排水量 一三八〇〇トン
全長 二一三メートル
全幅 二二メートル
機関出力 一三五〇〇〇馬力
速力 三四ノット
航続力 七二〇〇浬
乗員数 八二〇名
高角砲 長一〇センチ砲×三二門
機銃 二五ミリ×六〇門
四〇ミリ×四〇門

<備考>
日本海軍が生み出した対空巡洋艦。その名のとおり、航空機の攻撃から艦隊の主戦力を守りきるべく建造されている。艦隊の防空にのみ特化している為にそれ以外の任務(砲撃戦や対潜哨戒など)にはまったく使えない単能艦となっている。だがそれだけにその対空砲火の威力は日本海軍・・・・いや、我が合衆国海軍のそれと比較しても群を抜いている。ミッドウェーやガダルカナル沖での戦闘を見ればその凄まじさはわかるであろう。
<対抗手段>
ケース1:ヨシノの対空砲火に耐えれるほどの高い防弾性能を備えた攻撃機の開発。
ケース2:ヨシノを潜水艦などで集中的に狙い、決戦前に撃沈する。

ケース1は現実的ではないだろう。基本的にはどんな飛行機でも被弾すればいつかは撃墜されるからだ。ケース2は日本海軍の対潜哨戒能力の低さを考慮すれば現実味を帯びてくる。だが実際問題我が合衆国海軍の潜水艦の魚雷は不発が多く、輸送船すら撃沈が困難であるという。魚雷の改修が終わるまでこれも現実的ではない。そこで・・・・

ケース3:搭乗員の錬度を上げることにより超低空飛行で対空砲火をかわす。

が現実的では無いかと思われる。高度一〇メートルを切る辺りから対空砲火の効力は急激に薄れるからだ。そこで搭乗員の訓練の強化を要請するものとする・・・・・・

一九四二年一二月八日 ウィリアム・フレデリック・ハルゼー、開戦一周年の日に記す・・・・・・

第三章 ガ島爆砕!!

第五章 ガ島制圧セリ


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