眞鐵の随人
第十一章 邀撃戦


 帝国海軍第一航空艦隊司令長官小沢 治三郎中将は不機嫌であった。
 彼は自他共に認める航空戦のエキスパートである。
 そんな彼にとっては今の状況下は悪夢としか言い様がなかった。
 「まったく・・・・・・あいつめ」
 忌々しげに小沢は呟いた。彼が恨んで止まない相手はこの場にはいない。だからこそ文句もいい放題だ。
 何?他の面々がチクらないかって?
 その心配はなかった。
 何故ならこの第一航空艦隊旗艦 空母大鳳の艦橋にいる者はみんな彼を恨んでいたからだ。
 現に今の小沢の呟きに何人かが首肯した。
 
 「ふっ、決戦が楽しみだな、主席参謀?」
 小沢とは逆に嬉しそうにそう呟いたのは帝国海軍第二艦隊司令長官の角田 覚治中将である。
 彼は砲術を専攻していた。ただ彼は航空機の力も認めてはいた。だが本質はやはり戦艦での砲撃戦を求めていた。
 彼は闘志に満ちており、猛将の名を欲しいままにしている人物だ。
 一方の主席参謀も嬉しそうに言った。
 「まったくです、長官」
 彼は神 重徳大佐である。役職は第二艦隊主席参謀。
 彼はドイツのヒトラーに心酔しており、その敬愛する人物の最大の特徴のチョビ髭を真似ている。
 ちなみに大の大艦巨砲主義者。
 二人の大艦巨砲主義者はさも嬉しそうに笑った。
 それにつられ、第二艦隊旗艦 戦艦信濃の艦橋内は笑いに包まれた。

 「今ごろ小沢君は苛ついているだろうな」
 そう呟いたのは横浜のGF(連合艦隊)司令部のGF長官、山本 五十六大将である。
 「逆に角田先輩は嬉しそうにしてるでしょうね」
 そう言うのはGF参謀長の宇垣 纏中将である。
 彼は角田は海兵での一期違いであり、殴り殴られた仲である。互いに大艦巨砲主義者であることもあって友好はそこそこに深い。
 「それにしても大胆な作戦を考えたものです」
 そう言ったのはGF主席参謀黒島 亀人である。彼は禿げ上がった頭を撫でながら山本に言う。
 「これは奇策中の奇策ですな」
 「まったくだ。だが有効な手段ではある。ところで肝心の参謀副長はどうした?」
 宇垣は辺りを見回した。
 「先程までいたはず・・・・・・?」
 その時GF司令部のドアが開いた。GF参謀副長にして今回の作戦の立案者である結城 繁治少将が入室した。
 「何処に行っていた?」
 宇垣の問いに対して結城は不思議な笑みを浮かべて言った。
 「厠ですよ」
 ・・・・・・宇垣は表現しがたい表情を見せた。
 コイツ、一体何考えとんじゃ?
 視線がそう語っていた。
 結城は宇垣の狼狽を面白そうに見ながら山本に言った。
 「決戦までまだ時間がありますね。お昼にしませんか?」
 本当に掴み所のない人物である。

 「どうだ、偵察機はまだ何も報告してこないか?」
 そう聞いたのは米艦隊の司令長官であるレイモンド・エイムズ・スプルーアンス大将である。
 先の第二次ミッドウェー海戦で奮闘したハルゼー提督が休暇に入ったので第一次ミッドウェーで敢闘した彼が引っ張り出されたのだ。
 そして彼としては今回も勝利を収めるつもりであった。
 何せ、こちらは空母が八隻もある。敵は五隻。単純に考えてもこちらの勝利は疑い様がない。
 「慎重に戦えば負けはしない。訓練時のように落ち着いて戦えばいい。そうすれば私が勝てるようにするから」
 「偵察機より報告ありません」と答えた電信員に対してスプルーアンスはそう語った。
 
 「さて、空知の初陣ですな、艦長?」
 傍らの空知砲術長の川辺 衛少佐が呼びかける。
 だが空知艦長は答えない。無視している。
 「艦長?」
 副長の瀬良 太郎中佐に肩を叩かれて初めて網城 雄介大佐は自分に向けて言っていたんだ、と気付いた。
 「ああ、すまん。どうも吉野副長時代の癖が抜けなくてな・・・・・・」
 まだ網城は「艦長」と呼ばれるのに慣れておらず、三回に一回は「副長」の呼びかけに反応してしまう。
 そんな艦長を瀬良はクスクスと笑う。
 「艦長、吉野艦長の結城少将は海軍随一の変人として有名でした。ですが艦長までそれに倣う必要はないんですよ?艦長が倣うのは結城少将の操艦だけで充分です」
 「それより電探に反応はないか?」
 網城は強引に話題を逸らせた。ちなみにこの時の網城の表情を「憮然」と言う・・・・・・
 「はい、ありません」
 「そうか・・・・・・」
 何とはなしに網城は双眼鏡を覗きながら周囲を見回した。
 今、艦隊は空母を中心にし、周囲を戦艦や巡洋艦、駆逐艦で固めた輪形陣を採っている。
 ちなみに第一航空艦隊だけでなく第二艦隊も輪形陣の外周を固めてくれている。その対空陣は分厚い限りだ。
 特に輪形陣の左端と右端を固める吉野型対空巡洋艦の火力は桁外れに大きい。
 だが米軍は新型信管で全艦、吉野型並の対空力に仕立てたと聞く。
 「敵は強いな・・・・・・」
 そう網城が呟くと敵空母から飛んできた艦載機が現れた。
 艦隊は発見されたのだ。

 「空母五隻か・・・・・・」
 「これがジャップの全力です。悲しいですね、国力がないのは・・・・・・」
 参謀の呟きに対しスプルーアンス艦隊の下で空母群を指揮するジョン・マッケーン少将は軽く頷いた。
 だがこの時マッケーンの脳内では計算が行われていた。
 こちらはスプルーアンス直率のものを入れて空母八隻。
 敵艦隊はまだこちらを発見しておらず、攻撃隊に参加させる分の戦闘機も回してくるかもしれない。
 となれば攻撃隊はやや不利、か?
 いや、待てマッケーン。八隻の空母の全攻撃力を一度に叩きつければどうだろうか?
 ・・・・・・うん、敵の艦載機を仮に五〇〇機としよう。
 半分を戦闘機として戦闘機は二五〇機。
 こちらは艦載機は六五〇にも達する。直援に一五〇機残しても攻撃機は五〇〇機。半分が戦闘機だから・・・・・・
 「勝てるな」
 マッケーンはニヤリと笑う。彼は勝利を確信した。
 「今すぐスプルーアンス長官に意見具申しろ!今すぐ全力攻撃の許可されたし、だ!!」

 ・・・・・・帝国海軍の偵察機が米艦隊を発見したのは米艦隊の攻撃隊の発艦が始まってから一五分後のことであった。
 偵察機は米艦隊のF6Fに追われながらも何とか振り切って、「敵艦隊発見」と「敵攻撃隊発艦」の知らせを打電した。
 ちなみにこの時、帝国海軍新鋭艦上偵察機 彩雲はこう結んだ。
 「我ニ追イツクぐらまん無シ」と・・・・・・

 「ご、五〇〇機?!」
 さしもの小沢もこれには驚かずにいられない。
 だが納得はいく。敵はこちらの防空網を無理矢理にでも突破し、空母を撃沈する気なんだろう。
 ならば過剰なほどの攻撃隊で一気に押し立てて防空網を飽和させるのは常道といえた。
 「ともかく迎撃隊を上げろ!すべてはそれからだ!!」
 
 「五〇〇機か・・・・・・腕が鳴りますね」
 吉野型二番艦の九頭竜副長の三島 肇中佐が熊田に言った。
 「ふん、おそらく攻撃隊は大半が撃墜されるよ。それが前提だからな・・・・・・」
 そう言って熊田はしばらく考えるような表情を見せた後に言った。
 「おそらく輪形陣にたどり着くのは一〇〇機前後だな」

 米攻撃隊のF6F乗りのディビッド・マッキャンベル少佐がおそらくこの攻撃隊で一番早く迎撃隊の存在を知った男であろう。
 彼はレシーバーに怒鳴り、列機に注意した。そして増槽タンクを落下させて臨戦態勢をとった。
 「さあ来い、ジャップ!一機も通さないぜ!!」
 だが・・・・・・・

 「いいか、我々の目的は敵戦闘機の撃滅だ。先ずは戦闘機を排除しろ、いいな!」
 迎撃隊の指揮官である坂谷 茂少佐はレシーバーに向けて怒鳴った。
 ・・・・・・うん、やっぱり無線機は必需品だな。
 この無線機は新鋭の艦戦烈風からの新装備だ。従来の零戦にあるにはあったがほとんど聞こえなく、ノイズばかりという欠陥品であった。
 だがさすがにそれではマズイと思ったのか烈風ではマトモな無線機になっている。
 その利点は計り知れない。
 こうやって戦闘寸前で打ち合わせできるのもその一つと言える。
 「よし、全機突撃!!」
 そして坂谷は愛機烈風を降下させて米攻撃隊にその猛禽の牙を剥いた。
 坂谷率いる烈風隊一八機は一糸乱れぬ見事な軌道でF6Fに襲い掛かった。
 ドドドドドドドドドドドドドドドド
 坂谷隊がF6Fの群れを通過すると二〇機以上のF6Fが黒煙を吐きながらスパイラルダウン、典型的な被撃墜時の軌道で落ちていった。坂谷隊は一機で一機以上は確実に仕留めていた。
 これも無線機があればこそ、だ。このような編隊空戦時に無線機ほど頼れるものはない。
 坂谷は風防ガラス越しに周囲を確認する。
 あちこちでF6Fが撃墜されている。その名の通り烈風は吹き荒れていた。
 「最初の一撃で七〇は落としたな・・・・・・」
 坂谷はそう呟くと再び無線機に怒鳴った。
 「よし、上昇してもう一撃かけるぞ!」
 坂谷隊は急上昇。

 「チィッ、ジャップめ!!」
 F6Fのマッキャンベルは悪夢を見るかのようだ。
 サム(烈風の米軍でのコードネーム)はゼロより遥かに優れたいい戦闘機と聞いてはいたが・・・・・・
 「これほどまでに・・・・・・」
 マッキャンベルはF6F得意の急降下で後ろについた烈風を振り切ろうとする。
 だが・・・・・・
 「くそッ、振り切れない!!」
 そう、F6Fと烈風の間ではかつてのF4Fと零戦の関係がそのまま当てはまった。烈風の性能はF6Fを充分に圧倒しえた。
 それに・・・・・・

 「敵機は二〇〇はいたな・・・・・・」
 米海軍の艦攻乗りマーク中尉は安堵の息を漏らした。
 どうやらサムはすべてF6F隊が引き付けてくれている。しかもその身を挺して・・・・・・
 ならば俺たちは彼らの犠牲に報いるためにも必ず敵空母を撃沈してやる!!
 そう決意したマーク中尉であったが中尉はその瞬間に死亡した。
 マーク機を撃墜した、F6Fは勿論、烈風よりも遥かにスマートな機体は両翼に描かれた赤い円を誇らしげに見せながらヴィクトリ−ロール。
 その機体は開戦以来幾度となく米軍を恐怖のどん底に陥れた零式艦上戦闘機であった。

 そうそろそろお気付きの方もいよう。
 今回、帝国海軍は空母に戦闘機だけを載せてきたのだ。
 その数は五隻の空母で合計三五〇機以上になる。
 内訳は烈風二〇〇機に零戦52型が一五〇機だ。
 米攻撃隊のF6Fは二五〇機。烈風隊の先制攻撃で七〇機は撃墜されたので残るは一八〇機。おまけに烈風は性能でF6Fを凌駕しており、そのキル・レシオは烈風一にF6F二.四.
 つまり烈風が一機撃墜される間にF6Fは二.四機撃墜されるのだ。
 まあ、本音を言うなら烈風だけで直援隊を構成したかったのだが数が足りなかったので苦肉の策として零戦も持ち込まれた。それに役割分担をハッキリさせれば零戦にも、まだヒヨコ同然の新米達にも活躍の場はあった。
 つまりベテランに烈風を与えて戦闘機を相手させ、新米に零戦を与えて攻撃機を叩かせるというものだ。
 鈍重な攻撃機なら新米にも容易に撃墜できる。そして実戦こそは最大の訓練である。
 結城の考え出した、いささか荒っぽい戦闘機搭乗員の早期育成法であった。
 そしてそれは上手く効力を発揮し、星のマークの米軍機はあちこちで旭日のマークの日本機に撃墜されていた。

 だがそれでも全機を撃墜するのは不可能だ。
 熊田の宣言通り一〇〇機近くのSB2CとTBFは何とか輪形陣付近にたどり着いた。
 零戦に追われまくってあちこちに被弾している機も珍しくはない。
 だが苦難を乗り越えた後だけに攻撃隊の士気は高かった。
 「やってやるぜ!!」
 誰かがそう宣言して攻撃隊は密集し、突撃を開始した。

 「砲術長、用意はいいか?」
 そう聞いたのは空知・・・・・・ではなくて戦艦信濃艦長阿部 敏雄大佐であった。
 「いつでもどうぞ!!」
 砲術長の元気な返事を聞いた阿部は吼えた。
 「撃て!!」
 そして次の瞬間信濃は吼えた。
 後続の武蔵、大和も一緒に吼えた。

 「おお!!」
 空知艦橋内が騒然となった。
 三隻の大和型戦艦より放たれた二七発の砲弾は虚空に炸裂し、大輪の花を咲かせた。
 そしてその火球に巻き込まれた米攻撃隊はバラバラに砕け散って撃墜された。
 「あれが三式弾・・・・・・」
 そう、かつてガ島砲撃の際に使用された砲弾である。あの時は金剛級の三六センチ砲での射撃であった。それでもガ島をインフェルノに変えた恐るべき威力を持っていた。
 それよりも一回り、いや二回りも大きい大和型の四六センチ砲の破壊力はまさに超弩級であった。
 三式弾によって一〇機近い攻撃機が撃墜された。
 輪形陣に達するまであと二、三斉射はできるだろう。
 網城はこの防空戦の勝利を確信していた。

 「畜生、畜生、畜生、畜生・・・・・・・・・・・・」
 艦爆隊のケリー少尉はすべてを呪っていた。
 五〇〇機近い戦闘機に追われて死ぬ思いをしたと思えば謎の火球で僚機のほとんどは消滅。
 「畜生、俺がいったい何したってんだ?!」
 ケリー少尉は咄嗟にガキの頃に近所の牧師さんにイタズラしたことを思い出した。
 ・・・・・・あれが悪いってのか、神様?!いまさら昔の罰を与えんなよな!!
 だがケリー少尉の悪夢はまだ終わらない。

 「よし、今度はこちらの番だ。『眞鐵の随人』は伊達ではないと教えてやれ。撃ち方始め!!」
 網城の号令で空知は爆発・・・・・・もとい全対空砲火を撃ち出した。
 長一〇センチ砲の至近弾を受けて吹っ飛ぶSB2C。
 四〇ミリを受けてもんどりうって海面に激突するTBF。
 かつての吉野と同じ、いやそれ以上の対空砲火の暴風が米攻撃隊を襲った。
 だが新兵器の活躍はさらに目覚しかった。
 バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ
 次々と撃ち出される噴進弾は確実に米攻撃隊を捉えていた。
 その制圧力は機銃に匹敵し、威力は高角砲に匹敵する。
 これでVT信管でもあれば最高なんだがな・・・・・・
 網城はそう考えていた。
 だがその時!!
 見張り員の絶叫が木霊した。
 「大鳳、被弾!!」

 ケリー少尉はまだ生きていた。
 恐ろしいまでの悪運の強さだ。
 「畜生、畜生、畜生、畜生・・・・・・・・・」
 もはや彼は重度の鬱状態になっていた。
 彼の半ば狂気がかった眼は大鳳を捉えていた。
 「ジャアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァプ!!!!!」
 彼のSB2Cは急降下を開始。
 そして見事に五〇〇ポンドを命中させた。
 「やったぜ、(表記不能)ジャップ!!」
 ケリー少尉は迂闊に言葉にしたらこのサイトが閉鎖されかねない危険な言葉を絶叫した。
 やがて爆煙が大鳳の速力による合成風によって掻き消されて甲板が露わになる。
 ケリー少尉はめくれ上がってズタボロになった甲板を想像していた。
 そして彼の機体は呑気に水平飛行をしていた。
 故に彼は射的の的にされて大鳳の機銃を受けて撃墜された。
 だがケリー少尉はここで死んで良かっただろう。
 なぜなら大鳳は・・・・・・・・・・・・

 「すごいな。五〇〇ポンドを受けても傷一つないとは・・・・・・」
 艦橋の小沢は感嘆の声を挙げる。
 小沢の言う通り、大鳳には傷一つなかった。
 これは大鳳が帝国海軍初の本格的装甲空母だからだ。
 空母は脆弱な艦であり、甲板が少しでも破壊されれば機能をすべて失う。
 それを防ぐには甲板に装甲を施せばいい。
 その結論に達した帝国海軍は大鳳を建造した、と言う訳だ。
 そして今、まさに大鳳の存在意義は確認された。大鳳は五〇〇ポンドの爆弾では甲板に傷を負わないのだ!!
 「よし、全艦に打電。『我が大鳳をオトリにされたし』だ」
 小沢は大鳳の重防御を確認した瞬間にそう下命した。
 この命令がもしも他の艦をオトリにする内容だったら小沢は「外道」の誹りを免れ得なかったであろう。
 だが大鳳は自ら座乗する旗艦である。
 小沢は「卑怯者」の汚名を被らずにすんだ。
 そして今まで猛烈な対空砲火を吹き上げていた護衛艦達が射撃の手を緩めた。そこから次々と突破してくるSB2C隊。
 どうやら全艦に自分の意思は正しく伝達されたようだな・・・・・・
 小沢はそう思い、大鳳に向けて進撃を続けるSB2C隊に侮蔑の視線を向けた。
 「バカめ・・・・・・」

 「バ、バカな・・・・・・」
 マッケーンは帰還してきた攻撃隊を見て愕然とした。
 五〇〇機はいた攻撃隊が一〇〇機を下回る数になって帰ってきたのだ。
 しかもこれだけの損害を受けて、挙げた戦果は駆逐艦三隻撃沈だけである。目標の空母は一切撃沈できなかった。しかも報告によれば敵は装甲空母を実用化したそうである。
 信じられなかった。
 だがそれは真実であった。
 「神よ・・・・・・」
 マッケーンは思わず崩れ落ちた。

 「な、何と言う事か・・・・・・」
 同じくスプルーアンスも驚愕していた。
 ・・・・・・マズイ、このままではマズイぞ!!
 このままでは自分は予備役に編入されてしまう。南太平洋で無様な敗北を遂げたキンケイドのように・・・・・・
 「それだけは避けねば・・・・・・」
 その時、思考に明け暮れるスプルーアンスに電信員が報告電を持ってきた。
 それをひったくるようにして奪い、穴が開くまで見続けた。
 「・・・・・・神はまだ私を見捨てていなかった!!」
 スプルーアンスは元気を取り戻して通信参謀を呼び出した。
 「今すぐリーに連絡をとってくれ!!」

 「ハイ、リー」
 電話の向こうのスプルーアンスの声は妙に上ずっている。いつもの沈着冷静な智将の面影はない。
 ・・・・・・相当焦っているな。
 合衆国海軍少将ウィリス・リーは相手に同情した。
 ・・・・・・何せ、今までの功績のすべてをフイにしかねないからな。
 だがリーは内心の言葉を口にする事無く冷静にスプルーアンスに対していた。
 「なんでしょうか、長官」
 「ウ、ウム。貴官は戦艦部隊を率いて今すぐ北上してくれ」
 リーは瞬きした。
 「ああ、日本の戦艦部隊がこちらに向けて突進してきているらしい。それを貴官の戦艦部隊で迎撃してもらいたい」
 スプルーアンスの振るえる声が今のリーには福音に聞こえはじめていた。
 「了解しました。今すぐ北上して敵艦隊を撃滅して見せます」
 ・・・・・・電話を切った後、リーは一旦自室に戻った。
 一人になると自然と笑いが込み上げてくる。
 「フフフフフ・・・・・・ハッハッハッハ!!」
 彼は大艦巨砲主義者であった。
 彼の望む戦い、それは日米の新鋭戦艦同士の一大砲撃戦である。
 だが航空機の発達により彼はその夢を諦めかけていた。
 だが!!
 「求めよ。されば与えられん」
 リーは思わず聖書の一部を引用した。
 「さあ、ジャップの戦艦部隊の指揮官よ・・・・・・互いの鬱憤を晴らそうではないか!!」
 戦艦部隊との遭遇まであと二、三時間はある。
 だがリーは到底眠れそうになかった。


第十章 ガダルカナル放棄

第十二章 大海獣の狂宴


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