眞鐵の随人
第九章 新時代


 昭和一八年一一月・・・・・・
 このガダルカナル島が戦闘となったのは昭和一七年七月の米軍の上陸開始以後である。
 そして同年一二月二四日に日本軍が完全占領を宣言するまでに日米双方の多くの青年の命がこの島の付近で散った。
 完全占領以後もサモア島などから飛来する米重爆撃機との死闘が繰り返されていた。
 米陸軍のB17 フライング・フォートレスは重防御の四発機であり、海軍の零戦などでの撃墜は不可能ではないにせよ困難ではあった。
 だがそれも帝国海軍が新鋭極地戦闘機 雷電を実用化するに至って、B17隊の被害は急増。夜間爆撃に切り替え始めた。
 だが夜の闇すら米軍の味方とならなかった。
 帝国海軍は二式陸上偵察機の胴体に上向きの二〇ミリ機関砲を搭載させて、夜間戦闘機としB17を徹底的に狩り続けた。
 この機体はガダルカナルに駐留する海軍二〇四航空隊の小園 安名司令の考案により改造を受けた。諸般の事情で一時は風前の灯火であった機体だったが完全に復活を遂げて、夜間戦闘機 月光として制式に採用された。
 これにより昼も、夜も危険地帯となった米軍は遂にガダルカナル攻撃を中止。
 これが昭和一八年四月のことであった。
 故にガダルカナルの空は半年以上ぶりに敵機の侵入を許した事になる。

 ガダルカナル島に据え付けられた電探基地からの報告により、ガダルカナル駐在の海軍二〇四航空隊と二五三航空隊は迎撃戦を行うべく出撃準備に取り掛かった。
 二〇四空所属の西沢 広義上飛曹は様々な航空機の並ぶ列線にむけて全力で走る。
 日本軍において「個人の機体」というものは存在しない。すべての兵器は皆で共有しあうのだ。だから速く列線にたどり着かねば自分が乗りたい機体が使われてしまう。
 だがこの青天の霹靂とも言うべき空襲のために西沢のスタートは遅れていた。
 自分が狙っていた機体は既に全機が滑走に入っている。
 帝国海軍新鋭艦上戦闘機 烈風。
 西沢のみならずこのガダルカナル島全ての戦闘機乗りの憧れの戦闘機だ。
 当初は二〇〇〇馬力発動機を搭載した戦闘機として設計される予定であったが、その二〇〇〇馬力発動機の候補であった中島社製の誉発動機がとてもではないが実用に耐えうるものではないと判断した航空本部の判断で、いささか出力は落ちるが信頼性の高さでは艦攻 天山ですでに実証済みの護が選ばれた。
 予断ではあるがその誉は陸軍がハ四五として採用し、「大東亜戦闘機」と期待されたキ八四 四式戦闘機 疾風の心臓となったがやはりその信頼性は低く、期待の割にあまりたいした活躍はできなかった。
 発動機の出力が予定よりも二〇〇馬力落ちたために烈風の最高時速も計画よりも三〇キロほど落ちてはしまったがそれでも五九四キロと零戦、それも最終発展型と称される52型と比しても三〇キロは速い。
 米海軍の新鋭戦闘機F6F ヘルキャットと比較しても遜色は無い。(F6Fは最高時速六〇三キロ)
 さらに秘密兵器ともいえる自動空戦フラップの採用によりその機動性は零戦に匹敵している。
 この自動空戦フラップは機体の向きによって自動的に最適な位置にフラップが移動してくる優れものであり、世界でも日本のみが実用化に成功している兵器である。
 まさに烈風こそは帝国海軍の機体の新星である。
 だが先月、つまりは昭和一八年一〇月に量産が開始されたばかりのこの烈風の数は少ない。この最前線でもあり、機体の補充の優先度の高いガダルカナル島ですらまだ七機しか存在しない。
 烈風がとられたので西沢は零戦に乗り込む。
 零式艦上戦闘機の最終発展型である52型の一一〇〇馬力の栄二一型発動機が唸りを上げて零戦はたちまち大空へと舞い上がる。
 だがその西沢機のすぐ横を砲弾のような太く、逞しい機体が通り過ぎる。
 極地戦闘機の雷電だ。
 雷電は爆撃機用の発動機である火星を搭載した海軍初の本格的重戦闘機だ。
 その上昇力は凄まじく、烈風すら追いつけないほどである。
 こうしてガダルカナル航空隊の精鋭戦闘機隊七二機によるガダルカナル上空防空戦は幕を開けた。

 電探での早期発見が功をそうして敵機を見下ろす位置につけたガダル航空隊。
 先ずは一撃離脱で敵機を漸減する。
 そうしなくてはとても対応できそうに無いほどに敵機は多かった。ざっと戦爆連合で一二〇機はいる。しかもすべて艦上機ときている。近くに敵空母がいる事は疑い様が無い。しかも攻撃隊の数から言って二、三隻などではない。五、六隻は優にいる。
 その空母群に攻撃を仕掛けて戦況を有利にするためにもガダルカナルの空は守り抜かねばならなかった。
 先陣を切ったのは雷電隊二三機である。
 獰猛な猪の如き猪突で攻撃隊に迫っていく。
 ドドドドドドド
 雷電の両翼合計四門の二〇ミリ機関砲が唸りを上げればたちまちF6FやSB2C ヘルダイバー、TBF アベンジャーが火を吹き、もんどりうって落ちていく。
 敵機は攻撃されるまでこちらに気付かなかったようだ。完全な奇襲である。
 それに続け、と踊り出たのは七機の烈風隊である。
 F6Fに匹敵する最大速力と零戦並の機動性を完全に駆使し、その名の如く「烈風」と化して米攻撃隊に吹き荒れる!!
 完全に米攻撃隊は算を乱した。
 全機がパニック状態に陥っている。
 数において劣る日本軍はこの混乱を利用しない手はない。
 それにつけ込んで戦果を拡大せねばなるまい。
 そして四二機の零戦隊の突撃が開始された。
 数が多いだけに零戦隊の戦果は凄まじかった。
 最初の一撃だけで零戦隊は三〇機以上の敵機を撃墜した。
 空戦とは我々、素人が考えるより遥かに味気ない。勇躍して出撃しても戦果ナシなどザラである。
 だが半年振りの出撃と言う事もあり迎撃隊の指揮は極めて旺盛。しかも休養は充分にとれているし、錬度も帝国海軍随一の面々が揃っている。
 さらに奇襲に成功したのだ。
 こんな偶然が重なる事は滅多に無い。まさに天佑である。
 だからここぞ、と西沢達は暴れまわった。
 結果的に米軍は五〇機以上の数が撃墜され、空襲も大した戦果は挙げれなかった。
 翻って日本側の損害は皆無、いや絶無であった。つまり正確に〇であったのだ。被弾した機体はあったものの全機が無事に帰還したのだ。
 帝国海軍航空隊、ここに在り!!
 そう米軍に教え込んだ一大迎激戦であった。

 帝国海軍も巨大な組織である。
 故に様々な個性を持った者がいる。
 だがこの男の個性の強さに敵うものはいまい。
 ・・・・・・さて、ガダルカナル駐留部隊の一つである七五三空は陸上攻撃機を中核とした航空隊である。
 帝国海軍の陸上攻撃機の名を歴史に刻み込んだ戦いとしては開戦の二日後のマレー沖海戦が有名であろう。この戦いで一式、九六式の二種類の陸上攻撃機隊は英国東洋艦隊の誇る不沈戦艦 プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦 レパルスを撃沈してみせて、航空主兵を確立してみせた。
 あの戦いから二年余りが過ぎ、再び陸攻隊の出番が回ってきたことになる。
 「いいか、野郎ども!俺たちはこれよりガダル沖の敵艦隊に向けて突撃する!目標は一に空母、二に空母だ!わかったか!!」
 男の威勢のいい啖呵を受けた七五三空の猛者たちは、「合点承知!!」と返した。
 とても軍人のやりとりには見えない。
 この七五三空の飛行隊長こそが帝国海軍が誇る名物陸攻隊指揮官、野中 五郎少佐である。
 自分たち隊員を侠客、つまりはヤクザに見立てると言う独自の統率術で隊員に慕われている男、いや漢である。
 「ようし、野郎ども!全員搭乗!!」
 野中の声と共に皆、一斉に愛機に飛びつく。
 七五三空の主力はマレー沖で大活躍した九六式陸攻や一式陸攻ではない。
 最新鋭の陸上攻撃機 銀河である。
 この機体も二〇〇〇馬力発動機を二基搭載した高速陸攻として誕生するはずではあったが、烈風のように発動機を一八〇〇馬力の護に換装されている。だがその信頼性の高さは折り紙つきである。しかも従来の一式が一撃で火を吹く「一式ライター」であったのに対して、防弾装備も気を使っているだけに滅多には火を吹かない強靭な期待と仕上がっている。
 尚、計画段階では急降下爆撃機能もあったそうだが、「陸攻に急降下させる必要ナシ」と取り消されている。
 七五三空の銀河二六機は一斉にガダルの空を飛び立った。目標は敵空母群である。
 「アメ公が・・・・・・ガダル航空隊の恐ろしさを思い知らせてやるぜ・・・・・・」
 野中は唇を舐め、気合を入れた。

 「攻撃隊はガ島空襲に失敗した模様です」
 参謀からの報告に米艦隊司令官、マーク・ミッチャー少将はいい表情を見せなかった。
 「一二〇機も送り出して敗北とはな」
 ミッチャーはしわくちゃの顔を悔しげにさらに歪める。
 一時期、米海軍では深刻な機動部隊指揮官不足に悩まされていた。
 それもこれも第一次ミッドウェー海戦でフランク・ジャック・フレッチャー大将(死後、二階級特進)が旗艦ヨークタウン(初代)と運命を共にしたからだ。その為に南太平洋ではトーマス・キンケイドに助言する者がおらず、勝手がわからなかったキンケイドは大敗。予備役へ編入されてしまった。
 だがそれも過去の話だ。
 今や彼、マーク・ミッチャーの他にもジョン・マッケーン少将や元空母エンタープライズ艦長であったフレデリック・シャーマン少将などの陣容が整いだしていた。
 彼らの指揮能力に疑問の余地は無く、彼らとエセックス級空母、F6F隊との組み合わせで帝国海軍に反撃を仕掛けるつもりであった。
 その為の第一撃。それが今回のガ島空襲の意義である。
 だがその攻撃もガ島航空隊の奮闘により挫折させられた。当然ながら次はガ島航空隊の反撃であろう。
 「全艦に警戒命令を出せ!ジャップは絶対に来るぞ!!」

 ガ島を飛び立った攻撃隊は烈風五機、零戦三七機、銀河二五機、彗星艦爆一八機の総勢八五機である。
 烈風と銀河と彗星がそれぞれ一機ずつ発動機不調で引き返したほかは順調に進撃を続けいている。
 西沢はこの攻撃には烈風に乗ることができた。
 自分の腕がガダル航空隊の中でも五指に入ると皆から認められている証である。
 「男子の本懐、だな・・・・・・」
 そう呟いた西沢は不意に前上方に何かが煌いたのを見た。
 間違いない、敵機だ。
 そう確信した西沢は叫んだ。
 「前上方に敵機!!」

 零戦の後期型から搭載されている新型の通信機の調子はよく、従来までのさっぱり聞こえない「つうじん機」とは隔世の感がある。
 ともかく西沢による敵機早期発見により護衛戦闘機隊はF6F群に必死の抵抗を見せて銀河および彗星隊を護りぬこうとする。
 戦闘機隊は先の撃激戦で士気が高く、性能的にはF6Fに対して劣勢のはずの零戦も善戦をみせていた。
 「ありがてぇ・・・・・・」
 野中は献身的な護衛を続ける戦闘機隊に対して頭が下がるばかりだ。
 「いいか、手前ら!ここまで戦闘機隊の奴等が必死に護ってくれたんだ。ここで腹の長ドスを外しでもしたら俺たち『野中組』の肩身が狭くなりやがる。全弾必中を狙えよ!!」
 「合点承知!!」
 部下の威勢のいい返事に満足した野中は銀河の高度を徹底的に下げさせた。敵の対空砲火をさけて雷撃するには一センチでも低く飛ばねばならなかった。天山などの艦攻は単発で、運動性能は銀河とは比べ物にならない。鈍重な双発の銀河で雷撃を敢行する七五三空の海鷲たちは全員が勇者と呼んで差支えが無かった。

 戦闘機隊が敵機を引きつけている合間に彗星艦爆で構成されている五八二空の部隊は敵艦隊の対空砲火漸減に勤めるために、艦隊輪形陣の外周の護衛艦を狙い始めた。
 そうはいくか、と対空砲火を次々と吹き上げる護衛艦群。
 だが九九艦爆より遥かに優れた性能を持つ彗星は世界でもトップクラスの性能を誇る。米海軍が使用している「Son of Bitch 2nd Class」ことSB2C ヘルダイバーとは訳が違う。
 たちまち護衛艦群は急降下爆撃を受けて炎上し、陸攻隊の安全を確保できる・・・・・・・・・・・・はずであった。

 「た、隊長!!」
 部下の悲鳴のような報告が銀河内に木霊する。
 「な、何なんだ?!あの対空砲火は!!」
 米海軍には「眞鐵の随人」吉野型に匹敵するような対空艦はない。それ故に艦数でその対空砲火の充実を図っていた。
 だが米駆逐艦や軽巡の打ち出す砲弾のほとんどは彗星艦爆の至近で炸裂している。これには彗星と言えども一溜まりもない。
 たちまち多くの彗星が撃墜される。
 ・・・・・・さて、対空砲弾の多くは時限信管である。つまり発射何秒後に炸裂して破片を撒き散らして敵機を撃墜するのだ。
 だが時限信管は調整が非常に難しく、滅多に有効弾は出ない。だから帝国海軍は発射速度の早い長一〇センチ砲を三二門も搭載する吉野型などの対空艦を作り上げたのだ。
 だが今、眼前で繰り広げられているのは何だ!!
 機体を包み込むように炸裂する対空砲弾。
 「アメ公め・・・・・・何か新兵器を作ったな・・・・・・」
 だが野中組の士気は衰えない。
 「野郎ども、彗星隊の敵討ちだ!空母のどてっ腹にドスを突き刺してさっさと帰るぜ!!」

 「すごいな・・・・・・ジャップの艦爆が一瞬で壊滅とは・・・・・・」
 さしものマーク・ミッチャーも感嘆せずにはいられない。
 「まったく・・・・・・『マジック・ヒューズ』とはよく言ったものですね」
 参謀連もミッチャーに追従した。
 先の謎の対空砲弾の正体。
 それは「マジック・ヒューズ」と呼ばれる新型信管であった。
 この信管には小型の電探が搭載されていて、自分と敵機との距離を計測し、ある一定距離に入れば信管を作動させて破片を撒き散らして敵機にダメージを与えるのだ。
 制式には「Variable Time Fuze」と言い、後に「近接(自動)信管」と訳される事になる。
 これにより米海軍は少ない対空砲火の門数で鉄壁の防御を築いてみせたのだ・・・・・・

 だが低空を行く野中組はVT信管の餌食にはならなかった。
 前述の通り、この信管は電波を用いている。そのために低空では海面の乱反射のために作動がズレることがあるのだ。
 無論、野中達自身はそんな事は知らない。
 ただひたすらに低空を這うようにして突き進んでいた。
 「畜生・・・・・・護衛艦の大半が生き残るとは・・・・・・」
 誤算であった。彗星隊は結局、五機のみが投弾に成功し、駆逐艦を二隻炎上させただけであった。他はすべて投弾前に撃墜されていた。
 そのしわ寄せは野中達に襲い掛かった。
 護衛艦が次々と機銃を乱射し、弾幕を形勢する。
 その火線は凄まじく、火線と銀河隊の交差しない所はほとんど無いと言ってよかった。
 「佐藤機、炎上!!」
 「上田機、墜落!!」
 「三谷機、爆発しました!!」
 次々と悲報が飛び込んでくる。
 「畜生、何でだ?!銀河の防弾性は良好のはずだ!そう、一式四〇ミリにでも撃たれない限り・・・・・・」
 そう叫んだ瞬間、野中は気づいた。敵の対空砲火の威力の正体を・・・・・・
 そう、帝国海軍最強とも言える艦載対空機関砲である一式四〇ミリ機関砲は日本の技術だけで作られた品ではない。
 北欧はスウェーデンのボフォースと言う会社の制作した四〇ミリ機関砲のライセンスを買い取って生産したのだ。当然ながらそのノウハウがもっとも蓄積されているのはそのボフォース社自身であろう。
 おそらく米国はそのボフォース社に接近し、米国もまたそのライセンスを買い取ったのだろう。
 しかも米国の射撃管制技術は日本のそれより遥かに優れており、その命中精度は段違いである。
 さしもの銀河隊も四〇ミリもの大口径弾のシャワーを浴びせられては無事ですむはずが無い。
 「畜生、畜生、畜生、畜生!!」
 野中は得も言えぬ敗北感に苛まれながら決死の突撃を続けていた。もはやここまで来れば戻る事は一切できないからだ。
 野中機と目標の空母の距離はほんの数千メートル。航空機にとっては微々たるものでしかない。だが野中にはその距離が永遠の距離に思えていた・・・・・・

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 戸棚の上に置かれているラジオから軍艦マーチが流れ出る。
 これが流れると言う事は海軍が何らかの戦果を挙げたという証であった。
 日本全国の主婦はその家事の手を一旦は止め、子供達は羨望の眼差しをラジオに向ける。早く海軍の挙げた戦果を聞きたいのだ。
 やがてラジオから陽気な声が流れ出す。
 「大本営発表。
 本日、我がガダルカナル島が米海軍空母機動部隊に襲撃さるも、我が方の航空隊の必死の迎撃により阻まれました。
 また、沖の機動部隊に対し同島の海軍陸攻隊の猛追により、敵エセックス級空母一隻、インディペンデンス級空母二隻を轟沈。エセックス級空母一隻を撃破し、航空機数百機を撃墜せり。
 我が方の被害は極めて軽微なり。大本営はこの戦いを『ガダルカナル沖航空戦』と呼称する・・・・・・」

 「・・・・・・『上辺の飾りは人を欺く』、か」
 連合艦隊参謀副長の進言により、今や陸上に上がった連合艦隊司令部でシェイクスピアのセリフを引用する者がいる。
 彼こそがその連合艦隊参謀副長、結城 繁治少将だ。
 後世、その行動から「蝿の王」とまで称されるようになる男のの表情は極めて暗い。
 彼の手元には先の「ガダルカナル沖航空戦」の正確な報告書がある。
 その書には、「敵空母○隻轟沈」などは一切書かれていない。先のラジオの報告とはまったく違った内容が書かれている。
 強いて言うならば航空機の撃墜数だけはマトモだったと言える。たしかにガダルカナルの戦闘機隊は奮闘し、敵機をかなりの数撃墜してみせた。
 だが攻撃隊の戦果は駆逐艦二隻撃沈、空母一隻大破に止まっている。
 しかも攻撃隊の七割が未帰還という、思わず目を覆いたくなるような数字が記されていた。しかもこれは完全な未帰還機だけであり、被弾によって使えなくなった機を含めるとその数字は心胆を寒からしめるものである。
 結城にはこの惨事の原因はわかっていた。銀河隊の数少ない生き残りの野中 五郎少佐の意見を聞くまでもない。
 その可能性ならば、かつて自分も研究した事はある。
 「さすがはアメリカ・・・・・・近接信管を実用化したか・・・・・・」
 結城は溜息をついた。
 戦況は益々厳しくなるばかりであった。
 強力な戦闘機F6F、沈みにくい空母エセックス、魔法の信管VT信管、ボフォース四〇ミリ機関砲・・・・・・
 状況は最悪であった。
 だがそれでも一縷の望みを結城は見出し、その望みを拡大させ、日本を勝利に導かなければならなかった。
 それが結城の、今の存在意義であった。自分はその為にGF司令部に呼ばれたのだ・・・・・・
 「その為になら悪魔にだって魂を売り渡してもいい・・・・・・私一人の魂で一億の日本人が救われるなら、それでいい・・・・・・」
 その結城の呟きは彼の本音であったろう。
 彼は歩き始めた。もうすぐ会議が始まる。自分が召集させたのだ。この非常事態を全員に知ってもらうために。
 彼の歩む「羅刹の道」は広がりこそすれ、狭まる事は無い・・・・・・・・・・・・・・・・・・


第八章 美しき謀略

第十章 ガダルカナル放棄


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