眞鐵の随人
第一七章 吹けよ、瑞風


 帝国海軍第一航空艦隊旗艦戦艦信濃艦橋・・・・・・
 この漢字が並びまくった場所に結城 繁治中将はいた。
 彼の肩書きも漢字だらけだ。
 帝国海軍第一航空艦隊司令長官。
 ・・・・・・手紙とかでこれを書くとしたら手が疲れて仕方ないな。
 そんな取り止めのないどうでもいいことを考えながら結城は艦橋から外を見ていた。
 「長官、敵攻撃隊が来たようです」
 通信兵の声に結城は軽く頷いた。そして制帽を取り、額の汗を軍服の袖で拭う。
 袖は汗でビッショリと濡れた。
 泰然としているように見える結城であるが内心では葛藤の連続なのだ。
 ・・・・・・このタイミングでいいのだろうか?
 ・・・・・・これで本当に勝てるのだろうか?
 だがそれよりも内心で多くを占めるのは、
 ・・・・・・こんなことまでして勝って何になるのだろう?
 この思いだ。
 だが結城に迷いは許されない。結城が迷えば多くの将兵が無駄死にするだけだ。
 「・・・・・・後で考えればいい。そんなことは・・・・・・」
 その独白は小さかったので誰にも聞こえなかったようだ。
 ともあれトラック沖海戦の第二幕は開けた。

 衣笠。
 かつては七〇〇〇トン級の船体に二〇センチ砲六門もの重武装を施した優秀な重巡洋艦として列強を瞠目させた。そして第一次ソロモン海戦では三川 軍一指揮の下、米艦隊と渡り合い、一方的なパーフェクトゲームを達成するなどの数々の武勲に恵まれた艦である。
 だが第一次ガ島争奪戦終結間際に米駆逐艦隊のレーダー射撃を受けて大破。それ以後は今の段階になるまでずっとドック入りを余儀なくされていた。
 修理に二年以上も費やしたのには訳がある。そのドック入りを機にこの衣笠は全面改装を受けて艦容を一新したのだ。
 今、この衣笠には砲は高角砲が僅かに四基、機銃が一六門と自艦防空用のものしかない。魚雷発射管もおろした。
 だがそれで余ったスペースに大量のアンテナを設置した。
 見栄えは以前と比べて遥かに悪くなった。だが見栄えが重要視されるのは平時のみ。今は戦時だ。見栄えより戦闘力だ。
 衣笠の直接の戦闘力は前記のように弱小でしかない。だがそれを補ってなお余りある能力を秘めているのだ。この衣笠は。
 その衣笠の艦長の高井 次郎中佐は衣笠艦橋にはいなかった。だからこの衣笠の運用は航海長や副長らに一任している。彼、高井が艦長なのは階級の都合からである。
 高井は艦内中央にある一室に篭っていた。
 「敵四五〇機、接近しています」
 その一室は暗い。その部屋の壁面にかけられたスクリーンに光る光点だけが眩しいくらいに明るい。そして独特の臭いが鼻をつく。別に異臭なのではないのだがあまり嗅ぎたくはない臭いだ。これは一種の電子臭であった。
 「四五〇か・・・・・・とりあえず瑞風隊を迎撃地点に誘導してくれ」
 高井が指示をだす。
 「了解。こちら『母の友人』、『彼女』は今すぐこれから指示する地点に向かわれたし・・・・・・」
 それが終わるのを見届けると高井はスクリーンを凝視した。
 「あと五分で接敵できるな。旗艦に報告しておいてくれ」

 米艦隊の第一次攻撃隊は前章でも書いたがF8F 二五〇機、AD二〇〇機の大編隊だ。
 だが米艦隊はこれと同規模の攻撃隊をまだ別働隊として送り出せるほどの余力を持っていた。真に恐るべき戦力指数だ。
 この攻撃隊の指揮官はラムズフェル少佐。
 彼はこの第一次攻撃隊でケリが着くと信じて疑わなかった。
 何故?
 何故ならこの攻撃隊の数は四五〇だが実質的には並の攻撃隊七〇〇機分の攻撃力は秘めているからだ。
 なにせこの攻撃隊のAD スカイレーダーは一機で魚雷を二本も搭載している。これだけで単純に言えば二倍の攻撃力だ。
 だがそれだけの重武装になれば機動性が低下して撃墜されやすくなるのでは・・・・・・と思われる方もいよう。
 が、しかし、である。スカイレーダーの心臓、ライトサイクロンの大馬力は魚雷二本を搭載しながら従来のアベンジャーよりも俊敏な動きを約束した。
 どうだ、これでもケリが着かないと言い切れるかい?
 ラムズフェルは内心で誰かに力説していた。
 「アンダーソン!」
 ラムズフェルは無線で部下の名を呼ぶ。
 「はい!」
 無線機から返ってきた声はあのミッドウェー海戦以来、幾度となく日本艦隊に急降下爆撃を挑んだ米艦爆隊のエース、ロバート・アンダーソンであった。階級は大尉に昇格している。
 彼は今や編隊を任されるまでに成長していた。
 「お前達が先に突っ込んで輪形陣を突き崩せ!いいな?」
 「了解!!」
 アンダーソンの声を聞き、ラムズフェルは満足した。
 あと三〇分も飛べば敵艦隊が見える筈・・・・・・
 そう思って彼は気持ちを高ぶらせようとした。
 それが彼の最後の行為であった。
 一瞬にして彼のスカイレーダーは消し飛んだ。
 否、彼だけではない。ラムズフェル少佐直属の編隊すべてが消滅した。

 「な、何だ?!」
 無線機から長年の相棒、サミュエル・ガルシアの驚愕に引きつった声がする。スカイレーダーは単座機だ。その為にアンダーソンとガルシアのコンビは解散となり、ガルシアはガルシアで編隊を任されていた。アンダーソンとガルシアは米海軍でも貴重な大ベテランとして認知されているのだ。
 しかしその歴戦のガルシアですらパニックになる事態が発生していた。
 当たり前だ。
 一瞬にして四五〇機の精鋭の二割が吹っ飛んだのだ。驚かない方がどうかしている。
 「固まるな!全機、ブレイク!!散開しろ!!!」
 比較的落ち着いているアンダーソンは無線機に怒鳴った。自分の指揮下がどうのと考えている暇はない。ともかく散開して状況を立て直す必要がある。
 そこでアンダーソンは気付いた。
 「・・・・・・ジャップは何で攻撃してきたんだ?」
 花火弾(三式弾の事)か?しかし戦艦の艦砲といえどもまだ射程内ではないはずだ。なにせまだ敵艦隊まで半時間はかかる筈なのだから。
 「・・・・・・?!」
 その時アンダーソンは奇妙な敵機を発見した。まだ遠くてよくは見えない。だが明らかに違っていた。普通ならあって然るべきものがない。その機体は・・・・・・
 「!!」
 そこでアンダーソンは咄嗟に横滑りをかけた。
 危うかった。一瞬でも遅れていたら敵機銃弾に蜂の巣にされる所だった・・・・・・って待て!!あの敵機は一瞬で接近して機銃を撃ったのか?!バカな・・・・・・速過ぎる!!ざっとだが五〇〇ノット(時速九〇〇キロ)はでていたぞ!!
 「そんな機体があるものか!!」
 思わずアンダーソンは叫んだ。
 彼は知らなかったのだ。彼は開戦以来ずっと太平洋戦線で日本軍と戦っていたし、ドイツ軍と戦っていた友人もいなかった。
 そう、アンダーソン達を襲ったものの正体こそが「最終決戦兵器」瑞風の正体であった。

 「凄い・・・・・・凄いぞ!!」
 帝国海軍佐々木少尉はコクピット内で哄笑していた。彼は瑞風乗りに選ばれた搭乗員の一人だった。
 瑞風。
 今までその存在の凄さのみを書いてきて詳細を記してはこなかった。だがここでようやく瑞風の詳細を述べよう。
 まず瑞風のシルエットを見ていただきたい。
←瑞風(Ho9)
 そう、ここで気付く人は気付くだろう。
 瑞風の正体はドイツ人科学者のホルテン兄弟が設計した珍妙な無尾翼ジェット機、Ho9だったのだ。
 無論、原型のHo9は陸上機であり、とても艦載機には使えない。その艦載機への手直しを行ったのがあの田幡少佐だったのだ。
 しかし何故にHo9なのか。ドイツにはまだMe262といった(少なくともコレよりは)マトモなジェット機があった筈・・・・・・そう思われるのは当然だ。
 しかし当時、ドイツは同盟国と言っても「はい、そうですか」と最重要機密のジェット機を渡しはしない。現に幾度となく交渉してみたものの実らずじまいだった。
 日本としては最終決戦に勝てる絶対的な性能を持つジェット機は何が何でも手に入れたかったのだ。
 そんな日本の事情をどこで知ったのかはわからんないがホルテン兄弟が名乗りをあげた。彼らの研究していた無尾翼ジェットは変な兵器を大量にこしらえたドイツでも冷遇されるほどの異形のものであった。彼らは自分の研究の成果を日本に託した。残念ながら諸事情の所為で彼らが日本に赴くことはできなかったのだが。
 そしてホルテン兄弟の夢の欠片は日本へと渡った。元々、想像力は欠けているものの応用力ならば天下一品の日本人はこのホルテン兄弟の夢を実現させてしまったのだ。
 大量に端折ってはいるが大体はそんな感じで瑞風は完成した。ただその実機は田幡でなくても頭を抱えたくなるシロモノになってしまったが。
 そして肝心の性能である。
 これが凄い。
 最高時速は何と九〇〇キロにも達する。さらに機首に備え付けられた二〇ミリ機関砲は六門にもおよぶ。機首に集中してつけれたのでその集弾性は烈風などの主翼備え付け型とは比較にもならない。
 航続力はやや低めである。しかしそれでも一〇〇〇キロはある。
 ただ唯一の難点は信頼性であろう。現にこのジェット機というもの自体が日本の工業力にはやや厳しいのだろう。稼働率はあまり高くはない。それだけでなくなんと一〇〇時間に一度はエンジンそのものをオーバーホールしなけらばならないほどに耐久性も欠如していた。まあ、結城は一度の決戦に耐えれれば構わないとしてその信頼性と耐久性の低さは不問としたが。
 この空域に瑞風は一五〇機いた。
 そして最初の一撃で一〇〇機近くを撃墜して見せた。まだまだ瑞風隊の機銃弾はある。
 そう、米攻撃隊はまだこの瑞風の必殺の顎からは逃れられないのだ!!
 ベアキャットが必死に瑞風に食い下がる。だが瑞風は格闘戦などするつもりはない。九〇〇キロの最高速でさっさと離脱して態勢を立て直せばいいのだ。
 「このバケモノ戦闘機は俺達が引き受けた!スカイレーダーはジャップの空母を目指してくれ!!」
 ベアキャット隊の誰かがそう言ってくれた。だがその直後にこのベアキャットは撃墜されたのだろうか?呻き声とその直後の爆発音。そしてその無線機からは何も聞こえなくなった。

 「瑞風隊、攻撃を仕掛けました」
 衣笠艦内。
 「ようし・・・・・・ベアキャット隊を引き付けれるだけ引き付けろと指示してくれ」
 「了解」
 高井の言葉を誘導員は正確に実行した。
 「これで攻撃機と戦闘機を分離できたな・・・・・・次は烈風改隊の番だ」
 今度は高井自らマイクを握り、烈風隊を誘導する。
 もうお気づきだろうか?
 新生衣笠は航空機の針路を誘導し、最適の迎撃点へ向かわせることを主任務としている、言わば「航空管制艦」なのだ。
 何せ第一航空艦隊の直援機は瑞風、烈風を含めても三〇〇機に満たないのだ。この数で敵攻撃機(これが一度に五〇〇を超えるのは容易に想像できた)を阻止するには常に最善の位置から敵を迎撃するしかない。
 だが空戦の当事者達がそれを実行するのは極めて難しい。実際にスポーツでもやっている人ならわかるだろう。当事者と監督なら監督のほうが適切な指示を出せるのだ。
 衣笠の役目はその「監督」である。
 そしてその役目は完璧にこなされていた。

 「・・・・・・以上だ。わかったな?頼むぞ、烈風改隊!」
 そう言うと無線は切れた。
 「時代ってのは移ろうものなんだな」
 そうしみじみと彼は呟いた。
 彼は歴戦の古兵である。初陣は支那事変(後世に言う日中戦争)。だが第一次ガ島争奪戦で負傷。しかし不屈の闘志を持つ彼は前線へと復帰してきたのだ。
 男、いや、漢の名は坂井 三郎。人は彼をこう呼ぶ。「大空のサムライ」と。
 「坂井!貴様と飛ぶのは久しぶりだな!!」
 そう無線機で話し掛けてきたのは西沢 広義。日本で一番多くの敵機を撃墜したことで後世に名を刻み込んだ永遠の撃墜王とは彼のことだ。
 そう、この烈風改隊は全員が坂井、西沢クラスの大ベテランで構成されていた。
 では先の瑞風隊は・・・・・・?
 実は瑞風隊の飛行時間の平均は六〇〇時間程度だ。転じてこの烈風改隊の平均飛行時間は二〇〇〇時間すら越える。だが何故彼らに瑞風を渡さなかったのだろうか?
 それは瑞風がジェットというまったく異次元の機体であるからだ。従来のレシプロ機に慣れた彼らのような大ベテランではかえってジェットの特性を殺してしまうから、と瑞風の搭乗員は皆、新米が選ばれたのだ。
 これはベテラン不足に喘いでいた日本にとって渡りに船、な話であった。これで決戦に投入できない新米兵も戦力に、それも最強に等しい戦力に仕立て上げれたのだ。
 ともあれ瑞風に負けじ、と烈風改もスカイレーダー隊に襲いかかった!!
 「もらった!!」
 ドドドド
 わずか一連射で坂井はスカイレーダーを撃墜してみせた。負傷して一旦は戦列から離れてはいたがその腕は未だ健在なのだ!!
 突然の不幸に襲われたスカイレーダー隊は必死に逃げ惑う。だがベテラン揃いの烈風改隊から逃げれる筈がない。ましてや魚雷やらを抱いた身重の状態では尚更である。
 二〇〇機いたスカイレーダー隊は今や一五〇にまで数を減らしていた。しかも烈風改隊の攻撃は執拗に続き、まだまだ多くの機体が撃墜されるだろう・・・・・・

 「全機、横滑りで敵の射線を外すんだ!!」
 アンダーソンの必死の叫びも空しくスカイレーダー隊はジワジワと数を減らしていく。
 「畜生、ここまで来て・・・・・・」
 アンダーソンは烈風改を恨めしげに睨み付けた。
 そんな時、ガルシアの声が無線機から響いた。
 「サム(烈風改のこと)は俺達が引き受けた!他の奴等はジャップの空母にイチモツをブチこんでこい!!」
 「まさか!」
 アンダーソンはガルシア隊を探し出す。ガルシア隊は本当に全機が魚雷や爆弾を投下して烈風に立ち向かおうとしている。
 前述のようにスカイレーダーは単座機だ。おまけに最高時速は六〇〇キロを超える。その気になれば烈風改とも空戦は可能だ。だがしかし・・・・・・
 「ガルシア!相手はベアキャットでも勝てるかどうかわからないほどのベテランなんだぞ!!」
 しかしガルシアは笑って答えた。
 「それがどうした!やるしかないだろうが!!」
 「な、なら俺も・・・・・・」
 「バカ野郎。みんなが空戦したら誰が対艦攻撃するんだよ。・・・・・・おら、四の五の言わずさっさと行け!さもないと俺達がお前等を撃墜するぜ!!」
 アンダーソンは涙が流れるのを押さえきれなかった。
 「じゃあ、また会おう!グッド・ラック!!」
 そう言い切るとガルシア隊は烈風改隊に空戦を挑んだ。絶望的な戦いではあるが時間稼ぎにはなるだろう。
 「アンダーソン大尉・・・・・・」
 部下が恐る恐る聞いてくる。アンダーソンは自分が今や残された部隊の総指揮を任されている攻撃隊隊長代理なのだと思い直した。
 「・・・・・・アイツ等の行為を無下にはできん!全機、突入!!」
 アンダーソンは流れ落ちる涙を拭うことなくそう言って突撃を続けた。
 帝国海軍第一航空艦隊上空に到達できたスカイレーダーは一一〇機。
 だがこの一一〇機の猛者たちは溢れんばかりの闘志をもって第一航空艦隊に襲いかかった!!

 「長官、申し訳ありません」
 「気にするな、高井。俺の認識が甘かっただけだ。お前は最善を尽くしてくれたんだ。礼を言うぞ」
 無線機の向こうで畏まっている高井を結城は労った。
 しかし想定外だ。まさかスカイレーダーで空戦を挑んでくるとはな・・・・・・
 「勇気は日本の専売特許ではないということか・・・・・・」
 ともあれ結城の計算以上の数が輪形陣に達しようとしている。それは即ち自軍の損害の増加に直結する。
 「艦長、そろそろ頃合だ」
 結城の声に戦艦 信濃艦長阿部 敏雄大佐が嬉しそうに下命する。
 「砲撃戦用意!!」
 信濃の九門の四六センチ砲が獲物を求めて蠢きだした。
 それは信濃の姉の武蔵でもである。
 「ようし・・・・・・射ッ!!」
 信濃は轟音と共に吼えた。
 そして武蔵も。
 二艦合計一八発の三式弾は大輪の花を咲かせる。
 この一撃で七機は撃墜できただろうか。
 だがそれも予想以下の戦果だ。敵攻撃機スカイレーダーの防弾は想定以上なのは確実のようだ。
 結城は知らず知らずのうちに爪を噛んでいた。
 「ヤバイか・・・・・・・」

 「まだだ!ジャップ!!」
 今やアンダーソン等攻撃隊は修羅の形相となっている。
 花火弾の攻撃で何機かは撃墜されたがまだ一〇〇機近くは残っている。
 スカイレーダー一〇〇機ならば敵艦隊に充分な痛撃を与えれる筈だ!!
 「ようし、R部隊は全機であのAACを狙うぞ!!」
 アンダーソンは一一機の部下を連れてAAC。Anti Air Cruiser、つまりは対空巡洋艦に向けて進撃した。

 「艦長!敵一二機が迫ってきています!!」
 副長三島 肇中佐の報告に対空巡洋艦 九頭竜艦長の熊田 昭彦大佐は呵呵と大笑した。
 「ほう、俺達を強敵と見て真っ先に潰しにきたか。さすがに米軍も何度も何度もこの対空巡洋艦に痛い目に遭わされてきたら対策を立ててきたか?」
 熊田の視線の先には猛烈な対空砲火をものともせずに突撃を続ける一二機のスカイレーダーが映っていた。この一二機は全機が低空を進んでいる。いや、一二機だけではない。この攻撃隊の全機が低空を這うように進んでくる。おそらくは全機が雷撃機なのだろう、と熊田は判断した。その攻撃力はかなりのものであろう。
 「だが雷撃では本艦は沈まんぞ!俺の操艦でかわしてやるからな!!それに鈍重な雷撃機なら全機撃墜しろ!!!」
 熊田は巨体を誇示するかのようにして言う。何と頼りになる姿か。九頭竜乗組員はみんなこの豪快な艦長を好いている。この熊田の指揮下、一丸となっている九頭竜は性能以上の戦果を挙げてきたのだ!!
 「秋月被弾!!」
 三島の報告に熊田は右舷にいたはずの秋月を見る。だが秋月は劫火に包まれており、その艦容を留めていなかった。もはや二度とその自慢の長一〇センチ砲が火を吹くことは無い・・・・・・
 「バカな!!」
 秋月の艦長を熊田は知っている。駆逐艦の俊敏さを誰よりも上手く扱える男だ。魚雷如きを受けるようなことは考えられない。
 そこで熊田は初めて気付いた。こちらに向かってくる一二機のスカイレーダーは魚雷を抱いているのではなく、翼下に魚雷よりは小さな棒状の何かを搭載していることに。
 「噴進弾か!!」
 噴進弾。そう、ロケット弾のことだ。先のピケット艦攻撃の際にこちらも用いたアレだ。
 低空を這うように進めば高角砲の損害が減り、機銃のみに気をつければよくなる。対空砲火の被害は減る。おまけに噴進弾装備ならば命中率は急降下爆撃並になる。
 「アメ公の対空艦対策はコレか・・・・・・」
 熊田は拳を握り締め、唇を噛む。強く噛みすぎて血が滲むがそんなことに構ってはいられない。
 「面舵の用意をしておけ!!」
 操舵手にそう指示しておく。操舵手が心持ち舵輪を動かす。これで熊田の指示があり次第、回頭可能の筈だ。
 「砲術長、何としても奴を撃墜しろ!!一機でも多くだ!!いいな!!!」
 その間に駆逐艦 照月が被弾し綿密な対空砲火に穴が空けられる。
 熊田にはもう余裕が無かった。

 「砲術長、九頭竜を援護しろ!」
 九頭竜の妹である吉野型対空巡洋艦三番艦空知艦長網城 雄介大佐は戦況を見てそう下命した。
 「了解!!」
 すぐさま空知砲術長川辺 衛少佐の返答が返ってくる。
 「艦長、しかしマズイですね」
 副長瀬良 太郎中佐の声は暗い。
 「うむ・・・・・・早くも秋月型二隻、陽炎型一隻に阿賀野までもが落伍した。まだ敵攻撃機は九〇は残っているのにな」
 網城の声も自然と暗くなってしまう。
 「高角砲を封じられたのは痛手だな」
 「ええ・・・・・・近接信管を持たない我が軍の対空砲火の命中率はただでさえ高くはないのにこうまでされてはさすがにマズイですね」
 「ともあれやるしかない。全機撃墜の心意気で向かってもらいたい」
 瀬良がその言葉に頷こうとした時、一際大きな轟音が轟いた。
 「ああ・・・・・・・」
 絶望に浸る瀬良の声。
 「ク、クソッ・・・・・・」
 網城達の視界に映ったもの。それは被弾し、炎を噴出す九頭竜の姿であった。

 「やったぜ!俺はAACに勝った!!」
 思えば第一次ミッドウェー海戦からの因縁だ。足掛け四年に渡る対決。
 だが遂に勝利を収めた。その思いからアンダーソンは狂喜した。
 ただ完勝ではなかったが。一二機中投弾に成功したのは五機。実に七機も撃墜されていた。
 だが損害は七機では終わらなかった。
 九頭竜から放たれた一式四〇ミリ機関砲、アメリカ海軍でも使用しているボフォース四〇ミリ機関砲のコピー品の一弾はアンダーソン機を捉えた。
 「?!」
 四〇ミリ弾に右翼を吹き飛ばされたアンダーソン機。無論、飛行は不可能となりアンダーソン機は海面に激突して散った。
 「相打ちか・・・・・・サムライめ・・・・・・・」
 海面に激突し、意識・・・・・・否、生命の炎が消滅する間際にアンダーソンはそう嘆息した。そして多くの戦友達が待つ永遠の世界へ。
 大ベテラン艦爆乗りロバート・アンダーソンの最期であった。

 「・・・・・・チッ」
 熊田は静かに自分の腹に深々と突き刺さったロケット弾の破片を引きぬいた。
 それと同じに鮮血が九頭竜艦橋の床に滴り落ちる。
 「紅いな・・・・・・」
 綺麗な色だな。貴重な自分の血液なだけに余計にそう思えるのかもしれない。
 「艦長、大丈夫ですか?」
 艦橋内で一人軽傷ですんだ三島が聞いてくる。
 「バカ野郎。大丈夫に見えるのか?」
 「では軍医を・・・・・・」
 「ケッ・・・・・・三島ァ、お前は本当にバカだなぁ・・・・・・」
 熊田は轟然と立ち上がった。その際にさらに大量の血が零れ落ちる。だが熊田は表情一つ変えない。
 「俺は最期まで九頭竜の指揮を執るんだよ。お前のような未熟者に任せられるかよ・・・・・・」
 だがさすがに熊田の息は荒い。顔にも脂汗が滲んでいる。見ていても辛そうだ。
 「オラ、三島、お前見張り員やれ。戦死しちまったからな・・・・・・」
 「ハ、ハイ!」
 そう言うと熊田自らが舵を取る。
 九頭竜は先のロケット弾の被弾で高角砲全損、機銃も八割が喪失していた。だが熊田自身がそうであるように「まだ九頭竜は生きている!」と主張するかのように対空戦闘を続けていた。
 「艦長!雷撃機六機、翔鶴に向かいます!!」
 三島の報告。
 「あいよ!!」
 熊田は派手に舵輪を回して九頭竜を翔鶴に寄せる。それだけで九頭竜乗員には艦長の意図がわかった。
 「悪ィな・・・・・・貧乏クジ引かせちまって」
 熊田が全然悪びれずに言う。そう、最期までこの人は豪胆であり続けるのだ!!
 「何を今更・・・・・・最初から艦長にこの命、預けてますよ」
 三島の声にその通りだと九頭竜が沸く。
 「・・・・・・バカ野郎」
 「お互い様でしょう?」
 熊田と三島はニヤリと笑う。彼らでなければできないできないであろう芸当。
 「ふんっ・・・・義弟め・・・・ここまでやったんだから絶対に勝てよ・・・・・・そして日本を救えよ・・・・・・」
 そして九頭竜を衝撃が襲う。
 右舷に魚雷六本。九頭竜はその身を訂して「眞鐵の随人」の役目を果たし尽くしたのだ。

 「九頭竜轟沈!!」
 その報告を聞いた時、結城は何かが崩れる音を聞いた。
 彼は自分の計画で初めて身内を殺したのだ。
 思わずよろける結城。
 だが必死に足を踏ん張って立ち続ける。
 「・・・・・・空母に被害は?」
 「ま、まだありません」
 そうか、とだけ答えて結城は信濃艦橋から外を見続けた。
 その目には熱いものが輝いていた。

 九頭竜が沈没したことで帝国海軍の対空輪形陣に大きな穴が開いた。
 そこから大量のスカイレーダーが侵入してくる。
 装甲空母 大鳳はそんな混乱の最中に悠然と佇んでいた。
 当然ながら雷撃兵装のスカイレーダーが大挙して襲い掛かる。
 だが大鳳は一切の回避運動を行わない。
 黙ってスカイレーダーの攻撃を受け続けた。
 一本の巨大な水柱が大鳳右舷に湧き上がる。
 それを見てさらに数多くのスカイレーダーが襲い掛かる。
 そこで初めて大鳳は回避運動を開始した。
 最高速力は被雷したにも関わらずまったく衰えていない。大鳳の戦艦並みの重装甲なればこそだ。
 一本、二本とスイスイとスカイレーダーの雷撃を回避し続ける。
 そう、大鳳は自ら囮となって敵機を引きつけようとしているのだった。
 だが三四本ほど回避したところで遂に終焉を迎えた。
 右舷に三本が同時に突き刺さる。
 さすがにこれでガクリと速力を落とした大鳳。
 そこに止めをさすべく襲い掛かるスカイレーダー隊。
 こうして大鳳は魚雷九本を受けて爆沈。
 瑞風隊の母艦でもあった装甲空母はトラック沖を墓地とした。だが大鳳の犠牲で敵第一次攻撃隊は大鳳を撃沈した他には空母を沈めれなかった。

 「空母一隻撃沈だけだと?!」
 ハルゼーは怒りの声をあげる。
 四五〇機いた第一次攻撃隊は一五〇機ほどしか帰ってこなかった。
 軍事学上、六割以上の損害を全滅と称するから第一次攻撃隊は全滅したということになる。
 「落ち着いて下さい、ハルゼー提督」
 通信で会話しているマーク・ミッチャー提督の声は落ち着いている。ミッチャーはハルゼーの下で任務部隊の一つを受け持っている。
 「確かに第一次攻撃隊は全滅しました。ですが私の下の攻撃隊は輪形陣を中心に叩かせました。これで第二次攻撃隊はもっと少ない損害で多くの戦果を示せるはずです」
 「だがな、ミッチャーよ。損害の多くはジャップのジェット機が原因なんだぞ。それをどうにかしないと解決にはならんぞ!」
 「確かに。ですがジェット機の航続力は小さく、我が艦隊攻撃用には使えない。つまり直援専用のはずです」
 「そうか!こちらの直援の何機かを護衛機にまわせばいいのか!!」
 「そうです。サムならばベアキャットで充分に対応できます。例えベテランが乗っていても」
 「ようし、決まりだな、ミッチ!第二次攻撃隊をスタンバッとけ!!」
 「ラジャー」
 ハルゼーは受話器を置いた。そして呟いた。
 「まだだ・・・・・・まだ終わってないぞ、ジャップ!勝つのは俺達だ!!」

 一方、そのころ・・・・・・
 「長官、第二次攻撃隊を発進をさせましょう」
 参謀の声に結城は頷いた。結城の読みどおりならば次の攻撃隊は最強のものになるはずだ。下手すれば残存の空母一二隻が全滅するかもしれない。
 だがこちらが全滅してもかまわない。
 何故なら・・・・・・
 「次で終わり、だな・・・・・・」
 結城は小さく呟き、そして・・・・・・
 「第二次攻撃隊発進せよ!!」
 こうしてトラック沖海戦は最終局面を迎える・・・・・・



第一六章 緒戦

第一八章 決着


目次