「艦長!四時方向から雷撃機!!」
「取り舵!!」
だがその敵機は雷撃機ではなかった。噴進弾搭載型のスカイレーダーであった。
雷撃機に対する回避方法で対応しようとしていた空知がその敵の正体に気付いたときは手遅れであった。
バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ
スカイレーダーの両翼下に搭載されていた噴進弾が白煙をたなびきながら迫ってくる。
空知艦長 網城 雄介にはその噴進弾が迫ってくるさまが、まるでスローモーションの映画でも見ているかのようだった。
ゆっくり、ゆっくりと迫ってくる噴進弾。
これなら回避できるのでは・・・・・・
ボンヤリと網城はそう考えていた。
だが実際には数秒にも満たない間のできごと。
空知に三本の噴進弾が突き刺さった。
そして炎に包まれた空知は弾薬を誘爆させてしまい、トラック沖に沈んでいった。
・・・・・・・・・・・・
何と表現すればいいのだろうか?
言うなれば闇の世界からの生還であろうか?
ともかく網城はその眼を開けた。
右を見る。
左を見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうやら軍艦の医務室のようだ。
すぐ隣のベッドに見知らぬ誰か・・・・・・どうやら戦闘機搭乗員のようだ、が苦悶の声をあげて呻いている。その戦闘機搭乗員の右腕は半ばから千切れたのかなくなっていた。不思議なことにその兵士は英語で何かを呟いている。
網城の頭の中は混乱していた。
確か自分は空知で防空戦の一翼を担っていたはず・・・・・・だよな。うん。
なのに何で医務室のベッドで寝ているんだ?しかも隣の奴はアメリカ軍のパイロットだろう?
網城にはわからないことだらけであった。
その時医務室のドアが開いた。
「網城君・・・・目が覚めたか・・・・・・」
入ってきた男は網城がもっとも敬愛する上官であった。
結城 繁治第一航空艦隊司令長官。
「長官・・・・・・」
網城がポツリと呟いた。
「無事で何よりだな。・・・・・・といっても状況が飲み込めて無いようだな?」
結城の言葉に網城は壊れた人形のように首を縦にガクガクと振った。
そして結城からすべてが告げられた。
空知の轟沈・・・・・・艦橋から海面に投げ出された網城は救助されて、旗艦である戦艦 信濃の医務室に収容されたこと。そして帝国海軍が最終決戦に勝利を収めたということ。
「勝ったのですか・・・・我々は・・・・・・」
網城の言葉に結城は頷いた。
「だから今、我々は生存者の救出に当たっている。この激戦をくぐり、まだ生きている者は助けねばならない。それが・・・・・・」
結城はそこで一旦は言葉を切った。そして何かに躊躇うような表情を見せた後で再び口を開く。
「この外道作戦を実行してきた私の為さねばならない責任だと思う」
外道作戦。
結城は自ら計画立案し、実行に移した一連の作戦をそう評価していた。
ガダルカナル二万の将兵を時間稼ぎの為に殺し、この最終決戦でも多くの者が結城の「計算」の為に殺されたのだから・・・・・・
「私は・・・・この一撃の為にすべてを組み上げたのだ・・・・・・」
結城は饒舌に網城にすべてを告白していった。
「私はすべて失うだろうな・・・・当たり前だ。私に浴びせられるのは祖国を勝利に導いた英雄への賞賛ではない。私に戦死『させられた』遺族の罵声のみだ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「だがそれでも構わないさ・・・・・・」
「・・・・・・?」
「それで一億の同胞が救われるならば・・・・・・その為なら私はどのような運命だって受け入れよう。それが軍人の務めなのだ・・・・・・・・・・・・」
確かに結城は外道作戦で勝利を収めた。
だがそれを責めれるのだろうか?
少なくとも網城にはそれはできなかった。
軍人は何のために存在するのだろう?
それは自国の安全を保障し、同胞の未来を護る為に存在する。
そうだ。「護国の鬼」の集団が軍の本来あるべき姿ではなかろうか?
だが昭和の軍はそれを忘れていた。ただその脳内にあったのは「己の欲望を満たすこと」、ただそれのみ。彼らと比べれば結城は遥かに真っ当な軍人であった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今まで自分の内で密かに思っていたこと、すべてを吐き出した結城は「すまん。こんなことを言って。・・・・・・早く療養してくれ」と網城に言って退室していった。
網城は思った。
「俺は・・・・結城中将を護らねばならない。あの人が『外道の鬼』などではなく『祖国を護るためにすべてを犠牲にした立派な軍人』であったことを伝えねばならない・・・・・・・・・・・・」
アメリカ合衆国首都ワシントン。
アメリカ合衆国を治める大統領の住む白い城。ホワイトハウスはそこにある。
アメリカ合衆国第三二代大統領 フランクリン・ディラノ・ルーズヴェルトは昭和二〇年に入ってから体調が芳しくなく、度々医者の世話になっていた。
だが全快することはなく、大統領の生命は次第に痩せ細っていくのみであった。
そしてトラックでの海軍の大敗。
この報がルーズヴェルトの最後の希望を打ち砕いた。
もはや死の淵にあるルーズヴェルトは副大統領、つまり自分に「何か」あったら代理として大統領になる男を呼び出していた。
「やあ、ハリー・・・・・・」
副大統領 ハリー・トルーマンの眼前の男は本当にルーズヴェルト大統領なのだろうか?
彼は幼児期の病気の為に車椅子生活を余儀なくされていた。だがその覇気は人一倍強烈であり、議会演説などでは常人離れした印象を与えていた「巨人」であったのに・・・・・・
「君は次の大統領となるだろう・・・・・・だから伝えておきたいことがある・・・・・・・・・・・・」
もはや話すことすら容易ではないらしい。ゴホゴホと咳き込んで苦しそうにしている。
「対日戦ですね?」
トルーマンの問いにルーズヴェルトは頷いた。
「ジャパンと・・・・講和してくれ・・・・・・そうすれば君の支持基盤も固まる筈だ・・・・・・・・・・・・」
トラックでの大敗が報道されてから反戦運動は激化している。今もニューヨークでは反戦デモが行われている。
しかし日本を潰す気満々で対日戦を開始した男の言葉とは思えない。病気が彼の気力を奪い去ったからか?
「わかりました・・・・・・大統領の希望をかなえて見せます」
「ハリー・・・・私の執務室の机にジャパンからの文書がきている・・・・・・それを参考にしてくれ・・・・・・・・・・・・」
そう言うとルーズヴェルトは今までになく激しく咳き込んでしまった。そして医者が現れて面会謝絶。トルーマンは外に追い出されてしまった。
だが執務室に立ち寄って日本からの文章を手に入れることは忘れない。
「こ・・・・これは・・・・・・!!」
その内容はトルーマンを驚愕させた。
そして昭和二〇年四月一二日。
フランクリン・ディラノ・ルーズヴェルトは息を引き取った。
昭和二〇年四月一九日。
新たにアメリカ合衆国の大統領に就任したハリー・トルーマンと大日本帝国の首相 東条 英機との署名で、全戦域での停戦命令が発動された。
日米間の戦争はここで一時中断となった。
そして日米間での交渉が開始された。その場所に選ばれたのは洋上であった。
日本軍は戦艦 日向。
アメリカ軍は戦艦 メリーランド。
つまり両軍が謀略で沈められても大して惜しくはない旧式戦艦をだしたのだ。
そして太平洋上で両艦はランデブー。
こうして講和へ向けた交渉が開始された。
紛糾し、前に進まず、踊るのみと思われた日米会談であった。
だがその実は随分とあっさりと進んでいった。
日本側が大きく譲渡した結果であった。
この結果・・・・・・
○日本軍の占領地の返還。
○ただし返還された土地の住民が独立を望むならば植民地の独立を認める。
○満州国は完全に自治独立させてその市場は全世界に開放する。
○日米軍事協定の締結。
などが決められた。
日本は最終決戦で勝ったにもかかわらずすべての占領地を差し出してきた。連合国としてはこれを断るわけにはいかなかった。もし断れば再び日本軍が動き出す。空母機動部隊を完全に喪失しているアメリカ軍にそれを止める術はない。
だが何故に日本軍は譲渡してきたのか?
それは将来を見据えた決断であった。
もしもこの会談で強硬な姿勢を見せたとしよう。そうすればアメリカ内部に日本への遺恨が残る。
今は確かに日米間での戦力は日本が圧倒的に勝っている。だがアメリカ軍も復興はする。そうなれば第二次日米戦を招きかねない。
もはや戦争などしたくはないのだ。日本としては。
ここで日米間の同盟を結ぶほうが得策と判断した日本軍首脳部はこの条件に同意したのだった。
勿論、これに納得しない者もいる。それも半端でない数が。
だがそれを抑えるための工作も万全だ。
昭和二〇年四月二〇日。
日本のラジオから信じられないものが流れてきた。
昭和天皇自らの放送である。俗に言う「玉音放送」だ。
ここで天皇は、「日米講和の条約は朕、自らが望んだものであり、太平洋上で交渉を続けている者は朕、つまりは天皇の代弁者である」ということを語った。
さすがにこのような放送をされては敵わない。反抗分子は一斉に大義名分を失った。
「我が国に陛下がいて下さってよかったよ・・・・・・」
連合艦隊司令長官 山本 五十六は参謀長の宇垣 纏にそう語った。
真面目一徹な宇垣はあまりいい表情を示さなかった。だが。
「そうですね・・・・・・この放送がなければ大変なことになってましたね・・・・・・・・・・・・」
と答えた。
そして昭和二〇年五月一日。
正式に日米講和が為された。
こうして足掛け五年にわたる日米戦は終結した。
そうなると帝国海軍は戦中のすべての情報を公開した。
「あの『外道作戦』は結城独りが決めたもので、我々海軍は関係ない」
海軍は結城を人身御供として罵声から逃れようとした。
結城は遺族たちの罵声を反論もすることなく静かに受け止めた。
そして海軍を去った。
結城を護ろうとしていた網城であったが彼の希望も叶えられなかった。
海軍は網城に監視をつけた。
その監視の目の為に網城は結城への弁護が一切できなくなってしまった。
網城は歯噛みして悔しがった。
だが結城はそんな網城にこう言った。
「私なんかの為に君の人生を犠牲にする必要はない。罪人には罪人の生き方が相応しい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三〇年後。
昭和五〇年冬・・・・・・
帝国は高度経済成長を経て、今や超大国の一つとなった。
帝国自身はその後も戦争に関わることはなく、平和そのものであった。
テレビ放送は今日も平和そのものであり、ニュースで報道される事件もたいした事件ではない。
老人はテレビを消して、寝室へ向かった。
老人の名は結城 繁治。
だがその名を聞いてももはや誰もわからないだろう。
もはやあの戦争のことは一部のマニアと呼ばれる者以外は省みなくなった。平和である。
「千恵子・・・・・・」
寝室で静かに眠る妻、千恵子に結城はそっと語りかけた。
千恵子も目を静かに開ける。そして夫の顔を見て静かに微笑んだ。
ああ、俺は何度この笑顔に癒されただろうか。
結城はそう思う。
だがその妻ももう長くはないだろう。現に千恵子はほとんど寝たきりである。
「あなた・・・・・・」
千恵子が口を開く。
「何だ、千恵子・・・・・・」
「ありがとうございます・・・・・・」
「いや、例を言うのは私のほうだ。君の未来の為に戦う。これだけが私の支えだったのだから・・・・・・」
千恵子はその言葉に笑った。静かな笑みだ。老いたとはいえどもこれ以上に美しいものは結城にとってなかった。
「ちがうんです・・・・私が言いたいのは・・・・・・」
千恵子の眼から涙が溢れてくる。
「ああ・・・・ごめんなさい、あなた・・・・・・」
突然泣き出した妻に結城は戸惑う。
「私は・・・・知っていたんです。あなたがすべての責任を果たされた時にどうしたがっていたかを・・・・・・」
「!!」
結城の身体が強張った。知らず知らずに汗が滲んでくる。
「でもあなたは私をとってくれた。例え罵倒され続けても、私と居続ける運命を選んでくれた。嬉しかった・・・・嬉しかった・・・・・・でも・・・・それはあなたの望んでいた途ではなかった・・・・・・」
「千恵子!」
結城は妻の手を取る。
「そんなことはないんだ。これが俺の望んだ途なのだ・・・・・・」
千恵子はその手をあげて結城の顔をなでる。
「あなたは優しい人・・・・・・自分以外の不幸まで背負い込もうとする・・・・・・」
「う・・・・ううう・・・・・・」
結城は泣いていた。彼は聡明な妻の前では結局、細事にいたるまで隠し事はできなかった。
「でも・・・・もういいんです・・・・・・私が逝ったら・・・・あなたの・・・・・・望む・・・・・・・・途を・・・・・・・・・・・・」
千恵子の身体から力が抜けていく。そして結城の胸の中で抱きとめられながら・・・・・・
結城 千恵子は悠久の世界へと旅立っていった。
それから三日後。
既に海軍を退役していた網城の元に一通の封筒が届いていた。
海軍の彼に対する監視がまだ続いており、彼は遂に結城 繁治の真実を語ることはできそうになかった。
その封筒には差出人の名前はない。
「誰だ、一体・・・・・・」
訝しみながら封筒を開封する。
それには一通の手紙が入っていた。
「何だ、これ・・・・・・」
そしてその内容を見るうちに網城の表情が激変していく。
その筆跡は明らかに自分がもっとも敬愛し、そして護り抜こうとして果たせなかった人物のものであった。
そしてその手紙にはこう書かれていた。
「すべての責任を果たす時が来た。
君は私の選択を馬鹿なことだと止めるかもしれない。
だが私の選択は私の最期にして最良の選択だと思う。
私は英霊たちの元へ逝って謝るつもりだ。いささか遅かったかもしれないが。
ではさらばだ。
我が愛しき祖国に永遠の繁栄と安寧の時が来ることを祈る
結城 繁治 」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
某新聞より抜粋。
「昨夜未明、○○県で老人が割腹自殺。
警察は遺体を同県に住む結城 繁治(八〇歳)と断定。
自殺理由等は不明・・・・・・・・・・・・」