艦これショートショート
「鎮守府のメリークリスマス」

 深い海の底に澱む暗闇から現れた謎の異形、深海棲艦。深海棲艦の存在によって海は人類にとって恵みを受ける場ではなくなった。
 その深海棲艦に対抗できる唯一の存在。それが艦娘である。艦娘とはかつて存在した軍艦の記憶と能力をもった少女たちのことで深海棲艦をはねかえす盾であり、海を取り返す矛である。
 私は武蔵。大和型戦艦二番艦にして改良艦の艦娘であり、地上最強を自負する四六センチ砲戦艦の艦娘だ。
 秋に発動された渾作戦も大勝利に終わり、そして季節は冬に移りつつある。そんな頃に私、戦艦武蔵が巻き込まれた事件のことを今回は話すとしよう………。



 あれは一二月に入ったばかりのことだった。
 我々、艦娘が共同生活をおくる鎮守府に一つの小さな箱が置かれたのだ。白い厚紙を切って作られた箱は蓋の部分に細長い長方形の穴が開いていた。
「なんだ、あれ?」
「スーパーとかにある、お客様の声を聞かせてくださいボックスみたいだな」
 かしましい艦娘たちの興味はたちまち箱に吸い寄せられていく。そんな興味の視線の前に立ちはだかるように、一人の艦娘が進み出た。
 艶やかな長い黒髪と無駄な脂肪を持たない肢体、そしてハッキリとした意志を感じさせる切れ長の目が魅力的な艦娘、長門だった。
「みんな、一二月になったな。さて、一二月といえばなんだ?」
 長門の凛とした声が部屋に渡る。部屋にいた駆逐艦も、巡洋艦も、空母も、潜水艦も、戦艦も………皆が思い思いの回答を長門に返す。長門は腕を組み、静かに目を閉じて回答を聞いていた。
「大掃除の準備をしないといけないのです」
「新年のお餅やお節料理の準備も必要ですね」
「いや、それよりもクリスマスだろ! クリスマスパーティーで酒が飲めるぞ〜ってさ!」
「アンタは年中無休で飲んでるじゃない………」
 皆の言葉に一つ一つ頷いていた長門が静かに目を開いてヒントを与える。
「今の話の中ではクリスマスが一番近かったな」
 長門の言葉にピンときたのであろう、駆逐艦の文月が元気よく手を上げて発した。
「サンタさん!」
 幼い者が多い駆逐艦の艦娘の中でも一際純真な文月の嬉しそうな声に一同が和む中、長門は力強く文月の言葉を肯定した。
「そうだ! この箱に皆の欲しいものを書いた手紙を集め、それをサンタに渡す。お前たち駆逐艦のみならず、艦娘は皆よい子にしていたからな。きっとプレゼントがもらえるぞ」
 長門の言葉を聞いた駆逐艦たちが息を飲むのがわかった。誰もが夢で眼を輝かせている。そして陸奥と大和が便箋と鉛筆を配り始めた。その対象は駆逐艦だけでなく、巡洋艦や潜水艦、戦艦や空母などにも配られていた。幼い駆逐艦たちは童心の赴くまま、戦艦や空母たちは童心を呼び覚ました楽しげな表情で何を書こうかと話し合っている。
「なお、サンタクロースに武器なんてねだるんじゃないぞ。無粋にも程がある」
 長門の付け加えた言葉に北上と大井が図星を突かれた顔を見せる。
 私はすぐ近くにいた駆逐艦の清霜に声をかけてみた。
「清霜、お前は何を書くつもりだ?」
「うーん、武器が駄目みたいですから………ねぇ、武蔵さん、戦艦になるには何がいりますか?」
 清霜はいつもの人懐っこい笑顔で私に尋ね返した。
「ま、そうさな………握力でも鍛えるためにハンドグリッパーでももらえばいいんじゃないか?」
「なるほど! 握力、大事ですもんね!!」
 戦艦になることを夢見る駆逐艦の質問の答えとしてこれでいいのか? と思わないでもないが………。
 私は屈託なく便箋に自分の願いを書いている清霜から視線を外し………次いで視線の向いた先には何を書いたものか困った&迷った表情を浮かべる幼い少女の姿があった。それは駆逐艦の弥生だった。
「どうした、弥生。別に遠慮することはないんだぞ」
 弥生がどちらかというと人見知りするタイプで、私もたいしたことを話したことがない。これもきっかけかと思って話しかけてみたが………。
「い、いえ、弥生は別に………」
 緊張でしゃちこばった声と表情と体の堅さで目の前の駆逐艦娘が応える。そして小さな声で続けた。
「それにサンタさんなんて本当はいませんし………」



「………なるほど。最近、長門や陸奥と何かを企んでいると思っていたが」
 その日の夜、鎮守府の会議室の一室に長門と陸奥、そして大和と私で集まっていた。表向きは昼間に発表したサンタクロース作戦の打ち合わせとしての集まりだったが、実際には日本酒の酒瓶を片手の飲み会が主であった。
 私が大和の杯に酒を注ぎながら続ける。
「サンタクロースを我々でやろうというわけか」
「ええ。面白そうでしょう、武蔵?」
 我が姉が無邪気な笑顔で計画をそう評した。そして杯を一気にあおって空にする。相当量すでに飲んでいるはずなのだが、表情一つ変えないのは我が姉ながら「うわばみ」としか言いようのない飲みっぷりだ。
「だが、弥生などは『サンタなんて本当はいない』といって手紙を出すのを渋っていたな」
「まぁ、そうなの?」
 陸奥が杯をチビチビ、舐めるように飲みながら驚いた表情を見せる。
「ま、仕方あるまい。そういうお前たちだってサンタクロースをいつまで信じていた? 早い者なら弥生くらいの時には薄々感づいていたんじゃないか?」
 ………これは後で聞いた話なのだが、私がそう言った瞬間、陸奥と大和が「あっ………」と言いたげな表情をしていたらしい。地雷をそうとは知らずに思いっきり踏み抜いた愚者を憐れむ表情だったそうだ。
「………武蔵」
 杯をぐいっとあおり、一息ついてから長門が言った。今にして思えば目が据わっていたような気がする。
「武蔵、眼鏡を外せ」
「は?」
「いいから眼鏡を外せ」
 長門の有無を言わさぬ言葉に気圧されながら、私が眼鏡を外し、ぼやけた裸眼の視界で長門を見やる。長門は両脚を大きく開き、床をぎっしりと踏みしめ、腕を大きく振りかぶって………そして強く固く握られた拳を私の顔面に思いっきり叩きつけた。
 防御が通用しないとまで言われるほどの長門の剛拳が私の顔面にめり込む。しかし私も四六センチ砲戦艦。その一撃で倒れることはせず、咄嗟に足を踏ん張って耐えてみせた。
「長門………!」
「何をする!?」と私が言うより早く、長門の怒声が私に浴びせられた。
「ふざけるな!」
 え? なんで私は顔面を殴られて、さらに怒声まで浴びせられてるんだ?
「いつからいなくなったんだ!!」
 いなく………? え? サンタがか!?
「長門、まさかお前、まだサンタを信じて………?」
 混乱する私の言葉を遮って長門が大きな声を張り上げる。
「そういうことではない!」
 思わず正座で長門の言葉の続きを待つ私。
「幼い頃、クリスマスの夜に眠る私やお前の枕元にプレゼントを置いてくれたのは誰だ?」
「いや、それは両親………」
「その翌朝、プレゼントにはしゃぐ私は誰からそれをもらったと思った? サンタだろうが!」
「は、はぁ………」
「いいか、私たちはその喜びを経て成長した大人なのだ。だからサンタの心を受け継いで、これからは私たちがサンタになるんだよ!」
 長門は紅潮した顔でまくしたてる。
「故に『サンタなんて実際いないよ』だなんてことを、まるで自分は知識人、常識人である風に言う武蔵のようなヤツには、私は正面から向かって目を見てこう言ってやるのだ」
 いや、別に私は自分を知識人だなんて言ったつもりはないんだが………。
「私がサンタなんだ!」
 お、おう。
「武蔵、お前もサンタになろうよ………夢が叶うといいねなんて夢を追う立場から、子供たちの夢を叶えさせてあげる立場にドンと座るんだよ」
 ……………。
「大人を、逃げるな」
 長門の言葉が私の機関の圧力を上げるのがわかる。長門はこういう話をさせると本当に上手い、上手いのだが………。
「………なぁ、殴ることはなかったんじゃないか?」
 ………長門はそれには答えず、私の杯を拾って酒を新たに注いで飲むように促した。私はとある表情でそれをぐいと飲み干した。後で大和に「憮然そのもの」だったと散々からかわれたのだった。



 それから少し経った夜。つまりは一二月二四日の夜であった。
 黒い帳につつまれた空に散らばる星の宝石。雲もなく、雪も降っていないが素晴らしいクリスマスの夜だった。
「よし、では作戦を決行する」
 星明りの下、白いトリミングのある赤い服と赤いナイトキャップ姿の長門がふんすと白い息を吐く。
「プレゼントもバッチリ準備できましたね」
 長門と同じくサンタクロースの衣装をまとった大和が楽しげに応えた。大和型と長門型の一番艦は二人とも楽しげだ。
「………なぁ、長門よ」
 一番艦とは対照的に、私と陸奥、二番艦の声は重かった。なぜか。それは私と陸奥の格好にあった。
 私と陸奥はサンタクロースの衣装ではなく、茶色い毛皮の着ぐるみを着せられていたからだ。そう、サンタクロースのソリをひくトナカイをデフォルメした着ぐるみだった。
 可愛いサンタコスチュームと野暮ったいトナカイの着ぐるみ。その明暗は我々のテンションの高低でハッキリと表れていた。
「陸奥がトナカイなのはわかるが、なんで私までトナカイなのだ!」
 私の叫びに陸奥が驚きの顔を見せる。そしてあわてて私の肩をつかんでくる。
「ちょっと武蔵、なんで私がトナカイなの納得してるの!?」
 だってヘッドバンドの角が前に向いているのが鯨偶蹄目シカ科っぽいし………。
 私の言葉を聞いて陸奥が唇を尖らせて異議を申し立てる。
「それを言うなら武蔵だって日に焼けたお肌がトナカイの毛皮みたいじゃない! ………あ」
 ………たぶん、私たちの姉たちが私たちをトナカイにした理由はそのあたりなんだろう。思慮が深そうで、そんなことはまったくない。それが我々の姉の性格なのは妹の私たちが重々承知している。そしていくら不平をもらしても姉だからと訂正するつもりもないであろうことも。
 私と陸奥は諦めてため息一つ吐いて、気持ちを切り替えることにする。
「………で、どうするのだ? 我々は駆逐艦たちの寮に向かうのか?」
「うむ。空母寮や巡洋艦寮、潜水艦寮は金剛型や伊勢型に任せておいたからな」
 長門が駆逐艦寮の地図を懐から取り出しつつ説明する。駆逐艦たちは基本的に何隻かで集まって一部屋をシェアしていることが多い。そこで扉の前にそれぞれのプレゼントを置いていくのだという。ま、妥当な作戦計画か。
「よし、では出撃!」
「推して参ります!」
 一番艦を先頭に大和型と長門型の戦艦が大きな袋を抱えて前進を開始していく。
 我らの向かう先、駆逐艦たちの住まう寮の明かりはすでに落ち、人いきれは感じられない。静まり返った寮の玄関を開き、足音をたてぬように細心の注意で進んでいく。玄関もそうだが、廊下も明かりはついておらず、黒の絵の具をぶちまけたかのように先が見えなかった。しかし我々は明かりがなくても不自由なく前進することが出来た。この時を見越して日々の装備開発で射撃用電探を複数開発していた長門の慧眼の賜物である。
 ………長門め、一体いつから準備していたんだ?
 私が内心でそう思った時、私の電探が何者かの接近を捉えた。当然、大和も長門も陸奥もその接近を察知している。
(どうする?)
 声ではなく、目線で示しを合わせ、音の接近にどう対処するのかを決める。いくつもの死線をくぐりぬけた歴戦の戦艦だからこそできる芸当だ………とカッコつけるにはシチュエーションが情けないか?
 とにかく、パタパタと可愛らしい足音を立てながら、何名かの子供たちが駆け寄ってくる。
「いま、ここでなにか音がしました! きっとサンタさんです!!」
 大きな声で子供たちの先頭を行くのは駆逐艦の大潮だった。その後ろに続くのは同型駆逐艦の朝潮と荒潮、満潮の第八駆逐隊だった。だが、彼女らの前には誰一人いない。寒々とした廊下があるだけだった。
「………誰もいませんね」
「あれ〜? たしかにきこえたんですけど………」
「荒潮は聞こえてた?」
「あらあら。私には大潮ちゃんの声ばっかり聞こえてたから………困ったわねぇ」
 三人の言葉を他所に、眠そうにあくびを噛み殺しながら満潮がポツリと言葉を挟む。
「もう眠いから寝ましょうよ………プレゼントなら明日、確認すればいいじゃない………」
 満潮の言葉に大潮も渋々ながら了承し、第八駆逐隊の面々は引き上げていった………。
「………行ったな」
 周囲に気配がなくなったことを確認してから長門が呟いた。彼女は左手で天井のスプリンクラーをつまみ、右手で私たちを抱えたまま天井に張り付いていたのだった。艤装を外しているとはいえ、おもちゃが入った荷物と同時に人を三人小脇に抱えてスプリンクラー程度の小さな握りで天井に張り付き続ける。まったく、驚異的なバカ力というやつだ。
「いくら聖夜だからって夜更かしは感心しないわね」
 大和が本気なのか冗談なのか判別に困る感想をこぼす。それに対して陸奥がクスリと笑って応えた。
「それだけみんなサンタクロースが大好きなのよ」
 だから私たちがサンタクロースをやるのだと言いたげな陸奥の言葉に一同が頷き、荷物を肩に背負って再びプレゼント配達という任務に戻っていく………。
 そして翌朝、全艦娘で共有している食堂で私は見たのだ。
 サンタクロースからもらったプレゼントに喜色を満面にしている艦娘たちを。あの弥生だってプレゼントの可愛らしい犬のぬいぐるみを抱いて、気恥ずかしそうに微笑んでいたのだ。
 誰かから夢をもらい、そして夢は育まれていくものだ。この武蔵だってかつてはそうだった。
 だが、もらうだけで終わらせてはいけない。いつしか夢と一緒に育ったのなら、その時は夢を誰かにあげなければいけない。それが長門のいう「大人を逃げるな」ということなのだろう。
 そして願わくば、次の子供たちが平和な海で夢を育むことが出来るように。そのために今の私たちは戦い続けるのだ。
 とはいえ、今回の私の話はここまでだ。では、最後にこの言葉で締めるとしようか。
 そう、こういう時にこそいうのさ、「メリークリスマス」というのは、な。


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