艦これショートショート
「今宵、シンデレラの君と踊ろう」


 見渡すかぎりの大海原に白い翼の海鳥が一羽、翼に風を集めて空を翔る。
 海鳥は自らの空腹を満たすべく、手ごろな魚がいないかどうか辺りに目を凝らす。だが、海鳥の眼下で繰り広げられるは戦場だった。
 海鳥にわかるはずもないが、軍艦の記憶と力を受け継いだ艦娘と未だに謎多き侵略者である深海棲艦。まるで光と影、白と黒、決して交わらない対極が互いの生存をかけて争っていたのだった。
 シャン………
 左手に持つ長い杖、まるで遊行僧が持つ錫杖のような杖に、飛行甲板の絵をくくりつけ、一人の艦娘が静かに呟く。
「よし、第一次航空隊、発艦始め」
 彼女の言葉を合図に、彼女の右手が持っていた長い箱から無数の紙が飛び出していき、見る間に紙は式の神へと姿を変えていく。
 全身を回すほどに杖を大きく振り、式神を導く少女の姿はまさに荘厳。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前………」
 杖の先端が九字を切り、そして式神は現世に銀の翼を得て、大空に舞う!
 正規空母雲龍の命によって実体化された航空機は艦上攻撃機天山となりて仇敵、深海棲艦の群れに向かって突き進んでいく。天山の胴体下に搭載されているのは必殺の威力を誇る航空魚雷だ。それを深海棲艦に叩き込むことが雲龍が攻撃隊に達した命令であった。
 だが、攻撃隊を阻む黒い影。それは深海棲艦の空母ヲ級の放った艦載機であった。昆虫的なフォルムの異形が天山に対して文字通り牙を剥く。
 しかし天山に向かう異形は烈しい風を真正面から受ける形になった。天山という「山」に向かう異形を阻む「風」の正体とは艦上戦闘機烈風であった。
「ほー、なかなかカッコいいじゃん」
 雲龍の力で制御された天山と烈風の連携に感嘆の声をあげたのは巫女装束に身を包んだ艦娘だった。紫色に染めた髪は今日も整髪料でしっかりと、そしてアバンギャルドに固めてられていた。彼女の名は隼鷹。豪華客船として起工され、軽空母として生きることになった軽空母の艦娘であった。
「なぁ、飛鷹、今度からアタシらも杖使ってみようぜ? こう、シュビビビッ! ………ってな」
 隼鷹の気楽な声を背中で聞いて、もう一人の巫女装束の艦娘が呆れた声を発した。
「何言ってんの。私たちには私たちのやり方があるじゃない。さ、バカなこといってないで、わたしたちもやるわよ!」
 隼鷹とは対照的に艶やかな黒髪が目につく艦娘は右の掌から薄紫色した力を放ちながら応えた。彼女は飛鷹。隼鷹と同じ、奇妙な運命によって軽空母として誕生した元・豪華客船だった。
「ま、そりゃそうだ」
 二人の商船改造空母は海面にすっくと立って、左の手に持っていた巻物をバサリと広げる。それは雲龍の錫杖にくくりつけられた飛行甲板の絵と似たようなものを巻いたものだった。赤城や加賀の甲板と異なり、小さく折りたためて持ち運びに適したスタイルなのだと隼鷹などはうそぶいている。
「誅戮凶悪!」
「急々如律令!!」
 二人の軽空母がそれぞれ広げた巻物型の飛行甲板に雲龍が使用していたものと同じ紙がふわりと舞い降り、そして風を翼に捉えて姿を変えていく。
 雲龍が使用する航空機発艦方法と根本を同じとする隼鷹、飛鷹の発艦方法。決定的に違うのは雲龍が錫杖にこめた力で航空機を制御するのに対し、軽空母たちは右の手から力を放って航空機を制御していることだ。
 隼鷹と飛鷹、猛禽の名を持つ軽空母から飛び立った烈風と彗星、天山も加わり、空母三隻分の攻撃隊が深海棲艦に向けて襲いかかる。烈風が敵戦闘機を蹴散らし、強引に確保した制空権の中を彗星が、天山が突き進んでいく。
 雲龍から飛び立った天山が海面ギリギリを這うように飛ぶ………いや、そのさらに下を飛鷹所属の天山が飛んでいる! まるで波の一部となったかのような艦攻の進撃に深海棲艦の対空砲火は空ではなく、海面に向けて放たれていた。
 今の雲龍では飛鷹ほど艦載機を細かくコントロールすることはできない。雲龍は目の前の、先達の錬度の高さを思い知る。だが、それで萎縮する必要はない。自分はまだ成長途中。全力で先達の背中を追いかけ、追いついてみせるのだ! 雲龍の錫杖にこめられる力がジワリと増していく………。
 雲龍と飛鷹の天山隊の狙いは戦艦ル級に定められた。ル級が必死で形成する弾幕の「下」をくぐり抜け、天山隊が次々と魚雷を投下していく。ル級に向けて幾筋もの雷跡が伸びていく。
 そのうちの一本がル級の真下に位置した瞬間を雲龍は見逃さなかった。その一本こそ自分の天山が投下した航空魚雷である。ならば、と雲龍が錫杖を経由して力を送り込む。雲龍の力の波動が航空魚雷の信管を操作し、作動させる。水上に立つ深海棲艦に魚雷を喰らわせるために艦娘たちが編み出した戦法であった。
 海から天を突くように立ち上る水柱。翼に風を集め、眼下に繰り広げられる戦争を眺めていた海鳥はピーと鳴きながら翼をひるがえす。
 この海は散々だ。生命の進化から離れた怪物同士が殺しあっている。海鳥は本能的にそれを悟り、全速力で逃げ去っていく………。
 しかしル級も戦艦である。魚雷の一本では戦闘力のすべてを殺ぐには至らない。ル級は金色の闘気をまとい、両手に持った盾のような形状をした砲を構える。一六インチに達する大口径砲で雲龍に反撃の太刀を浴びせるのだ。
 バスコォォォム!
 一六インチ砲の咆哮が、発砲炎がル級を包む。放たれた主砲弾がドス黒い瘴気を引きながら突き進んでいく。もちろん狙いは白い鎧をつけた雲龍の肢体だ。白を汚すべく放たれた暗黒。だが、雲龍の目は危機を眼前にしても欠片の曇りもなく、澄んだままだった。
「ハッ!」
 雲龍が気合を吐きつつ、脚を曲げ、そして大きく跳んだ。波しぶきと共に雲龍の体が宙に浮き、彼女の頭が海に、足先が天に向けられ、そのまま足先で丸く満ちた月の輪郭を描く。艦娘ならではの海上側宙とでもいうべきアクロバットにル級の放った砲弾は空を切った。雲龍の足先が再び海面に突き刺さり、派手な水飛沫が舞う。
 誰もが「ほぅ………」と見惚れる妙技。しかしその妙技ですら雲龍の次のアクションの前座であった。着水するよりも早く、雲龍はル級を仕留めるための次の一手を打っていたのだった。雲龍が巻き上げた水飛沫を裂いて、彗星が機首をもたげ、飛んでいく!
 高度をとった彗星が、今度はその名の如く急角度でル級めがけてダイブ!
「カアアアアアァァァァァァァァァァ!!」
 ル級が裂帛の気合で対空砲火を撃ち上げる………が、先の被雷の影響か、照準は定まっていない。雲龍を発った彗星隊が爆弾を次々に投下し、落ちていく爆弾が次々と戦艦ル級を叩いていく。轟沈にこそ至らなかったが、ル級はもはや落城寸前。もはや脅威になることはなかった。
(へぇ、こいつは………)
 隼鷹は配属なったばかりの新米正規空母の素質の深さと、その素質を磨こうとする気概の大きさに感心していた。弓を使う赤城や加賀といった他の正規空母とは違う雲龍の陰陽道型艦載機運用術。その先駆者である隼鷹でも出撃回数数回程度で、ここまでの活躍はできなかった。
(軍艦の時に碌な活躍ができなかった屈辱と、今度はそうはいかないという気概。その二つが混ぜ合わさって、艦娘雲龍の強さの元になっているのかな………?)
 軍艦であった頃の雲龍は本来自分が受け持つはずだった特攻機桜花の輸送任務で潜水艦に襲われて沈んでいる。隼鷹が桜花の輸送任務に参加できなかったのは、隼鷹自身がその前に潜水艦による襲撃で損傷していたためであったのだが、それだけに雲龍の喪失には無関係という顔はできなかった。
 そんな雲龍が艦娘として誕生した時、他の正規空母のように弓を使うのではなく、隼鷹と同じ陰陽道型を選択したと聞いた時に隼鷹の腹は決まった。陰陽道型艦載機運用術の先達として、雲龍の成長と活躍を支えていこう。今度こそ、空母機動部隊で勝利の栄光を掴んでみせるのだ!
「ぃよっし、アタシも負けてらんねェー! さぁさ、お立会い! 隼鷹サマのフライングサーカスだッ!!」
 隼鷹の右手から放たれる力が一際大きくなり、彼女の制御下にある艦載機の動きがさらに鋭くなる。隼鷹が操る烈風が自動空戦フラップを作動させ、空母ヲ級の艦載機を次々と狙い、撃ち、爆砕していく。
 自らの放った艦載機の大半を撃墜され、狼狽したヲ級が自らを守るために残った艦載機を呼び寄せようとする。だが、その悲鳴に似た声も虚しく隼鷹の天山と彗星がヲ級に殺到する。
「!!」
 ヲ級が海面を右に左に滑走しながら天山の落とした魚雷から逃れようとする。隼鷹はそんなヲ級をあざ笑うかのように口の端を吊り上げ、右の人差し指をピクリと動かす。その仕草を合図に、隼鷹の天山が投下していた魚雷が一斉に信管を作動させる。
 瞬間、ヲ級は巨大な水柱に周囲を囲まれ、身動きが取れなくなる。水柱の森の中で下手な動きを見せれば濁流に飲み込まれるだけだ。そしてヲ級の意識は上へと向けられる。水柱の森に囚われた今、彗星の急降下爆撃を受けては一たまりも………。
 だが、ヲ級が本当に気をつけるべきは上ではなく、「前」だったのだ。
 白魚のようにたとえられるしなやかな指がヲ級の異形、クラゲのような二つ目の頭部に触れる。
「ヲ………?」
 ようやくにして自分の前に何かが起きていることに気付いたヲ級の視線の先には改造巫女装束の美女が立っていた。もちろんその美女とは隼鷹であった。そして先ほど触れた隼鷹の指先は、ヲ級の頭に一枚の符を貼っていた。
「ヲ?」
 何が起きたのか理解できず、首をかしげるヲ級に背を向け、隼鷹は再び海を駆ける。そして冷たい口調で唱える。
「邪怪禁呪。悪業を成す精魅」
 隼鷹の呪文でヲ級に貼り付けられた符が姿を変えていく。符は見る間に爆弾に姿を変えていく!
「天地万物の正義を持ちて微塵とせむ」
 水柱の間を縫って、彗星が上からヲ級に襲いかかる。頭部に符を、爆弾を貼り付けられたヲ級はまさに剥き出しになった火薬庫そのものだ。ヲ級が対空砲で彗星を狙うが、もう遅い。
「禁」
 右手の人差し指に中指をそえて立たせ、隼鷹が静かに宣言する。禁とはすなわち禁ずること。深海棲艦の侵略を、深海棲艦の謀を、そして深海棲艦が存在することを禁ず。
 彗星が投下した爆弾が、ヲ級に貼り付けられた爆弾もろとも爆発し、ヲ級が人の形をした炎の塊となって沈んでいく。
(隼鷹………)
 炎の渦を背に放っていた艦載機の符を回収する隼鷹を見つめていたのは飛鷹だった。雲龍の奮闘に発奮し、鬼神の如き活躍を見せた姉妹艦に向けられた飛鷹の視線は寂しげであった。
 軍艦であった頃、雲龍が竣工するよりも前に生起したマリアナ沖海戦で戦没した飛鷹にとって、雲龍とは「間に合わなかった可能性」であった。また、飛鷹は隼鷹と同じく豪華客船として設計され、空母として竣工し、空母として戦場に没した。
 故にこれらが繋がり、彼女の胸の中に小さなシミが一つ生まれた。
 つまり、「雲龍まで艦娘として生まれた今、私がいなくても十分な戦力が揃っているのではないのか………?」
 口にこそしないが、それは飛鷹にとって大きな疑問であった。設計段階から軍艦としての人生を定められていた雲龍とは違い、飛鷹や隼鷹は元々豪華客船として設計されているのだ。
(雲龍や大鳳までもが艦娘として戦力となった以上、もう私が戦う必要はないんじゃないのか?)
 飛鷹の胸の中に落ちた小さなシミが、飛鷹の艦娘としての力を蝕んでいく………。右手から放たれていた力が弱まり、彼女の管制下にあった艦載機の動きが鈍る。
「飛鷹! 右、右!!」
 隼鷹の声にようやく我に返った飛鷹。慌てて視線を右に向けるとそこには大きな口を開け、飛鷹に喰らいつかんとする駆逐ロ級が至近にまで迫っていた。肉食の魚類と魚雷をあわせて割ったかのような駆逐ロ級。その牙が飛鷹の腕に突き刺さ………る寸前、二本の長大な棒がロ級の口に突き立てられた!
「!?」
 口の中に棒を突っ込まれたロ級がえずくより速く、二本の棒が火を吹いた。そう、それはただの棒ではない。艦娘の砲の砲身であった。至近距離で放たれたのは二〇センチ砲。重巡摩耶が両の腕それぞれに装備する連装砲のうち、右腕に装備していた砲の砲身だった。
 超至近距離で、しかも口の中から重巡の砲撃を受けたロ級は喉から後頭部にかけてを吹き飛ばされる。もちろん即死で、ピクリともしないまま海へと沈んでいった。
「大丈夫か、飛鷹さん?」
 摩耶が砲煙で煤けた頬を拭いながら尋ね、飛鷹が血の気が引いた顔のままゆっくりと頷き、この日の戦闘は艦娘側の勝利で終わったのだった。



 ………激闘を終え、日が暮れる前に鎮守府に戻った艦娘たちは先の勝利の興奮が冷めやらぬ様子であった。艦娘たちは隼鷹の発案で鎮守府の近くの居酒屋に繰り出したのだった。
「やー、今日も勝った勝った、万々歳ってね!」
 そう言ってジョッキのビールをあおるのは隼鷹だった。艦娘の中でも無類の酒好きである彼女の一杯目は必ずこれにしている。ビールで乾いた喉を潤してから、日本酒やワイン、焼酎といった別の酒を美味しく頂くのだ。
「ま、今日の殊勲艦は雲龍だな。あのル級の砲撃をかわした時とか、かーっこよかったじゃん!」
 ビールの泡で口元に白いヒゲを作りながら隼鷹がまくしたてる。雲龍は少し気恥ずかしそうにしながら、しかしまんざらじゃない様子でオレンジジュースが注がれたコップを両手で持っていた。今日の出撃艦娘の中では年齢的、体質的な意味で酒が飲めるのは隼鷹と飛鷹の二人だけだった。そして飛鷹は報告書を仕上げてから合流すると言っていたので、この場では隼鷹が独り酒だった。
 独りで酒をあおる隼鷹を見て、摩耶が期待半分に口を開いた。
「なー、隼鷹さん、今日は勝ったんだからアタシにもお酒、飲ませてよ」
 摩耶の提案を聞いた隼鷹だが、しかしチッチッチッと指を振って摩耶の提案を拒絶した。
「なんでさー。一人で飲むよりみんなで飲む方が美味しいんじゃないの?」
「その台詞は成人してから言うんだな。酒の味が伝聞じゃなくて、自分の舌でわかるようになったら飲ませてやるよ」
「えー、なんだよ、それ」
「酒は美味しいと思える奴らで飲むものなの。ま、それがわからないなら酒を飲む必要はないってこと」
 隼鷹は喉を鳴らしてビールのジョッキを空にしていく。そして視線をチラリと空席に向けた。
(飛鷹のヤツ、遅いな)
 しかし隼鷹の心配をよそに、その日の打ち上げに飛鷹は姿を現さなかった。



 盛り上がった打ち上げ会も終わり、死線をくぐりぬけた艦娘たちがそれぞれの部屋へと戻っていく。
 一〇〇を上回る艦娘たちが暮らす鎮守府で、彼女たちは二人一部屋の寮に暮らしていた。そして隼鷹の部屋は飛鷹の部屋と同じ。同室の間柄であった。
 打ち上げ会に姿を見せなかった飛鷹のために寿司折を持って帰ってきていた。
 しかし隼鷹の顔から酒の色はすでに消えていた。彼女は飛鷹が打ち上げ会にこなかった理由を本能的に察していたからだ。常に酒を飲んでいる隼鷹にとって、打ち上げ会で飲んだ酒で酩酊することはなく、意識もハッキリとしていた………。
「ただいまー」
 明かりもついていない隼鷹と飛鷹の部屋。隼鷹が開いた扉の隙間から月の光が一筋差し込んでくる。
 部屋の隅に置かれたタンス。その前で小さくうずくまっていた飛鷹が、ハッとした面持ちで月の光の方に振り返った。彼女の膝先には小さく畳まれた衣装があった。月明かり程度のかすかな光でもはっきりとわかる、上質の布地。それはドレスと呼ぶべき高級婦人服だった。軍艦から艦娘として生まれ変わった時、日本郵船が記念に贈ってくれた純白のドレス。まるで童話のお姫様のドレスのように美しく、女の子の憧れといっていい代物。
 それは客船として計画され、空母として完成した飛鷹にとって宝物であり、未練の象徴でもあった。
「隼鷹………」
 飛鷹は初めて自分の周囲が真夜中になっていることに気付いた様子だった。
「も、もしかして打ち上げ………終わっちゃった?」
「ま、ね」
 はい、これ、お土産の寿司折。あ、ありがと………。
 寿司折を飛鷹に手渡した隼鷹は部屋の照明をつけ、冷蔵庫から麦茶を、食器棚からグラスを二つ取り、一つのグラスに麦茶をなみなみと注いで一気に呷る。そして今度は二つのグラスに麦茶を注ぐ。
「やーっぱり、ドレス抱えてメソメソしてた」
「う………」
「どうしたの? なんか最近、調子悪そうだけど?」
 食卓の上に麦茶を注いだグラスを二つ、隼鷹の前とその対面に置きながら隼鷹が尋ねた。飛鷹は一瞬、迷った表情を見せたが、意を決して隼鷹の前に座る。
「………最近、雲龍が着任したじゃない。だから、もう私たちみたいな商船改造空母が戦う必要なんてないんじゃないかって、そう思えてきて………」
 一言一言を必死に紡いでいく飛鷹。隼鷹は反論はせず、しかし優しい眼差しで飛鷹に続きを促す。
「………ねぇ、隼鷹は戦争が怖くないの? 私はマリアナ沖海戦で沈んだ時、あんなに恐ろしいことはないって思ったわ。だから、できるなら戦いたくない………」
「そりゃあ、アタシだって怖いさ」
 隼鷹がいつになく真面目な眼で、「でもな」と続ける。
「飛鷹は知らないだろうけど、マリアナ沖海戦の後、大変だったのさ。サイパンから次々と飛び立った爆撃機が町を焼き、フィリピンを抑えられたことでシーレーンは崩壊。軍艦だろうが商船だろうがドンドン沈んでいく有様………アタシは、やっぱ悔しくってさ」
「…………」
「艦娘になった以上、今度は勝って、町を商船を守りたい。そう思っているんだ」
「隼鷹………」
 飛鷹は隼鷹に向けていた視線を、まるで眩しい光源を見るかのように伏せた。
「隼鷹は立派だわ。でも、私はそんな風には割り切れない………」
 飛鷹はドレスをギュッと抱きしめ、震える声を絞り出す。
「私は、夢を、サンフランシスコ航路を捨ててまで戦うなんてできない………ッ!!」
 飛鷹の目から大粒の涙が零れる。涙が落ちそうなほど溢れた時、白魚のようにたとえられるしなやかな指が飛鷹の涙を拭った。それはもちろん隼鷹の指だった。
「アタシは夢を捨てたつもりはない」
「………え?」
「アタシは今度の戦争でも死ぬつもりはないってことさ。だから、深海棲艦との戦いに生き残って、そして何より『勝って』、それからアタシはアタシの夢に戻るのさ」
 隼鷹の力強い言葉。それは彼女の決心の強さがそのまま表れていた。
「………それは、その夢には私の席もあるの? 私も生きて、そして勝って、夢に戻ってもいいの?」
「もちろんさ! アタシと飛鷹がいりゃあ、機動部隊って言えるくらいに強いんだから。な!」
 隼鷹がそう言ってニッコリと笑う。その笑顔の眩しさに、飛鷹の胸の中のシミが融かされていく。飛鷹はそれを強く自覚した。
「さ、シンデレラ。アタシと踊ってくれますか?」
 そう言って隼鷹が静かに手を伸ばす。
「アンタが王子? 王子ならもう少し酒臭くないのがいいわ」
 飛鷹がいつものように悪態をつく。悪態をつきながら、しかし差し伸べられた手を飛鷹はそっと取った。
 今は遠く、届かない夢だとしても、諦めるつもりはない。
 私と貴方、二人で歩めば決して辿り着けない遠さじゃないと、二人は知っているから。
 明日は今日よりもきっといい日だと信じられる。そんな普通を叶えるために、彼女たちは戦場を駆けるのだ。


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