一九五九年。
カリブ海に浮かぶ島国キューバ。
この島国において革命の銃声が鳴り響いたことにすべての発端が集約された。
フィデル・カストロ・ルス。俗にいうカストロ議長によるキューバ革命。
本来からいえばこの革命は共産主義革命であるとはいいがたい性質のものであった。
しかしソビエト連邦との冷戦に入っていたアメリカ合衆国はこの革命にソビエトの影を感じ、革命後のキューバに対して経済封鎖を敢行。
追い詰められたキューバはアメリカと敵対する超大国に泣きつくしかなかった。
つまりはアメリカの妄想でしかなかったソビエト・キューバの連帯が、アメリカの過剰反応故に現実のものとなったのである。
そしてアメリカ本土間近にあるキューバに核ミサイル基地を建設することを考えたソ連はキューバに核ミサイルを持ち込もうとし、アメリカはそれを防ぐために海軍を持ち出しての臨検を開始していた。
一九六二年一〇月二二日。
大日本帝国東京府は北多摩にある古書店。
『アメリカのケネディ大統領はテレビ演説で全米にキューバにソ連の核ミサイル施設が建設されつつあることを発表。アメリカと西半球の安全のため、キューバに武器を運ぶ船舶に対する厳重な海上交通遮断を宣言しました』
店内に設けられているテレビジョン。それに映るアナウンサーの顔が心なしか青く見える。そしてそれは気のせいではない。
「おいおい………アメリカさんは本気なのかね?」
丸々と太った、恰幅のよい男が古書店の親父に言った。
「凱さんか………もしかしたらお前さんたちの出番かもしれませんよ?」
店主は太った男に言った。
男の名前は大道 凱。
太平洋戦争後に陸海軍の航空隊を合併させる形で誕生した帝国空軍の整備兵で階級は少尉である。
尚、この古書店の店主は昔、海軍にいたらしくそれなりの地位までいっていたらしい。
苗字は押川。名前は………恵太だったか恵一だったか。とにかくそんな感じだったな。
凱は記憶の引き出しからそのことを引っ張り出しながら答えた。
「なぁに、アメリカ軍もそんなに馬鹿じゃないですよ。そうでしょ、押川さん?」
「確かに私が海軍にいた頃はアメリカも真っ当な国だったんですけどねぇ。サイモン・エドワーズ大統領と次のハズバンド・キンメル大統領。彼らの頃はまさに黄金期だったんですが………」
「今のケネディはダメなんですか?」
「ダメというかねぇ。若造と思われたくないが故に結構ムチャやってますからねぇ。アメリカも『世界の警察』を名乗らなければ真っ当な国だったんですがねぇ」
「………うちが腰抜けになりすぎたのが原因ですかね?」
太平洋戦争後、大日本帝国内にて極端な反戦の風が吹き荒れたのだ。
軍部はのきなみ縮小。(実は空軍の設立もコスト削減の一環である)
さらに対外戦争はやらない、という法律まで制定する始末であった。
おかげで中国での国共内戦がエライことになりかけたのだが日本が秘密裏に送っておいた傭兵たちの活躍のおかげで何とか引き分けに持ち込めている。
とにかく今の日本は極端に軟弱化していた。
「高橋さんがあの時に政治家を辞めなかったら今みたいにはならなかったでしょうけどねぇ」
「おかげでアメリカさんが一人でソ連と構えなきゃならなくなった。はぁ」
凱はその大柄な体格に似あった大きな溜息をついた。
「まぁ、とにかくこれ頂いてきますね」
凱は四冊の本を買い求めた。
「『大海獣の咆哮』に『鋼鐡の随人』ですか………私も昔はよく読みましたよ」
「へぇ、海軍が本職だった押川さんも?」
「まぁ、ねぇ。後で知ったんですが、これ、作者と知り合いだったんですよね、私」
「まさかあの山本 光大佐が書いてるとは思いもしませんでしたか?」
「ええ。先輩がまさか書いてたなんてねぇ………先輩もマリアナから帰ってこないから『大仮想戦史』は一三巻で止まったままですしねぇ。まったく、早く帰ってきて続きを書いて欲しいですよ」
「ははは。俺も是非とも読んでみたいですよ」
凱は笑顔を浮かべながら古書四冊分のお金を払い、そして古書店を後にした。
一九六二年一〇月二三日。
カリブ海沖にて。
「そこの船! 止まれ!! 止まらない場合は実力行使にでるぞ!!!」
アメリカ海軍所属の巡洋艦 ニューポート・ニューズがキューバに向おうとしている船を臨検しようとしていた。
ニューポート・ニューズは重巡 デ・モイン級の一隻であり、本来ならばこのような任務に使うべき艦ではない。しかしアメリカが『本気である』ということを世界に、というよりソ連に知らしめるためにこの任務についていた。
ニューポート・ニューズ艦長のデイビー大佐はこの任務に不満を持っていた。
「クソッ。何で我々が警察の真似事をせねばならんのだ」
彼は自らが軍艦乗りであることに誇りを持つ、いわば旧世代の海軍軍人であった。
そんな彼に今回の臨検の任務を割り当てたのは明らかに失敗であった。
そして今、彼らが臨検しようとしていた船はある種の無謀さを持っていた。
船は機関出力をすべて解放し、全速力でニューポート・ニューズを振り切ろうとしたのであった。
デイビーの粗忽と船の無謀。
この二つの触媒が混ざり合い、常人には信じられないほどの劇薬となったのだ。
デイビーは何とか逃げようとする船を見た瞬間に凛とした声で怒鳴った。
「砲撃準備!!」
その声にニューポート・ニューズは騒然となった。
星条旗をつけた軍艦が赤い星の輸送船を沈める。それはつまり………
「艦長! 貴方は戦争を起こすつもりなんですか!!」
副長が必死の形相でデイビーに翻意を迫る。
「なぁに、威嚇だ、威嚇。撃沈はせんよ」
「で、ですが………」
「おいたが過ぎたことをモスクワの連中に教えるにはこれが一番だろうさ。ほら、さっさと撃たんか!!」
「………わかりました」
デ・モイン級重巡最大の武器である三連装二〇センチ砲塔が一斉に動き始める。
「………そういえば主砲を撃つのも久しぶりだな」
デイビーはそんな呑気なことを考えていると合計九門の二〇センチ砲は一斉に火を吹いた。
………デイビーは知る由もなかったが、この中の一弾に実は不良品が混じっていたことが近年の調査で明らかとなっている。
何故にそのような不良品がニューポート・ニューズに搭載されていたのか。それは今となっては不明である。
しかしこれだけは言える。
ニューポート・ニューズの放った不良品の一弾は狙った場所には飛ばなかった。
そしてその一弾の落着した先。
それがソ連の輸送船の上であったのだった……………
一九六二年一〇月二四日。
事態は最悪にまで悪化していた。
ニューポート・ニューズの放った一弾によってソ連の輸送船が撃沈され、ソビエト連邦は総力をあげてアメリカを非難し、宣戦布告は秒読み段階に入ったと噂されることになったからだ。
米ソの戦争。
それはすなわち地上最強の兵器である核兵器の応酬を意味する。
そしてそれが招く世界。
破滅。
全世界レベルにまで混乱は広がり、街には暴動が。別の街では将来を悲観しての集団自殺が。様々な形ではあるが、皆、個人個人のレベルでパニックに陥っていた。
大日本帝国帝都大阪。
大阪は帝国最大の街であり、人口も過密なほどにある。
大阪は混乱はなかった。
では誰も彼もが家に閉じこもっているのだろうか?
そうでもなかった。
みんな、比較的冷静に事態を受け止めていた。『諦めている』ともいえる冷静さであった。
鉄道は動いていた。かつて国鉄に勤務し、そして退職した者たちが自主的に動かしているのだという。
その鉄道に乗って彼は大阪にやってきた。
日本の核開発計画。ゲッター計画の数少ない生き残りの一人である神 隼人であった。
彼は黒いサングラスの奥に隠された瞳にある決意を秘めていた。
「人類は………まだ滅びるわけにはいかないのだよ」
大日本帝国首相官邸。
「首相………神大佐が参られました」
本来ならばこの仕事は首相秘書が行わねばならない。
しかし麗しく聡明な美女であった首相秘書は誰よりも今回の事態を悲観し、発狂して病院に収容されてしまった。なので神 隼人が来たことを告げたのは普段は清掃をやっているオバチャンであった。
しかし以外にもこのオバチャンは肝が据わっているのか淡々としている。
それが首相には不快であったが。
「首相、大日本帝国空軍大佐 神 隼人。只今参上いたしました」
隼人はふてぶてしいまでの態度で敬礼。
「………今更何のようだ?」
酒の臭いを漂わせながら首相は言った。彼の足元には彼が秘蔵していたであろう高級ウィスキーのビンが多数転がっていた。
隼人はそんな首相を姿に眉をひそめた。
「もう絶望ですか? 何の手も打たずに?」
「隼人君………貴様にはわからんのか? もう、後数日で地球が滅ぶのだぞ?」
「ふん。私はまだ諦めていませんよ。私は最後の最後まで人類を救うためにあがきたいのでね」
「………助かる方法があるのか?」
「ありますとも。我々には、切り札があります」
「………?」
「早乙女博士の遺産を使います」
隼人のその一言は首相のアルコールの靄をかき消した。
「な………何だと!?」
「そう。我々は早乙女博士の遺産を使い、この未曾有の危機を乗り越えるしかないのですよ」
「…………………………」
「首相。我々はこのままでは滅びます。そして早乙女博士の遺産を使っても滅ぶかもしれない。それは事実でしょう。しかし、早乙女博士の遺産を使えば生き残る確立が少しだけ、本当に少しだけですがあるのです。例え〇.〇〇〇〇〇〇〇〇〇一%でも〇%よりはマシですよ」
沈黙が訪れる。
「………使うのは『聖龍』か?」
先に沈黙を破ったのは首相であった。
「いいえ。『聖龍』の破壊力は強すぎます。アレはもっと大きな危機で使うべきです」
「そうか。そうだな………我々は少しでも確立の高い方に賭けねばならんのだったな」
「はい。ですが首相は………」
「構わんよ。人類が助かるのならば私一人の名誉くらい………安いものさ」
「………ありがとうございます。では私は至急、浅間山に向います」
「わかった。では私は厚木に二〇式戦略爆撃機を出しておこう」
そう言い合うと二人は己の為すべき事を始めた。
人類が生存するために必要な悪。
「悪を滅ぼすのは正義ではなくて、悪なのだな………」
首相はポツリと呟いた………
一〇時間後。
厚木基地。
「はぁ? 俺が特殊任務をやるぅ?」
帝国空軍の一文字 號少尉はいきなりの命令に豆鉄砲をくらったハトのような表情で言った。
「そうだ。この世界を救うための、な………」
神 隼人はやはりふてぶてしい態度で言った。
「貴様の二〇式戦略爆撃機に特殊爆弾を搭載してある。それをここに落としてこい」
隼人は指揮棒で地図上の一点を指した。
「そ、そこは………」
「そう。キューバに建設予定のミサイル基地の場所だ。ここを攻撃する」
「そ、それのどこが世界を救うんだ?」
「………いいだろう。貴様の機体に乗せる特殊爆弾。それは真ゲッターだ」
「真………ゲッター?」
號の間の抜けた表情と呟きを聞き、隼人は苦笑した。
「知らんのか? 一九五五年八月六日に浅間山で起きた大惨事を知らんのか?」
「あ………あの時の……………」
「そうだ」
「だ、だけどあれ以降、日本は核を作っていないはずじゃあ?」
「そうだ………浅間山の研究所跡に厳重に保管されていたんだよ、真ゲッターはな」
「え? でもあそこは………」
「真ゲッターは爆発していなかったんだよ」
「何!?」
「だからこいつはあの事件の前に作られている。何ら問題のない兵器だ。遠慮なく落としてこい」
「だ、だけど………キューバはどうなっちまうんだよ? 放射能で汚染されちまうんじゃあ……………」
「真ゲッターに放射能は無い。博士がどうやって作ったのかは知らんが、とにかくそういうことだ」
「……………………」
「號。貴様に全人類の命を預けた。すべてが手遅れになる前に………頼んだぞ」
もはや一文字 號に拒否権は無かった。
滑走路には鋭角的なフォルムの二〇式戦略爆撃機がすでに発進準備を終え、號の搭乗を待つばかりとなっていた。
「二〇式か………今まで一度も乗ったこと無い機体なんだけどなぁ」
號はそう一人で呟きながら機体のチェックを行う。
『当たり前だ。二〇式は作ったはいいが、誰一人として扱いこなせなかったじゃじゃ馬だ』
「隼人さん………俺にそんな機体を預けるなよ」
『一文字 號。帝国空軍戦闘機乗りで一番ムチャな操縦を笑ってこなす男。そう聞いている。貴様ならいけるさ』
「戦闘機乗りでないと耐え切れないほどの加速か?」
『そうだな。かるくマッハ六はでるからな』
「何ィ!?」
マッハ六だと? 地球上のどの機体よりも速いじゃねぇか!!
『だから言ったろう。『誰一人として扱いこなせなかったじゃじゃ馬』と』
「……………」
『どうした? 怖いか?』
「冗談じゃねえ………こんなに興奮したのは生まれて初めてだ!!」
『ふ………では行け』
「了解だ」
號はそう言うとエンジンに火を入れる。
二〇式戦略爆撃機の機体に比して格段に巨大な発動機が強烈な炎を噴出す。
「………行くか」
一人で呟くと號はスロットルをゆっくりと開く。
エンジン出力わずか一九%で二〇式は大空へと飛び上がった。エンジン出力にはまだまだ余裕がある。これをすべて解放すれば………
「スゲエ………スゲエぞ、コイツは……………」
『號! エンジンを全開にしろ!!」
「お、おお!!」
カチリ
スロットルを一気に開く號。
!!
景色が吹っ飛ぶ。
速度計の針がダンスしている。
座席に押し付けられそうなほどの加速。
なるほど………こりゃ誰も使いこなせない訳だ……………
號はその加速力に正直な話、驚愕していた。
しかし気を失ったりはしない。むしろ彼の心臓はこの加速による興奮で活気づいているほどだ。
音なんかメではない速さで二〇式戦略爆撃機はキューバに向けて全速力で飛んでいった。
キューバ上空。
號の二〇式戦略爆撃機は搭載してきていた真ゲッターを投下。
キューバにて建設途中であったミサイル基地を根こそぎ吹き飛ばした。核以上の威力を見せながら、真ゲッターはやはり放射能を残しはしなかった。
そして日本は米ソの両国に対し、『これ以上の衝突をやめない限り、我が国は真ゲッターの大量使用を宣言する』と発表。
勿論、これはブラフであった。日本にはもう真ゲッターは残されていなかった。
だが日本には件の真ゲッター以上の威力を持つ『聖龍』があることを知る米ソ首脳部はその警告を聞くしかなかった。
これにより米ソはその矛を収めざるを得なくなった。
こうしてキューバ危機と呼ばれた一連の事件はあっけなく幕切れとなった。
神 隼人はこの後に再開されることとなるゲッターアーク計画を成功させた。
一文字 號は再び空軍の戦闘機乗りに戻り、平穏な日々を守るために飛び続けていたという。
しかし人類はこの後も戦争という行為をやめることは無かった。
このことに対しての決着がつくには一九八三年の東欧の某国のとある傭兵部隊の登場を待たねばならない。
『軍神の御剣』の登場を………
世界はその日まで、血で血を洗う歴史を繰り返し続けることとなる……………