大火葬戦史外伝
「鬼の随人」


「畜生、何てこった!!」
 広島県は呉市の小さな居酒屋。
 そこでチューハイ片手に息巻いている男がいた。
 海兵二号生徒、山本 光であった。
「それにしても、相手方の作戦………ありゃ無茶苦茶だったなぁ」
 山本に正対する席でビールを飲んでいるのは彼と同期生の網城 雄介であった。
 ちなみに彼らの年齢は一九歳。飲酒は御法度であり、もしもこれが海軍にバレたらかなり搾られることとなるであろう。
 しかし今の彼らは飲まずには居られなかった。
「畜生、戦艦を囮にするだなんて………あの鬼畜野郎め!!」



 今から五時間ほど前。
 江田島の海軍兵学校では「ある面白い試み」が行われていた。
 つまり一号生徒と二号生徒たちの図上演習での戦いであった。
 双方の首席クラスの人材を集め、彼らに図演の一切を任せ、戦術の何たるかを磨かせようというのだ。
 発案者は当時、新任の教官であった遠田 邦彦少佐。
 当時の校長も割りとノリやすい性格であったのでその遠田の申し出は許可された。
 そして二号生徒代表として図演に望んだのが山本 光と網城 雄介を代表とする面々であった。
 山本 光。
 一種の性格破綻者であり、他とのコミュニケート能力(というより上官に対する不遜な態度が目立つ)に難を抱えてはいるが、才能は持ち合わせている。二号生徒首席。
 網城 雄介。
 極めて常識人で真面目な男にして山本の友人。二号生徒次席。
 この二人は審判を務める教官たちですら舌を巻くほど完璧に艦隊を完全に扱ってみせた。
「ほ、ほぅ。遠田君、今年の二号生徒は頼もしいな? これなら将来のGF首脳部も夢ではない連中じゃないか」
 校長は嬉しそうに遠田に語ってみせた。
「………そうですな。しかし一号生徒も負けてはおりませんよ」
 遠田はそう言って一号生徒の面々に視線を移した。
 大神 一郎。
 一号生徒首席。満ち溢れる才能と人望を有す、一種の「神に愛された」男である。
 結城 繁治。
 二号生徒次席。才能は完璧なのだが、過激な発言が目立ち、人望など欠片も持たない、山本とは違う意味での性格破綻者。
 遠田は面白そうに結城を眺めていた。


 図演の想定状況は簡単なものであった。
 双方、戦艦四、重巡四、軽巡二、駆逐艦一二、潜水艦八の艦隊を率いて戦え。ただそれだけである。
 想定状況はありえないほどに単純なものであるが、それでも艦隊指揮の勉強には充分になる。それを見越した図演なのだからそれでいいのだ。
 さて、図演開始から二号生徒の陣営は潜水艦をあちこちに放ち、徹底した偵察を重視した。これは網城の発案。
 そして一号生徒の艦隊を発見するなり艦隊をそちらに向わせた。
 二号生徒の一部にはそのまま潜水艦による攻撃を進言した者もいたらしいが、山本と網城の反対にあって中止することとなった。彼らは潜水艦で大型艦を狙う戦術にはあまり賛同できないのであった。なぜなら潜水艦は鈍足で、攻撃を仕掛けても失敗する公算の方が高く、さらに一応の成功を収めても脱出は非常に困難であるからだ。無益な犠牲は避けたほうがいい。それが山本たちの思いであった。
「大神、二号生徒の奴らはやはり甘ちゃんのようだな?」
 結城はそう言って微笑んだ。
「…………………」
 大神は無言で結城から視線をそらした。何故ならば結城の表情はまさに供物を前にした悪魔そのもの。正視に堪えるものではなかったからだ。
 しかし結城に言わせれば大神も甘ちゃんであった。何故ならば彼は救えない者すら救おうとするからだ。結城はその点、実にクールであった。
「………ふん」
 結城は傲慢に鼻を鳴らした。


 そして艦隊決戦はあっさりと始まった。
 経緯を記すつもりはない。
 だから結果だけを記そう。
 一号生徒の艦隊は敗走した。
 戦艦一隻を撃沈された一号生徒の艦隊はそのまま北上して逃走を図ろうとした。
 二号生徒の艦隊はそれを見て素早く追撃に移った。その移行の手腕は見事としか言いようの無いほどに鮮やかであり、教官たちを喜ばせた。
 しかしそれは二号生徒の敗北を意味していたのであった。
 そのまま敗走と追撃を続けるうちに、双方の艦隊はかなり北に吊り上げられていた。一号生徒の艦隊はさらに戦艦一隻を失っていた。
 だがその時。
 二号生徒の艦隊は潜水艦の群れに襲われ、四隻の戦艦がことごとく沈められていった。駆逐艦はそれまでの海戦ですべて戦艦に沈められていた。丸裸同然だった二号生徒艦隊は潜水艦の好餌でしかなかった。
 こうして図演終了時には二号生徒の艦隊は文字通り壊滅していた。一号生徒の艦隊は二隻の戦艦の犠牲で敵艦隊を見事に殲滅してみせたのであった。



「あぁ、もう! 思い出すだけで腹が立つ!!」
 チューハイを一気に飲み干し、力強く机にグラスを叩きつける山本。
 図演で無様なまでの敗北を喫し、プライドをズタズタにされた山本と網城は宿舎を抜け、こうしてヤケ酒を煽っていたのであった。
「しかし有効な手ではあった………わざと自分の艦隊を発見させ、そして規定のポイントまでこちらを吊り上げて一気に叩く、か……………」
「網城、だがあんな作戦は外道だ。軍にとって兵士は消耗品かもしれないが、だからといってホイホイと消耗させていい訳がない!!」
「青いな、山本君?」
 山本は背後から聞こえた声に唖然とした。
 何故なら自分のすぐ後ろに悪魔が、結城 繁治という悪魔が立っていたからだ。
「アンタ………」
「まぁ、私もまぜてくれ。酒代くらいは奢ってやらん事もないぞ?」
 その言葉に一瞬、「ラッキー」とでも言いたげな表情を浮かべた山本。しかしすぐに頭を振ってその思いを振り払う。
「冗談じゃない。何でアンタみたいな鬼畜に恵んでもらわなきゃならんのだ!!」
「鬼畜? 女学生を強姦するような小説が大好きなのはどこの誰かねぇ。そんな奴の方がよっぽど鬼畜だぞ?」
「う゛………」
 真実を突かれ、押し黙るしかない山本。
「結城先輩、でもあの作戦は………」
「ああ、君は網城君だったね? うん、君の手腕も見事だったよ。特に偵察に使った潜水艦に攻撃させなかったのは見事だったね。無駄な損害を避ける。うん、兵法の常道だな」
「じゃあ戦艦を囮にする作戦はどうなんです?」
「ふん。戦争といっても所詮は経済活動の一環なんだよ。ちょっとした投資で最大限の利益が上げられるなら、俺は喜んで投資するさ」
「………今回は図演だからいいが、実戦だったら戦艦には一隻につき二五〇〇名の命があるんだぞ? 実戦でも今日みたいなことをするのかよ?」
 嫌悪感を顕に山本が吐き捨てるように言う。
「………俺はな。例え四九%の命が失われるとしても、それで五一%が救われるならば是とするよ」
「………アンタ、人間じゃねえよ。そこまで言ったら悪魔だな。羅刹だな。修羅だな?」
「浪花節で戦争ができるか。山本君、君だってわかっているはずだ。小数の虫を殺してでも多くの命を助けねばならないことくらいは」
 それがわからんのなら貴様は救いようのない愚鈍だ。
「………愚かで結構だね。俺は人間でいたいんだよ」
「そんな奴が軍人になろうとするな。今すぐ兵学校を辞めてどこぞの会社にでも就職したほうがいいぞ?」
「いいや、俺は軍を辞める気はないね。俺みたいなのがいないとアンタのような奴を止める奴がいなくなるからね!」
 結城は面白そうに山本を見た。
「そうか。だがな、私は私の家の、つまり結城家の家訓を守り抜いているだけだよ」
「結城家の家訓だと?」
「そうだ。『自分を殺してでも多くの命を救え』。我が家訓だ」
「それは………壮絶な家訓ですね」
 網城が呆気に取られたように言う。
「私の家は武家でな。徳川家に仕えており、大阪夏の陣でかの真田 幸村の最後の突撃を必死で支えたのさ。おかげで家康は守り抜いた。まぁ、代わりに俺の先祖の部隊は全滅したそうだがね」
「で、子孫のアンタもそれを守り抜いているとでも?」
「おや、そうは見えないかな?」
「部下を平気で見殺しにする奴に何をかいわんや、ですね」
「………山本君。軍人の役目は何だ?」
「役目だと?」
「そうだ。我々、軍人は何のために戦うのか言ってみろ」
「そりゃあ、一人でも多くの敵を殺すこと………」
「違うな。それはあくまで役目のために必要な仕事に過ぎない。軍人の役目とはな、『銃後を護るために死ぬ』ことだよ。私はそう信じている」
「………それには同意してやるよ。だがなぁ………」
「ふん。いつの日にか君にもわかる時が来るさ」
「何ィ?」
「山本君。君は私と同じ眼をしているのだからね………」
 結城はそう告げると静かに立ち上がり、そして山本たちの目の前から立ち去った。
「山本………あの人の言う事は極論だが、正しいことかもしれんぞ?」
「網城?!」
「………今の帝国にはあんな軍人はいないよ。ある意味で、あの人は世界を救う救世主になるかもしれんぞ?」
「バカな………あんな奴は、あんな奴はのさばらしていては危険だ。アイツは、危険なんだ……………」



 ……………………………………
「チッ、嫌なことを思い出しちまったな」
「え?」
 独りごちた山本の言葉を聞きとがめたニコライが聞き返す。
 しかし山本は「何でもない」とその話題を打ち止めた。
 レパルラントにて山本はかつての結城とのその対話を思い出さずには居れなかったという。



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