大火葬戦史外伝
「『今』の意味(前編)」


「イ、イヤァーッ!!」
 少女の悲鳴が辺りに木霊する。
 数人の男たちは少女にはわからぬ言葉で何かを言い合い、そして少女の服を裂く。
 色白い彼女の量の乳房が顕になる。少女は恥ずかしさに顔を紅くし、白い雪のような柔肌を隠そうとする。
 だが男たちはそれを許しはしなかった。
 少女の腕は男たちに押さえられ、為す術が無かった。
「や、やめ…………」
 尚も叫ぼうとする彼女の唇に男の唇が重なった。
「〜〜〜〜〜?!」
 咄嗟にキスに頭の中が真っ白になり、余計に混乱する少女。
 しかし口をふさがれたので叫べなくなったのは事実のようだ。
 男たちはついに少女の衣服をすべて裂いた。
 下卑た、いやらしい笑い顔。
 男たちが少女の太股を撫で回す。
 そして男たちの中のリーダー格と思しき男がズボンを脱ぎ…………
 少女は始めてみる男の印に目を閉じた。
 そしてリーダーは少女の腰を掴み、一気に……………


「クソッ! こちらから悲鳴がしたというのは真か?!」
 重そうな、蒼い鎧に身を固めた若武者が護衛兵を連れて駆け込んでくる。
「はい。間違いありませぬ!!」
 案内をしている護衛兵が言った。
「クッ………薫様…………拙者がついていながらかのようなことになろうとは!!」
 若武者は自らの不甲斐なさに唇を強く噛んだ。
「……………?!」
 だが若武者はとんでもないものを見てしまった。
 そこには虚ろな………それこそ人形のような光のない瞳の少女がいた。裸にされ、全身に男たちの白濁とした汚物を浴びせられた姿で。
 周りには服を着なおしている男たち。
 もはや何があったのかは明確であった。
「貴様………元! 貴様らだけは許すわけにはいかぬ!!」
 若武者は腰の刀を抜き、一閃の下に少女を犯した男たちを切り裂いていく。
 ズシャ!!
 若武者の白刃が煌くたびに赤い血が、間欠泉のように激しく噴出する。
 ……………………
 すべてが終わった時、若武者の鎧は蒼くなかった。赤く染まりきっていた。
 彼一人ですべての敵を斬り倒したのであった。
 だが若武者に高揚感など欠片もなかった。
 少女の前で膝を屈し、絞るような声で哭いていた。
「申し訳ありませぬ、薫様…………拙者がもっとしっかりしておれば…………………」
 若武者は鎧を脱ぎ、自らの上着を薫と呼んだ少女に被せた。
 すでに少女は事切れていた。
 若武者は………哭いた。
 哭いて、哭いて、哭き狂った。
 そして彼の無念の涙は天からも降り注ぎ……………
 その夜、元軍を乗せた数百隻の船団は台風によって壊滅し、日本の独立は辛くも護られたのであった。

 時に文永一一年一〇月のことであった………………




 時は流れ、一九四五年一月九日。
 日米戦が終わって最初の正月からすでに一週間が経過し、正月ムードは去っていた。
 長崎県は佐世保近郊にあるアパート。
 そこに貝塚 武男中将は住んでいた。
 彼は日米戦争中盤までは空母 瑞鶴の艦長として戦い、終盤は瑞鶴を機軸とする第五航空戦隊長官として第一次ミッドウェー海戦を戦っていた。
 戦後、彼は戦功によって中将となり(この昇進は伏見宮のクーデターのせいで海軍が深刻な人材不足に陥っていた事が大きいようだ)、佐世保鎮守府の長官となっていた。
 鎮守府長官というのは非常に平穏で、退屈な任務であったが、足掛け四年の日米戦争で常に前線にあった貝塚にとってはこの平穏が嬉しかった。
 だが一番嬉しいのは仕事がないおかげで瑞鶴に頻繁に会えることであろうか。
 瑞鶴とは佐世保に停泊している空母 瑞鶴に憑いている艦魂のことだ。
 艦魂というのが一体何なのか。それは今尚わからない。だが貝塚にとっていえるのは彼女は大切な者である、ということである。
「さて、今日は何を持って行こうか?」
 朝食をすませ、鞄の中に本を入れる貝塚。
 瑞鶴は本を読むのが非常に好きなようだ。いや、艦魂はその憑いている艦から一歩の出れないのだから仕方ないことなのかもしれないが。
 ピンポーン
 出し抜けに呼び鈴が鳴る。
 何事かといぶかしみながらもドアを開ける貝塚。
「あ、ど〜も、ど〜も。貝塚さん………ですよね?」
 見慣れぬ眼鏡の男が軽薄な口調で挨拶してきた。
 身長は一八〇センチはありそうなほど高く、体格もガッシリとしてはいるのだが、その表情は非常に柔和なものであり、人のよさそうな男であった。
 だが貝塚は彼に何か言い表せないものを感じていた。
「………貴方は?」
 その為か貝塚の声には必要以上の警戒心が見えてしまった。
「あぁ、僕は今度隣に引っ越してきた弓削 厚です。弓の『弓』に削除の『削』ね。名前は厚かましいの『厚』。よろしくお願いします」
 どうやら弓削という男は非常につかみ所のない男らしい。ヘラヘラと笑いながらとんでもない自己紹介をする。
「あ、あぁ。貝塚 武男です。よろしく………」
「海軍中将ですよね?」
「え? 知ってるんですか?」
 弓削はにこやかに笑いながらカメラを取り出す。
「僕は軍事雑誌『球』のカメラマンをやってまして。仕事柄軍人さんの顔や階級はよく覚えているんですよ」
「あぁ、『球』の方なんですか………それで佐世保に?」
「えぇ。まぁ、一ヶ月ほどの滞在なんですが、よろしくお願いしますね」
 にこやかに右手を差し出す弓削。何か呆気に取られながらも右手を差し出す貝塚。
「あ、そうそう。これ、引越しの挨拶代わりにどうぞ」
 弓削は思い出したかのように今度はひよこ饅頭を貝塚に渡した。
 何で引越しの挨拶にひよこ饅頭?と思いながらも受け取る貝塚。
「あ、あぁ、わざわざスイマセン………」
「いえいえ。あ、そうそう。その饅頭、後一時間くらいで賞味期限が切れるから気をつけてくださいね。では、また」
 そう言うとにこやかに去っていく弓削。
 貝塚は渡されたひよこ饅頭(後一時間でタイムオーバー)を持ちながら呆然としていた。



「…………てなことがあってなぁ」
 空母 瑞鶴の長官室。
 現在、瑞鶴は来月に控えている大規模改装のために乗員はほとんどいない。だからこそ長官室をこのように借しきれるのだ。
「………また変な人が現れたみたいですね」
 瑞鶴は貝塚から弓削のことを聞き、クスクスと笑っている。
「また? またとはどういう意味だ?」
「貝塚さんは山本さんを変な人だとは思わなかったんですか?」
「…………『また』、だな、やっぱ」
 その時、外から足音が近づいてくるのが聞こえた。
 声を潜める二人。
 ガチャ
 長官室のドアが開き…………
「失礼します」
 中尉の徽章をつけた男が入ってきた。
「? どうしたんだ、一体?」
「いえ、今日は雑誌『球』の取材がある日ですから」
「取材? 聞いていないが……………」
「あれ? 聞いてませんか?」
「あぁ、まぁ、いいさ。わかった。場所を変えるよ」
「まぁまぁ。私としては空母 瑞鶴に深い関わりを持つ貝塚中将にも尋ねたいことがあるんですけど?」
 のんびりした声で弓削が入ってきた。
(貝塚さん、噂の弓削ってあの人ですか?)
 瑞鶴が貝塚に耳打ちし、貝塚は小さく頷いた。
「…………あぁ、弓削さん。取材は今日だったんですか?」
「えぇ、まぁね。………ねぇ、中尉さん。貝塚中将にこの瑞鶴の案内をしてもらってもいいかな?」
 弓削の申し出に中尉はギョッという表情を浮かべた。なにせ中尉から見れば中将は雲の上といってもまだ言い足りないくらいに上の人だ。そのようなお方に自分の仕事を押し付けるわけには…………
「あぁ、中尉。構わんよ。それに弓削さんはお隣に住んでる人でもあるんだ。知らない仲じゃない」
「で、ですが………」
「大丈夫だよ、中尉。君に迷惑が及ばないようにするさ」
 貝塚はそう言うと一筆啓上して中尉に渡してやる。
「ホラ。これで心配なかろう?」
「は、はぁ………では、お願いします」
 中尉はそういうと退室して行った。



 …………………………
 貝塚は弓削に瑞鶴艦内を案内してやる。瑞鶴は二人の後ろについていっていた。
 しかし瑞鶴は弓削に何か違和感を感じていた。
 もっとも彼女には弓削の何に違和感を感じているのかはわからなかったが。
「ここが格納庫です。まぁ、今は改装前ということもあって一機たりともありませんが」
「ほ、ほう。やはり広いものですね」
 弓削がシャッターを切りながら、感心したように呟く。
「でも近年、艦載機は急激に大型化していますからね。現在、帝国最大の空母の哮龍はもっと広いですよ」
「なるほど………今度、編集長に哮龍の取材でも言ってみるか」
 哮龍は三隻の大和型や長門型などの連合艦隊のシンボル亡き今は帝国海軍の象徴ともいえる存在であり、今や国民の中で哮龍の存在を知らない者はいないほどだ。
「………しかし貝塚さん。貴方も何故この空母にこだわるんですか? 噂ではGF司令部への転勤すら断っているそうじゃないですか」
 弓削の眼光が怪しく光る。
「何か、この瑞鶴にあるんですかね?」
 口調は冗談を言う時のそれそのものである。だがそれは確信に満ちていた。
「?!」
 思わず身を震わせる貝塚。
 弓削はにこやかな表情のまま視線をずらし…………その視線は瑞鶴のいる処で止まった。
「………そういえば貝塚中将。貴方は幽霊とかその類を信じますかね? 僕は昔、その手の雑誌のカメラマンもしたことがあったんですが」
「…………弓削君?」
 貝塚は声が震えるのを止めれなかった。
 クソッ、何だ? この弓削が発する威圧感は…………
「……………………」
 次の瞬間、弓削は………………いつもの柔和な表情に戻った。
「アハハハ。驚きました? やっぱり軍艦乗りってのは幽霊とかの話に弱いみたいですね」
「まぁ、な………」
 適当に言葉を濁す貝塚。
 これ以降、弓削が異常なまでの威圧感を発することはなかった。
 弓削は貝塚に「また明日も頼みますね」と言って瑞鶴を去っていった。


「貝塚さん………」
 弓削が去った後、再び二人きりとなった時に瑞鶴は心配げな表情を浮かべて貝塚に話しかけた。
「あぁ、言うな。わかっている…………」
 弓削 厚。
 軍事雑誌のカメラマンらしいのだが、どこか異常なまでの気迫を持つ男。
 貝塚は何か不安な気持ちになり、瑞鶴艦上にてその夜を過ごすことに決めた。




 …………………………………
 そして夜の帳に包まれる佐世保港内。
 そこに明らかに場違いな男がゆっくりと、そして堂々と入ってきた。
 服装は神社の神主の身につけるような装束。そして腰に刀を提げ、顔には禍々しい面。
 だがどちらかといえば彼は神々しいと称するべき気を発していた。
「ちょっと、そこの……………」
 抗議の声をあげようとする佐世保警備兵。だが男は警備兵の前に手のひらをかざす。
「う……………」
 警備兵の追求はそれで止められた。
 男は警備兵に構わず、佐世保に停泊する空母に向かってゆっくりと歩みを進めた。
 面に隠れて見えぬが彼の唇は小さな言葉を紡いでいた。
「………魔は祓わねばならぬ。それが退魔の掟」


 佐世保の月のみが見守る中、彼は瑞鶴に乗り込んだ………………


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