なんだこれ?


 まだ日米戦争が始まる少し前。
 闇より暗い闇の中……
 幾人かの男たちが話し合っていた。
「おのれ……何故に我が陸軍の予算はこんなにも少ないのだ…………」
 別の男が発言した。
「まったくだ。我が陸軍としてもそろそろ戦車を新しいものにしたいというのに……」
「日本が中国戦線で投入した戦車はドイツの技術が使われており、非常に高性能とのことだ」
「やはり………あの計画を発動させるしかない!」
 口々に発言する男たち。
「静まれぇ!」
 だがこの男の一喝で急に静まる室内。
「好き勝手に発言するでない」
 低く、小さな声であるが場内は静寂の塊と化した。
「ハハッ!」
「だがお前たちのいうことも正しい……あの計画を発動させ、予算を我々のものとするのだ!!」
「オォーッ!!」


 アメリカ合衆国副大統領の仕事は基本的に無いといってもよい。
 性質の悪いジョークに言わせれば、副大統領の仕事は「大統領の死を待つこと」だそうだ。
 しかし彼、サイモン・エドワーズはそれなりに忙しい日々を送っていた。
 ここはワシントン郊外にあるサイモン邸である。
 そのデザインをなんと表現すればいいだろうか?
 ともかくブッ飛んでいる。
 何故か彼の家の門の前には三本の竹を切り、束ねたものが置かれている。……平たくいえば門松である。今は五月だというのに。
 そして門をくぐると現れる家の形に再び驚かされる。
 なんとそこにはちょっとスケールの小さい姫路城があるではないか。
 そう、彼、サイモン・エドワーズは大の日本スキーなのである。(ただこの手のキャラの宿命なのか、致命的に彼の日本観はズレているが)
 そして彼はわざわざ作らせた畳の部屋においてあるソファーに腰掛けて、酒を飲んでいた。
 ワイングラスで日本酒を飲んでいるのである。
 …………これを和洋折衷というのだろうか? ともかく異空間であるのは確かだ(爆死)。
「貴方、お手紙がきてますわよ」
 エドワーズ夫人が夫に封筒を渡す。ちなみに夫人の衣装は和服である。
「何じゃ、これは?」
 差出人の名前を見るサイモン。
 そこにはハズバンド・キンメルと書かれていた。
 キンメルは現在の太平洋艦隊司令長官、別名「権力の腰巾着」と呼ばれるほど権力に弱い。
 表向きは副大統領と冴えないポストのサイモンであるが、元は合衆国海軍の重鎮であり、今尚その強力な影響力を海軍に残している。尚、彼が政界に打って出てから海軍の予算は常に優遇されている。(その分、陸軍がとばっちりをうけて予算を削られてるが)
 ともかく封筒を開けようとするサイモン。
 ……ってどこで入手したのか、彼はペーパー・ナイフではなく、忍者の使うあの「クナイ」で封筒を破いた。
「何々…………『陸軍の強硬派が副大統領の命を狙っている』じゃと?」
 フンッとサイモンは鼻で笑った。
「キンメルの奴も心配性だな……私はこう見えてもカラ〜テで鍛えているのだ。戦車で来てもセイケンヅキで粉砕してやるというのに……」
 副大統領、貴方が改造人間でない限りそんなことは不可能ですが…………
 ともかくサイモンはこの警告を露も気にせず、ゴミ箱へと捨てた。


 さて、合衆国海軍も広い組織である。
 真面目な奴もいれば、不真面目な奴もいる。
 例えば今日もレイモンド・スプルーアンスは自分用としてあてがわれたデスクでお昼寝に夢中だったし、ウィリアム・ハルゼーは嬉しそうにビーフジャーキーを喰っていた。
 しかし着ぐるみで海軍省に来た奴は彼くらいのものであろう。
「ロ、ロバーツ中佐? 何、着てきてるんですか!」
 思わず声を荒げて怒鳴るウィリアム・ハリル。あ、ちなみに今回の設定ではハリルはまだワスプ嬢に出会ってないというものだから我らがロリータ艦魂(失礼ね!:ワスプ談) ワスプ嬢は登場しませんからね。
「見てわからんのか、ハリル君!」
 有無を言わさぬ気迫で押し切ろうとするギリアム・ロバーツ。
 彼はトンビの着ぐるみを着てきていた。
「トンビだ!」
「いや、そういうことじゃなくて……」
 論点がズレている、と思いながらもハリル君は反論を試みる。
「昨日完成したばかりなのだ! せめてもう少しの間だけでいいから着させてくれ!!」
「いや、まぁ、今日出勤してきてるのは俺とマルカムだけだからいいですけどね……」
 ロバーツの裂帛の気迫に気圧されて、思わず譲渡してしまうハリル君。
「おーい、ロバーツ中佐、いるか?」
 ハリルの親友でもあるブライアン・マルカムが入室してきた。
 マルカムはロバーツを見て、ロバーツに歩み寄り、そして…………
「これをエドワーズ副大統領に渡してきてくれとの御達しだ」
 と言った。
「うむ。任せろ。この伝書トンビ ロバーツにな!!」
 そう言うとロバーツはさっさと出かけていった。
 …………………………
「おい、マルカム……」
「どうしたハリル? トンビが豆鉄砲食らったみたいな顔をして……」
 平然としているマルカム。ちなみにそれを言うなら鳩である。
「お前、あのロバーツ中佐を見て、何も感じなかったのか?」
「カオスだからな…………」
 いつもの決まり文句でハリルを捻じ伏せたマルカム。
 ……コイツ、本当はカオス理論のことなんかわかってないんじゃないだろうか? と心の中で密かに思ったハリルだが口には出さないでおいた。
 大人になるとは口に出していいことと悪いことを判別するということだからだ(笑)



「…………ターゲットはこいつだ。いいか、しくじるなよ?」
 黒いスーツに黒い帽子に黒いサングラスとある意味で典型的な衣装に身を包んだ男が傍らの男に写真を手渡す。
「ヘッ、誰に言ってやがる。俺は元陸軍特殊部隊のKKK様だぜ?」
 黒ずくめから写真を受け取ったKKKことキリー・カイル・ケァーは不満げに鼻を鳴らした。
「しかしいいのか? 副大統領暗殺なんざやってよ?」
 そう、写真に写っていたのはサイモン・エドワーズその人であった。
「構わん。我が陸軍の発展のためにはやらねばならないことなのだ!!」
「ヘッ、そう熱くなるなよ」
「それにこれが成功すれば貴様の望みを叶えてやるぞ」
 黒ずくめにそう言われた瞬間にキリーの表情が激変した。
「…………それ、本当だろうな?」
「この期に及んで嘘など言わぬよ」
 黒ずくめが笑う。
「よぅし、その言葉、必ず実行しろよ?」
「ああ。だから必ずやサイモンを……」
「任せろ。俺は元A級スナイパーだぜ?」
 キリーはそう言うと黒ずくめと別れ、早速行動を開始した………………



「……と、言うわけでこれが次期に必要な予算だそうです」
 伝書鳩 ロバーツは無事サイモンに会い、そして書類を渡していた。
「うむ。任せたまえ。私の口利きで何とかしよう」
「ありがとうございます」
 ロバーツは一礼し、そして退室しようとする。
「…………待ちたまえ」
 だがサイモンがロバーツを引きとめた。……おぉ、さすがは米海軍の重鎮、ロバーツに喝を入れるのか?!
「私は今まで、多くの海軍士官を見てきたが……君のような男を見たのは初めてだ。貴様、何者だ?
 サイモンの神妙な口調での言葉を背中で受けていたロバーツは後ろに振り返り、
「はて、副大統領は何か勘違いをなさっていらっしゃる。私は……どこにでもいるただのしがないトンビに過ぎませぬ…………」
 そう言うとロバーツはそのまま出て行った。
「……………………」
 そして言葉も無くロバーツの背中を見送るサイモン。
「…………この、サイモン・エドワーズの目は誤魔化せんぞ。あれは…………ただのトンビではない!!
 いや、それくらいわかるっつーの。
 ともかくサイモンは大急ぎでロバーツの後を追う。

 そんなサイモンを見つめる眼があった……
「ヘッ、思ったより早く出てきやがったな…………」
 サイモン邸からちょっと離れたところにある空き家。そこにキリーは隠れていた。
 キリーはサイモンが自宅から飛び出したのを見ると愛用の狙撃銃を取り出し、構えた。
 距離は七〇〇メートルは離れているだろう。おまけにサイモンは走っている。
 だがキリーの腕にかかればそんなものは七面鳥を射止めるよりも簡単なことであった。
「さぁて……依頼を完遂させてもらうぜ!」
 キリーはサイモンの頭めがけてトリガーを引き絞…………
「?!」
 ……らなかった。キリーは思わず仰け反った。
 たまたま彼の照準眼鏡にロバーツが映ったからである。
 陸軍を退役後、殺伐とした裏社会に生きていたキリーはロバーツのシュールすぎる姿に大爆笑してしまったのだ。そして当然ながら狙撃どころではなくなり、せっかくのスナイプも失敗に終わってしまったのだった。南無……



「クソッ、どこに行ったのだ? まさか飛んでいったのか?!」
 急いで出てきたサイモンであるが、ロバーツを見失っていた。
「どこだ? どこにいる?」
 仕方なしにサイモンは人に訊くことにした。
「あぁ、君。ここらにトンビを見なかったかね? 正確にはトンビの着ぐるみを着た男なのだが……」
 サイモンはギターケースを担いだ男に尋ねた。
 男は最初、意気消沈した表情をしていたが、サイモンの顔を見ると生気を取り戻したように明るくなった。
 そう、その男こそ狙撃に失敗し、次の策を練っていたキリーであった。
「どうやら俺の運はまだ健在らしいな……」
「何か言ったか?」
「あ、いえ。こちらの話です。……えぇ、トンビですね? 見ましたよ」
「おぉ! で、どこでだ?!」
「はい。こちらです。付いてきて下さい」
 キリーは表面上はにこやかに笑ってサイモンを人気のない裏路地へと誘導していくつもりであった。
 危うし、サイモン!!


「…………随分と人気のないとこへ行ったのだな」
「ええ。…………人気がなければこちらもやりやすいのでね!」
「?!」
 サイモンは咄嗟に身をかわした。かわす前までサイモンがいた場所にナイフが空を切る。
「チッ、ジジイのくせにすばしっこい奴だ!!」
 キリーはナイフ片手にサイモンに切りかかっていた!
「……な、何のマネだ?!」
「悪いな……こちらも仕事なんでな。ま、苦しまないようにさっさと殺してやるよ!!」
 そして素早く切りかかってくるキリー。その身のこなしはさすがは元特殊部隊員というところか。
「?!」
 だがキリーは頬に何かがめり込む感覚を覚え、そして次に吹っ飛ばされた。
 ガッシャァァン!
「クッ?!」
 壁に叩きつけられるまで吹っ飛ばされたキリー。さすがに動揺している。
 そして彼を吹っ飛ばした犯人は他でもないサイモンであった。
「私のカラ〜テは伊達じゃないのでな!」
 何やら怪しげなポージングで言い切るサイモン。
「テメェ! ブッ殺してやる!!」
 再び襲い掛かるキリー。今度は純粋な殺意を持って突っ込んできていた!
 だが…………
「真空回し蹴り!!」
 バキイイイイイイィィィィィィィィ
「グハッ?!」
「飛燕二段脚!!」
「ウゴッ?!」
「必殺ゥゥゥゥ……烈風正拳突きィィィィ!
 完膚なきまでにボコられるキリー。というかサイモンは一体どこの空手を学んだんだ?!
「グ、グフ…………」
 ボロクズのように倒れるキリー。
「えぇい、こうしてはおれん! 急いで奴を探さねば!!」
 キリーを無視して再び走り出すサイモン。
 ………………………………
「お、おのれサイモン・エドワーズ……よくもこの俺様をコケにしてくれたなぁ!!」
 ゆっくりと起きだすキリー。
 その目には狂気の色すら窺えた…………


「えぇい、クソッ! どこに行った?!」
 まだロバーツを探し回っていたサイモン。……ロバーツの何が彼をそうまで駆り立てるのだろうか?
「ん? 何だ?」
 サイモンはそこであることに気が付いた。
 一台の車が自分の方に、全速力で突っ込んできているのである。
「何?!」
 サイモンは一瞬の間にその車に乗っているのが先ほどボコにしたキリーであると見切った。だが、もう遅い!!
「………………!!」
 覚悟完了し、死が訪れる瞬間を待つサイモン。
 だが、彼は突然の横殴りの衝撃に押し飛ばされた!!
 ドッカァァァァァァァァン
 キリーの乗る車はギリギリの所でサイモンに当たらずにそのまま壁にぶつかり大破。中のキリーは……スプラッタな状態で潰れていた。
「な、い、生きているのか?」
 信じられない様子のサイモン。
「!! 君は!!!」
 だがサイモンの右隣にはトンビがいた。身長一八〇センチほどのトンビだが。
「大丈夫ですか、副大統領?」
「き、君が助けてくれたのか?」
 そう、ロバーツ・ギリアムがギリギリのところでサイモンを助けたのであった。
「フッ、これぞトンビに油揚げをさらわれるということです!」
 ……もしかしてそれが言いたかっただけか?



 …………それから一週間も経たないうちに合衆国陸軍では人事異動がなされた。
 前陸軍長官のジョージ・マーシャルは健康を害したことを理由に引退し、後任はアレックス・モズビー大将が受け持つこととなった。
 モズビーはおっとりした好々爺であり、低予算の中、陸軍航空隊のみに予算を集中させるという思い切った策を用い、結果的には後の日米戦争で日本を大いに苦しめることとなるのであった。
 
 まだ日米戦争が始まる少し前のことであった………………


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