大火葬戦史外伝
「ある夏の肖像」


 ……一九四〇年夏。
 帝都大阪は大阪オリンピックにより連日連夜沸いていた。
 世界各国から集った超一流選手たちの激闘。
 それは否が応でも人々の心を熱くさせていた。
 また、開催国である日本の演出も派手派手であった。
 まず、陸軍航空隊より選りすぐられたパイロットたちを集めた「蒼の衝撃」隊の披露する難易度Sランクのスーパーアクロバット飛行。特にこの「蒼の衝撃」の中でも虎頭 丞と烏丸 羅喉の二人はその端麗な容姿もあって全世界の女性を虜とした。
 そして大会のテーマソングを歌ったのが、今や帝国のみならず、全世界規模での人気を誇る「帝国華撃団」ときたのだからもう…………
 この大会の盛り上がりは歴代大会でも比類なきものとなっていた。

 一九四〇年八月一〇日。
 「帝国華撃団」の一員である李 紅蘭は会場のすみずみに眼を凝らしていた。
「う〜ん……」
 よく見えることでは定評のあるドイツはツァイス社製の双眼鏡を用いても目当ての人物は見つからなかった。
「おかしいなぁ……なんでおれへんのや?」
 紅蘭は中国はペキンの出身である。ここでは詳しくは書かないが、様々な事情の末に彼女は関西弁をマスター……というか日本語は関西弁しか喋れない。
「まったく、あの男、うちの晴れ舞台も見に来んと……どこで油売ってんのや!!」
 実は彼女の探し求める男は油ではなく本を売っていたのだった。


 帝都大阪の一角。
 そこは異様な空気に包まれていた。
 何といえばいいのだろうか。
 そう、そこで何かを待つ人々は、己の獣性を剥き出しとしていた。おまけに夏の日差しの所為でかなり汗臭い。
 だが男たちはそんなこと、微塵も気には留めなかった。それどころか頬を伝うこの汗こそ勲章だ!とでも言いかねなかった。
 そんな異常集団の中に山本 光海軍中佐と竜崎 英策陸軍中佐はいた。
「……開場!!」
 時計をチラリと見た山本が急に大声を上げた。この声を契機に一同が走り出した。
 ドドドドドドドドドドドドドドドドド
 数万の単位の人の波に会場は揺れていた。
「急げ、竜崎ィ! 我々は、負けるわけにはいかんのだぁ!!」
 ここまで眼の血走った山本を見たことがあるだろうか? いや、ない。山本は闘志剥き出しに走っていた。
「おい、山本! 何で俺までここに……」
 山本の一期先輩である大神 一郎元中佐が抗議の声をあげかけた。だが……
「うわっぷ?!」
 大神は圧倒的とすらいえる人の波に呑まれていった。
「大変です、山本中佐! 大神さんが……」
 海軍大尉の階級章をつけている男が泣きながら山本に報告した。
「泣くな! 今、我々が為さねばならんことはァ!! 大神先輩の死を無駄にすることなくゥ!!! 目標を捕獲することだァ!!!!」
 山本が拳を握り締めながら叫ぶ。
「山本! 計画通り俺たち陸軍部隊は右翼を押さえるぞ!!」
 竜崎と陸軍の軍服を着用した連中が右に曲がる。
「わかった! まかせろ!!」
 ………………………………

 ………………………………
「ふぅ、ようやく落ち着けたな」
 あらかじめ用意しておいたコーラで喉を潤す山本。ちなみにすでに炭酸は抜け切っているのだが、彼はそれをも美味しく飲めるという特異体質である。
「ああ。まったくだな」
 竜崎もそれに全面的に同意する。彼が飲むのはアップルジュースだ。
 会場の一角の「大日本帝国眼鏡ッ娘旅団」スペース。
 そう、今日は俗に言う夏コミの日なのであった。
 山本と竜崎、そしてそれぞれの軍で志を同じくするものたちで作られたサークル「大日本帝国眼鏡ッ娘旅団」。売り子は士官学校を出たばかりの少尉に任せていた。
 だがそれで彼らが楽しているというのは誤解だ。
 上級者は売り子をやっている者や自分たちのために、是非ともゲットしておかねばならない本を買わねばならないからだ。人気サークルのそれともなればすぐに完売してしまうので命がけで買いに行かねばならないのが現実であった。
「しかし山本よぅ」
「何だ?」
 竜崎が自分たちの作った本をペラペラとめくる。
「お前、何で今回は鬼畜モノを辞めたんだ? 今までずっとそれだったのに。特に前回の『眼鏡女学生 地下室監禁調教』の話、あれスンゲー好評だったんだぜ?」
 って何作ってんだアンタ。
「それが今年は急に純愛モノに路線を変えやがって……何かあったのか?」
 山本は竜崎に向かって混じりっ気のない表情でこう言い放った。
「バーカ。世の中愛だぜ、愛」
 その言葉に思わずアップルジュースを噴き出した竜崎。
「お、お前、何か悪いモノでも喰ったのか?」
「何を言うか。私は冷静だ」
 マジな眼の山本。
「やっぱりおかしいぞ……」
「はぁ〜い☆ こんにちわ〜」
 その時竜崎の後ろから呑気な声が聞こえた。
「あ、どうも」
 竜崎と山本は頭を下げる。
 そこには周囲にキラキラをはべらせる少女がいた。見た感じから「夢見がちな少女」という感じ満々である。
 彼女こそ大阪でも有数の土木会社 ハニー土木の社長の瑞海 和樹である。
 彼女は女でありながら山本は竜崎のように眼鏡ッ娘が好きで好きで堪らないわ、はふ〜ん☆という変態で、山本たちのサークル「大日本帝国眼鏡ッ娘旅団」を熱烈に応援してくれているのだ。
「新刊、見たわよ。やっぱり眼鏡ッ娘は最高ね☆ 私、絶対に白馬に乗った眼鏡メイドを連れた王子様と結婚するわ」
 キラキラの数を三倍ほど増やし、山本の手を取り自分の夢(というか妄想)に酔いしれる瑞海。実はまだ瑞海の妄想には続きがあるのだが、それを書くと18禁になるので省略させていただく。
「あっはっはっ。嫁さんは絶対眼鏡ッ娘がいいよな」
 竜崎が陸軍大尉のメンバーに言う。
「当たり前ですよ。そうですね、有名人でいうなら李 紅蘭なんかいいですね」
「紅蘭! いいねぇ……ん? どうした、山本?」
 竜崎は山本が滝のような汗をかいていることに気付いた。
「おい、竜崎……今日は何日だったっけ?」
「へ? 何言ってんだ、八月一〇日の金曜日じゃないか」
「………………」
 山本の汗は止まるどころか勢いを増し、さらに顔色も蒼白となっていた。
「ど、どうしたんだよ、山本?」
「わ、悪ィ、ちょっと急用を思い出した!」
 言うが早いや荷物を持って走り出す山本。コミケ開場の際に見せたあのダッシュ以上である。
「…………何だ、アイツ?」
 山本の急な行動に竜崎は首をかしげるばかりであった。

 山本は会場を抜け、一気に五輪スタジアムへ向か……おうとしたその時であった。
「光はん……」
(ヤベッ…………)
 山本は顔面どころか全身を蒼白にしながら声の方を振り向いた。
 そこにはサングラスをかけるなどのカモフラージュを行った李 紅蘭がいた。
「あぁ……いや、そのだな……」
「大神はんとこのレニに訊いたら何や知らんがここにおる言うから来て見れば……」
 紅蘭の声が震えている。山本は死○星を見た気がした。
「……紅蘭」
 だが山本はここでキリリとした真面目な表情で紅蘭の肩に手を置き言った。
「君との約束が護れなかったことは謝ろう。だが私も上にたつ者としての責務を果たさねばならんのだ。わかってくれとは言わない。だが、漢とはそういうものなのだと知ってほしいんだ……」
「じゃ、一〇〇〇〇〇〇歩譲って、うちの晴れ舞台すっぽかしたのは許したるわ」
 山本は内心でものすごく安堵していた。
(よかった……これで夕食でも奢れば完全に無罪放免決定だぞ)
「でもなぁ、あの女は誰やのん?」
 紅蘭は山本の頬を思いっきりつねる。
「イヂヂヂヂヂヂヂヂ」
 あの女? もしかして瑞海か?!
「ちょっ、ちょっほまふぇ。ひゃふは……」
「ちゃんと喋り」
 そう言うと紅蘭は頬から手を離してくれた。
「いや、あいつは瑞海 和樹って言って、俺のサークルのファンだよ! お前だってファンの男くらいいるだろうが!!」
「その割りに仲良さ気やったで。手なんか握ってからに……」
「いや誤解だ。あいつはそういう妄想炸裂少女なの! それに今の俺にはお前しか見えてないんだから」
 その言葉を聞いた紅蘭は顔を真っ赤にした。
「ア、アンタ、ようそんな恥ずかしいことを平気で口走るなぁ……」
だからな」
 山本は紅蘭の耳元でそっと呟いた。
「何なら今、この会場の中に入って超デカイ声で『愛してるぜ、紅蘭!!』って叫んでもいいぞ」
「ア、アホなこと言いなや、自分!」
「だったら疑うの止め。な?」
 山本は両手を合わせてヘコヘコと謝る。何とも情けない姿だ。
「じゃ、今日の夕飯は自分の奢りやで」
「わかったよ」
「うち、中華喰いたいな、中華。前連れてってくれた店、何て言うたっけ?」
「ゲッ?! もしかして『鳳翼天翔』のことか?」
「『ゲッ』って何?」
「いや、その……ははははははは」
 引きつった笑いであった。
 そして山本は内心で胃を抑えていた。
(俺、今日のイベントでほとんど金使ってるんだけどなぁ……)
 しかし山本も男……否、漢である。
(畜生、もうどうにでもなれってんだ!)
「よし、中華でも何でも奢ってやるぜ!」
「ホンマに? やっぱりフランス料理のフルコースにしよっかなぁ……」
「……………………い、いや、その……………………」
「わかってるって。中華、喰いに行こ!」
 
 二人はその目当ての中華料理屋に向けて歩き出した。
 どちらかが言い出すわけでもなく手を繋ぎながら……
 一九四〇年八月一七日。
 夏の日差しよりも熱いできごとであった。



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