大火葬戦史外伝
「SNOW(後編)」


 「第一小隊は俺に続け!第二小隊は右翼に。第三小隊は左翼に展開!!第四小隊は援護しろ、いいな!!!」
 梅田の警視庁救援におっとり刀でかけつけた竜崎率いる歩兵中隊。
 竜崎は矢継ぎ早に命令を下し、自ら先陣を切って突撃する。
 普通、陸士祖撃つ行のエリートは、偉そうにしてはいるものの、あまり前線で戦おうとはしない傾向にある。だが竜崎はその理論が当てはまらなかった。
 彼は三八式歩兵銃で瞬く間に二人を射殺し、一人を銃剣で串刺しにする。
 「二〇分だ!二〇分で警視庁を解放する!!」
 まだ警視庁は叛乱部隊に占拠されたわけではないのだから「解放」という言い方はおかしかったかもしれない。だが意味は十分に通じた。
 竜崎中隊の将兵は鬼神の如し突撃を敢行し、その結果警視庁制圧に向かっていた叛乱部隊は鎮圧された。


 「そうか、警視庁制圧は失敗したか・・・・・・」
 部下の報告に叛乱部隊となった帝国陸軍第一師団師団長 寺津は考え込む。
 「申し訳ありませんでした」
 「いや、よい。それに他の重要拠点は我らが押さえておる。それよりも計画の第三段階を推し進めてくれ」
 「はっ」
 ・・・・・・・・・・・・
 「寺津中将、いよいよ皇居制圧ですか?」
 報告に来た兵士と入れ替わりで入ってきた帝国陸軍第一師団参謀 島 瞬少佐。
 「うむ。陛下に銃を向けるのは忍びない。だがこれも東亜の人民のためだ。大義のためならばこの寺津、陛下に銃を向けることをも躊躇わぬ!!」
 断固たる決意を顕にする寺津。
 それを見ながら、島は内心で皮肉な笑みを浮かべていた。
 ・・・・・・ふふふ。今の所、すべて計画通りだな。これで全世界は解放されるのだ。至高の思想によってな。


 「まさか大阪で銃撃戦をやることになろうとは。しかも相手はクーデターを起こしたとは言えども、同じ皇軍とはな・・・・・・」
 近藤 白虎大佐の表情は自然と暗くなる。
 「全部隊に告ぐ。これより賊軍を鎮圧する。皇軍相打つという馬鹿らしい戦いだ。だが我らは勝たねばならぬ。同胞の過ちを正すのは、同胞である我らの使命であるからだ。厳しい戦いになるであろうが、皆、この近藤を信じ、ついてきてくれ・・・・・・」
 近藤の悲痛な演説。
 内容だけならば士気が上がる代物ではない。
 だが近藤の真摯な気持ちは全員に伝わった。
 近藤の大隊は、一致団結したのだ。こうなれば強い。恐れるものなどありはしない!!
 「ようし、全軍突撃!!」
 近藤自らが先陣を切って駆け出した。
 この辺り、近藤と竜崎は思考を一としているのであった・・・・・・

 「えぇい!引くな!!我らの・・・・・・否、全人類の大義の為、一歩も引くな!!!益荒男としての意地がないのか!!!!」
 賊軍の指揮官の一人が軍刀片手に仁王立ち。
 彼もまた勇敢な兵士であり、皇軍の鑑とでもいうべき人材であった。
 「えぇい!行くぞ!!」
 賊軍も近衛師団の突撃に、よく持ちこたえ、戦いは長期戦の様相を呈してきていた・・・・・・


 賊軍の部隊と近衛師団との衝突が見渡せる場所。
 そこに近衛師団寄りの野戦重砲隊が展開していた。
 「本当にいいんですか、大佐?」
 部下の言葉に男は満足げに頷いた。
 「構わん!こちらには命令書がある!!」
 指揮官の男は右手に命令書を握り締め、それを部下に見せる。。
 「・・・・・・ほ、本当だ?!」
 信じられないと言いたげな部下の表情。だが指揮官は気にしない。彼は今、喜びに打ち震えていたからだ。
 「こちら重砲大隊司令部だ。今すぐ賊軍の固まっている地点に一五榴をぶち込め!・・・・・・何?本当にいいのか、だと?いいんだよ!!司令官直々の命令なんだから!!!通話終わり!!!!」
 牟田口 廉也大佐。
 彼は帝国陸軍随一の大砲好きであった。
 関東大震災以後の経済発展により、帝国の軍備は随分と近代化された。
 おかげで以前では考えられなかったほど多数の野戦重砲を揃えることもできた。
 そしてその重砲の一斉射撃の破壊力は凄まじいものがある。スターリンの言葉ではないが、まさに重砲こそは「陸戦の神」であった。
 そしてその神に魅せられたのがこの牟田口である。
 元々は参謀コースのエリートだったのだが、偶々見た野戦重砲の一斉射撃に心を奪われて、それ以後は「出世なんかいらん!だから俺に大砲を撃たせろ!!」と前線の野砲部隊指揮官となることを望むようになったのであった。
 他人はそれを堕落と称した。だが牟田口としては充実した日々を送れていた・・・・・・
 「大佐、発射準備、整ったようです」
 部下の報告に嬉しそうに笑みを浮かべている牟田口。今の彼は皇軍相打つ事実ですらどうでもよかった。
 俺の野砲が撃てる。演習なんかではなくて、実戦で!!
 その嬉しさで今の牟田口は失禁しそうなくらいだ。
 「ようし・・・・・・撃て!!!」
 牟田口の号令と共に、合計五〇門以上ある一五〇ミリクラスの野戦重砲が一斉に吼えた。

 「な、何だ、何だ?!」
 賊軍の司令官は呆気にとられていた。
 馬鹿な!近衛師団の奴ら、我らと共に大阪の町並みすら破壊しようとでもいうのか?!
 牟田口部隊の野砲の一斉射撃はわずか三斉射で賊軍の部隊を散り散りバラバラにしてしまった。
 そして近藤の歩兵大隊が再突撃。
 陣形をバラバラに崩された賊軍は各地で敗退を続けていた。
 「し、司令官!!」
 副官が蒼ざめた表情で指示を仰ぐ。
 「・・・・・・ダメだ。このままでは大阪が灰燼となりかねない。それでは我らの決起した意味がない・・・・・・降伏する。近衛師団にそう伝えてくれ・・・・・・」


 「・・・・・・大砲馬鹿も役に立つ、ということだな」
 悪魔のような・・・・・・いや、悪魔そのものの笑みを浮かべて牟田口隊の「活躍」を見ていた男が言った。
 帝国海軍少佐 結城 繁治である。軍令部勤務の彼は独自のネットワークで調べ上げた情報を用い、牟田口の部隊に偽の命令書を渡させたのだ。
 その命令書の内容は・・・・・・
 「帝都がどうなっても構わん。貴隊の重砲で賊軍をぶっ飛ばせ」ということが(もっと難しい言葉で)書かれていた。
 それは重大な軍機違反である。ましてや彼は海軍軍人だ。
 だが彼はこう思っていた。
 「こうでもしなければ早期鎮圧は不可能だからな・・・・・・」
 結城 繁治、通称「鬼畜王」は不気味に笑い続けていた・・・・・・・・・・・・


 「バ、バカな?!」
 寺津は報告に唖然としていた。
 まさか鎮圧部隊が街の被害を省みずに重砲をぶち込んでくるとは思わなかった。だがそれは現実であった。
 それで戦力の半分を消耗した寺津部隊。
 おまけに帝国海軍の第六戦隊も大阪湾に駆けつけ、主砲をこちらに向けているという。
 つまり寺津は袋のねずみにされたのであった。
 「・・・・・・案外、早かったな」
 「?!」
 突然の声に驚いて振り返る寺津。そこに島が立っていた。
 ・・・・・・・・・・・・拳銃を構えて。
 「な、何のマネか?!」
 「予想外のことは起きるもの・・・・・・とはいえどもこれほど早く鎮圧されるとは思いませんでしたね」
 島は冷笑を浮かべる。
 「貴方は私の・・・・・・いや、党の手駒として踊っていただいたのですよ」
 「党・・・・・・まさか貴様は!!」
 真意に気付き、愕然とする寺津に島は勝ち誇ったように言った。
 「そう、貴方が世界で一番毛嫌いする共産党ですよ・・・・・・」
 「バ、バカな!こんなことをして何になるのだ?!」
 「その言葉はもっともですよね。ですが、考えてみてください。叛乱に失敗し、自室で自害なさった貴方の部屋から国民党との関係を表す資料が出来てきたとしたら?」
 「?!」
 「そう、国民の皆さんは思うでしょう。『中国国民党は我々を戦争に引き込もうと策謀を巡らせていた。何と汚い奴らだ。恥を知れ!!』とね・・・・・・そうなれば国民党に対する援助も打ち切られるでしょう。そうなれば国民党はお終いだ。何せ我が国の援助でのみ持ちこたえているような軍ですからね・・・・・・」
 「む、むぅ・・・・・・」
 「さぁ、貴方の役目は終わった。想像以上に早い幕切れでしたがね。・・・・・・・・・・・・さようなら」
 バンッ
 寺津は島の放った拳銃弾に胸をえぐられ、血の海に溺れた。
 その目にはすでに光がなかった・・・・・・・・・・・・
 「さて、私は・・・・・・最後の責務を果たすとしようか」
 そう言うと島はゆっくりと歩き始めた・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「竜崎大尉、これより貴隊は賊軍の司令部に突撃してもらいたい」
 「了解しました」
 そして竜崎は中隊の面々の方を振り向く。
 「さて、諸君。これですべての悲劇を終わらせるぞ、いいな!!」
 「ハッ!!」
 中隊の全員が竜崎に敬礼。
 「ようし、行くぞ!!」
 中隊は前進を開始した。
 だが、彼らを待っていたのは白い布切れであった。
 つまりは白旗である。
 呆気にとられる竜崎中隊。
 だが降伏を申し入れた部隊の最上級者の中佐は、 「『降伏せよ』と寺津中将から最後の命令が下った」と言っていた。
 「それで寺津中将はどこに行ったのだ?」
 「・・・・・・現世にはおられぬ。中将は自決なされた」
 「・・・・・・そうか」
 こうして、帝都大阪を震撼させた二月二六日のクーデターは鎮圧された。
 すべての者は、これで悲劇が終決したと思っていた。
 唯一の例外を除いて・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・二月二六日夜。
 竜崎は残務処理を部下に任せ、自分は関西国際港に向かっていた。そこは国際便の客船などが集まる帝国の玄関口である。(商船は神戸に集中している)
 「アイツ」を探しに。
 「よう、竜崎・・・・・・」
 「・・・・・・やはりここにいたか」
 おぼろげな月明かりの下、竜崎の無二の親友の島が立っていた。
 「よくここだと気付いたな?」
 「何を言うか。ここにお前の所有するボートがあることくらい知っているさ」
 「・・・・・・親友だから、という訳か」
 島が寂しげに微笑んだ。
 「お前が賊軍と一緒に投降しなかったからな。そのボートを使って逃げるんだと思った訳よ」
 「残念だが、俺は投降するつもりはない。さあ、竜崎。銃を抜け・・・・・・」
 そう言うと島は腰から拳銃を抜いた。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 だが竜崎は身動ぎすらしない。かといって事態の急変に硬直している訳でもない。彼は飄々としていた。
 「・・・・・・どうした?俺は本気なんだぞ?!」
 島の額に汗が滲む。
 「俺は、共産党の工作員として、このクーデター未遂事件を考案し、実行させたのだぞ!」
 島はそれで竜崎が怒りに震えることを期待した。
 だが竜崎は動かなかった。
 「クッ・・・・・・何故だ?何故、貴様はいつもそんなに飄々としていれる?!」
 バンッ!
 島の拳銃が吼える。
 その弾道は・・・・・・竜崎の右頬をかすめ、竜崎の右頬から血が滲む。
 「上層部に嫌われて、何故そんなに飄々としていられる!次席の俺に出世で抜かれて、何故そんなに飄々としていられる!!親友に裏切られ、何故そんなに飄々としていられるんだ!!!」
 感情を爆発させ、一気にまくし立てる島。
 そんな島に対し、竜崎はあっさりと言ってのけた。
 「お前が最高の親友だからさ」
 「・・・・・・何?」
 「お前が俺をどう思っているかまでは知らん。だが俺はお前を最高の親友だと思っている。だからお前を無条件で信じられる。・・・・・・その答えでは不服か?」
 島はその言葉に唖然としている。
 「フッ、フフフフフフ・・・・・・」
 そして島は地に膝を付き、込み上げてくる笑いに肩を揺らせた。
 「そうか、そういうことか、竜崎・・・・・・・・・・・・」
 その時であった。
 「島、貴様裏切ったか!!」
 バンッ、バンッ、バンッ!!!
 突然の第三者の乱入、そして銃声。島は三発の銃弾に体を噛み砕かれた。
 「グッ・・・・・・」
 「!!」
 そして竜崎が疾風のような速さで腰から拳銃を抜き、第三者を射殺した。それはまさに神業であった。
 「島!!」
 そして竜崎は地に倒れている島を抱き起こす。
 「う・・・・・・」
 島は腹と右腕と右胸に銃弾を受けていた。特に右胸に突き刺さった銃弾は肺を傷つけたらしく、島は苦しそうに喘いでいた。
 「はは・・・・・・つまら・・・・ない・・・・・・妄執にとらわれ・・・・・・た・・・・・罰だな・・・・・・・・・・・・」
 「島、喋るな!!」
 「俺の・・・・・・右・・・・ポケッ・・・・・トに・・・・・・ある・・・・・・・紙・・・・・・・」
 「わかった。わかったから喋るな!すぐに医者を呼んでやる!!だから喋るな!!!」
 「りゅ・・・・・・・ざき・・・・・・・・・・きさ・・・・・まは・・・・・・・さい・・・・・・・こうの・・・・・・・・・・・と・・・・・・も・・・・・・・・・・・・だぜ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 島の言葉が消えると同時に島の瞳から光が消えた。そして島の全身から力が抜ける。
 「島!島!!おい、冗談はよせ、島!!!」
 必死に島の体を揺さぶる竜崎。だが島の瞳に光は戻らなかった。
 「島ァーーーーッ!!!!」
 暗闇に慟哭の声のみが木霊する・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 一九三七年七月七日。
 中国盧溝橋。
 「全軍整列!!」
 その掛け声と共に義勇師団の面々は一斉に姿勢を正した。
 義勇師団師団長 近藤 白虎少将は訓示を開始した。
 「諸君、我々はこの中国という異邦の地で、共産主義者と戦う事となった!この戦いは、共産主義という悪魔との戦いであり・・・・・・」
 近藤の訓示もそこそこに、義勇師団所属の戦車中隊に所属する竜崎 英策少佐は今は亡き親友に思いを馳せていた。
 ・・・・・・これでよかったのだな、親友よ。
 竜崎は島の遺稿ともいえる紙切れによりこの事件の全貌を知った。
 そして共産主義者の狙いを崩すために、寺津中将の言い分を議会に全面的に認めさせたのであった。
 そして今、帝国から義勇軍名義で派遣された部隊はこの日、共産党に対して作戦行動を開始しようとしていた・・・・・・



「SNOW(前編)」


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