太陽が水平線の向こうに沈んで何時間経過しただろう。
 草木も眠る丑三つ時………。大破壊よりはるか昔から使われてきた表現だが、文明が崩壊して長い時が過ぎ去った後の今となってはその言葉の起こりを知るものはいない。
 そして知りたがる者も、もはやいない。大破壊以降、人間にとっては毎日を生きることすら過酷になり、言葉を深く考える余裕など誰も持ち合わせていなかった。
 そんな時世にあって、夜に睡眠を取らずに活動を続ける人間たちがいた。
 旧軍港施設「セボ」のカマボコ型倉庫の一棟では大馬力エンジン、OHCカルメンの鼓動が大合奏となっていた。OHCカルメンのアイドリング音が何十も重なる。轟音が鼓膜だけでなく、空気を通じて頬を叩くのをウルリーカは感じていた。そして鼻孔を膨らませればむせ返るほどの排ガス臭。
 しかしこれらがウルリーカには心地よい。もうじき、この強力な戦車群が自分たちのものとなるのだと思えば小さな胸は興奮で弾むばかりだ。
「お嬢、どうやら奴は眠りについたようです」
 双眼鏡タイプのナイトビジョンゴーグルを覗き、倉庫の外を窺っていたグレイゴがウルリーカに知らせる。そう、この戦車をツルノスのものとするために立ちふさがる唯一にして最大の障害………。超巨大戦艦型モンスター、ヤマトノオロチ。戦艦の主砲が大蛇になっているという外見が特徴的なヤマトノオロチは、このセボから戦車を持ち出そうとする不届き物に砲撃を浴びせてくるという厄介な習性を持っていた。如何に強力な重戦車といえども戦艦の砲撃を受けては無事ではいられない。「セボに戦車があるかもしれない」という噂が立つことはあっても、「セボから戦車を持ち帰った」という噂が立ったことがなかったのは、すべてヤマトノオロチの仕業であった。
 だが、これからツルノスはセボから戦車を持ち帰った最初の一例となるのだ。ウルリーカはその実現が可能であることを信じて疑わない。
「準備はオーケーかしら?」
 ウルリーカの質問に答えたのは可愛らしい顔立ちをした子供だった。
「はい、大丈夫です!」
 ツルノスに所属するメカニックのニモ。この身長一四五センチしかない小さな子供は、セボにあった戦車、TK−XのCユニットに自作のプログラムをインストールし、すべてをニモの管制下に置くことを実現させていた。わずか五時間ほどで作成したプログラムの割に、数十台のTK−Xを自由自在に操ることができている。
「よーし、じゃあ一台はアタシが乗るわね」
 ウルリーカがそういってニモ自作のプログラムをインストールしていないTK−Xに乗り込む。まるで棺おけを連想させるほどに狭い車内で、ウルリーカはTK−XのCユニット、アクセルノイマンを起動させる。暗い車内にアクセルノイマンのコンソールがおぼろな光を放つ。この瞬間にTK−Xは棺おけではなく、戦闘機械に変わるのだ。
 アクセルノイマンの画面にTK−Xの装備一覧と、装備の状態が表示されていく………。
主砲   :二二五ミリヒュドラ    残弾:一五発   正常
副砲   :一五ミリバルカン              正常
SE   :エクスカリバー      残弾:五発    正常
エンジン :OHCカルメン               正常
Cユニット:アクセルノイマン              正常

 全装備が正常であることを確認したウルリーカは満足げにアクセルを軽く踏み込んだ。しかし軽く踏み込んだだけにも関わらず、OHCカルメンはウルリーカの想像を回りほど上回る加速をTK−Xに与えた。
 ガスゥーン!
 急発進したTK−Xが倉庫の壁に衝突し、壁に大きな穴を開ける。TK−Xの上に誰も跨乗していなくて幸いだった。もしも誰かが跨乗していたら戦車と壁に挟まれて潰されていたことだろう。
「だいじょーぶ、ウリちゃ〜ん?」
 壁を突き破ったTK−Xに駆け寄る男の子の名はハヤト。ニモよりも身長が低い幼い子供だが、グレイゴよりも強い腕力と天性の戦闘センスを兼ね備えた、ツルノスにとって重要なソルジャーである。
「イタタ、ちょっと鼻を打ったけど………だいじょーぶよ〜」
 ウルリーカがハッチから鼻をさすりながら顔だけ出す。グレイゴとニモは安心して胸をなでおろす。
「お嬢、始める前から戦車を壊さんでくださいよ!」
「悪かったわね! 今のはちょっとしたユーモアよ、ユーモア!!」
 アタシが本気になればこれくらいちょちょいと運転できちゃうんだからね!
 ウルリーカは強がりを口にしながら、しかし今度は慎重にアクセルに足を乗せる。そして恐る恐る、薄氷を踏みしめるように力を加えていく。TK−Xはウルリーカの希望に応え、キャタピラを軋ませてゆっくりと前進を始める。
「ニモ、頼む。俺はお嬢の戦車に乗って援護するからな」
「はい、わかりました!」
 グレイゴに促され、ニモがノートPCのキーボードのエンターキーを叩く。そしてウルリーカのTK−Xの後ろを、見えない糸でつながれたように乱れがない動きでTK−Xの群れが続いていく。
 こうしてツルノス&無人戦車大隊対ヤマトノオロチという異色の戦いが始まったのだった………。

メタルマックス外伝
我が求めるは黄金郷

My Request El’DORADO
第八話「海獣大決戦! ランドパワーVSシーパワー」


 ツルノスの作戦は単純にして明快であった。
 一つにニモが自作したプログラムをインストールした無人戦車大隊を分散配置させる。
 二つに無人戦車大隊が一斉にヤマトノオロチに砲撃を浴びせる。
 三つに砲撃を続ける中、ウルリーカがTK−Xの一両をセボから持ち出すのだ。
 言葉にすると確かに簡単な作戦である。故に失敗の恐れは少ない。ウルリーカは単純にそう考えていた。
 この時のヤマトノオロチは左舷を港側に向け、コンクリート製の桟橋の傍に巨体を留めていた。大破壊以降、桟橋の補修が行われていないためにTK−Xを桟橋の上に展開し、ヤマトノオロチに超至近砲撃を浴びせるのは不可能のようだ。
 ニモは桟橋の上ではなく、大地の上にTK−Xを展開させる。ヤマトノオロチは眠りについている間に周囲をTK−Xに囲まれる形になっていた。
「準備できました。いつでもOKです」
 ニモはそういってカマボコ型倉庫に隠れているウルリーカに手を振ってみせた。ウルリーカは右手の親指をグッを立ててニモの功を労い、そして作戦の第二段階を始めるよう促した。
「よーし、じゃあ早速やろうぜ、ニモ!」
 ハヤトが左右の耳を左右の人差し指で塞ぎながら言った。
 ニモの指がノートPCのキーボードの上で踊る。無人戦車大隊の砲塔がグリンと動き、ヤマトノオロチを照準に捉える。いや、ヤマトノオロチはあまりに巨大すぎて、照準をつける必要はなかったが。
 ゴクリ。これから始まる大花火祭・・・・を想像してニモは唾を飲んだ。ニモは心に最後の準備を整えさせるために二回、大きな深呼吸。そしてキーボードのエンターキーを叩き………次の瞬間、夜が昼になり、轟音が世界を支配した。
 合計で四三両のTK−Xが一斉に砲撃を開始する。その砲火と砲声の凄まじさはニモやツルノスの面々の心が備えていた準備をはるかに上回る規模であった。目と耳が一時的に機能を失うほどの凄まじさに続いたのが砲撃に伴って発生した衝撃波の襲来である。もしもハヤトがニモの前に立ちはだからなければ、強烈な衝撃波でニモの未成熟な肉体は砕けていたかもしれない。
「ハヤトくん!?」
「ムニニニ………ッ」
 ニモを胸に抱き寄せ、衝撃波を背中で受けるハヤト。その顔は苦しそうに歪む………。
「大丈夫ですか!?」
「うー、やっぱ耳栓がないとうるさくてしょうがないや」
 心配そうに声をかけるニモに対し、ハヤトは気楽な笑顔を向けた。難しいことを考えたこともない、能天気な表情は大破壊後の黙示録世界にとって宝石のように貴重で、眩いものだ。ニモにとってこの笑顔が原初の記憶で、「物心」の切欠である………。
 ハヤトは耳を塞いでいた人差し指を抜いて頭を掌でトントンと小突く。
「そうだ、アイツどうなったかな!?」
 ハヤトは自分が退治していたモンスターのことを思い出して振り返る。ニモもそうだったとばかりに視線を向ける。
 しかし二人の視覚がモンスターを捉えるより早く、先ほどの砲声よりさらに大きな咆哮が轟いた。もちろんその声の主は決まっている。超弩級戦艦を鎧のようにまとった巨大な多頭の大蛇、ヤマトノオロチである。
 四三発の戦車砲、しかも世界最強クラスの主砲である二二五ミリヒュドラの斉射を浴びたヤマトノオロチ。だが命中した砲弾はヤマトノオロチの外殻、つまりは戦艦の装甲を穿つには至っていなかった!
 しかし前部に二基が、後部にも一基搭載されている主砲から伸びるヤマトノオロチの本体に命中していた一弾はヤマトノオロチにダメージを与えていた。ヤマトノオロチの九つの首の一つから重油のようにどす黒く、粘ついた血がこぼれる。
「やったぁ!」
 だがヤマトノオロチの反応は素早かった。その巨体にそぐわぬ加速でたちまち港から離れていこうとする。ヤマトノオロチが動く。たったそれだけのことだが、規格外の巨体は大容積の海水を掻き分ける。水を掻き分ける量を数値化したものを排水量といい、フネの巨大さを計る単位となるのだが………ハヤトたちがそれを知っているはずがないし、ハヤトたちには必要のない知識だ。
 今のハヤトたちにとって大切なのは、ヤマトノオロチが動き出した際に動いた海水が、津波となってハヤトたちに襲いかかってきたことなのだ!



 子供二人など簡単に押し流してしまうほどの大量の海水の氾濫。しかしハヤトはニモを横抱きにしてコンテナの上めがけて跳躍していた。まるで猿のように軽やかな身ごなしでコンテナの上に着地するハヤト。ちなみに横抱きという言葉ではイメージしづらいが、この体勢、いわゆる「お姫様だっこ」である。ニモは思わず心音が高鳴るのを感じた。
「ニモ、大丈夫か? ………ニモ?」
 ぽーとしているニモの眼前で手のひらを振るハヤト。ニモはハッと我に返る。
「え、ええ、は、はいッ!?」
 上ずった声でパニクるニモとは対照的にハヤトがヤマトノオロチを指差す。
「………いや、早く二発目撃とうよ」
「え………え、ええ、はい、そ、そうでした」
 激しくどもりながらも正確にノートPCのキーボードを叩くニモの指。
 人間には途方もない津波だったとしても、戦車ほどの重さを持った重量物を動かすことはできないでいた。そして海水に濡れたぐらいで戦車の攻撃力は一部も損なわれていない。再び無人戦車大隊の主砲がヤマトノオロチを指向する。
 轟音、再び。
 コンテナの上に乗ったために無人戦車大隊から少し離れることになったニモたちにとって、無人戦車大隊の第二射は先ほどの衝撃は伴わなかった。しかし放たれた火力は第一射以上であった。何故ならば次は主砲だけでなく、SEも同時に発射していたからだ。超大口径砲弾と同時に放たれた伝説の聖剣の名を冠せられたミサイルエクスカリバー
 再びヤマトノオロチに数十の攻撃が突き刺さる。砲弾と装甲が激しくぶつかり合い、ミサイルが火球となってヤマトノオロチを燃やす。これだけの火力が間断をほとんど許さず叩きつけられて無事とは到底思えない。たとえば今まで戦ってきた敵である鷲型のモンスターも、ナスホルンケーファーも、究極求道者アルティメットクエスターであってもこの無人戦車大隊の一斉射撃にはかなうまい。
「やったぁ!」
 そう考えるからこそハヤトが飛び上がって喜びを顕にする。ヤマトノオロチの姿はエクスカリバーが着弾した際の爆煙で見えないが、一陣の潮風が煙を彼方に掃う。
 そして姿を再び見せたヤマトノオロチは………手傷こそ負っているものの、それは致命傷と呼ぶにはあまりに軽度なものでしかなかった。
「グロロロロ………」
 ヤマトノオロチの九つの頭が自分を包囲するように配置されている無人戦車大隊を睨む。いや、睨むだけで済ますはずがなかった。ヤマトノオロチが巨大な鎌首をもたげ、口をパックリと開く。
「グオオオオウッ!!」
 ヤマトノオロチが口から砲弾を吐き出した! その際に発せられた砲声と咆哮の混声合唱はハヤトとニモの聴覚が感覚を遮断してしまう程に凄絶であった。そして軍港の一角にヤマトノオロチが吐き出した主砲弾が落着する………。
 無人戦車大隊の一斉射撃が引き起こした衝撃波ですら筆舌にし難かった。だが、ヤマトノオロチが放った主砲弾は無人戦車大隊が発したそれを大幅に上回るものだった。
 主砲弾が落着した箇所は地面の中に深くめり込み、そして爆発を引き起こす。その爆発は大地をめくり、クレーターを作り出す。着弾点のすぐ近くに配置されていたTK−Xがおもちゃのように空高く、数十メートル単位で吹っ飛び、別のTK−Xの天蓋にぶつかってぺしゃんこにしてしまう………。
 陳腐な表現かもしれないが、ヤマトノオロチの一撃はちっぽけな人間の想像力の上にいる、言わば雷神の鉄槌と言い切ってよかった。
 ヤマトノオロチが放った一撃がハヤトとニモから見て遠い場所に落ちたのはまったくの偶然だ。ハヤトとニモは全身の水分が冷や汗となってこぼれていくのを感じた。
「ど、どどどどど、どうしましょ!?」
 これでは無人戦車大隊が砲撃を続ける間にウルリーカが戦車を持ち出すどころの話ではない。ヤマトノオロチには無人戦車大隊の攻撃は通用せず、逆にヤマトノオロチの攻撃はTK−Xを軽々吹っ飛ばしてしまうのだから。
「キシャアアアアアアンッ!」
 再び砲弾を吐き出すヤマトノオロチ。四六〇ミリという戦車では考えられないほどの超巨大砲弾が九発、TK−Xが格納されていた倉庫とその付近に向かって飛んでいく。放たれた砲弾の先端が重力に引かれて地面を向いた時、砲弾がブワッと弾けた。そして八〇〇〇発以上の弾子が辺り一面に降り注ぐ!
 弾子の驟雨がコンテナの天井を破壊し、可燃性のゴムが入っていた焼夷弾子が地表を燃やす。その特性はヤマトノオロチが纏っている戦艦が現役だった頃に搭載されていた三式弾と呼ばれる砲弾と同じだった。
「ウリちゃん!」
 ヤマトノオロチが放った三式弾によって崩落し、業火に包まれた一帯。そこにはTK−Xに乗り込んだウルリーカと、そのサポートを行おうとしていたグレイゴがいた。二人は無事だろうか………。ハヤトとニモは残存の無人戦車大隊の全砲火をヤマトノオロチに向け、大切な仲間の許へ駆ける。



 楽観というのはこの時代―大破壊によって文明が崩壊した現代―に生きる者にとって必須といっていい性格だった。
 ウルリーカはそんな大破壊以後の人間の中でも飛び切りの楽天家だ。
 何せ世界最強のモンスターハンターにして、世界最凶もお尋ね者である混沌の炎カオスフレアに父親と家族同然のツルノスの面々を殺され、彼女は混沌の炎カオスフレアに復讐を誓ったのだから。世界最強と自他共に認める男と、拳銃すら撃ったことのなかった少女。この差は月とスローウォーカー以上に大きい。
 しかし彼女は持ち前の楽観を遺憾なく発揮し、目標に向かって突き進んでいた。
「アタシは神様ってキライじゃないわ。だから神様もアタシのこと好いてくれるに決まってるわ。だってこんな美少女に好かれてるんだもの、無碍にするはずがないじゃない」
 純真に「今日はいい日で、明日はもっといい日」だと信じている。それがウルリーカの魅力であり、強さだった。
 結果的にウルリーカの楽観は彼女の命を救った。
 ヤマトノオロチが三式弾を放った瞬間、彼女はTK−Xのアクセルをグイと踏み込んだ。少し踏み込んだだけでも爆発的な加速を見せた戦車のアクセルを、思いっきり踏み込むのだ。TK−Xは瞬く間にトップスピードを向かえ、あの砲弾の影響範囲から逃れることができるだろう。彼女は何の根拠もない楽観を根拠にして行動に移った。
 OHCカルメンがあらん限りの馬力を発揮してTK−Xの転輪を通じて前方向への力を加えていく。
「お嬢、もう少しまっすぐ走ってください!」
 しかしウルリーカにもどうしようもない。全開となったTK−Xのエンジンパワーはウルリーカにとって制御できるレベルではなかったのだ。しかしヤマトノオロチの砲撃から逃れるには全力のダッシュしかない! アタシは正しい。間違っているはずがない!!
 そして三式弾が着弾する。激しい爆風と熱。TK−Xの装甲はそれをある程度は防いでいた。「ある程度」と断ったのには理由がある。ウルリーカによって「暴走」させられていたTK−Xの不安定な姿勢では三式弾着弾の衝撃に泰然としていることはできなかったのだ。何十トンもある戦車が爆風にあおられて横倒しに転がっていく。
「おおおおおお!?」
「キャッ!?」
 炎に包まれた戦車が横転しながら吹っ飛んで………そして海に落ちた。
 毒々しい緑の海にTK−Xが浮かぶはずはなく、沈むのみ。だが水の中に沈んだということは、ヤマトノオロチが放った三式弾の灼熱地獄から逃れきったことを意味していた。
 爆風で吹き飛んだ際に歪みが生じたか、海に落ちたTK−Xは各所から浸水していく。水かさが瞬く間にウルリーカの腰に達しようとする。
「お嬢、少しだけ目を閉じて、息をとめていてください!」
 TK−Xがヘドロが沈殿する海底に向かって沈む中、グレイゴの行動は素早かった。ウルリーカに目と口を閉じるようにと告げると同時にTK−Xのハッチを開ける。グレイゴ自身も目を閉じたまま、しかし迷いもなくウルリーカが乗り込んでいるTK−Xの操縦席に泳ぎ、少女をTK−Xの操縦席から脱出させて浮上を始める。
 ほんの一分程度の無呼吸だけでウルリーカの顔は海上の、人間の住むべき空間へ復帰することができた。
「ぶはッ!」
 肺の中に残っていた酸素を絞りつくすように吐いて粘つく海水を払い、ウルリーカは目を開ける。太陽の光すらヤマトノオロチの砲煙でくすんで見える。
「ウリちゃん!」
 ハヤトが岸壁から手を伸ばす。ウルリーカはその手を取り、ハヤトはその手を引いてウルリーカを救い上げる。
「大丈夫ですか!?」
「ぜぇ、アタシは、ぜぇ………大丈夫! それよりグレイゴは!?」
 ウルリーカは自分の呼吸を整えるよりもグレイゴの安否を尋ねる。それに応えたのはハヤトでもニモでもなく、当然この男だった。
「俺ならここですよ。………まったく、お嬢は相変わらず無茶をするものだ。ま、退屈しなくていいですがね」
 自力で海から這い上がったグレイゴがシニカルに見えるが優しい響きの笑い声をあげる。粘つく海水を吸った衣服を絞りながらツルノスの保護者がツルノスの指導者に問う。
「それよりどうします? まだ戦車強奪、挑戦します?」
 楽天家だが愚か者ではない少女は迷うことなく首を振った。
「無理無理。あんなの相手にして命があるだけ儲けモノって奴だわ。さっさと撤収するわよ」
 ウルリーカの言葉を受けてさっさと荷物をまとめにかかるツルノス。
 ヤマトノオロチはこちらから攻撃さえしなければ、来た時と同様に、ツルノスのことなど知らんとばかりに再びセボの港に停泊し、その身を横たえて眠り始めた。
 ツルノスが発見したヤマトノオロチの情報は即座にハンターオフィスに登録され、そして賞金がかけられる。その額はヤマトノオロチの強さに対してまったくといっていいほど釣り合わない、二万ゴールド止まりであった。
 大破壊よりも古い戦艦に取り付いたモンスター、ヤマトノオロチ。このモンスターは今日もセボの軍港に停泊し、セボの軍港から戦車を持ち出そうとする者に対してのみ牙を向く………。
 Fleet in being。艦隊保全主義と訳されるかつて存在していた海軍のドクトリン。それがヤマトノオロチの本能なのだろうか………。



 ………舞台はセボの港から離れた場所に移る。
 二つの人影が崩落した高速道路の跡を進んでいる。いや、「人影」という表現は正確ではない。なぜならばこの二体は体こそ人間だったが、獅子の頭と虎の頭を持った獣人だったからだ。
 そう、この二体の獣人こそ究極の戦車を求めて世界を流離う究極求道者アルティメットクエスターのマグナムとヘッシュであった。ツルノスとの戦いで戦車を失った究極求道者アルティメットクエスターは荒野を徒歩で移動していた。
 荒野を照らす陽光は地平線の向こうを揺らめかせるほどに強い。
「チッ、忌々しい太陽だぜ」
 マグナムが右腕で額の汗を拭いながら吐き捨てるように言った。マグナムの相棒、ヘッシュも暑さにうだっていたが、陽炎に揺らぐ道の先に建物を見つける。
「そこにサービスエリアの跡があるな。あそこで休憩するか」
 二人の獣人は歩調を速め、サービスエリアの跡を目指す。
 太陽の光をさえぎる屋根の下に身を寄せる。たったこれだけのことに幸福を感じることができるのは大破壊後の世界ならではであろう。
「ふ〜、クソッ、戦車がないと移動するだけでしんどいってもんだぜ」
 サービスエリアの自販機に拳を叩き込み、自販機の表面を引き剥がしたマグナムが回復ドリンクを一つ飲み干した。もちろんその回復ドリンクは自販機に売られている商品である………。
「そうだな。しかし当てもなくクシュウを放浪するだけでは戦車も見つからないだろうな」
「それはわかっちゃいるが………ん?」
「どうした、マグナム?」
 何かに気付いたマグナムがフラリと立ち上がる。マグナムが向かった先には机があり、古ぼけたデスクトップ型PCが置かれていた。………そしてPCの電源はまだ生きていた。
「ほう、まだ生きているPCか」
「何か面白い情報があるのかもしれんぜ」
 獅子と虎がニヤリと笑いあい、早速キーボードを叩く。
 ツルノスと究極求道者アルティメットクエスター、強力な戦車を求める旅人たち。彼らの内、真っ先に望みをかなえるのはどちらであろうか?


次回予告

ウルリーカ「さぁ、戦車があるって情報に載ってたビルはここね!」
ハヤト「見つかるといいね〜」
マグナム「ゲェーッ! ツルノス、どうしてテメェらがここにいやがる!!」
ウルリーカ「ライオン丸! アタシの戦車を横取りしようたって、そうはイカの何とかよ!!」
マグナム「んだとぉ、コラ!」
ウルリーカ&マグナム「「ギャーギャーワイノワイノ」」
ハヤト「ん? ねぇねぇ」
ヘッシュ「む? 私か?」
ハヤト「アレ、何?」
ヘッシュ「………バルカンホールというセキュリティシステムだな」
バルカンホール「シンニュウシャ・ハッケン マッサツ・カイシ………」
四人「「「「どわぁッ!?」」」」

メタルマックス外伝
我が求めるは黄金郷

九話「呉越同舟! アルティメット・ツルノスー」

グレイゴ「ありゃ? お嬢、どこいった?」


第七話「犬も歩けば棒にあたる! ツルノスが旅すれば何にあたる!?」

第九話「呉越同舟! アルティメット・ツルノスー」

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