それは一〇ヵ月ほど前のことだった。
 今でこそトラック一台でやりくりしているが、当時のトレーダー「ツルノス」は二〇台以上のトラックと、何十名という規模を誇る一大隊商であった。
「ソイツ」が俺たちの前に姿を現したのは、まったくの偶然であった。
 たまたま近くを通りかかったモンスターハンターは、ツルノスのトレーダーキャンプで砲弾と装甲タイルの補給を行っていた。漆黒で塗りつぶされた戦車は、二二〇ミリという破格の大口径砲を搭載していた。
「私の戦車が珍しいかい?」
「ああ。俺も話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。二二〇ミリガイアだろ、コレ?」
 モンスターハンターは俺の表情を見て、おもちゃを自慢する子供のような顔を浮かべた。
「そう、二二〇ミリガイア。コイツの一発を喰らって無事な奴はいないな」
「いや、主砲だけじゃない。副砲も、S−Eも、シャシーも、エンジンも、Cユニットも………何もかもが最高水準じゃないか。どこでこんな戦車を見つけたんだ?」
 俺の質問にモンスターハンターは答えなかった。代わりに「企業秘密さ」と答えた。
「ふむん………」
「補給が済んだら呼んでくれ」
 モンスターハンターはそういうと俺に背を向け、ツルノスのトレーダーキャンプが展開しているテントへ足を進めた。
 俺はトラックから砲弾を取り出すため、荷台に上がることにした。



「ショウ・ダウン」
 アタシはその日もツルノスのトレーダーキャンプに訪れた「カモ」を相手にポーカーで勝負していたわ。
 アタシは連戦連勝を重ね、「カモ」から小銭を搾り取っていく。相手は己の不運を呪いながら、次こそ訪れるであろう幸運を期待して掛け金を吊り上げていく。それがアタシの思う壺だとも知らずに。
 アタシは生まれつき手先が器用で、誰の目にも留まらないほど素早くカードをすりかえることができる。アタシはそのテクニックを使ってポーカーを戦うのだから、幸運だけを頼みに戦おうとする「カモ」に負けるハズがない。
 でも、この日の「カモ」は凶悪なキバを隠し持っていたの。
 アタシのトレーダーで補給を受けていたモンスターハンターは、一目見ただけでアタシのカードすりかえテクニックを見破った! アタシはカードをすりかえようとしていた手を、手首ごとつかまれ、グイとモンスターハンターの元へ引き寄せられる。モンスターハンターの厚い胸板からは汗と硝煙が混じった臭いが漂ってきた。
「手癖の悪いお嬢ちゃんだ。そんなことじゃいいお嫁さんにはなれないぞ」
「なっ………!?」
 アタシのイカサマを見破ったモンスターハンターは、しかしアタシを糾弾するのではなくアタシをからかった。思いがけない言葉に頬が赤く、熱くなるのを感じる。
「ア、アタシは別に………ッ!!」
 アタシは反射的にモンスターハンターの言葉を否定する言葉を紡ごうとしたが、男は意地の悪い顔で微笑んでアタシの髪を一撫ですると、アタシに背を向けて歩き始めた。アタシのトレーダーで働くグレイゴがモンスターハンターを呼びにきたからだ。
 そして思い出すだけで辛い、悪夢のような時間が始まった。

メタルマックス外伝
我が求めるは黄金郷

My Request El’DORADO
第三話「ヤーボな仕置き!? ハルニチ・ベースの大鷲」


「その後、アタシのパパがリーダーやってたトレーダー『ツルノス』は、補給を終えたモンスターハンターに襲われて壊滅………」
「リーダーを含め、沢山の人間が殺された。俺とお嬢以外にも生き残った者はいたが、しかしツルノスに留まることはなかった。今のツルノスに俺とお嬢しかいないのはそういう理由なのさ」
 ハルニチの町にある酒場「ソイ・クンフー」で、ウルリーカとグレイゴは自分たちの過去を語った。ウルリーカとグレイゴの過去に、返す言葉が見つからないという面持ちのハヤトとニモ。
「ま、そういうわけでアタシたちは混沌の炎カオスフレアに巨大な借りがあるわけ。その借りを全部鉛弾に替えて、叩き込んでやるつもりよ」
 ウルリーカはそういって腕をまくって力こぶを盛り上がらせる。
「じゃあ、ウルリーカたちがモンスターハンターを探している理由って………?」
 ニモの言葉にグレイゴは頷いた。
「そう、我々と共に混沌の炎カオスフレアと戦う者を探すためでもある。どうだお前たち、混沌の炎カオスフレアと戦うことになっても構わないか?」
「何だ、それだったらなおさら都合がいいじゃないか。なぁ、ニモ!」
「都合がいい? どういう意味かしら?」
「ええ、僕たちが住んでいたハピネス・ヒルの町も混沌の炎カオスフレアに襲われたんです」
「何!? 混沌の炎カオスフレアがこの近くにいたというのか!!」
 グレイゴがテーブルを叩き、ずいと体を前に突き出す。グレイゴの巨体が目の前に迫ってきたので、ニモは気圧され気味に答えた。
「は、はい。僕とハヤトくんはそれで混沌の炎カオスフレアに立ち向かい、そしてこれを渡されたんです………」
 ニモが懐からBSコントローラーを取り出して指差す。
「じゃあニモたちが持っているBSコントローラーは混沌の炎カオスフレアからもらったっていうの? アイツ、何を考えてるのかしら………」
 ウルリーカが苛立ち紛れに左手親指の爪を噛む。どうやら彼女が考え事をする際のクセのようだ。グレイゴがウルリーカを急かすように尋ねる。
「そんなことよりお嬢、この近くに混沌の炎カオスフレアがいるかもしれない件はどうします?」
「パパたちの仇、早く取ってあげたいのはヤマヤマだけど………今はムリだわ。戦力が整っていないにも程があるもの」
 ウルリーカの言葉にグレイゴは「安心した」と言いたげに頷いた。どうやらグレイゴはウルリーカを試していたようだ。
「そうですね。それがよろしいかと思います」
 ニモはウルリーカとグレイゴのやり取りを不思議そうに見ていた。
 これから僕とハヤトくんの二人は、この二人と行動を共にする。この不思議なやり取りが不思議でなくなった時、僕たちの仲がよくなった証となるんだろうな。
 ニモはまだ見ぬ未来に思いを馳せ、胸の中で渦巻く期待と不安の行方がどうなるのか、楽しみでしょうがなかった。



「さって、ご飯も食べたし、早速仕事に取り掛かるわよー」
 ウルリーカは爪楊枝を咥えながら喋る。ウルリーカが喋る度に爪楊枝がピコンピコン上下に揺れる。
 グレイゴの太い指がウルリーカの咥えていた爪楊枝を詰まんで放り捨てる。
「お嬢、はしたないですよ」
 グレイゴはゴホンと一つ咳払いをしてから続けた。
「これから俺たちはハルニチの村の近くにある軍事施設跡に向かう」
「軍事施設跡?」
 ハヤトはグレイゴの言葉に思い当たる節がなかったが、ニモにはあるようだ。
「確か大破壊の以前からあった軍隊の基地で、今でも大破壊以前の遺産が眠っているとか………」
「その通り。俺たちはその軍事施設跡から使えそうなモノを探しに行く」
「ダンジョンに自分から売り物を探しにいくんですか。トレーダーってそこまでするんです?」
「まぁ、一般的なトレーダーはそこまでしないでしょうね。でも、アタシたちは一般的じゃないの」
 ウルリーカがニヤリと微笑む。そしてハヤトを指差して続けた。
「ハヤト、アタシたちのクルマでハルニチに来た時、アタシがツルノスのことを何て表現したか、覚えてる?」
「え? ええと………」
「言ったでしょ、『武装トレーダー』だって」
 ああ、そういえばそういうことを言っていた気がする。ハヤトは合点がいった面持ちで手を叩き合わせた。ウルリーカはトラックのドアを開けて言った。
混沌の炎カオスフレアを狙うんだから、ツルノスはただのトレーダーじゃないの。モンスターハンターも兼業する、次世代のトレーダーなんだから!」
「そうだ、忘れるところだったが、コレを渡しておこう」
 グレイゴはそういうと短機関銃を二丁、ニモとハヤトに手渡した。短機関銃としては小型の部類に入るそれは、小さな子供にすぎないハヤトとニモにはほどよい大きさであった。
「Vz61スコーピオン。九ミリパラベラムではなく小型の.32ACP弾を使うから反動も軽い。お前たちにはちょうどいいだろ」
 ハヤトとニモは生まれて初めて手にした短機関銃の重さに喉を鳴らす。これを使う時、二人は本格的にモンスターハンターとして活動を開始するということを意味する。混沌の炎カオスフレアの域までたどり着けるか、それともどこかで屍をさらすか、どちらにせよ終末は自分たち次第となる………。
「さ、乗りなさい。件の軍事施設跡、ハルニチ・ベースへ向かうぞ」
 グレイゴは全員がトラックに乗ったことを確認してから、操縦席へ乗り込む。そしてアクセルを踏んでトラックを前進させた。



 ハルニチ・ベースには一時間ほどトラックで走れば到着した。途中でモンスターの襲撃を受けずにたどり着けたのは幸いである。
「軍事施設と聞いてたけど………ずいぶんと荒れ果ててるわねぇ」
 トラックから降りたウルリーカが周囲を見渡しながら呟く。伝説の大破壊を受けて倒壊した建物も多く、さらにメンテナンスもなく経過した年月は途方もないほどハルニチ・ベースを風化させつつあった。もはやこの場所を外見だけ見て軍隊の基地だったのだと判別することは難しい。
「まぁ、大破壊がそれだけ凄惨だったということでしょう」
 グレイゴはトラックの荷台から様々な荷物を取り出して肩に担ぐ。その荷物の中でも特に目を引くのは一丁の軽機関銃だった。
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