………その日、歴史が終わった。
 空から次々と降り注ぐ核弾頭。天に届けとばかりに並び立っていた高層建築の森は核の炎と爆風によってなぎ倒された。
 多くの命が強制的に終了させられ、わずかに生き延びた人々も荒廃した街並に絶望し、放射能の雪を浴びて命を散らした。
 しかし、だが、しかし………それでも人類は死滅しなかった。
 ごくごくわずかに生存した人類は、悪夢の日を「大破壊」として胸に刻み、急変した世界を踏みしめる。
 そして時は流れ………「大破壊」が伝説として語り継がれるようになった時代、終焉の時代のさらに先の時代。
 こんな時代になっても人は決して忘れなかった、信じ続けていた。
「希望」を、「夢」を、「明日」を………。
 人の希望は世界を動かす。人の夢は鉄くずを黄金の価値に変える。そして人の明日は今日を生きる活力を与えてくれる。
 これは希望を、夢を、明日を信じ続けた二人の子供たちの冒険物語である。

 

メタルマックス外伝
我が求めるは黄金郷

My Request El’DORADO
第一話「混沌の炎カオスフレア! 旅立ちの狼煙は激しく燃える」



 クシュウと呼ばれる大陸は一年を通して温暖な気候が特徴だ。
 だから布地の粗いTシャツと擦り切れかけたジーンズだけで一年間を暮らすことができる。
 衣服での防寒に気を使わなくてよいというのは、余計な出費が抑えられていい。少年は即物的な理由でクシュウの土地柄を気に入っていた。
 少年が気に入っているのはクシュウの気候だけじゃない。
 伝説の大破壊によって降り積もった塵や灰の層を掘り返せば、旧時代の遺物が簡単に手に入る。
 この旧時代の遺物を掘り出して商人、この荒れ果てた世界を股にかけて物資や弾薬を運ぶトレーダーに売りさばけば美味しいご飯にありつける。成長途上の小さな少年の体は栄養を多く欲するのだ。
 少年は茶色い大地に斑点のように生える雑草を踏みしめながら、棒を土に向ける。少年が手にする棒は先端部に丸い皿のようなものがつけられていて、一定間隔で甲高い電子音を発する。
 ピーン………ピーン………
 規定のリズムで鳴っていた電子音は、ある地点に近づいたことを合図に、発音間隔を狭める。
 ピーン、ピーン、ピーン
 発音間隔が短くなりすぎて、電子音が途切れなく聞こえるようになった時、少年は満面の笑みを浮かべた。まだ幼い少年の笑顔は、「かわいい」という形容がよく似合う。
「うん、パーフェクトです!」
 少年は右手を頬のすぐそばにあてて、大きく息を吸い込んでから声を出す。
「ハヤトく〜ん! こっち、ビンゴです〜!」
 少年の声が荒野にこだまして一〇秒後。ハヤトと呼ばれた少年がひょっこりと顔を出した。ハヤト少年も先端部に丸い皿のようなものがついた棒を右手に抱えている。左手には自分の背丈ほどある大きなスコップが握られていた。
「さっすがだな、ニモ! オレの方はぜんぜん見つからなかったのに」
 ハヤトの賞賛にニモと呼ばれた少年は下を向いてはにかんだ。
「さ、ハヤトくん、早く掘り返しましょう」
「OK、OK〜♪」
 ハヤトは棒をニモに渡すと、スコップを地面に突き立てた。そしてスコップを持ち上げた時、スコップには山盛りの土くれが載っていた。その重さは数十キロは下らないだろう………。大人の手でも余るほどの土くれを、ハヤトは一度で掘り返した。
 ニモはハヤトが掘り返した土くれに棒を向けるが、棒が発する電子音の間隔は間延びするばかりだ。
「ハヤトくん、もう少し深いところみたいです」
「OK! ………よぃ、しょっと!!」
 再び土にスコップを突き立て、山盛りの土を掘り返すハヤト。やはり同じように掘り返された土くれに棒を向けるニモ。今度は電子音が途切れなくなるほどの間隔で鳴り響いた。ハヤトとニモは満面の笑顔を向け合って手と手をハイタッチ。
「この中ですね」
「ぃよっし、早く掘り出そうぜ!」
 ハヤトとニモは二人でハヤトが掘り返した土を丁寧に調べていく。一〇分ほど調べたところでニモが土に埋もれた小さな長方形の板を発見した。
「ありました、ハヤトくん!」
 ニモはピョンピョン跳ねて喜びをあらわにする。ハヤトも釣られて飛び跳ねる。
「やったやった! ニモの金属探知機はいつもすごいよな!!」
 ニモとハヤトが地面に向けていた棒。それは金属探知機であった。しかも既製の品ではなく、ニモがそこいらに捨てられていたジャンクから自作したという品だ。しかしニモの金属探知機は今日もアイテムを正確に探し当ててみせた。
「ところでニモ、何だ、これ?」
「これはウォズニアクUのチップのひとつですよ。ウォズニアクUは非常に軽量なCユニットで、ハンターによっては予備のCユニットとして戦車に積んでおく人もいる人気アイテムで………」
 眼を嬉しそうに光らせながら掘り返したCユニットの欠片の説明を続けるニモ。普段はおとなしいニモだが、機械のこととなると眼を輝かせて饒舌になる。ハヤトはニモの説明に適当に相槌を打ちながらニモが息切れで息継ぎするタイミングを待つ。
 だがニモが喋り疲れるより早く、遠くの方から危険の音が接近してきた!
 大人ほどの大きさのダチョウが荒れ果てた荒野をがむしゃらに走っていた。しかしそれよりも目を引くのはダチョウの首から先がライフルになっていることだった。
「ロードガンナー!」
 ハヤトが異形のダチョウの名を叫ぶ。ハヤトの声を聞いてニモは初めて自分たちがモンスターに襲われているのだと気がついた。
 モンスター。
 伝説の大破壊以降、あからさまに進化の道筋から外れた生物や、無人の戦闘兵器が荒れ野をかっ歩するようになった。それこそがモンスターであり、人類の数が伸び悩む最大の原因であった。
 ロードガンナーはライフルの銃身となっている自分の首から先をハヤトたちに向け、他には目もくれず突っ込んでくる。
「ニモ、危ない!」
 ハヤトはニモの胸を突き飛ばす。ハヤトに突き飛ばされたニモは二メートルほど吹き飛び尻餅をつく。ハヤトに突かれた胸と、したたかに打ちつけたお尻が痛覚を刺激する。だがニモはハヤトを非難しなかった。
 あたりまえだ。
 ハヤトがニモを突き飛ばさなければ、ロードガンナーの放つ銃弾がニモの小さく華奢な体を抉っていたからだ。
「ハヤトくん!」
 ニモはジンジンと痛みに嘆く体を無視して懐から拳銃を取り出してハヤトに投げる。いや、それは見た目こそ拳銃であったが、実際は単なる銀玉鉄砲、いわゆるトイ・ガンであった。ハヤトはニモから投げ渡されたトイ・ガンを受け取るとトリガーガードに人差し指を通してトイ・ガンをくるりと回転させて構える。
 ハヤトが意図したことは二つ。銃口をロードガンナーへ向けること。そして引き金を絞ること。
 これら二つの意図が成し遂げられた時、トイ・ガンはバネの力で加速された弾丸を放っていた。弾丸はニモが鉛を溶かして固めて作成した自作の玉だ。大人の力でも引き金が絞りきれないほど強力なバネが装着されたトイ・ガンが放った鉛球はロードガンナーの左脚の付け根に命中し、ロードガンナーの肉を抉る。
 左脚を封じられたロードガンナーはバランスを失って前のめりに倒れる。時速四〇キロ以上で走ることができるロードガンナーにとって、全力疾走中の転倒は大ダメージを意味していた。
「やった!」
「いや、ハヤトくん、まだです!」
 しかしロードガンナーの生命力はまだ尽きていなかった! ロードガンナーは残ったわずかな命を、自分をこんな目にあわせた人間に対する復讐へ使おうというのか、ライフルの頭部をハヤトへ向ける。
「ハヤトくん!!」
 ズオオオオオオオ………
 まるで雷が立て続けに降り注いだかのような轟音。そして五月雨のように突き刺さる銃弾。ロードガンナーは一瞬で原型を留めないほどに破壊された。
「………あ、あれ? オレ、生きてる………?」
 ハヤトはいつまで経っても訪れない破局の瞬間に疑問の声を漏らす。
「大丈夫ですか、ハヤトくん!?」
 ニモがハヤトに駆け寄ってハヤトの体をあちこち触って怪我がないか確かめる。ニモの体温を感じたハヤトは自分が生き残ったのだと知覚し、初めて恐怖で腰が抜けたのかその場に座り込んだ。
「無事なようだな、子供たち」
 ハヤトの危機を救ったのは一両の戦車だった。戦車の砲塔上に搭載されている副砲の二二ミリバルカンがまだ熱をもってほのかに赤い。
 戦車から降りてきたのは一人の男だった。年は三〇歳前後、余分な脂肪を持たない均整のとれた肉体は日に焼けて黒い。容姿には気を使わないのか、髪は伸びるにまかせて手入れされた様子はなく、全身からうっすらオイルと硝煙の臭いが漂っていた。
「あ、あなたが助けてくれたんですか?」
 ニモの質問に男は静かに頷いた。男は頷いて一息置いてから口を開く。
「この荒れ果てた大地に、多くの宝、旧文明の遺産が埋まっているのは事実だ。だが、お前たちのような子供は村からあまり離れない方がいい。今みたくモンスターに襲われるぞ」
「は、はい………」
「あとそっちの子」
 男はハヤトを指差して続ける。
「モンスターと戦うなら確実にトドメをさすように心がけるんだな。一発で仕留められないなら、二発、三発と放て」
 ハヤトはうんうんと頷く。それを見て男は微笑んだ。「優しさ」と「精悍さ」が両立した、漢の笑顔だ。
「あの、あなたは………?」
 ニモが男のことを尋ねる。ロードガンナーを一瞬でミンチにした二二ミリバルカンを搭載した戦車。大破壊によって技術が失われて久しいこの世界において、戦車は宝石よりも貴重な宝である。
「私か。私の名はアーバイン。見てのとおりのモンスターハンターだ」
 モンスターハンター。
 大破壊の後から姿を現すようになったモンスターに立ち向かい、モンスターを狩ることで報酬を得る戦士たちの総称。勇名をはせるモンスターハンターは旧時代に造られた戦車を乗り回していることが多い。ハヤトたちを助けたアーバインも強力な戦車を持っていた。
「………フ、やはりこの戦車が気になるか?」
 ハヤトとニモの目線の延長線上に何があるかをアーバインは見抜いていた。いや、当たり前の反応というべきか。
 なぜならばアーバインの戦車は恐ろしいほど太く、視線を動かさなければ目に入らないほど長い砲身の主砲が搭載されているからだ。いや、主砲だけではない。装甲もガッシリとしており、自重は少なく見積もっても五〇トンを下らないだろう。つまりそれだけの重さをものともしないだけの強力なエンジンも搭載されているのだ。
 ニモは価値がないと捨てられていたジャンクから金属探知機を作り出せるほどに機械の造詣が深い。そのニモの眼は目の前の戦車が、このクシュウでも屈指の高性能を誇っているのだと見抜いていた。
「これは私の愛車、ケルベロスだ。………さて、私はこれで失礼させてもらうよ」
 アーバインはそういうとハヤトたちに背を向けようとする。そこで初めてハヤトたちは大切なことを忘れていることに気付いた。
「あ、待ってください!」
「アーバイン、ありがとな!」
「ありがとうございます〜」
 二人の子供たちに感謝の言葉を投げられ、手を振って見送られたアーバインとケルベロス。
 アーバインはケルベロスの車内で眼を光らせた。その眼光は、つい先ほどまでハヤトたちに向けられていた優しいものではなかった。暗い、闇の深淵で燃える邪悪な炎の光であった………。



 アーバインと別れたハヤトとニモはクシュウの北の外れにあるハピネス・ヒルの町へと帰った。ハピネス・ヒルは人口七〇〇名とこの時代としては平均的な規模の町で、戦車用のパーツショップやモンスターハンターたちが集まるハンターオフィス、そして大きな酒場もあった。
 その酒場で少し早めの夕食をハヤトとニモはとっていた。
 ニモの金属探知機が見つけてハヤトが掘り出したウォズニアクUの一部は二四Gで売れた。そして二人が酒場で注文したトカゲステーキの値段は一人前で八Gなので二人で一六G。ニモの金属探知機をもってしても一〇〇%確実に何かが見つかるとは限らない。むしろ今日はまだ幸運だった方なのだ。ひどい時は一月ほど何も見つからなかったことがある。その時は酒場の残飯を漁るか、ジャンクの塊から何か売り物になりそうなものを自作して道具屋へ卸すかでやりすごした。
 たとえば酒場の手伝いのような定職につきたいという意思は二人にもあったが、しかし二人は酒場の店長が雇おうと思うほど成長していなかった。一言でいうならば幼すぎるのだ。
 ちなみにハヤトとニモに家族はいない。
 二人とも気がついたらハピネス・ヒルの町で残飯を漁っていた。そして二人は出会い、生き難い世の中を二人で何とかやりくりしているのが実情だ。
 しかし生来の気楽さか、それとも幼すぎて実情を理解できていないのか。
 酒場で食事を取る二人の子供は、明るい声で今日の恩人の話をしていた。
「いやー、アーバインの戦車、すごかったよな」
「はい、すごかったです。僕、あんな戦車をいじってみたいです」
「ニモは機械いじりが好きだもんな! じゃあオレはニモの戦車に乗るモンスターハンターになる! オレたち二人ならきっとアーバインみたいなすごいモンスターハンターになれるぜ!!」
「でも、今の僕たちじゃまだモンスターハンターとなるには早すぎますよね………」
「そうかなぁ? まぁ、でも早く大きくなりたいよなー。大きくなれたら何にでもなれる気がするのに………」
「ええ、そうですよね、きっと………」
 ニモが穏やかな笑顔を浮かべた瞬間!
 耳をつんざく大爆発音と酒場が激しく揺さぶられるほどの衝撃が発生した。
 大きなふり幅の揺れで酒場の天井の照明が割れ、照明の破片が降り注ぐ。照明の破片が見上げた顔に刺さり、酒場のバーテンが悲鳴をあげてうずくまる。
「大丈夫か、ニモ?」
 ハヤトは自分たちが使っていたテーブルをまるで傘のように掲げてガラス片から自分とニモを守っていた。ハヤトの反射神経と状況判断能力はいつだって鋭い。
「は、はい、大丈夫です。でも、一体何が………?」
 爆発の轟音で鼓膜がキーンと震える中、ニモの聴覚が捉えたのは脅威から逃げようとする人々の悲鳴だった。
「おい、どうしたってんだ、一体!?」
 ハピネス・ヒルを拠点に活動している酒場の常連モンスターハンターが逃げようとする中年男の襟をつかんで強引に引き止める。襟をつかまれた男は抵抗しようとしたが、抵抗するよりも口を開く方が早いと判断して早口でまくしたてる。
「戦車が、モンスターハンターの戦車が町で暴れてるんだ! 早く逃げないとアンタも俺も死んじまう! だから放してくれ!!」
「戦車が………? 畜生、ハンターの風上にも置けねぇ奴だな! 待ってろ、俺がとっちめてやる!!」
 モンスターハンターの男は中年男の襟を放すと弾丸のような瞬発力で酒場の近くに停めていた自分の戦闘用バギーに乗り込む。年代モノの使い込まれた七五ミリ砲はこのハピネス・ヒルを守るために幾度となく咆哮し、敵を粉みじんにしてきたのだ。今日も不埒なモンスターハンターを討伐するために活躍する。モンスターハンターはそう考えていた。
 だが、モンスターハンターの男は完全に間違っていた。
「………って、ハヤトくん、どこ行くんですか!?」
 ハピネス・ヒルの町の中で暴れるモンスターハンターを倒すために出撃する戦闘用バギー。その後についていこうとしているハヤトの姿を見つけたニモは思わず怒鳴った。
「だって目の前でモンスターハンター同士の戦車戦が見られるんだぜ! そりゃ行かなきゃって気分になるさ」
「だからって危険すぎます。逃げた方がいいですよぉ!」
「なぁに、大丈夫大丈夫。いざとなったらまたアーバインが助けてくれるさ」
 ハヤトはそういうとバギーの後に続いてハピネス・ヒルの中心部へ駆け出した。
「あ、ちょ、ハヤトくん! 危ないからやめた方がいいってば〜」
 ニモもハヤトの後を追ってハピネス・ヒルの中心部へ向かった。ハピネス・ヒルで暮らす誰もが町の中心部から逃げようとする中、バギーとハヤトとニモだけが人の流れに逆らっていた。



 同じモンスターハンターとして、ハピネス・ヒルで暮らす人々に害をなすハンターを許すわけにはいかない。
 バギーのハンドルを握り、アクセルを踏みしめるモンスターハンターの義憤は最もだし、共感もできるだろう。
 しかしモンスターハンターはいくつか失態を犯していた。
 一つは相手のこと、すなわちハピネス・ヒルで暴れているモンスターハンターのことをよく調べなかったこと。
 一つは自分のこと、自分は強力なモンスターを相手に一攫千金を狙うのではなく、ハピネス・ヒル周辺の弱く小さなモンスターを相手に小銭を細かく稼いでいる三下モンスターハンターであることを彼は失念していた。いや、ハピネス・ヒルで戦う日々が、三下の自分を実像以上の存在だと思わせてしまっていたのだろうか?
 とにかく、敵のことも、己のことも知らないままに戦いに臨もうとしたモンスターハンターに未来があるはずがなかった。
 バギーに遅れること五分、ようやくハピネス・ヒルの中心、大広場にたどり着いたハヤトとニモが見たもの………それは激しく炎上を続けるバギーの成れの果てであった。
「なっ………!?」
 バギーは内部からの圧力に耐え切れず破裂していた。つまりそれは敵の攻撃がバギーの装甲や装甲タイルを貫通したことを意味する。戦うためのクルマを一撃で破壊しつくす火力に人間が耐えられるはずがない。ハヤトたちは即座に逃げ出すべきだ。
 しかしハヤトたちは逃げなかった。いや、逃げることを忘れていた。
「何で、何でですか………」
 ニモが両手で口元を隠し、震える声を絞り出す。
 ハヤトは信じられないという表情と声色で叫んだ。
「アーバイン! 何でハピネス・ヒルを襲ってるんだよ!!」
 バギーを一撃で破壊し、ハピネス・ヒルで破壊と殺戮の限りを尽くす不埒なモンスターハンター。
 その正体は戦車ケルベロスであり、ケルベロスから姿を現したのは、やはりというべきか、アーバインであった。
「誰かと思えば………さっきの子供たちか」
「モンスターハンターはモンスターを倒すんじゃないのかよ!」
 ハヤトがアーバインを指差して強く非難する。しかしアーバインはケロリとした表情だ。
「確かに、モンスターハンターはモンスターを倒す存在だな」
「じゃあ、あなたのしていることは何だっていうんですか!」
「………そういえば君たちには言わなかったね。私の名はアーバインだが、私には通り名というものがある」
 アーバインは口元を不気味に歪める。狂気の笑顔にハヤトは思わず一歩後ずさりした。
「私の名はアーバイン。だが、人は私のことをこう呼ぶ………『混沌の炎カオスフレア』」
「カ、混沌の炎………!?」
 ニモはその通り名に聞き覚えがあった。誰よりも、どんなモンスターよりも強い最強のモンスターハンターでありながらモンスターのみならず町やトレーダーまでも無差別に襲う暴力の化身。モンスターハンターを統括するハンターオフィスは混沌の炎を罰するために賞金を設け、幾度となく優秀なモンスターハンターを送り込んだがすべて返り討ちにされてしまったという。
 混沌の炎に出会ったなら、死神に魅入られたと思ってあきらめろ。
 このクシュウでは上記の警告が風の噂となって流れていた。そしてその死神が今、目の前にいる! ニモは自分の目から涙がこぼれてくるのを止められなかった。
「どうした、子供たち。逃げないのかね?」
 混沌の炎の声にはからかいの色が濃い。たとえ今ここで背中を見せたとして、逃げ切れるはずがない。あのケルベロスという戦車から、人間の脚で逃げ切るのは不可能と言い切っていいだろう。主砲を撃つまでもない。二二ミリバルカンの掃射であのロードガンナーのように消滅させられるだけだ。
 じゃあ、どうする? ………いや、「どうする」じゃない。「どうにかし」なきゃいけないんだ!
 ニモは例の改造トイ・ガンを素早く取り出し、構え、そして引き金を絞る。狙いは一点、ケルベロスから降りて生身をさらけ出している混沌の炎! ロードガンナーの肉体に突き刺さるほど強化されたバネによって押し出される銀球なら混沌の炎に怪我を負わせることができるハズ………命中箇所がたとえば心臓や脳といった人体の急所ならば混沌の炎といえども無事じゃすまないハズだ。これが、これがきっと最善の行動なんだ!
「そう、確かにそれが最善の行動だ」
 ニモの心中を完全に把握した混沌の炎のつぶやき。それを聞いたニモは自分の心の内が読まれた驚きと恐怖で瞳孔が跳ねる。そして跳ねたのはニモの瞳孔だけではなかった。ニモが放った銀球は混沌の炎に命中せず、ケルベロスの装甲に当たって虚しく跳ねられた。
「残念だったな」
「う、うぅ………」
「観念するか、それともまだ何か手があるか?」
 混沌の炎はニモを冷ややかに見下ろす。ニモは混沌の炎の視線に完全に怖気づき、指一本動かせなかった。
 だが、彼だけは違った。
「うるさい!」
 声の主はハヤトだった。ハヤトは混沌の炎を指差して怒鳴る。
「オレとニモはお前みたいなモンスターハンターになりたいって、本気で思ったんだぞ! それが今、変わった! オレは、お前を倒すモンスターハンターになってやる!!」
「フフ、威勢のいい子だ。しかし今のこの状況で、生きて明日を迎えられると思っているのか?」
「うるさい! オレは………ッ!!」
 ハヤトが不意に屈んだ………そして次に起き上がった時、その手には足元に落ちていた小さく投げやすい石が握られていた!
「最強のモンスターハンターになるんだ!!」
 ハヤトは泣き声混じりに石を持った手を大きく振りかぶり、そして全力で石を投げつける。だが、投げられた石の弾道は混沌の炎を捉えていない。石はケルベロスに命中し………
「何?」
「え………?」
 ガッ
 ハヤトが投げた石は、何とケルベロスに張り巡らされている装甲タイルに突き刺さった! 子供の肩で投げられた小石が戦車の装甲タイルに刺さり、装甲タイルはその衝撃で剥がれ落ちる。
「ハヤトくんの投げた石が、ケルベロスの装甲にダメージを与えた………? な、なんで………?」
「………フ、面白い」
 混沌の炎はハヤトとケルベロスから剥がれ落ちた装甲タイルを見比べてニヤリと微笑む。その微笑はハピネス・ヒルを襲った混沌の炎の死神を思わせる顔ではない。昼間にハヤトたちを助けたアーバインの優しい顔であった。
「ハヤトとニモといったね? 君たちが本当にモンスターハンターとなって、私を倒すだけの力がつけられるか………見てみたくなった」
「え………?」
「これを受け取れ」
 混沌の炎は薄い板のようなモノを投げる。それを受け取ってまじまじと見やるハヤトとニモ。混沌の炎が投げ渡したもの。それは………
「BSコントローラー………?」
 BSコントローラー。手帳ほどの大きさのポケットコンピュータで、モンスターハンターの必需品とされているアイテムだ。ニモは渡されたBSコントローラーの電源を入れる。どうやらこのBSコントローラーは新品のようだ。ユーザー名を登録する初期起動画面が表示されたBSコントローラーは、主の名乗りを待っている。
「カ………アーバインさん、これは………?」
 混沌の炎の意図がつかみきれないニモ。しかし混沌の炎はニモの疑問に答えてくれなかった。
「お前たちが一流のモンスターハンターになって、私の前に姿を現す時を楽しみにしている。では、また会おう」
 混沌の炎、アーバインはそう言い残すとケルベロスに乗り込み、ケルベロスはエンジンの唸りとキャタピラの足音を響かせて二人の前から姿を消した。二人はケルベロスの後を追うことは考えることもできなかった。ただ呆然と、廃墟と化したハピネス・ヒルに立ち尽くすのみだった。ハピネス・ヒルで生き残ったのは二人だけのようだ。
「………ニモ」
 どれくらい経ったろうか? とにかく先に口を開いたのはハヤトだった。
「オレ、モンスターハンターやるよ」
「……………」
「アーバインがハピネス・ヒルを襲ったの、何か訳があると思うんだ。オレはその訳を知りたい。そのためには強いモンスターハンターになって、もう一度混沌の炎と戦わなきゃいけないんだ。ニモは危ないからって反対するかもしれないけど………」
 ハヤトの言葉を遮ったのはニモの言葉だった。ニモは首を横に振りながら言った。
「いいえ、反対しませんよ………僕だって気になるんです、アーバインさんの抱えている『訳』。きっと何かあるに違いありません」
「うん! ニモ、これからもよろしく頼むよ!」
「はい、こちらこそ!」
 ハヤトとニモはアーバインから渡された新品のBSコントローラーに名前を登録し、登録情報をハンターオフィスへ転送する。数十秒後、BSコントローラーに表示されたのは「登録完了」の四文字だった。
 まだ幼い二人の子供は、モンスターハンターとしての歩みを開始したのであった。


次回予告

ハヤト「モンスターハンターとしてやっていくには武器を買わないとな!」
ニモ「でも、僕たちそんなお金持ってませんよ?」
ハヤト「大丈夫! 楽に設ける方法を発見したから!!」
?????「あら、ボウヤたちが次の挑戦者? でもアタシ、子供相手でも容赦しないわよ」
ハヤト「あの人にポーカーで勝てばお金が増えるんだってさ」
ニモ「って、ハヤトくん! ギャンブルで一攫千金なんて、夢でしかありえない話ですよ! やめてください!!」
ハヤト「だ〜いじょうぶだって、ニモは心配性だなぁ」
ニモ「僕が心配性なんじゃなくて、ハヤトくんが考えなさすぎなんです!!」
????「おい、ボウズたち。ケンカなら他所でやってくれないか?」

メタルマックス外伝
我が求めるは黄金郷

第二話「賭博黙示録!? ギャンブルガール&タフガイ登場」

?????「て、アタシたちの名前が表示されてないわね」
????「しょうがないですよ、お嬢。我々はまだ登場してないキャラなんですから」


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